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【序章】夜明け前、逃走の価値

 夜明け前の街は、奇妙な静けさに包まれていた。


 眠っているわけではない。

 人の気配はある。建物の奥から微かな物音も聞こえる。

 だが誰もが、何かを察して息を潜めている――そんな静寂だった。


 僕は宿の裏口に立ち、意識を集中させる。


 感情の色が、街に滲んでいる。


 それはいつもの雑多なものではない。

 恐怖、焦燥、好奇、生活の疲れ――そういった揺れが、意図的に抑え込まれている。


(……来てる)


 理屈ではなく、感覚で理解した。


 追われている。


 それも、ただの冒険者や兵士ではない。


「動くなら、今だな」


 隣でアレクシエルが低く言った。


 彼も同じ結論に至っているらしい。

 鎧は着ていない。外套だけを羽織り、剣も最小限。

 明らかに戦闘を想定していない装いだ。


「包囲は?」


「まだ完成してない」


 彼の声に迷いはない。


「完全に囲むなら、もっと街がざわつく。

 今は“探してる段階”だ」


 確かに、感情の色は薄いが、点在している。

 一斉に動く前の、配置確認――そんな気配だ。


「行こう」


 裏口を出て、路地へ滑り込む。


 石畳に足音が吸い込まれる。

 わざと歩調を揃えない。反射的な癖だ。


 遠くで、金属が触れ合う音。


 鎧。


 兵士ではない。

 動きが静かすぎる。


「……気づかれるの、早くないか?」


 アレクシエルが囁く。


「想定内だ」


 返しながら、角を曲がった瞬間――影が落ちた。


「止まれ」


 屋根の上。


 黒装束が複数。


 感情を見る。


 揺れがない。

 緊張すら抑え込まれている。


(クラウソラス……)


 あの男の配下だと、即座に分かった。


 魂縛は不可能。

 感情の揺れがなさすぎる。


 アレクシエルが一歩前に出る。


「行くぞ、零」


 迷いのない判断。


「分かってる」


 彼の短剣が闇を裂いた。


 正確で、躊躇がない。

 一人が屋根から落ちる。


 殺してはいない。

 だが、動けない。


「走れ!」


 叫びと同時に、僕たちは駆けた。


 背後で刃がぶつかる音。

 屋根から地面へ、影が降りる気配。


 振り返らない。


 信頼しているからだ。

 そして、振り返っても状況は好転しない。


 路地を抜け、城門近くへ。


 息が少し荒れる。

 だが、感情は冷えている。


「遅かったね」


 待っていたのは、ヘリオだった。


 古びた外套。

 相変わらず感情が読めない。


 まるで、最初からそこにいたかのような佇まい。


「追手は?」


「想定より少し多い」


 淡々とした返答。


 彼は指を鳴らす。


 城門脇の排水路。

 隠された通路が、静かに開く。


「商路だ。

 今は使われていない」


 背後で足音が近づく。


 感情が、わずかに揺れた。


(苛立ち……追いつけないと悟り始めてる)


 追手は、ここで包囲を完成させるつもりだった。

 だが、僕たちはその一歩手前を抜けた。


「零」


 ヘリオが僕を見る。


「次は、逃げでは済まない」


「……分かってる」


「クラウソラスは、本気だ」


 通路へ滑り込む。


 冷たい空気。

 土と水の匂い。


 背後で、街の気配が遮断される。


「行くぞ」


 ヘリオが先導する。


「向かう先は、強欲帝国」


 マモン。


 欲と力が支配する国。


 既に一度足を踏み入れている場所。

 だからこそ、楽観はできない。


「生き延びて、強くなるには最適だ」


 その言葉に、現実が滲む。


 街は、もう遠い。


 こうして僕たちは、

 再び帝王の国へと踏み込んだ。


 それが、

 逃避ではなく、選択だったと証明するために。

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