第一の季節…風 (後編)
アファンからの呼び出しがかかったのはそれからしばらくのことだ。
新学期の授業も始まり、休み中あちらこちらを飛び回っていた風の学生たちも戻って来、死んだようになっていたインボルグ寮にも笑い声が響くようになっていた。
ブロアの部屋にも様々な国のお土産が山となって積み重ねられている。
忙しくてどこにも行けなかったのだと言うと、皆こぞって持ってきてくれたのだ。
アファンの部屋に入ると、彼はいつものように机に足を組んで乗せ、椅子に深く寄りかかっていた。
「あの子のことなんだが……」
「リールですか?」
「文字が読めないらしい」
ぼそりと呟くように言われた言葉に、やはりか、とブロアは思った。
「空が飛べないのは仕方がないとして、他の授業にも支障が出ている。学術なら普通レベルにできると思ったのだけどね」
「親が教育しなかったらしいですよ。基本的なこともね」
湯も知らなかった、とまでは言わなかった。
「用件はリールのことだけですか? 彼女に関しては、私が時間を見つけておいおい教えていくつもりです。幸い、最終学年の授業はほとんどないようなものですし」
「ああ。卒論だけしっかり書いてくれれば卒業させてやるさ。――話はもう一つ」
アファンが足を机から降ろした。
彼が姿勢を正したので、ブロアは驚いて身構えた。
「お前たちは本当に誰一人として王宮に仕えるつもりはないのか?」
お前たちというのが今年のプリフェクト四人組を指した言葉だということに、ブロアはすぐに気が付いた。
先日のルーグとの会話を思い出して、頷く。
「魅力がないか?」
「ええ、私は。あとの三人はそれぞれ他にやりたいことがあるようですよ」
「ロクマリアも?」
「彼は墓守になりたいそうです」
「墓守……」
よりによって――。
だが、彼らしいと言えば、らしいので、止める気にもなれない。
「けれど、先生。先生は私を教師にするつもりだったのでは?」
「そのつもりだったのだが、イーラン先生がお前は王宮向きだろうと言われてな」
「まさか」
形式高い王宮が風の民であるブロアに向いているとは思えない。
王宮に風の民が少ないのはまさにそんな理由だ。
何をするにも形式。
お辞儀の仕方から、お茶の出し方まできっちり決まったやり方があって、従わなければ手酷い仕置きをされるのだという。
「部屋に入る時は必ず右足から、出る時は左足から……だなんて、やってられませんよ」
「だろうな。わたしでもやってられん」
「でしょう?」
同意を求めるように両手を広げて見せたブロアに、だがな、とアファンは深い息を吐いた。
「実は王宮から命が下ったのだ。今年のプリフェクトたちを是非とも王宮に、と」
「四人ともですか? ――私は冗談じゃないですね」
「お前ならそう言うだろうと私は言っていたのだがね、イーラン先生が王宮の使者にブロアなら王宮向きだろうと答えてしまったのだ」
「あのヒゲもじゃ爺!」
髪なのか髭なのかよく分からない顔を思い出して、ブロアは悪態を付いた。
だが、ふと疑問がわく。
「なぜ王宮からそのような命が下ったのでしょうか? 今までにも?」
「ない」
「四人ともというのが更に疑問です」
ブロアが眉を寄せると、アファンは手を招いた。
ブロアは彼に歩み寄り、顔を寄せた。
「これは噂だ。――陛下のご容態が思わしくないらしい」
王宮の主の名は、エーディン。
その光り輝くばかりの美しさをウィスプ(光の精霊)たちに称えられている女王である。
「それって、一大事なんじゃないですか?」
エーディンには後継者となるべき子がいない。
エーディン自身が先王の一人娘であるため兄姉弟妹もなく、先王もまた兄姉弟妹を持たない女王だったため、叔父や叔母といった存在もない。
「そこで王宮は、陛下の系図をずっと遡って継承者を捜すことにしたそうだ。そうして選び出された候補者が、なんとこの学園にいる……らしい」
何やら眉唾な話だ。
ブロアはますます顔を顰めた。
「ここからはわたしの推測だがね。お前たちを新しい王の側近にと考えているんじゃないかな。若い王には若い臣が必要なものだ」
「――どうでもいいですけど、私はゴメンですよ。王の側近なら尚更だ。それって、とんでもなく面倒臭そうじゃないですか」
言い切ったブロアに、アファンは苦笑する。
「まったくだ。わたしでもゴメンだね」
▽▲
歴代のアラウダがインボルグ祭の劇衣装として着たドレスであるため、そのデザインは些か古風だ。
ギュッとコルセットを締めると、ハルは哀れな呻き声を上げた。
「可哀想に」
胸の中だけで呟いたつもりだったが、バッチリ声になっていたらしい。
キッとハルの涙目がブロアを睨んだ。
「そう思うのなら代わってください! きっと俺なんかよりも先輩の方が似合います」
「まさか」
ブロアは笑って首を振る。
既に衣装を身に着けているが、ハルのように苦しいところなどどこにもない。
古代戦士のような鎧と兜は些か煩わしいが、入学式の時に着たガウンよりは数段動き易いので文句はない。
何より宝石の装飾がないところが良い。
余計な気疲れをせずに済む。
ただ、腰に下げた剣は本物らしく、ずっしりと重かった。
身軽さを好む風の民としてはこの剣の重さだけは頂けない。
「はあ。早く終わらないかなぁ」
「始まる前から何を言っているのよ」
ハルの着替えを手伝っていたブリガが呆れて笑う。
その隣にリール。
「劇の間、リールのこと頼むよ」
「ええ、分かったわ。――頑張ってね」
▽▲
入学式から一ヶ月後にインボルグ祭が行われる。
準備期間が一ヶ月しかないと聞けば、他の民は大パニックを起こすところだが、あいにく風の民は揃いも揃って練習嫌いときている。
練習時間があればある程、無駄に余らせるだけだったりするのだ。
二日前に台本の読み合わせをして、昨日舞台での通し稽古。
そうして今日が本番である。
学生よりも更に練習嫌いなイーラン先生にかけてはまさにぶっつけ本場。
読み合わせにはもちろん、舞台稽古にさえ顔を出さなかった彼なのだ。
要領が良いのも風の民の特徴だ。
舞台設備のほとんどが例年の使い回しである。
だが、自尊心が高い者が必ず毎年いて、少しずつアレンジし、一見すると使い回しのように見えなくなっているのだから、要領が良いと言わざるを得ない。
パーティー会場の方は、これはまた奇妙なことで知られている。
皆自分が旅行してきて得てきた装飾をしたがるからだ。
こちら一角はローマ風。
あちらの一角はパリ風といった具合で、てんてバラバラ。
どの一角も斬新すぎて装飾が喧嘩しているという摩訶不思議な雰囲気を醸し出している。
ここで水の民ならば、統一感を出そう、と言うのだろうが、風の民に共同作業は難しい仕事なので、誰もそんなこと言い出さない。
はたまた火の民ならば、自分の装飾方法に統一することを主張して乱闘が開始されるところだが、平和主義の風の民なのでそういったことには陥らない。
それでこそインボルグ祭なのだ、とブロアは舞台の裾から会場を見渡し誇りに思う。
――いよいよ劇の幕が上がった。
▽▲
シルフの王女の美しさを妬んだウンディーネの女王が彼女を攫い、その美しさを我が物にしようとして怪物に変身し、王女を呑み込もうとする。
そこにシルフの青年が登場。
怪物を倒し、王女を救う。
めでたし、めでたし。
――そんなごくごく単純な劇である。
だが、まともに練習をしていない役者ばかりの劇なので、単純に終わるはずがなかった。
まずシルフの王に化けたイーランが登場しただけで笑いを起こした。
化けただなんてとんでもない。
普段着だったのだ。
次にシルフの王女がセリフを忘れ、息苦しい間に堪えきれず突如として唄いだした。
明らかに出番ではないところでシルフの青年が登場したりとハプニング続きであった中、唯一まっとうに演じていたのはウンディーネの女王役のアルメリアだけだ。
さすがアルメリア、とブロアが賞賛すると、彼女は大きな溜息を付いて言った。
「このことだったのね。去年のプリフェクトからアドバイスを頂いていたの。インボルグ祭の劇は悪夢のようだけど、自分をしっかり持って演じ抜きなさい、って」
その通りだったわ、と言い残し、アルメリアはブロアに背を向けた。
劇は半ば。
ウンディーネの女王は怪物に変身してしまったためアルメリアの出番は終了していた。
怪物は巨大な張りぼてが演じてくれる。
今にも張りぼてに食われそうになっているハルを救うために、ブロアは剣を持って舞台に飛び出した。
照明の暑さに目が眩む。
歓声。
ブロアが登場する度に少女たちの間から黄色い声が上がっていた。
だが、その時。
歓声の中にブロアの耳は悲鳴を捕らえた。
バンッ。
けたたましく大扉が開く。
ブロアがそちらに目を向けると、やがて歓声が止み、皆一様に背後を振り返った。
静まりかえった会場に、扉を押し開いた少女がふらつきながら入ってくる。
そして――。
「オーク(魔物)よ!」
空気を切り裂くような悲鳴。
祭りなどを行い、楽しく騒ぎ立てるとオークが寄ってくることがあるのだ。
ブロアは舞台から飛び降りると、学生たちを押し退け扉の方へと向かう。
会場に駆け込んできた少女は、遠目だったので定かではないが、親友だった。
そして、その親友がたった一人で会場に逃げてきたというのがどうしても解せなかった。
「ブリガ!」
床にしゃがみ込んでいる少女の肩を揺すると、ブロアは低い声を出した。
「リールはどこだ?」
ハッとして、ブリガが顔を上げた。
「劇の途中でリールが突然走り出したの。慌てて追い掛けたんだけど、中庭で見失ってしまって……。そうしたら、オークが」
「オークは中庭に?」
「分からない。私を追ってきていたから」
リールとはぐれたのは正解だったかもしれない。
リールの側にはシルフは寄りつかない。
シルフの力を借りなければ、ブリガはオークから逃げ切ることができなかっただろう。
「大丈夫。リールは私が捜す」
ブリガの肩を優しく叩き、扉の外を見据えたブロアをアルメリアが呼び止めた。
「今、トムナフーリ先生が王宮に連絡をしてくれているわ。すぐに王宮の騎士たちが来てくれるはず」
「すぐにって言ったって、数十分はかかる。――リールがいないんだ」
「あの小さいのが?」
ルーグも歩み寄ってきて眉を寄せた。
隣にロクマリアもいる。
「これから探しに行こうと思う」
「危険よ!」
「危険なのはリールだ!」
ぐっと口を閉ざすアルメリア。
その頭上にルーグのため息が落ちた。
「仕方ない。俺たちも行くぞ。喩えオークが相手でも四人いれば何とかなる。……だろ?」
「ああ。ルーグの言うとおりだ」
目を転じれば、珍しくロクマリアが笑みを浮かべている。
ブロアは胸に右手を置き、感謝の礼を示した。
▽▲
インボルグ寮に設置されたパーティー会場を飛び出し、学園の中庭に向かう途中。
さほど駆けることなく、ブロアたちの足は止められた。
思わず息を詰めたのはロクマリアで、小さく悲鳴を上げたのはアルメリアだった。
ブロアは腰に下げた重さを思い出して、鞘から剣を引き抜いた。
「貸せ。お前には重い」
「ルーグ?」
「それ本物なんだろ? 俺なら使いこなせる」
確かにルーグなら使いこなせるだろう。
ブロアが剣を振るい、自慢の素早さを殺してしまうよりずっと良い。
ブロアはオークから目を離さないままルーグに剣を差し出した。
キラリ、と剣先が輝く。
目前にしたオークは、鱗に覆われた巨大な姿をしていた。
大きく裂けた口から突き出た牙。
顔は醜く、豚のような鼻を持っている。
「ウンディーネの女王」
ポツリと零された言葉にブロアたちは一斉にアルメリアを振り返った。
「何だって?」
「似てると思って……。似ていないかしら? ウンディーネの女王が変身したという海の怪物に」
そう言えば、とブロアはオークに視線を戻した。
あの劇でウンディーネの女王が変身する怪物は、鯨を元にしている。
そして、このオークは一見すると、鯨のようだ。
だが、これは、天井ぎりぎりまで迫る巨体を目前にして議論するようなことではない。
「とにかくやっつけよう。俺たちの方が先にこいつに会っちまったんだ。王宮騎士なんか待っている時間はないぜ」
カチャリ、と剣を構え直す。
ロクマリアもローブの下から銀色の短銃を取り出した。
低い唸り声。
地響きは四人の腹の底まで届いた。
あまりの恐ろしさに躰を竦めたアルメリアに、ルーグが振り返る。
「オークの鱗が湿っている。あの水を凍らせられるか?」
「やってみるわ」
アルメリアの祈りで、オークの巨体が動きを止めた。
だが、それも一瞬。
オークは躰をうねらせ、その尾でアルメリアを薙ぎ払った。
「アルメリア!」
柱に頭から激突しそうになった彼女を寸前でブロアが受け止める。
ブロアの背中で柱が砕けた。
「痛っ」
「ブロア!」
「大丈夫だ。――それより見たか? あのオーク、尾が六つもあった」
「ええ」
鯨のような尾ではない。
長く鋭い。
剛毛に覆われたそれはまるで獰猛な獣の爪のようだった。
「焼き尽くせ、炎よ」
ルーグが炎を剣に巻き付け、オークに斬りかかる。
オークの尾がルークを襲い、思うように剣が巨体に傷を負わすことができない。
ロクマリアの短銃が鳴り響く。
彼の銃はフリントロック式の単発銃だが、威力は十分。
怯んだオークの眉間にルーグが剣を突きつけた。
地響き。
どす黒い血が流れる。
だが、すぐにルーグの炎がその血を焦がす。
苦しさにオークが大口を開けたその時、ブロアは暗闇に信じられないものを見つけた。
「リール!」
オークの口の奥で、幼い少女が気を失っていたのだ。
既にオークは炎に包まれている。
ロクマリアがノーム(土の精霊)に命じて、巨体から水気を奪い去っているので余計に火の勢いが良い。
「ルーグ、炎を消してくれ」
「無理だ。リールに火が移らないようコントロールするだけで精一杯だ。――それもオークが暴れてくれるものだから難しい」
ブロアはアルメリアに振り返った。
彼女は残念そうに頭を左右に振った。
「炎を消せば、オークが力を取り戻すわ」
「じゃあ、あの子を見殺しにしろというのか!」
アルメリアの瞳が揺れる。
ブロアは怒鳴ったことを悔やみ、唇を噛みしめた。
(どうすれば)
低めの声が響いた。
ロクマリアだ。
「ブロア、お前の風は物を切り裂くことができるか? オークをあの炎ごと切り裂くんだ!」
「なるほど!」
ブロアの瞳に光が灯る。
もはや弱ったオークならば、ブロアの風でも切り裂けるだろう。
炎と大地の力で、オークの鱗はボロボロだ。
ブロアは右手を掲げ、シルフに命じる。
「風よ、刃となって汝の敵を切り裂け!」
大口を開けたオークは上顎と下顎を切り離された。
腹と背が別の物体となる。
バサリ、バサリ、と長い尾が幾度か動きを見せ、やがてすべてを静止した。
既に炎は突風によって吹き消されている。
ルーグは掲げられたブロアの片腕を見やり、やれやれと頭を掻いた。
「風は火を助けるものだと思っていた」
「残念ね。強すぎる風は火を殺すのよ。火が水を蒸発させるのと同じね」
アルメリアはくすくす笑い、差し出されたロクマリアの手に捕まって立ち上がった。
「ブロア、あの子は?」
「おそらく無事のはずだ。ブロアが風の刃を放つ直前に俺が土の鎧でリールを包んだからな」
「いつの間に……」
ロクマリアの仕事ぶりにはいつも舌を巻くルーグだ。
口笛を鳴らすと、オークの屍に歩み寄った。
下ろされた魚のようになっているオークの口の中に銀色の光を見つけて、ブロアはホッと胸をなで下ろした。
ルーグが巨体を持ち上げてくれている隙に、幼い躰を引っ張り出す。
「リール。おい、リール。――分かるか? 私だ。ブロアだ」
頬を幾度か軽く叩くと、リールがゆっくりと瞼を開いた。
四人の口からそれぞれ深く息が吐き出される。
「良かった」
ブロアは力一杯にリールの小さな躰を抱き締めた。
違和感。
空虚に襲われてブロアはすぐに躰を引き離した。
「何だ?」
アルメリアの小さな悲鳴が響いた。
「その子、守護精霊がいないわ。ウンディーネがいなくなってる!」
「何だって?」
シルフたちを追い払ってでもリールの側にいることを欲したウンディーネがいなくなった?
あの嫉妬深いウンディーネが?
「もしかして、あのオークが……」
アルメリアはオークに感じた疑問を再び口にした。
「インボルグ祭の劇に登場する怪物と同じ姿のオークが、わざわざインボルグ祭を選んで襲ってくるものなの? これって偶然なんかでは片付けられないことよ」
「何が言いたい?」
「その子は劇の途中で会場を飛び出したそうね? そうして、オークの中から発見された。――つまり」
オークはリールに関係がある、とアルメリアは無言でブロアを見据えた。
「まさか」
「だが、考えられる。それに、アルメリアはこうも言いたいのだろう? ――その子の側にいたウンディーネがあのオークになった、と」
――ウンディーネの女王が海の怪物に変身したように。
「オークを倒したから、その子の側にいたウンディーネが消えた。そうは考えられないか?」
淡々とした口ぶりはロクマリアの特徴だ。
諭しているようでいて、人に有無を言わせないところがある。
ブロアは言葉を失って俯いた。
袖が引かれる。
ハッとして見やると、リールの大きな瞳がブロアを映していた。
小さく唇が動く。
「その人の言うとおりだよ」
初めて聞くリールの声だった。
「劇を見ていたら、私のウンディーネが苦しみだしたの。良くない気がした。お母さんに叩かれるんだって思った時みたいに。――だから、誰もいないところに逃げたの」
細い声だ。
弱々しく吹く風のような。
「ウンディーネが泣くの。苦しい。苦しい、って。大丈夫だよ、ずっと一緒にいるよって言ってあげるんだけど、ダメだよ、いられないよ、って。辛くて、哀しくて、胸が締め付けられそうになったの。そうして気が付いたら、ウンディーネはあんな姿に」
「きっとウンディーネは知っていたんだよ。自分がずっとリールの側にいることで、リールから幸せを奪ってしまうって」
「ウンディーネはあなたを愛していたわ」
ほら、と言ってアルメリアはリールに向けて両腕を広げた。
すると、彼女の周りに数多くの小さな光が集まってくる。
水の民ではないブロアやルーグ、ロクマリアには見えない。
だが、リールには見えているようだ。
その光すべてがウンディーネであると。
「他のウンディーネたちもあなたがとても好きだわ。あなたに憧れている。――ウンディーネはね、情の深い精霊なの。ウンディーネたちの悲恋をあなたは幾つ知っているかしら? 愛して愛して、その愛の強さで自らを焼き焦がしてしまう。あなたのウンディーネもきっとそうだったのね。あなたのためにあなたから離れようとした。けれど、その苦しさにオークとなり、離れたくない一心にあなたを呑み込んでしまった」
「ウンディーネ……」
大きな藍色の瞳から、雫が落ちる。
アルメリアの白い指先がそれをそっと拭った。
「さあ、これからたくさんのシルフがあなたの友達になってくれるわ。――大丈夫。シルフは奔放だけど、友情を何よりも大切にしてくれるから」
リールの瞳はしだいにウンディーネの姿を映さなくなっていった。
だが、アルメリアの側からウンディーネが去ったわけではない。
リールがウンディーネの守護を失ったのだ。
代わってブロアの側にシルフを見つける。
小さな羽を持った子どもや緑色の衣を纏った美女。
その容姿は様々だが、ウンディーネとはまるで異なった精霊たちを目にしてリールは胸が熱くなった。
青髪が風にそよぐ。
シルフの守護を受けたのだ。
▽▲
風の民は総じて高い場所を好む。
故に、風の教師の部屋は塔の最上階にある。
アファンの部屋も例外ではない。
彼の呼び出しを受けたブロアは塔の上の方を見上げた。
他の民であれば階段を一段ずつ上っていくのだろう。
だが、風の民であればこう命じれば良い。
「風よ、我を運びたまえ」
ブロアの躰がアファンの部屋の窓に届くと、続いて小さな声が響いた。
「風よ、我を運びたまえ」
アファンが窓を開けて二人を迎えた。
「どうやら調子が良さそうだな」
「とんでもない。毎日喧嘩ばかりですよ。ね、リール?」
「はい。私のシルフは強情なんです。……痛っ」
リールは頬を抑え、窓の方へと視線を流した。
たった今、外へと飛び出していった一つの光。
リールのシルフだ。
――要するに、毎日喧嘩ばかりしているのは、このシルフとリールだ。
「だが、なかなかどうしてリールの呑み込みは早い。先生が良いのかな。――やっぱりわたしはスゴイ!」
「何を言っているんですか。リールを私に押し付けた張本人が」
「君はまったく良い教師になれるよ」
「お? 王宮遣えの方は諦めましたね?」
「冗談じゃないと一刀両断したのは誰だったかな?」
「私ですが、何か?」
アファンとブロアはお互いに顔を見合わせて笑い出した。
「ああ。これでわたしの悩みはたった一つだ」
「何ですか? もう一人世話を見てくれって言ったって、私は知りませんよ?」
いつもの席に着き、いつものように机の上に組んだ足を乗せる。
だが、顔は真剣そのものだ。
「そんなことではない。もっと深刻な悩みだよ」
ブロアは眉を寄せた。
(いったい何だというのだろう?)
不意にアファンが吹き出した。
堪えきれないとばかりに笑い出す。
「お前のアミのことだ。まだ決まらないのか。――こうなったらいっそルーグあたりで手を打たないか? ルーグならお前を女にしてくれるぞ?」
ブロアは肩を竦めた。
そうして、言い捨てる。
「冗談じゃないですね」
【第一の季節 おわり】




