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【序章】名門の門

 アレクシエル家の屋敷が見えた瞬間、サミエムの足が止まった。


 丘の上に築かれた白亜の城館。

 装飾は少なく、実用性を重視した造り。

 だが、その佇まいには――圧がある。


 ここが、名門アレクシエル家。


 暴食帝国において、剣と忠誠を象徴する家系だ。


(……空気が、違う)


 敷地に入っただけで、感情の密度が変わる。


 緊張。

 規律。

 上下関係。


 そして――

 期待と失望が同時に存在する場所。


「逃げ出したくなるだろ」


 レイサムが、前を歩きながら言った。


 声は低く、感情は静かだ。


「……もう、逃げた後だ」


 サミエムの返答は短い。


 だが、感情は荒れている。


 門前で、騎士たちが並ぶ。


 全員が、サミエムを見ていた。


 視線の感情は、一様ではない。


 侮蔑。

 困惑。

 期待。

 そして、哀れみ。


(……やはりな)


 俺は、少し後ろに立つ。


 観測者として、

 この場所では目立たない方がいい。


 門が開く。


 中庭は、整然としていた。


 訓練場では、若い騎士たちが剣を振るっている。


 その動きは、揃っているが――

 どこか、硬い。


「止め」


 低い声が響いた。


 一瞬で、全員が動きを止める。


 男が、階段の上に立っていた。


 大柄。

 年齢は、五十前後。


 だが、背筋は真っ直ぐで、

 眼光は鋭い。


(……この人か)


 感情を見る。


 厳格。

 責任。

 そして――抑え込まれた怒り。


「久しいな、サミエム」


 男は、そう言った。


 父――

 ゴルディム・アレクシエル。


 サミエムの父であり、

 この家の当主。


「……お久しぶりです」


 形式的な言葉。


 だが、感情は揺れ動いている。


 ゴルディムは、一段ずつ降りてくる。


 視線は、サミエムから逸れない。


「逃げ出した息子が、

 随分と逞しくなったな」


 皮肉。


 だが、感情の奥には、

 微かな安堵があった。


「レイサム」


「はっ」


「よく連れ戻した」


 短い労い。


 だが、重い。


「……俺は、連れ戻された覚えはない」


 サミエムが言う。


「自分の足で来た」


 その言葉に、

 ゴルディムの感情が、僅かに揺れた。


「そうか」


 それ以上、何も言わない。


 だが、その沈黙が、

 この家の在り方を物語っている。


「客人がいるな」


 ゴルディムの視線が、俺に向く。


 感情を見る。


 警戒。

 評価。

 そして――微かな興味。


「名を名乗れ」


「……観測者です」


 本名は、言わない。


 ここでは、それが正解だ。


「奇妙な名だ」


「噂が先行しているだけです」


 ゴルディムは、鼻で笑った。


「噂とは、便利なものだ」


 そして、言葉を続ける。


「だが、魂縛石を持つ者が、

 無名でいられると思うな」


 核心。


 この男は、すでに多くを知っている。


「この屋敷にいる間、

 勝手な行動は許さない」


「承知しました」


「サミエム」


 名を呼ばれ、彼は背筋を伸ばす。


「お前には、役目がある」


 その言葉に、

 サミエムの感情が、重く沈む。


「……縁談だ」


 一瞬、空気が凍った。


「暴食帝三賢者、

 魂術師クラウソラスの娘」


 その名に、

 俺の内側で警鐘が鳴る。


(……来たか)


「お前か、レイサムか」


 淡々とした宣告。


「どちらかを、差し出す」


 サミエムの感情が、激しく揺れた。


 怒り。

 拒絶。

 そして――無力感。


「……ふざけるな」


「ふざけてなどいない」


 ゴルディムの声は、冷たい。


「家とは、そういうものだ」


 この瞬間、理解した。


 アレクシエル家は、

 人を守る家ではない。


 家を守るために、人を使う家だ。


 沈黙の中、

 風が吹き抜ける。


 その中で、

 確かに感じた。


 この場所が、

 嵐の中心になるという予感を。

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