【序章】金の匂い
商団護衛の依頼が終わってから、三日が経った。
特に変わったことはない――表向きは。
だが、感情を見る限り、街の空気がわずかに変質している。
酒場。
市場。
ギルドの受付。
誰もが、直接は口にしない。
けれど、心の奥に共通してある。
(……探られている)
「最近、やけに静かだな」
サミエムが言った。
「嵐の前、ってやつ?」
「そう感じる?」
「感じる」
彼の勘は、悪くない。
昼過ぎ、ギルドに呼び出された。
受付嬢の感情は、緊張と警戒が入り混じっている。
「個人依頼です」
差し出された封筒。
封蝋は、簡素。
だが、質がいい。
「依頼主は?」
「匿名です。ただし――」
声が、少し下がる。
「“支払いは、前金で”と」
中を見る。
金貨。
相当な額だ。
「内容は?」
「昨日の護衛商団について」
サミエムが、眉を動かす。
「……情報提供?」
「はい。行動、戦闘、判断。すべて」
俺は、封筒を閉じた。
「断る理由は?」
サミエムが聞く。
「ない」
だが、
言い方を選ぶ必要がある。
夜。
指定された倉庫へ向かう。
感情を見る。
待っているのは、一人。
落ち着き。
余裕。
そして――強欲。
「初めまして」
フードの男が言う。
「“オブザーバー”殿」
名前が、使われた。
(やはり、噂を拾っている)
「何の用だ」
「確認です」
男は、淡々と続ける。
「あなた方が、帝国にとって“利益”になるかどうか」
金。
情報。
力。
それらを測る目。
「昨日の戦闘。
護衛判断。
無駄な殺しをしなかった理由」
「必要がなかった」
「美徳ですね」
感情は、冷たい。
「だが、我々は美徳では動かない」
「なら、何で動く」
「価値です」
男は、指を鳴らす。
背後の影が動く。
気配だけ。
姿は見せない。
(……護衛か)
「あなた方は、使える」
断定。
「だが、条件がある」
「聞こう」
「名前を、売らないこと」
意外な条件だった。
「噂はいい。
だが、正体は伏せろ」
「理由は?」
「敵が多い」
正直だ。
「特に――」
男は、言葉を切る。
「暴食帝国方面」
クラウソラス。
ベルフェゴール。
その名は出ないが、十分だ。
「我々は、あなた方を“商品”として扱いたい」
金で動く。
強欲帝国らしい。
「拒否すれば?」
「今後、仕事は回らない」
脅し。
だが、感情は焦っていない。
本気だ。
「……分かった」
俺は、頷いた。
「ただし、条件がある」
「ほう?」
「俺たちに、直接命令するな」
一瞬、感情が揺れる。
苛立ち。
だが、すぐに抑え込む。
「立場を理解していないようだ」
「理解している」
だから、言う。
「俺たちは“観測者”だ」
男は、沈黙した。
数秒。
やがて、口元が僅かに歪む。
「……面白い」
「条件は飲む」
交渉成立。
男は、去り際に言った。
「近いうちに、大きな波が来る」
「七帝か」
「ええ」
その言葉に、感情が動いた。
期待。
計算。
野心。
――強欲帝の匂い。
倉庫を出る。
夜風が、冷たい。
「どういうことだ?」
サミエムが聞く。
「マモンが、嗅ぎつけた」
「味方か?」
「利用対象だ」
それでいい。
今は。
名を隠し、
力を誤解させ、
噂だけが歩く。
クラウソラスは、まだ辿り着けない。
ベルフェゴールも、同じだ。
だが――
確実に、
帝王の盤上に駒が置かれた。
観測者は、
もう、ただの傍観者ではいられない。




