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【序章】夜に語られる忠誠

 夜は、アレクシエル家にとって静寂の時間だ。


 騎士たちは交代で持ち場に立ち、

 訓練場も、廊下も、無駄な音を立てない。


 だが――

 静かであることと、安らげることは違う。


(……息が詰まるな)


 俺は、屋敷の外れにある回廊を歩いていた。


 月明かりが、白い石床を照らしている。


 そこに、先客がいた。


「眠れないか」


 低い声。


 振り向くと、レイサムが柱に背を預けて立っていた。


「そちらこそ」


「習慣だ」


 感情を見る。


 疲労。

 責任。

 そして、拭いきれない後悔。


 戦場のそれとは違う。

 守れなかった者の感情だ。


「……話がある」


 彼は、そう切り出した。


「サミエムのことだろう」


「ああ」


 否定しない。


「お前は、あいつをどう見る」


 唐突な問い。


 だが、感情は真剣だ。


「騎士だ」


 即答する。


「未熟だが、誠実で、守ることを選べる」


 レイサムは、目を伏せた。


「……そうか」


 その一言に、

 救われたような感情が混じった。


「俺は、間違えた」


 静かな告白。


「何を?」


「サミエムを、突き放したことを」


 彼は、月を見る。


「家のためだと、自分に言い聞かせた」


 感情が、波打つ。


 罪悪感。

 諦念。

 それでも消えない、情。


「だが、違った」


 レイサムは、拳を握る。


「俺は、楽をしただけだ」


 守るべきものから、

 目を逸らした。


「……ゴルディム様も、同じだ」


 初めて、父の名が出た。


「強い方だ」


「強すぎる」


 レイサムは、低く笑った。


「だから、折れる音が分からない」


 感情に、哀しみが混ざる。


「家を守るために、人を切る」


「それが、正しいと思い込んでいる」


 それは、

 強者の思考だ。


「縁談は、止められないのか」


「難しい」


 即答。


「クラウソラスは、表向きは“協力的”だ」


 だが、感情は警戒している。


「裏では、違う」


「魂術師だからか」


「ああ」


 レイサムは、こちらを見る。


「……お前もだ」


 視線が、鋭くなる。


「魂術師は、帝国にとって“管理対象”だ」


 使うか、

 封じるか。


「だから、縁談は都合がいい」


 人質。

 楔。

 監視。


「サミエムが選ばれれば、

 あいつは一生、逃げられない」


 感情が、揺れる。


 怒り。

 悔しさ。


「……レイサム」


 俺は、問いかける。


「それでも、従うのか」


 沈黙。


 長い。


 やがて、彼は言った。


「従う」


 だが――


「ただし」


 言葉に、力が宿る。


「守れる限り、守る」


 それが、彼の限界。


「俺は、裏切れない」


 家を。

 父を。


「だが、逃がすことはできる」


 感情が、強く揺れた。


 覚悟。


「……なるほど」


 俺は、頷いた。


「その時は、俺も動く」


 レイサムの目が、僅かに見開かれる。


「お前は……」


「観測者だ」


 そう答える。


「だが、見ているだけじゃない」


 この男は、

 その未来を、薄々感じている。


 自分が、

 選択を迫られる日が来ることを。


「……ありがとう」


 小さな声。


 感情は、安堵と恐怖が混ざっている。


「礼を言うには、まだ早い」


「そうだな」


 月が、雲に隠れる。


 闇が、濃くなる。


 遠くで、鐘が鳴った。


 その音は、

 何かの終わりを告げているようだった。


(この男は、死ぬ)


 唐突に、そう思った。


 感情が、

 未来の影を拾っている。


 だが――

 その死は、無駄ではない。


 必ず、

 サミエムを生かすための死になる。


 夜は、静かに更けていった。


 アレクシエル家の屋敷で、

 誰にも知られぬ密談が、

 確かに交わされた夜だった。

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