【序章】アレクシエル家の名
宿に戻った後も、外の気配が完全に消えることはなかった。
窓の外。
通りを行き交う人間の中に、明らかにこちらを意識している視線が混じっている。
魂縛石を換金した、その日からだ。
「……思った以上だな」
アレクシエルが、窓から視線を外し、静かに言った。
「国家級資源って言葉、冗談じゃなかった」
「だから言っただろ」
そう返しながら、彼は剣の位置を確認する。
無意識の動作。
だが、その感情はわずかに荒れていた。
警戒。
苛立ち。
そして、後悔に似た色。
「……俺のせいだ」
「どういう意味?」
「魂縛石が出たのは、お前が魂術師だったからだ。
でも、俺が前に立ってなければ――」
「違う」
被せるように言った。
「君が前に立ってくれたから、成立した。
一人じゃ、無理だった」
アレクシエルは、黙ったまま椅子に腰を下ろす。
感情は、少しだけ落ち着いた。
しばらくして、ぽつりと呟く。
「……アレクシエル家、って知ってるか」
「名前くらいは」
剣と騎士の名門。
この国で知らない者はいない。
「俺の家だ」
空気が、僅かに重くなる。
「名門だ。
代々、王や帝に仕える騎士を輩出してきた」
感情の色が、濁る。
「……だが俺は、落ちこぼれだ」
「噂は?」
「聞こえてるだろうな」
自嘲気味に笑う。
「才能がない。
期待外れ。
家の名を汚す存在」
その言葉に、怒りはない。
あるのは、諦めに近い感情だった。
「父は、ゴルディム・アレクシエル」
その名前を聞いた瞬間、胸の奥がわずかにざわついた。
「厳格で、優秀な騎士だ。
感情を見せない人でな」
尊敬と、恐怖が入り混じった色。
「……俺は、認められなかった」
「それで、家を出た?」
「半分はな」
彼は視線を伏せる。
「母は、もういない。
病気だった」
短い言葉。
だが、そこに込められた喪失は重い。
「家には、俺より優秀な人間が山ほどいる。
だから……俺は、ここにいる」
冒険者として。
名を捨てて。
女神アリフィカの声が、ふっと割り込む。
『……面倒な血筋ね』
その言葉に、妙な含みを感じた。
「何か、知ってるの?」
『別に。ただ……
そういう家は、争いに巻き込まれやすいってだけ』
嘘だ。
感情が、微かに揺れている。
だが、今は追及しない。
「なぁ、零」
アレクシエルが顔を上げる。
「俺は、まだ強くなる。
家のためじゃない。
自分のためだ」
その感情は、まっすぐだった。
「だから……置いていくな」
「置いていかない」
即答だった。
この騎士は、まだ知らない。
自分の家が、
そして自分自身が、
やがて帝国の中枢と深く関わることになるということを。
その運命の始まりが、
もう、すぐそこまで来ていることを。




