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第一話「マタイヤの港」

燦燦と照らす太陽の光。鼻を掠める潮の匂い。

ざぁ、ざぁと果ての無い波が水平線へ向かって押し寄せていく。

ゆらりと揺れる船の上から眺める光景は、陸の上で暮らす人間にとってこの上なく幻想的に映るだろう。

しかし、それを気にも留めないくらい、憂鬱なものがあった。


「うぅ…うぉええええ!」


そう、船酔いである。いつまで経っても、これだけは慣れない。

青々と煌めく母なる海に向かって、僕は昼間食べたものを還した。

魚がピチピチと集まってくる。消化しきれなかったものを彼らが餌として食べるのなら、決して無駄にしたわけではない。そう信じることにしよう。

しかし、胸の中は突き刺さるような罪悪感でいっぱいだった。僕は今までご飯を残したことがない。

さりげない誇りだったが、村を出た今ではそんなものは何も意味をなさなくなっていた。


「大丈夫?アル。」


背中をさするように手を伸ばしてくれる少女。

美しい朱色の瞳に、サラサラの黒い髪。白いワンピースに麦わら帽子。そして誰もが目を奪われる…はずの可憐な素顔、立ち振る舞い。

まるで誰かが創作した物語に登場しそうな美少女を思わせる君は、心配するような、それでいて優しげな表情で僕のことを介抱する。


「あ、ああ。これぐらい何ともないよ。ちょっと気分が悪くなっただけさ。」


心遣いに感謝しつつ、余計な心配を生むまいと振る舞う。


―兄として妹を不安がらせるわけにはいかない。


君の優しさが母譲りであることを疑うつもりはなかった。

その横顔には母の面影を感じる。懐かしい記憶。そしてもう…二度と手に入らないもの。

それを思い起こす度に、僕は少しだけ暗い気持ちになる。


「おーい、兄ちゃん。大丈夫かー?」


見かねた船乗りのおじさんに声をかけられる。彼はどうやら帆の調整をしていたらしい。

それを中断して、わざわざ僕のところに駆け付けてくれた。

船の業務を滞らせたくない僕は、適当に右手を振り上げて愛想笑顔を作る。


「本当に大丈夫なのか?」


「は…はい。大丈夫です。船の揺れにもだいぶ慣れてきました。」


「いや、船酔いもあるが…兄ちゃん明らかに様子が尋常じゃなかったからさ…」


「だって、誰もいないところに向かって話しかけていたろ?」


「あ…」


妹のルティがムスっとした表情を浮かべる。そう…彼女は僕にしか見えてない。

傍から見れば僕は頭のおかしい変人だ。そういった目で見られるのは本意ではないが、彼女のことを説明して理解してもらうわけにもいかない。



なぜなら…僕たちは―


―歴史から消された、死霊術師だから。



「は…はい。心配をかけてすみません。少し気が動転してたようです。」


「本当に大丈夫か~?まあ最初は誰でもそんなもんだ!俺も初めて乗った時はそんぐらい吐いたさ。まあ時期に慣れる!」


ガハハ、と偉丈夫という言葉が似合いそうなおじさんは笑い飛ばす。その明るさを見習いたいと思いつつも、自分はそうはなれないだろう。

僕はあまり自分の感情を表現することが得意ではない。いつからそうなのかは覚えていないけれど、気付けば人に心配をかけてばかりの暗い人間だった。


「もうすぐ港に着くからな。あと少しだけ辛抱してくれ!」


「は、はい!うっぷ…」


…本当に港まで耐えられるだろうか。



――――――――――――――――――――――――――――――



「マタイヤの港ー!到着ー!」


船乗りのおじさんが勢いよく到着の号令をかける。それと同時に、僕たちは船を飛び下りた。


「わぁ~!」


ルティが歓喜の声を上げる。一面波しかない景色も幻想的ではあるが、やはり人間は地に足をつけてこそだ。


「よう!今日も大漁だな!」


「よってらっしゃい見てらっしゃい!隣国で仕入れた魅惑の魔力水!お安くしとくよ!」


船から積荷を降ろす水夫、その積荷を開き市場に運ぶ商人、商品を好奇の目で見つめ時には熱狂する人々。

彼らの熱気で、港は活気に満ちあふれていた。


「ふぅー!やっと着いた~!ほら、アルももっとシャキっとして!」


「う、うん…」


長きにわたる船旅を終え、見知らぬ土地に辿り着いた喜びを露にするルティ。

一方で僕は地面に足が付き、それが決して揺るがぬ不動のものであることの素晴らしさを噛み締めていた。

船酔いを覚ましたところで群衆を搔き分け、人通りの少ないところに向かう。


「えっと…ここで何するの?」


「な…君の身体のために来たんだろ?そんな他人事みたいに言うなよ。」


ルティは目をきょとんとさせながら、思い出したように笑った。


「そうだったそうだった!いや~ごめんごめん!未だに自分の身体が幽霊だって自覚がなくてさ。」


「別に幽霊ってわけじゃ…」


「でも幽霊みたいなものでしょ?アル以外には見えてないし、体も触れられない。ご飯も食べられない。」


「こんなの…死んでるのと同じだよ。」


「ルティ…」


普段は明るい彼女が、時折見せる悲しげな表情。兄として、妹にそんな顔をさせたくはなかった。


友達を作ることもできないし、愛すべき人から愛されることもない。食事を取ることもできないし、誰かに触れることさえできない。

それは何よりも辛いことだ。想像を絶する悲劇としか表現する方法がない。

自分の不甲斐なさに腹が立つ。気丈に振る舞っていても、彼女が耐え難い境遇にいることは間違いない。


「…ルティ、そんな顔しないでくれ。君の身体は必ず取り戻す。そして…村を襲った"黒の魔法使い"たちは僕が絶対に倒す。」


「………」


「私…頑張ルティ!!」


「…は?」


ルティが突然意味不明なことを言い出した。


「いや、だからさ。頑張る、にルティをかけた、高度なギャグなんだよ!どう?面白い?」


「………」


反応に困る…。決してつまらないわけではないが、会話の空気というものがあるだろ?いや、決してつまらないというわけではなく。あ、ルティを庇っているわけではないよ?


「う…うん。ほどほどにね。」


「えー!?何その反応!却って傷付くんだけど!」


ぷんぷんと膨れっ面を披露するルティを尻目に、僕は港を後にした。



―――――――――――――――――――――――――――――――



ドグマニア帝国の辺境に位置する、平和な港町「マタイヤ」。

決して大きな町ではないが、他の国の領海に近いため物流の要となっている。

それはつまり…色んな情報が舞い込んでくるということだ。

僕たちが探す、黒の魔法使いの情報も手に入るかもしれない。


そのためには、まず人が集まるところを探すのが手っ取り早い。

例えば食事が取れるところ、他者との会話が弾む場所。

それはつまり…酒場だ。


少しごちゃごちゃしているがどこか陽気な装飾が施された外観を見て、僕はそっと扉を開く。

昼飯時から少し過ぎた時間ではあるが、店内は客で賑わっていた。

客層の殆どは筋肉質な男たちで、この港で肉体労働を生業とするであろうことは容易に想像できた。

そんな血気盛んな者たちを通り抜け、中央でグラスを磨いている店主の元に向かう。


「ん?ボクぅ~?ここは君みたいな子供がくるところじゃないよ~?」


こちらに気付き嗤うように咎める店主。その口調はどこか妖しく、挑発的でもあった。

振り返ると周りの客も僕たちのことを不審な目で見ている。

それもそうだ。この場において、僕らは明らかに場違いだ。できることなら無用なトラブルは避けたい。

穏便に話を済ませるべく、重い口を開いた。


「すみません。どうしてもお聞きしたいことがあって…」


「ん~なんだい?子供が飲むようなミルクなんてウチにはないよ~?」


どっ、と客が笑い出す。嘲笑する群衆。笑い者にされる僕たち。

ある者は腹を抱えて大笑いし、ある者はとっとと失せろ、と言わんばかりに遠くから威圧してきた。

腰が引けそうになるが、ぐっと堪えて切り出す。


「黒いローブを羽織った魔法使いについて、何か知りませんか?」


「はぁ~?魔法使い~?黒のローブ~?」


「こんな紋章を身に付けていたのですが…」


懐から手描きの紋章を記した紙を取り出す。

三角と丸が合わさった薔薇のような紋章。どの文献にも類似したものは存在しなかった。


「…そんなこと聞いてどうするの~?」


「いえ、知らないならいいんです。他を当たりますから。」


「…もしかして君はルデス村の惨劇と何か関係があるのかい?」


「…はい。僕はあの村の生き残りです。」


「………」


店内が一瞬の内に静寂に包まれる。僕たちの村は決して有名なところではない。だけどこの町で通じる程度には話題に上がっているようだ。


「ふぅん…なるほどねぇ…」


冷やかしではないと理解したのか、指で通貨のジェスチャーを取りながらこう言った。


「知りたいなら…それ相応の"対価"を払えよ?ボウズ」


突然戦士のような眼差しで睨み付ける。

間違いない。この人は"情報"を持っている。今までこうやって、海外の屈強な男たちから価値のある情報を仕入れてきたんだ。


「…いくらですか?」


「200…いや300ってとこかな。というのもあの集団に関わった人間はみんな失踪していてね。正直なところ何も話したくないというのが本音なのさ。」


「300…!300というと大金ですよ。家族一代くらいなら生涯遊んで暮らせる額です。」


「そういうことよ。全てを話したら俺も店を畳んで町から出る。そして一生逃亡生活さ。」


「たかが情報一つのために、そこまでする価値があるんですか?」


「ああ、あるね。俺がこの情報を握っていると知れば奴らは血眼になって俺を消しにくるだろう。」


「こっちは命賭けてんだ。ほんとは1000貰ってもおかしくはねぇ。だがこの情報を欲しがるような奴は黒の魔法使いを腹の底から憎んでんだろ?だったら俺が殺される前に奴らを潰してもらう。金は用心棒代ってことでまけといてやる。そういう理屈さ。」


「…すみませんが、そんな大金僕には…」


「まあ待ちな。金を持ってなくてもいい。お前はあの村の生き残りなんだろ?黒の魔法使いどもからしたら喉から手が出るほどほしい存在なわけだ。だったら…お前自体に価値がある。」


明らかな殺気…店主からそういった気迫を感じた。

気付けば周りの客たちも席を立ち、獲物を見つけた獣のような眼差しで僕の周囲を囲っていた。

ある者は武器を持ち、ある者は鍛え上げた肉体を見せつけていた。


「やっちまえ!お前らァ!!」


「うおおおおおおお!!!」


店主の号令と共に、客たちが襲い掛かってくる。まるで示し合わせたように、一つの集団として統一された動きだ。

大の男たちの雄叫びが酒場を覆う。つい耳を塞ぎたくなってしまうが、ここで折れるわけにはいかない。


「手貸そうか?アル」


「大丈夫。ルティは何もしないで。」


無用な争いは避けたかったが、仕方ない。店主は情報を持っている。また同じ情報に辿り着ける保障はない。

力尽くでも、欲しいものを手に入れる。邪魔をするなら誰であろうと容赦はしない。


「オラァッ!」


見るからに屈強な男が、僕の頭部目掛けて拳を振りかぶる。

だがその攻撃は…僕に当たることはなかった。


「………なにっ!?」


自慢の一撃が空ぶったことに同様を隠せない男。戸惑いながらも何度も僕に殴りかかろうとする。

しかしどの拳も、悉く僕に当たることはない。

無駄の多い攻撃。理論ではなく、一時の本能に身を任せて暴れるだけの乱打。

それでは駄目だ。全ての攻撃に意味を持たせなくては。


「クソッ!!クソが!!なぜ当たらねぇ!」


当たる直前で身を躱し、避けた相手の攻撃を見極める。そして戦いの中で情報を得て蓄積し、己の戦術に活かす。

相手の弱点は?それに辿り着くための布石は?相手の防御はどう切り開く?想定される反撃はどう躱す?

思考を止めることはない。流動的に変化する事態に常に対応できるように。それが戦場における心得だ。

敵の精神はどう崩す?絶対的に信望するものを壊した時、人は脆い。僕はそれをよく知っている。


全て…母から教わったものだ。生き抜くための強さも。…失うことの辛さも。


「俺の…自慢の拳が…!そんなはずはねぇ!!オラァッ!!」


「はぁっ!!」


気合いを入れると共に、全身の力を腕に集中させる。通常人間は全力の30%しか力を引き出せないが、訓練を積んだ人間は全ての力を自由自在に引き出すことができる。

だが僕はそれ以上の力を引き出す。常人には存在しない…『死力』を尽くすことによって。


ドゴォッ!!!


「ぐはぁ!!」


僕の背丈の倍はあるだろう大男が宙を舞い、壁にめり込む。これでも手加減した方だ。

さっきまで威勢よく叫んでいた男たちが、シーンとした静粛に包まれた。見かねた店主が再び号令をかける。


「何してやがるてめぇら!あんなガキ相手にビビッてんじゃねぇ!一生遊んで暮らせる金が欲しくねぇのか!?」


「う、うおおおおおおおお!!!」


集団に士気が取り戻される。その手腕は大したものだが、彼らの目には既に困惑と恐怖の感情が映っていた。

僕は金なんて欲しくない。目的を果たすためなら命だって惜しくはない。

決して彼らを貶すつもりはなかったが、背負っているものが違うのだ。負けるわけにはいかない。


「ふんっ!!はぁっ!!やぁっ!!!」


ドンッ!!ドゴォッ!!バギィッ!!!


一人一人の弱点に的確に攻撃を打ち込んでいく。全てを倒しきるまで、そう時間はかからなかった。


「わぁ~。パチパチ!」


ルティが可愛らしい拍手をしてくれる。妹の前で情けない姿を見せずに済んでよかった。


「さて…あとはあなただけですよ。店主。」


「てめぇ…!」


怒りに震える店主。しかし、その顔に穏やかな表情が戻る。


「はぁ~。降参だ降参。ったく、客を全部のしちまいやがって…今日は店仕舞いだな。」


「そっちが仕掛けてきたんでしょう。弁償はしませんからね?」


「分かってるよ。で?黒の魔法使いだったか?その情報が欲しいんだな?話してやってもいいが…さっきも言ったように対価は貰うぜ。」


「はい、それはもちろん。ところで一つ提案があるのですが…」


「あ?」


きょとん、とした顔を浮かべる店主を尻目に、僕は掲示板に貼られていたとある手配書を手にする。

それはいくつかある手配書の中でも明らかに古びていて、長い間誰も手にしたことがないであろうことが容易に想像できるものだった。


「そ…そいつは…!」


「『ベネシス」というモンスターの手配書…10年前から不定期にこの町を襲う怪物。1000マルクスの懸賞金がかけられています。」


「どうでしょう。こいつを僕が倒して賞金をあなたにお譲りするというのは?」


「馬鹿言ってんじゃねぇ!こんなバケモン倒せるわけねぇだろ!?1000マルクスといやぁAクラス最上位だぜ!?中央の上級魔法使いが束になっても勝てるか怪しいぐらいだ!」


「10年間誰も倒すことができなかった怪物!みんな災害みてぇなもんだと思って受け入れてる!それをおめぇみたいなチビが倒せるわけねぇ!!」


「むっ…!」


チビという言葉に一瞬反応しそうになるが、あくまで冷静さを崩さないように務める。

今まで成し遂げたものが一人もいないから不可能だ…なんていうのはただの幻想でしかない。

この世に不可能なんてことはなに一つ存在しない。この考え方も母から教わったものだ。


「どちらにしても、この怪物を放置し続けていれば甚大な被害が出続ける。この町が物流の要所でありながら大きな発展を遂げられない理由…察するにこの怪物にあるのでは?」


「まあ気にしないでください。僕が怪物に負けたらその死体を黒の魔法使いに引き渡せばいい。元々はあなたもそれを望んでいたことでしょう?」


「それはそうだが…」


「じゃあ決まりですね。ベネシスがいつ現れるか分からない以上、暫くはこの町に滞在させていただきます。あ、そうだ!」


「な、なんだよ?」


「すいません…今お金がなくて。泊まる宿も見つかってないんです。僕をここに住まわせてくれませんか?」


「…………………………」


「はぁあああああああああああああ!?!?!?」

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