【序章】縁談
縁談の席は、あまりにも整いすぎていた。
豪奢ではあるが、過剰ではない。
威圧も、親しみも、計算された位置に置かれている。
それが何より、気味が悪かった。
暴食帝国の格式。
三賢者の権威。
そして、アレクシエル家という名門。
すべてが、最初から“成立する前提”で用意されている。
僕は席に着きながら、感情を読む。
――妙だ。
緊張はある。
恐怖もある。
だが、期待がない。
祝宴にあるはずの、未来への高揚が存在しない。
(……本当に、形式だけだ)
主賓として現れたクラウソラスは、静かな微笑を浮かべていた。
年齢は読み取れない。
姿勢は正しく、所作に一切の無駄がない。
感情を見る。
――空白。
そこに色は無い。
怒りも、喜びも、焦燥もない。
まるで、器だけがそこにあるようだった。
「本日は、時間をいただき感謝する」
声は穏やかで、よく通る。
「互いにとって、良い縁になることを願っている」
言葉だけ聞けば、非の打ち所はない。
だが、僕には分かる。
これは願いではない。
確認だ。
ゴルディムは一礼し、何も言わない。
沈黙が、彼の立場を物語っている。
サミエムは、笑いながらも足元が落ち着かない。
手の震えを、酒杯で誤魔化している。
選ばれた者の顔ではなかった。
――選ばされた者の顔だ。
「では、話を進めよう」
クラウソラスが指を鳴らす。
条件。
義務。
形式的な誓約。
一つひとつが読み上げられる。
反論の余地はない。
質問も、想定済みだ。
その中で、僕の名前が出る。
「魂術師、灰崎零」
視線が、集まる。
「縁談成立後、君は暴食帝国に移る」
管理下、という言葉は使われなかった。
だが、意味は同じだ。
「研究協力という形で、力を貸してもらう」
研究。
その単語が、静かに突き刺さる。
ヘリオの言葉が、頭をよぎった。
――研究の後、処理。
「……質問があります」
気づけば、声を出していた。
場の空気が、一瞬止まる。
ゴルディムが、わずかにこちらを見る。
サミエムは、目を見開いた。
「何だね」
クラウソラスは、穏やかに促す。
「この縁談が成立した場合」
言葉を選ぶ。
「僕たちに、拒否権はありますか」
一瞬。
感情が――動いた。
ほんの、ほんの一瞬だけ。
だが、確かに。
「……拒否権?」
クラウソラスは首を傾げる。
不思議そうに。
だが、困惑ではない。
「その問いは、少し遅い」
静かな声。
「既に条件は整っている」
それは、答えではなかった。
サミエムが、耐えきれずに口を開く。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」
声が上擦っている。
「俺は……その……」
言葉が続かない。
選ばれたはずの男が、何も言えない。
その様子を見て、クラウソラスは初めて、ほんの僅かに眉を動かした。
失望だ。
だが、それはサミエムに向けられていない。
――計画に向けられている。
「……なるほど」
クラウソラスは、静かに息を吐いた。
「今日は、ここまでにしよう」
その一言で、全てが終わった。
縁談は、成立しなかった。
だが、破談とも言われていない。
宙に浮いたまま、壊れた。
席を立つ直前、クラウソラスの視線が、僕に向けられた。
感情は――無色。
だが、確かにそこに意思があった。
冷たい、確信。
(……終わった)
それが、僕の感想だった。
縁談の席が壊れた瞬間、
何か取り返しのつかない歯車が回り始めた。
それを止められる者は、もういない。




