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【序章】個人契約の洗礼

強欲帝国の街は、昼になるとさらに騒がしさを増した。


 通りには露店が並び、冒険者、商人、雇われ兵、魔導士が入り混じる。

 だがそこに、秩序はない。


 あるのは、需要と供給だけだ。


「ここだ」


 ヘリオが立ち止まったのは、ギルドでも酒場でもない建物だった。


 石造りの三階建て。

 看板は小さく、飾り気がない。


「契約斡旋所?」


 アレクシエルが首を傾げる。


「強欲帝国では、ギルドは入口に過ぎない」


 ヘリオは言う。


「本当に旨い話は、ここに集まる」


 中に入ると、空気が重かった。


 人は多いが、誰も声を荒げない。

 代わりに、視線が鋭く飛び交っている。


(……値踏みの場)


 一瞬で理解した。


 依頼主が、冒険者を選ぶ場所。

 同時に、冒険者が自分を売り込む場所。


「名前と実績を」


 受付の女が、無感情に言う。


「灰崎零。魂術師だ」


 女の視線が、僕の指先に集まる。


「……魂術師」


 感情が、わずかに揺れた。

 興味と警戒。


「実績は?」


 魂縛石を、静かに置く。


 女は、それを一目見て判断した。


「十分です」


 即答。


「契約候補は三件。

 ただし――」


 一拍置く。


「どれも危険度が高い」


「報酬は?」


「高額です」


 それが、すべてだった。


 契約内容を読む。


 一つ目は、反乱分子の鎮圧。

 二つ目は、違法研究施設の破壊。

 三つ目は――


「……生贄回収?」


 アレクシエルの声が低くなる。


「違法な魔導実験に使われる予定の“素材”を奪還する任務です」


 受付の女は、淡々と説明した。


「生死は問いません」


 その言葉に、胸の奥が冷えた。


(これが、この国の基準か)


「受ける」


 そう言ったのは、僕だった。


 アレクシエルが、驚いた顔でこちらを見る。


「零……?」


「見捨てる理由はない」


 そして、気づいていた。


 この依頼は、

 感情が激しく揺れる。


 恐怖。

 絶望。

 希望。


 魂術師にとって、これ以上ない条件。


「条件がある」


 僕は言った。


「対象は、生存させる」


 受付の女は、一瞬だけ黙った。


「……報酬は下がりますが」


「構わない」


 その瞬間、周囲の視線が変わった。


 困惑。

 嘲笑。

 理解不能。


(この国では、命は安い)


 だからこそ、

 それを拾う行為は“異物”だ。


「契約成立です」


 女は書類を差し出した。


 アレクシエルが、静かに息を吐く。


「お前……本当に変わってるな」


「そうかもね」


 だが、後悔はない。


 ここで何を選ぶかが、

 この先の自分たちを決める。


 契約書に署名をしながら、思う。


(価値で測られる国)


 ならば。


(俺は、俺の価値を示す)


 魂術師として。

 そして――


 人として。


 強欲帝国での最初の契約は、

 こうして結ばれた。


 それが、

 この国で生き残るための、最初の試練になるとも知らずに。

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