【序章】石の価値
ギルドに足を踏み入れた瞬間、空気がわずかに張り詰めたのを感じた。
昼下がりのロビーは本来なら騒がしい。
依頼帰りの冒険者たちの笑い声、酒の匂い、金属の触れ合う音。
だが今日は、どこか視線が多い。
(……気のせい、じゃないな)
アレクシエルも気づいているらしく、歩調を少しだけ落とした。
「ここだ」
受付カウンターの前で立ち止まり、彼は腰の袋から例の石を取り出した。
魂縛石。
光を吸い込むような、鈍い輝き。
それを見た瞬間、受付嬢の表情が凍りついた。
「……え?」
小さく漏れた声。
次の瞬間、彼女は石と僕たちを交互に見比べ、息を呑んだ。
「ちょ、ちょっと待って……それ……本物?」
「多分」
僕が答えると、彼女は一拍置いて、声を張り上げた。
「ギルド長を!今すぐ呼んで!!」
ロビーがざわつく。
周囲の冒険者たちが、何事かとこちらを見る。
視線。
好奇と警戒、そして――欲。
数分後、現れたギルド長は、石を見るなり深く息を吸った。
「……魂縛石だ。間違いない」
低い声。
その一言で、空気が変わる。
「換金は……出来ますか?」
僕が尋ねると、ギルド長は頷いた。
「出来る。ただし、額は覚悟しろ」
提示された金額を見た瞬間、思考が止まった。
「……桁、間違ってません?」
「間違ってない」
即答だった。
「下手をすれば、一生分。
いや、三世代分の金だ」
アレクシエルが、ゆっくりとこちらを見る。
「言っただろ。国家級資源だって」
「……実感がなかった」
金策で困らない、とは聞いていた。
だがここまでとは思わなかった。
ギルド長は、声を潜める。
「忠告しておく。
この石を持った瞬間から、お前たちは“見られる”」
「……見られる?」
「貴族、商会、国家。
そして、もっと厄介な連中だ」
僕の背筋に、冷たいものが走る。
「魂術師が石を生んだとなれば、黙ってはいない」
アレクシエルが、拳を握った。
「……面倒なことになったな」
「うん」
だが、もう戻れない。
ギルドを出た後、視線は確かに増えていた。
気配を隠す者。
あからさまに値踏みする者。
女神アリフィカの声が、楽しげに響く。
『いいじゃない。
やっと“舞台”に上がったってことよ』
その声の奥に、
期待とは別の――黒い感情が滲んでいる。
それに気づきながら、
僕はあえて、考えないことにした。
今はまだ、
前に進むしかなかったから。




