【序章】三日
その使者は、あまりにも整いすぎていた。
服装は質素だが隙がなく、姿勢はまっすぐ、歩幅は一定。
呼吸すら、無駄がない。
アレクシエル家の応接間に通されたその男を見た瞬間、僕は直感的に理解した。
(……交渉じゃない)
これは、通告だ。
「本日はお時間をいただき、感謝いたします」
男はそう言って一礼した。
声の高さ、抑揚、間。どれもが計算され尽くしている。
感情を見る。
――揺れがない。
恐怖も、緊張も、侮りもない。
まるで“役目”だけを運ぶ器だ。
「私は、暴食帝国三賢者が一人、クラウソラス様の使いを務めております」
その名が出た瞬間、空気がわずかに重くなった。
ゴルディムが応接間の奥で背筋を正す。
サミエムは一瞬だけ肩を跳ねさせ、すぐに軽薄な笑みを貼り付けた。
「縁談の件につき、正式な決定が下りました」
男は、書簡を差し出した。
封蝋は既に割られている。
確認の余地すら、最初から与えられていない。
「候補者は――アレクシエル・サミエム様」
サミエムが、乾いた音を立てて唾を飲み込んだ。
「返答期限は、三日」
それだけだった。
条件の説明も、交渉の余地もない。
ただ、決まった事実が淡々と並べられる。
「異論は?」
ゴルディムが低く問う。
「ありません」
即答だった。
「これは既に、政治的に処理された案件です。
貴家が選べるのは、従うか、従わないか。それだけです」
感情を見る。
やはり、何もない。
怒りも、苛立ちも、使命感すら感じられない。
この男にとって、この場は“作業”なのだ。
視線が、僕に向けられた。
「なお」
男は一拍置いてから続けた。
「魂術師――灰崎零様については、
縁談成立後、暴食帝国の管理下に置かれることになります」
管理下。
その言葉が、妙に耳に残った。
保護でも、招致でもない。
管理だ。
サミエムが、わずかにこちらを見る。
そこには、安堵と、恐怖と、責任逃れが混ざっていた。
(……選ばれた、という顔じゃない)
ゴルディムは何も言わなかった。
ただ、拳を強く握りしめている。
レイサムは壁際で沈黙している。
感情は――揺れている。
だが、それを表に出す立場ではないと、自分で抑え込んでいる。
「三日後」
使者は言った。
「返答をいただけない場合は、
辞退と見なします」
それは、選択肢ではない。
脅しでもない。
ただの事実の提示だ。
「以上です」
一礼。
それで終わりだった。
使者はそれ以上何も語らず、応接間を去っていった。
扉が閉まったあと、しばらく誰も口を開かなかった。
最初に声を出したのは、サミエムだった。
「……三日、か」
軽く言おうとして、失敗している。
「短いな。あはは」
笑い声が、やけに大きく響いた。
僕は、使者が座っていた椅子を見つめる。
そこにはもう、感情の残滓すら残っていない。
(……魂術師)
なぜ、ここまで管理しようとする?
なぜ、三日なのか。
なぜ――拒否を前提にしているような言い方なのか。
嫌な予感が、胸の奥で形を成し始めていた。
これは、縁談じゃない。
これは――
処理だ。
その夜、僕は眠れなかった。
そして、深夜。
控えめに、扉を叩く音がした。
「……零」
聞き覚えのある声。
ヘリオだ。
嫌な予感が、確信に変わる。
扉を開けた瞬間、彼は低い声で言った。
「今すぐ話がある」
一拍。
「君は、三日後には死ぬ」




