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第二の季節…火   (後編)

 サラマンダーの若き王は戦争に明け暮れていた。


 己の国の領土を広げようと、隣国に攻め入り、征服し、更に隣国へと攻め入っていった。


 幾つかの国を我がものとした王はついに最果ての国へとたどり着く。


 この国さえ攻め落とせばと戦いを挑むが、城壁は堅固で味方を失うばかりである。


 王の友人であるシルフの王子が言った。


「我が友よ、君は君の背後を振り返ったことがあるだろうか? ――さあ、見るんだ。君の兵の疲れ切った表情を」




 王に命じられるまま他国を攻め続けていた兵たちはいつの間にか祖国から遠く離れた地まで連れてこられていた。


 ――帰りたい。同じ死ぬのなら、祖国の地で家族に見守られながら黄泉の国へと旅立ちたい。


 王子は激情しやすい王を、命を賭けて解き伏した。


「君の国は十分な領地を得た。もういいではないか。祖国に帰ろう。君もわたしも愛する者の元へ帰るんだ」


 ところが王は頷かない。




「臆したのか、君ともあろう者が。情けない。――ああ、良いとも。帰るがいい、君の国へ。ただし、わたしたちの友情もこれまでだ」


 剣先をシルフの王子の喉元に突きつけるサラマンダーの王。


「君とならずっと共に駆けられると思っていた」


「駆けられるとも」


「同じものを見て、同じように感じ、笑い、死が我々を別つその時まで共にいられると思っていた」


「いられるとも。君の子どもとわたしの子どもが共に大きくなっていく姿を、わたしたちは一緒に見守るんだ。やがて君には孫が生まれ、わたしにも孫が生まれる。わたしたちの国は栄え、今日のこの戦いをエール(酒)の杯を傾け、昔語りする時が来る」



 王は頭を左右に振った。


「想像することができない」


「――帰ろう、共に」


「剣を振るい、他国を征服することの中にしか己の意義を見出せないんだ」


「君は王だ。君の国こそが君の意義だ。――さあ、帰るんだ。君の国に」  


 シルフの王子に説き伏せられ、サラマンダーの王はしぶしぶ兵を引く命令を出した。


 だが、その夜、王の天幕に一人の男が訪れる。


 男は王の臣下で、彼はシルフの王子が敵に通じていると王に諫言をした。


 敵に通じているからこそ兵を引けというのだ、とその臣下は言い、王はそれを信じた。




 だか、真実は、その臣下こそが敵に通じており、王と王子の仲を違えようと企んだのだ。


 王子の裏切りに怒り狂った王がシルフの王子を殺せば、シルフの民がサラマンダーの王を許さない。


 王はたちまち風に切り裂かれて命を失うだろう。



 その男は最果ての国の王から、山のような宝石を贈られていた。









 ▽▲









 徹夜の練習のおかげか、ブロアのセリフに淀んだところはない。

 演技もなかなかだ。


 熱演する火の民の中、風の民とは言え、ブロアも熱演するしかないのだろう。


 いよいよ劇はサラマンダーの王がシルフの王子に剣を向け、言い迫るところだ。


 ――なぜ裏切った。


 ルーグがブロアに向かって剣を振り下ろす。

 ブロアは剣を受け、横に流した。


 キィン、と鳴り響いた剣は本物。

 一つ動きを間違えればどちらかが本当に怪我を負ってしまう。

 そんな緊迫したシーンだ。




「何のことだ? 君を裏切った覚えはない!」


 ブロアは必死に叫び、ルーグの剣をかわす。


「君を誰よりも信頼していたのに」


「わたしも君を誰よりも信頼している。どうしたんだ? いったい何があったんだ?」


 黙れ、とルーグ。

 彼の剣がブロアの躰を貫いた。

 ――という風に観客に見えるようにうまくブロアの脇の下を通すはずだった。


 ルーグの目が驚き見開く。

 ブロアが動きを間違えたのだ。

 刺してしまった。

 本当に!




 赤。

 しだいに広がっていくものに、ルーグは動揺を隠せなかった。


 崩れるように倒れたブロアの姿に悲鳴が上がる。

 観客席からだ。

 舞台裏からも息を呑む音が響き、ルーグも呼吸を忘れた。


 血。

 ブロアの紺色の衣装が見る見るうちに黒ずんでいく。


「ブロア!」


 刺してしまった彼女の脇腹を押さえつけて、ルーグは悲鳴に近い声を上げた。




「しっかりしてくれ……」


 ペシン。

 頬が鳴る。


 ルーグはハッとしてブロアを見下ろした。


「セリフを言え、早く。劇を台無しにするつもりか?」


「バカ野郎。劇どころじゃないだろうが!」


「私は大丈夫だ。血がベッタリで気持ち悪いだけだから。――だから、早く劇を終わらせてくれ」


 そう静かに言って、ルーグの腕の中でブロアは瞼を閉ざした。

 ズシリと、ブロアの重さが腕に染みる。


 ――こんなはずではなかった。


 サラマンダーの王のセリフはまさに今のルーグの気持ちそのものだった。



「こんな風に君を失うなんて! こんなはずではなかった。いったい誰が君をこんな目に遭わせたんだ? 君をわたしから奪い去ろうとする者をわたしは許せない。――わたしはわたしが許せない」


 血に染まることも厭わず、ルーグはブロアを両腕で抱き締めた。

 ぴくりともしない身体。


(嫌だ。ブロア!)


 動かない身体を揺さぶって、叫ぶ。


(もう二度と剣は持たない。いや、持てない。命を失うということはこういうことなのだ)




 剣は大切な者を奪う。

 剣を向けた相手にも大切な者はいる。


 また、その者を大切に思う者もいる。

 他人の命を奪うことを許された者はいない。


 大切なものを守りたいという気持ちは誰もが等しい。

 それを奪って良いはずがない。

 例えどのような理由があったとしてもだ。


 頬を涙が伝う。

 痛い。

 半身を引き千切られたかのように痛むのは、心。


 愚かだった己が悔しくて、半身を取り戻せるのであればどんな報いも受けると天に祈る。


 ――が、天は静かだ。



 やがて辺りは暗闇に包まれた。

 舞台の照明が消されたのだと気付いた時、ルーグの心も暗黒に包まれた。


 だが、その時だ。


 歌声が聞こえてきた。


 それは火の旋律を奏で、美しく会場に響く。



 どくん、とルーグの胸が高鳴った。


 ――彼女だ。





 スポットライトの光が観客席からブリジットを探し出す。


 再び点けられた舞台の照明は淡い。

 哀しみの色に包まれたルーグは眩しいばかりのブリジットを見つめた。


 それは、儚く美しいレクイエム。

 しーんと静まりかえった会場に、ブリジットの歌声だけが響く。


 ブリジットはけして美しい少女ではない。

 だが、唄う彼女のこの存在感は何だろうか?

 誰もが彼女だけに視線を注ぎ、その目を逸らせないでいる。


 いつの間にか、ルーグの涙が止まっていた。









 ▽▲











 歌声は光の中に消え、やがて光も暗闇に溶けた。


 幕が下ろされ、ルーグは腕の中の重みを思い出した。舞台の上は血だらけだ。


「……ブロア?」


 呼ぶと、ブロアはぱっちりと瑠璃色の瞳を開いた。

 ルーグは驚愕する。


「ブロア、大丈夫なのか?」


「当たり前だろ?」


「けど、血が」


「莫迦。これは血糊」


「血糊? そんなものを使う予定はなかったはずだ」


「ああ、なかったな。――けど、盛り上がっただろ?」



 ブロアは得意げに脇腹に張り付けた袋をルーグに見せた。

 ルーグの剣が裂いたそれは未だに赤い液体をドロドロと流し続けている。


「お前たちの劇は練習に練習を重ねて、ハプニングとは無縁だろ? そんなのつまらないじゃないか? ――そうロクマリアに相談したら、血糊を使ったらどうだって。なるほど、って思って、使ってみた」


「使ってみたって、お前……」


 ホッとしたような、怒鳴りつけたいような。

 ルーグはわなわなと震えながらブロアの両肩を掴んだ。



「俺がどんな思いをしたか、お前、分かっているのか?」


「――悪かったよ。泣くとは思わなかった」


「泣くだろう! 俺はお前を殺してしまったのかと思ったんだ! ……ものすごく、怖かった」


 俯いた赤髪を、ブロアは申し訳なく思って撫でた。


「ごめん。もう二度としない」


「……」


「――きっと私もルーグに死なれたら、泣くよ」


「……ああ」


 ルーグは己の頭を撫でるブロアの手を捕まえると、その甲に唇を押し当てた。

 くすり、と笑みを浮かべる。





「お互い血だらけだな」


「お前、今ので顔にもついたぞ」


「はははっ。構うものか。今更だ」


 言ってルーグはブロアに抱きつく。

 まるで犬がじゃれつくように。


(ブロアが生きていてくれて嬉しい! 彼女が大切で、掛け替えのない存在だから)


「やめろって。気持ち悪いんだよ、この血糊。匂いまで本物っぽいし」


「そうよ、やめなさいよ。それどころじゃないんだから!」


 二人の頭上から不意に声が響く。

 見上げると、アルティオが腰に手を当てて仁王立ちしている。


「劇はまだ終わっていないわよ。台本を思い出して!」



 アルティオの台本によると、シルフの王子を失ったサラマンダーの王は、真の裏切り者は自分に諫言した臣であることを知る。

 彼を処刑し、再び敵国に攻め入る決意をするのだ。


 だが、これは火のアラウダを欠いた台本だ。

 本当のベルティネ祭の劇には更に続きがあり、結末はこうなる。


 数年の月日をかけて最果ての国の城壁を破り、いよいよ国が滅びるという時、サラマンダーの王は歌声を聞く。


 敵国の王女がサラマンダーの王の前に進み出て、レクイエムを唄ったのだ。


 既に王女の父王は命を絶ち、民も皆、最期の覚悟をしていた。


 王女の歌声は哀しく美しくサラマンダーの王の胸に響き、王は兵を引くことを王女に約束した。




「すぐに幕が上がるわ。ブロアは舞台脇に移動して」


「分かった」


 ブロアはルーグの躰を押し退けて、立ち上がった。


「俺は?」


 ブリジットが唄ったことで、事態は既に台本とは異なっている。

 本来の劇とも違う。


 アルティオはにこりと微笑んだ。


「ルーグは幕が上がったら舞台から降りて、客席に。ブリジットの手を取って、こう言うのよ」


 ルーグは頬を高揚させたアルティスを唖然として見上げた。




「大丈夫。今のルーグならきっとブリジットも拒まないわ。――今のあなたは素敵よ。かなり血まみれだけどね」


 笑うアルティオにブロアも頷いた。


「ああ、そうだ。今のルーグなら、私はアミを引き受けてもいい」


「ブロア、その……」


「分かってる。お前は私のアミにはなれない。私よりも彼女を選んでいる。違う?」


「お前も大事だ。お前やロクマリア、アルメリア、みんな大事だ」


「それでいい。それでいいんだ、ルーグ」


 ブロアが青髪をそよがせて、鮮やかに微笑んで見せた。


 小さな足音が駆けてくる。

 小さな少女はブロアの前まで来ると、心配そうな表情でブロアの脇腹に触れた。



「ブロア、痛い?」


「大丈夫だよ、リール」


「でも、血がこんなに」


「これは血糊なんだ。――血糊、分かる?」


「嘘の血ってこと?」


「そうそう。怪我はしていないんだ」


 それでもこの幼い少女の納得を得られず、ブロアは苦笑しながら服をめくって見せた。

 血糊まみれの脇腹は、確かに無傷だ。

 ホッと息を漏らすリール。


「心配したんだから」


「そうだね。悪かったよ」


 苦笑してブロアは立ち上がった。

 リールの小さな肩を抱き寄せ、ルーグに振り返る。


「しばらくは子守が大変なんだ。私だって、お前のアミにはなれない」


 言って、リールと共に舞台脇に去っていった。











 ▽▲













 再び幕が上がった。

 照明が皓々と照らしたのは、ルーグとブリジットの姿のみ。


 ルーグはゆっくりと歩み出した。

 舞台を降り、真っ直ぐにブリジットの元へ。


 ブリジットが着た深紅のドレスはアラウダの衣装とは違う。

 だが、彼女以外にルーグのアラウダはいなかった。


 ブリジットの前に立ち、ルーグは彼女の手を取った。


「――君が、好きだ」


 声が擦れた。

 ブロアに対しては何度も言ってきた言葉だというのに、どうしてこんなにも違う響きに感じられるのだろう。


 答えは易い。

 ブリジットはブロアとは異なるからだ。


「わたしには君が必要だ。わたしと共にわたしの国に来て欲しい」


 ブリジットの大きな瞳がルーグを見上げる。




「もしも君がわたしを拒んでも、わたしの兵が君の国を攻めることはない。わたしは祖国に帰り、一人で時を費やすだけだ」


 拒まれることはない、とアルティオは言ってくれた。

 ブロアも頷き、背中を押してくれた。

 それでも、ルーグの膝は笑っている。


 今はこの小さな少女が途方にもなく恐ろしかった。

 拒まれたら、もう二度と‘たった一人’を選ぶことはできないだろう。


「――俺には君しかいない」


 呟くように口にした言葉は、ルーグの心。


 あなたは、とブリジットの桜色の唇が開いた。




「哀しい人。私はあなたが愛おしくて堪りません。――ずっと遠くからあなたのことを見つめていました。あなたの哀しみを私の歌で癒せたらと、ずっと願っていました」


 ルーグの咽が鳴る。

 思いがけない告白だった。

 信じられない気持ちに躰が震える。


 ルーグは必死にその震えを抑え、彼女の前に膝を着き、彼女の手の甲に唇を寄せた。


「側にいて欲しい」


「……はい」


 歓声が沸く。

 火のアラウダの手を取って、火のプリフェクトが再び舞台の上に帰って行く。

 その誇らしい姿を、火の学生たちは喝采を上げて見送る。


 スポットライトが二人の後を追い、やがて彼らが舞台の上にたどり着くと、幕が下りると同時に輝きを消した。











 ▽▲













 手が汗ばんでいた。

 すぐ隣にブリジットがいることが、ルーグには信じられないことだった。


 既に幕が下りている。

 手を離すべきなのだろうが、できなかった。

 離したくない。


 訝しげなガーネットの瞳がルーグを映した。


「ブリジット」


 ルーグは切なげに彼女を呼んで、その小さな躰を抱き寄せた。

 悲鳴が上がる。

 だが、それに拒絶はない。

 驚いただけだ。


「ルーグ先輩?」


「ブリジット、君が好きだ」


「……私も好きですよ。先輩が戦場に行かないと約束してくださるのなら」


「戦場には行かない」


「戦争を煽る職は?」


「やめた」



「なぜ?」


「大切な者を失いたくない。――その想いは誰もが同じだ」


 だから、と続けたルーグの言葉をブリジットは左右に頭を振ることで遮った。

 その答えで十分だった。


「先輩の傍にいます」


 真っ直ぐに見つめてくる瞳がやがてゆっくりと細められ、近付けられたルーグの顔の影に覆われる。


 そっと唇が重なった。

 だが、一瞬。

 慌てて彼女の躰を引き離したルーグの顔は赤い。


 この現場をオルウェンが見ていたら床が抜けるほど地団駄を踏むに違いない。

 彼が彼女を押し倒す日はまだまだ遠い先のことであるようだ。











 ▽▲








 ベルティネ寮に歌声が響く。

 それは祭り前の差し迫るような歌声ではなく、穏やかで美しい歌声だった。


 火のアラウダのブリジットが少女たちの中央で唄い、幾人かの赤髪の少女たちがその歌声に己の歌声を重ねている。


 ルーグはそれをオルウェンの部屋で聞いていた。


「よく分かった」


 不意にオルウェンが拳で己の手のひらを打った。


「お前は貧乳好みだったのだな」


「なんですか、それ」


「見ろ、ブリジットの胸の哀れなこと。私の乳を分けてやりたいくらいだ」


「そんな気さらさらないくせに……」




「当たり前だ。私がこの乳を養うのに日々どれだけ苦労をしているのか。お前も、知らないだろう?」


「知りませんよ」


「ふふふっ。あんな小娘に私の大切な乳をやれるものか」


「……」


 ルーグはうろんな目をオルウェンに向けた。


「もう行ってもいいですか?」


 こんなところでオルウェンの相手をしているよりも、もっと近くでブリジットの歌声を聞きたかった。

 だが、オルウェンは言った。


「これからが本題だ」


「早くして下さい」


「ほら、もう一度そこに座れ」


「長くなる話なんですか?」


「真面目な話だ」




 いつになく真剣な顔に、ルーグは逆らうのをやめて椅子に腰を降ろした。


「お前、戦争を煽る職への志望願いは取り下げたんだろう? ――これからどうするんだ?」


「それは今、考えているところです」


「そうか。それなら、王宮に上がれ」


「はい?」


 冗談かと思ったが、オルウェンの表情は変わらず真剣そのものだ。


「前から思っていたんだが、お前は王宮騎士に向いていると思う」


「俺、もう剣は……」


「バカもの。お前から剣を取ったらいったい何が残るんだ」


「学術もそこそこできます」


「……そうだったな」


 これは困ったとばかりにオルウェンは口をつぐんだ。

 ルーグは怪訝な表情をした。



「オルウェン先生は、俺に王宮に上がって欲しいんですか?」


「私がではなく、王宮がそれを望んでいる……らしい」


「何ですか、それ?」


 オルウェンは立ち上がり、窓を閉めた。

 歌声が途切れ、室内は沈黙の支配を受ける。


「ここだけの話だ。どうもエーディン女王の容態が思わしくないらしい」


「本当ですか!?」


「しっ。大きな声を立てるな。――エーディン女王には子がない。王宮は次期王に相応しい人物を急遽捜し、この学園で見出した」


「この学園に? 次に王になる者がこの学園にいるってことですか?」


「そうだ。――そこで若い王の側近になるべく者としてお前たちプリフェクトが選ばれた」




「俺たち? ブロアやロクマリア、アルメリアも?」


「今ごろあいつらも話を聞かされているはずだ」


 信じられないと、ルーグはオルウェンの顔を見つめ返した。


「それで? その、次の王になるとかいう者はいったい誰なんですか?」


「さあ、そこまでは私にも分からん。卒業するまで極秘を貫くつもりらしい。――ただ一つ分かっていることは、王位に一番近い者には右の手の甲に王家の紋章が現れるらしいってことだ」

「王家の紋章? 現れるって?」



「痣のようなものらしい。私もよくは知らん。――いいか、くれぐれも捜そうとするな。もしお前が王宮に上がることになれば、自然と知れることだ。そして、もし王宮に上がらないとなれば、顔を拝むことも適わないお方だ。お前には関係がない」


「そうですけど……」


 ルーグの冴えない表情を見やり、オルウェンは苦笑した。


「まだ卒業までには時間がある。王宮騎士とは言わない。王宮に上がるのか、それとも別の職に就くのか、ゆっくりと考えればいいだろう」  




 オルウェンの部屋を後にして、ルーグはベルティネ寮の中庭へと急いだ。


 ブリジットが気付き、唄いながら笑みを浮かべた。

 極上の微笑み。


 彼女はけしてすぐれた美貌の持ち主ではない。

 だが、どうして、唄う彼女の眩しさは、ルーグの目に滲みるのだろう。


 ルーグも微笑み返し、ゆっくりと彼女に歩み寄った。





【第二の季節 おわり】


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