【序章】感情が見える僕は、外れ職だと言われた
世界が、色で満ちていた。
空が青いとか、草が緑だとか、そんな話じゃない。
怒りは赤く、恐怖は濁り、喜びは淡く揺れる。
――感情が、色として見える。
異世界に転生して最初に気づいたことが、それだった。
「はい次、職業判定ねー」
冒険者ギルドの受付嬢が、淡々と水晶球を押し出してくる。
周囲は新人冒険者でごった返していた。期待と不安が入り混じった感情の色が、視界を忙しなく横切る。
水晶球に手を置いた瞬間、光が走った。
――魂術師。
一瞬、ギルド内が静まり返る。
次の瞬間、失笑が漏れた。
「うわ、外れだ」
「まだあったのか、その職」
「感情が見えないと何もできないやつだろ?」
受付嬢が困ったように言葉を選ぶ。
「えっと……魂術師はですね、その……条件が非常に厳しくて……」
要するにこうだ。
敵の感情が極限まで揺れた瞬間に、正確な詠唱を通せなければ発動しない。
成功例はほとんどなく、実用性は皆無。
――ゴミ職。
それが、この世界の共通認識だった。
僕は、内心で小さく息を吐いた。
(なるほど)
確かに、感情が見えなければ話にならない。
見えたとしても、揺れの“頂点”を正確に掴めなければ意味がない。
普通なら、無理だ。
でも。
(……今、だな)
背後で、強い赤が跳ねた。
「――あ?」
振り返ると、革鎧を着た青年がこちらを睨みつけていた。
金髪。整った顔立ち。剣を帯び、立ち姿は堂々としている。
だが感情は、荒れていた。
苛立ち。
焦り。
そして、強烈な劣等感。
「お前……さっきの判定、見てたぞ」
「?」
「魂術師だと? そんな戦い方で冒険者を名乗る気か?」
言葉は鋭いが、震えがある。
彼自身が、自分に言い聞かせている色だった。
「……何か、気に障った?」
「ッ!」
感情が、一段跳ね上がる。
「俺はアレクシエル・サミエムだ!
名門アレクシエル家の騎士だぞ!」
周囲がざわつく。
有名な家名らしい。
だが、僕の目に映る色は――
“足りない”。
認められていない者の色だった。
「へぇ」
その一言で、彼の感情が真っ赤に染まる。
「……今に見てろ。
俺が本物だって、すぐに分からせてやる」
そう言い捨てて、彼はギルドを出ていった。
残された色は、強く、激しく、そして――使いやすそうだった。
「……零」
耳元で声がした。
女神アリフィカだ。
小さな石を通して、彼女は僕を見ている。
「今の子、面倒そうね」
「そう?」
「そうよ。ああいうタイプは厄介なの」
その声色は軽い。
けれど、感情の奥に――
(黒い)
ほんの一瞬、焦りの色が混じった。
「……何を、そんなに急いでるの?」
「え? な、何でもないわよ!
それよりほら、初仕事よ初仕事!」
誤魔化すように話題を変える。
女神は、嘘が下手だ。
でも、今は深く追及しない。
なぜなら――
外れ職と言われたこの力は、
もう“使い道”を見つけてしまったから。
感情が見える。
揺れが分かる。
そして。
あの騎士は、必ずまた関わってくる。
直感が、そう告げていた。




