【序章】初任務は、スライムだった
冒険者ギルドの掲示板は、思ったよりも現実的だった。
華やかな依頼は少なく、並んでいるのは地味な紙切ればかり。
薬草採取、害獣駆除、配達――そして。
「スライム討伐、か」
最下段に貼られた、報酬も最低限の依頼。
初心者向け。
命の危険はほぼ無し。
魂術師にとって、最も無難な選択だ。
「堅実ねぇ」
耳元で、女神アリフィカが言った。
「意外と慎重なのね?」
「慎重じゃないと、生き残れないので」
「つまらないわね~。もっと派手にいきましょ!」
感情を見るまでもなく、無責任な提案だ。
無視して依頼書を剥がす。
目的地は街外れの草原。
昼前には戻れる距離だ。
草原は、風が気持ちよかった。
だが、視界の端に――淡く濁った色が蠢いている。
「……いた」
スライム。
半透明の身体で、のそのそと動く魔物。
知性はほぼない。
けれど。
(意外と、感情はあるんだな)
色は薄い。
恐怖とも、警戒ともつかない曖昧な揺れ。
魂縛を使うには――弱すぎる。
僕は剣を構えた。
借り物の、安物だ。
「……よし」
近づきすぎない。
距離を保つ。
スライムが跳ねる。
予測できた。
感情の揺れが、ほんの一瞬だけ強くなったからだ。
横にかわし、斬る。
手応えは、ない。
粘液が散り、身体が二つに割れる。
だが――
(まだ、だ)
二体に分かれたスライムの感情が、同時に揺れる。
混乱。
そして、微かな恐怖。
次の動きが、見える。
後ろに下がり、もう一度斬る。
――討伐完了。
拍子抜けするほど、あっさりだった。
「……ふー」
「おい」
背後から、聞き覚えのある声。
振り返ると、そこにいたのは――
「またお前か」
アレクシエル・サミエム。
ギルドで絡んできた騎士だ。
腕を組み、険しい表情でこちらを見ている。
感情は――赤。
さっきより、ずっと濃い。
「今の戦い」
「何か問題でも?」
「……剣の振りが、妙に冷静すぎる」
鋭い。
さすが騎士と言うべきか。
「初心者にしては、だ」
「褒め言葉として受け取っていい?」
「違う!」
彼の感情が跳ねる。
「スライムを見ていなかった。
見ていたのは……もっと別の何かだろ」
図星だった。
だが、今は認める気はない。
「気のせいじゃない?」
「……」
アレクシエルは黙り込み、僕を睨み続ける。
その感情の奥に、焦りと――恐怖。
(この人、負けるのが怖いんだ)
だからこそ、強い。
「まぁいい」
彼は剣の柄に手を置いた。
「俺もスライム討伐に来た。
次は競争だ」
「競争?」
「どっちが早く、確実に仕留めるか」
感情が、真っ赤に燃えている。
――揺れ幅が、大きい。
魂術師としては、非常に都合がいい。
「分かった」
僕は小さく頷いた。
「じゃあ、始めようか」
この騎士が、
これから何度も僕の人生に関わることになる。
その予感だけは、はっきりしていた。
そして女神アリフィカは、
どこか落ち着かない感情の色を、ずっと隠そうとしていた。




