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【序章】賞金首は、獣ではなかった

 ダンジョンの空気は、入口からして違っていた。


 湿気が肌に張りつくような感覚。

 だが不快というより、澱んでいる。


「……嫌な感じだな」


 アレクシエルが低く呟く。


 剣に手をかけたまま、視線を左右に走らせている。

 感情は、緊張。

 だが恐怖ではない。


「賞金首が潜伏してる階層は、もっと奥だ」


 ヘリオが先導する。

 足取りは軽く、迷いがない。


「元傭兵だ。

 普通の魔物とは違う」


「それは、さっき聞いた」


 アレクシエルが返す。


「問題は……」


 僕は、壁に手をついた。


 感情が、見えにくい。


(……いや、違う)


 正確には、感情が薄い。


 魔物のように本能的でもなく、

 人間のように複雑でもない。


 ――削ぎ落とされている。


「零、どうした?」


「このダンジョン……

 人の感情が、溶けてる」


 ヘリオが、ちらりとこちらを見る。


 一瞬だけ、感情が揺れた。


 知っている者の揺れ。


「……そういう場所もある」


 それ以上は語らない。


 階層を下るにつれ、

 魔物の死骸が増えていく。


 だが、どれも妙だった。


「……切り口が、同じだ」


 アレクシエルがしゃがみ込み、死体を確認する。


「魔物同士の争いじゃない」


「賞金首の仕業だ」


 ヘリオが言う。


「生き延びるために、狩っている」


 その言葉に、違和感。


(生き延びる……?)


 傭兵なら、逃げる手段はいくらでもある。

 それでもここに留まっている理由が、分からない。


 やがて、広い空洞に出た。


 中央に、男が立っている。


 痩せ細った体。

 だが、姿勢は崩れていない。


「……来たか」


 男が、こちらを見る。


 その瞬間、背筋が凍った。


(感情が……無い)


 怒りも、恐怖も、警戒すらない。


 空っぽだ。


「賞金首、確認」


 ヘリオが淡々と言う。


「名は捨てた。

 今はただ、生きるだけだ」


 男は、剣を構えた。


 動きは、洗練されている。

 無駄がなく、効率だけを突き詰めた型。


「来るぞ!」


 アレクシエルが前に出る。


 剣と剣がぶつかる。

 火花。


 速い。

 そして、重い。


「ッ……!」


 アレクシエルが後退する。


 感情が揺れた。


 焦り。

 だが、怒りはない。


(まずい……)


 魂術の条件を満たせない。


 感情の振れ幅が、ない。


「零!」


「分かってる……!」


 詠唱を試みる。


 だが――掴めない。


 男の感情は、波打たない水面のようだ。


「……魂術師、か」


 男が、初めて感情を見せた。


 微かな嘲り。


「俺はもう、縛られない」


 その言葉と同時に、

 強烈な殺意が叩きつけられる。


 アレクシエルが、全力で受け止めた。


「ぐっ……!」


 ヘリオが、静かに前に出る。


「無理をするな」


 その声には、不思議な重みがあった。


「彼は、“削られた”人間だ」


「削られた……?」


「欲も、恐怖も、怒りも。

 生き残るために、全部捨てた」


 だから――


「感情を媒介にする力は、通じにくい」


 その言葉は、

 この先に待つ敵を示しているようだった。


 戦闘は、まだ終わらない。


 だが僕は理解した。


 魂術は万能ではない。

 そして――


 本当に危険なのは、感情を失った人間だ。

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