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【序章】感情の色が見える僕は、女神の黒を見てしまった

 落ちる瞬間、僕は確かに見た。

 自分自身の身体が、白色に包まれていたことを。


 それは恐怖でも後悔でもなかった。

 ただ、どこか懐かしい――救われたような色だった。


 次に目を開けたとき、僕は立っていた。


 白く磨かれた大理石の床。

 どこまでも高い天井。

 空気そのものが澄み切った、現実離れした空間。


 ――神殿。


「やった! 成功した!」


 弾んだ声が響く。

 少女が、僕の前で飛び跳ねていた。


 年の頃は十代半ばだろうか。

 白銀の髪に、整いすぎた顔立ち。

 いかにも“女神”という言葉が似合う姿。


 だが。


 ――見えてしまった。


 彼女の周囲を包む感情の色が。


 それは、

 黒だった。


 あの日記で見た黒に、よく似た色。

 幾重にも重なり、押し潰された感情の色。


 少女は笑っている。

 満面の笑みで、成功を喜んでいる。


 けれど、その内側は――。


「ふふん! 私もこれで、神として一歩前進って感じね!」


 声は明るい。

 仕草も無邪気だ。


 なのに、感情の色だけが、決定的に噛み合っていない。


「ねぇ、君! 名前は?」


「……灰崎零です」


 僕は反射的に答えながら、目を逸らした。

 これ以上、あの色を直視したくなかった。


「あら? 転生のショックかしら?

 それとも、私の美しさに見とれてる?」


 少女はくるりと一回転し、胸を張る。


 ――黒が、僅かに揺れた。


 焦り。

 苛立ち。

 そして、切実な渇望。


「ここは……どこですか」


「そうよね、そこからよね!」


 少女は咳払いを一つ。


「私は女神アリフィカ!

 あなたを転生させた存在よ!」


 転生。


 その言葉を聞いて、記憶が蘇る。

 廃ビルの屋上。

 風。

 そして――落下。


「……僕は、死んだんですか」


「ええ。ビルからの投身自殺」


 あっさりと言われた。


「覚えてないの?」


「……いえ」


 事実だった。

 恐怖も、後悔も、何も残っていない。


「まぁ、転生のショックってことにしておきましょ!」


 アリフィカは軽く言う。

 だが、感情の色は一瞬、濃く沈んだ。


 ――嘘だ。


 彼女は、何かを隠している。


「それでね!」


 彼女は勢いよく手を広げた。


「あなたには、ある世界で“秩序”を取り戻してほしいの!」


 その瞬間、

 黒が、はっきりと歪んだ。


 憎悪。

 焦燥。

 そして――欲。


 秩序のためじゃない。

 彼女自身のためだ。


「その世界はね、七人の帝王が支配していて――」


「……僕に、そんなことが出来るとは思えません」


 遮ると、彼女は一瞬だけ言葉に詰まった。


 黒が、動揺で揺れる。


「だ、大丈夫よ!

 だって、私がいるもの!」


「……何を、くれるんですか?」


「え?」


「力、です。武器ですか?それとも、能力ですか?」


 彼女は慌てて懐を探り、

 一枚の紙切れを差し出した。


「こ、これ!」


「……紙?」


「失礼ね!

 冒険者ギルドの優待券よ!」


 黒が、自己嫌悪に染まる。


「あ……しまった……」


 小さな呟き。

 取り繕う笑顔。


 ――この女神は、未熟だ。

 そして、切羽詰まっている。


「……それでも、行くしかないんですよね」


「……うん」


 その黒には、

 縋るような感情が混じっていた。


 僕は、思い出す。


 あの日記の最後の言葉。


 ――たすけて。


「分かりました」


 自分でも意外なほど、穏やかな声だった。


「あなたの世界を、見てみたい」


 アリフィカの感情が、

 一瞬だけ――救われたように揺れた。


「ありがとう!」


 彼女は、僕の手を取る。


「さぁ!

 私たちで、この世界を変えましょう!」


 ――その言葉の裏に、

 どれほどの黒が潜んでいるのか。


 この時の僕は、まだ知らなかった。


 ただ一つだけ、確信していた。


 この女神は、決して信用してはいけない。

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