【序章】連れ戻す者
街を出て、二日目の朝だった。
街道は穏やかで、空も澄んでいる。
だが、感情を見る限り、周囲は静かすぎた。
(……来る)
その予感は、確信に近い。
サミエムも、歩調を緩めていないが、
全身がいつでも動けるよう張り詰めている。
「止まれ」
彼が、低く言った。
次の瞬間――
道の前方に、人影が現れる。
一人。
鎧は、簡素。
だが、質が違う。
動きに、無駄がない。
(……同類だ)
騎士。
しかも、相当な実戦をくぐっている。
男は、一定の距離で立ち止まった。
「久しいな、サミエム」
その声に、感情が跳ね上がる。
驚愕。
怒り。
そして――諦め。
「……やっぱり来たか」
サミエムが、吐き捨てるように言う。
「誰だ?」
俺が問う。
男は、こちらを見る。
感情は、冷静。
敵意は、ない。
「名乗ろう」
そう前置きして、男は言った。
「レイサム・アレクシエル」
その瞬間、空気が変わった。
名門。
アレクシエル家。
そして――
暴食帝国精鋭騎士団副団長。
「連れ戻しに来た」
単刀直入だった。
「家の命だ。
拒否権は、ない」
サミエムの感情が、荒れる。
「……俺は、家を捨てた」
「違う」
レイサムは、静かに否定した。
「お前は、追い出された」
残酷な言葉。
だが、嘘ではない。
「父上は?」
「ゴルディム様は、生きておられる」
一瞬、安堵が走る。
だが、すぐに別の感情が覆う。
恐怖。
「……条件は?」
サミエムが聞く。
「戻るだけだ」
「鎖付きで?」
「場合による」
沈黙。
風が、草を揺らす。
「こいつは関係ない」
サミエムが、俺を示す。
「一人で行く」
「それは、許可できない」
レイサムの視線が、俺に向く。
感情を見る。
警戒。
評価。
そして――確信。
「貴殿が、観測者だな」
心臓が、僅かに跳ねた。
(……早い)
「噂は、誇張だ」
「承知している」
レイサムは、言葉を選ぶ。
「だが、魂縛の事例は事実だ」
ここで、敵対はしない。
だが――
逃げ道も、少ない。
「提案がある」
レイサムが言う。
「一時的な同行だ」
「条件は?」
「アレクシエル家まで。
その後の処遇は、俺が保証する」
感情は、揺れていない。
嘘は、ない。
だが――
守れる範囲には、限界がある。
「拒否すれば?」
「力尽くでも連れて行く」
宣言だった。
サミエムが、歯を噛みしめる。
「……選択肢は、ないってわけか」
「ある」
レイサムは、真っ直ぐに言った。
「胸を張って戻れ」
その言葉に、
サミエムの感情が、僅かに揺れた。
怒りではない。
悔しさだ。
「……分かった」
短く、そう言った。
だが――
剣は、収めない。
「ただし」
サミエムが続ける。
「俺は、俺のままだ」
レイサムは、頷いた。
「それでいい」
こうして、
俺たちは三人になった。
目的地は、
アレクシエル家。
暴食帝国領。
そして――
クラウソラスの影が、確実に近づく場所。
道は、さらに重くなる。
だが、
もう引き返せない。
帝王の盤上で、
駒は確かに、動き始めていた。




