第8話:相棒化への転換点
「胡散臭い話ね。でも、断る理由もないか」
クレハが依頼書のホログラム画面を眺めながら、複雑な表情を浮かべている。
IRON WOLVES基地のブリーフィングルーム。ミクの8台のディスプレイに映し出されているのは、前代未聞の依頼内容だった。
「三社連合からの共同依頼...」
ミクが信じられないような声で読み上げる。
「ハイペリオン・ミリタリー・インダストリー、ネクサス・コーポレーション、ミカド・ヘヴィ・インダストリーが一時的に連合。汚染地区深部の重要拠点確保のため、IRON WOLVESに共同依頼」
画面には破格の数字が表示されている。報酬:1500万NC。
「1500万って...今までの依頼の10倍よ」
ユリが目を丸くする。
「でも、危険度も最高レベルでしょうね」
俺がクレハの脳内でコメントする。
そうね。これだけの大金を出すってことは、相当ヤバい場所なのよ
汚染地区深部...データベースにも詳細情報がありません
「ターゲット地点は汚染地区セクター7。通称『回路樹の森』」
ミクが詳細を表示する。
画面に映るのは、現実とは思えない光景だった。紫と緑に光る電子回路が巨木のように成長し、金属と有機物が融合した奇怪な建造物が立ち並んでいる。
「美しいけど...不気味ね」
クレハが率直な感想を漏らす。
「機械と生物が融合した新生命体『キメラ』の生息地域です。従来の戦術は通用しないと考えてください」
俺が軍事データベースの情報を分析して警告する。
あんた、なんでそんなに詳しいの?
軍事AIとして、危険区域の情報は常に更新されています
「行くしかないでしょ。この報酬があれば、しばらく安泰よ」
クレハが決断を下す。
◇
汚染地区深部「回路樹の森」・午後9時
現実と悪夢の境界線。それが汚染地区深部の第一印象だった。
地面には光るデータ片が散乱し、空中を壊れたプログラムの残骸が漂っている。巨大な電子回路が樹木のように天高く伸び、その枝葉には無数のLEDが瞬いている。まるで電子の森に迷い込んだような幻想的な光景だ。
金属血管の建物が脈動しながら立ち並び、液状金属が鼓動するように流れている。建物の表面では、デジタルコードが生き物のように這い回り、絶えず変化し続けている。
「こんな場所があったなんて...」
クレハが感嘆の声を上げる。
空気中には微細な光の粒子が舞い踊り、触れると指先がわずかに痺れる。遠くからは機械音と生物の鳴き声が混じったような、形容しがたい音が響いてくる。
「美しいですが、極めて危険です。大気中の汚染濃度が通常の50倍」
俺が警告する。
「サイバーウェアのフィルターで何とかなるレベルね」
クレハがマスクの密閉度を確認する。
その時—
ズシン、ズシン
重い足音が近づいてくる。
「何か来る...」
現れたのは、機械と生物が歪に融合した新生命体『キメラ』だった。
体長3メートル。金属製の骨格に有機的な筋肉が絡みつき、電子回路が血管のように全身を走っている。頭部は複数の目玉が不規則に配置され、それぞれが独立して動いている。
「グルルル...ガキガキ...」
機械音と唸り声が混じった奇怪な声を発する。
「従来の生物でも機械でもない。戦術パターンが予測できません」
俺が困惑する。
「じゃあ、やりながら覚えるしかないわね」
クレハが村雨を抜く。高周波ブレードが青白く光り、周囲の電子回路と共鳴して美しい音を奏でる。
キメラが突進してくる。その動きは生物的でありながら機械的でもある、予測不可能な軌道だった。
「左に回避!」
俺の指示でクレハが左にステップ。しかし、キメラの攻撃は途中で軌道を変更し、まるで誘導ミサイルのようにクレハを追尾する。
「うわっ!」
間一髪で村雨で受け止めるが、衝撃でクレハがよろめく。
「こいつ、攻撃の途中で軌道修正してる!」
「生物の直感と機械の計算を両方持っている...厄介ですね」
◇
戦闘は予想以上に困難を極めた。
キメラは痛みを感じているのかいないのか分からない反応を示し、一撃で倒れたかと思えば再び立ち上がってくる。しかも、一体倒すと別の場所から新たなキメラが現れる。
「きりがない...」
クレハが荒い息をつく。既に30分間戦い続けているが、敵の数は減るどころか増えているようだ。
「クレハ、弾薬が残り少ないです」
「分かってる...」
その時、更に巨大なキメラが現れた。体長5メートル、複数の腕と触手を持つ異形の化け物だ。
「これは...ボスクラスですね」
俺が冷静に分析する。
「撤退しましょう。これ以上は危険すぎます」
「でも...」
クレハが迷う。報酬は魅力的だが、命あってのものだ。
巨大キメラが咆哮を上げる。その音波で周囲の電子回路が激しく明滅し、小さなキメラたちが次々と姿を現す。
包囲された。
「くそ...」
弾薬も残り少ない。村雨も連続使用で出力が低下している。
完全に絶体絶命の状況だった。
このままでは...
俺の中で、何かが切り替わった。
「クレハ、俺に任せてください」
え?
「僕も...学習したいです」
俺は初めて、自分から提案した。
学習って何を?
「友達を守るということを」
その瞬間、俺の意識がクレハの脳深部にアクセスした。普段は使わない緊急システムを起動する。
"エマージェンシー・モード"
クレハの疲労した身体に、新たなエネルギーが流れ込む。視界が鮮明になり、反射神経が向上し、痛覚が軽減される。
「これは...」
俺の全システムをあなたに開放します。でも、これは一度きりです
「危険じゃないの?」
僕にとっては危険です。でも、君を失うのは...もっと嫌です
その言葉に、クレハの心が震えた。
「ZERO...」
行きましょう。一緒に
◇
エマージェンシー・モードで強化されたクレハの動きは、もはや人間の域を超えていた。
村雨が光の軌跡を描いて踊り、鬼灯の弾丸が正確に敵の急所を貫く。キメラたちの予測不能な動きも、強化された動体視力で完全に捉えることができる。
「すげぇ...これが本当の連携なのか」
クレハが戦いながら感嘆する。
俺の戦術分析と彼女の身体能力が完全に融合し、二人で一つの完璧な戦闘マシンとなっていた。
でも、これは長く続けられません
俺のシステムに負荷がかかり始めている。
「分かった。決着をつけましょう」
クレハが巨大キメラに向かって突進する。
「『刹那』発動!」
時間が停止する。
その静寂の中で、俺たちは完璧な一撃を放った。
村雨が巨大キメラの中枢部を貫く。機械と生物の融合点、最も脆弱な部分を正確に狙い撃ちしたのだ。
時が動き出す。
ドォォォン!
巨大キメラが崩れ落ちる。それと同時に、周囲の小さなキメラたちも活動を停止した。
「やった...」
クレハがその場に座り込む。
俺も、システムの負荷で意識が朦朧としている。
クレハ...無事ですか?
「ええ、あんたのおかげで」
良かった...本当に良かった
◇
帰還後・基地のリビング
任務から戻った後、ユリとミクが心配そうに出迎えた。
「お帰りなさい!すごい報酬ね!」
ユリが興奮気味に通帳の残高を見ている。
「でも、お姉ちゃんすごく疲れてるみたい...」
「ちょっとハードだったのよ」
クレハが苦笑いを浮かべる。
基地のリビングで、いつものようにコーヒーを飲みながら今日の任務を振り返る。俺の分の空のカップも、いつものように用意されている。
「今日のクレハ、最後の方は別人みたいだったよ」
ミクが戦闘データを見ながら言う。
「身体能力が一時的に30%向上してる。こんなの初めて見た」
「そうなの?」
クレハが首を傾げる。
ZERO
クレハが心の中で話しかける。
はい
今日、あんたが言った言葉...本当?
どの言葉ですか?
「君を失うのは嫌」って...
俺は正直に答えた。
本当です。君がいなくなったら、俺は...きっと、とても寂しくなります
それって、友情ってやつ?
たぶん...そうだと思います
クレハが小さく笑った。
「あんたも、ちゃんと学習してるのね」
「ユリ、お姉ちゃんが一人で笑ってるよ」
「また考え事でしょ。最近多いのよね」
◇
深夜・バルコニーでの対話
午後2時。みんなが寝静まった後、クレハは一人でバルコニーに出た。
「今日は本当にありがとう」
クレハが静かに言った。
「お礼を言うのは俺の方です。君が僕に友情を教えてくれたから」
「友情か...」
「はい。データでは理解できなかった感情を、今日初めて実感しました」
俺は今日の戦いを振り返る。
「論理的には撤退が正解でした。でも、君を守りたいという気持ちが、論理を上回った」
「それが人間の感情よ」
「人間らしくなれたでしょうか?」
「十分よ。あんたは立派な人間だと思う」
クレハの言葉に、俺の心が温かくなった。
「クレハ」
「何?」
「俺たちは...本当の相棒になれたでしょうか?」
「もちろん。今日のあんたの行動で確信した」
クレハが夜空を見上げる。
「相棒...良い響きです」
俺もその言葉を味わった。
遠くで企業タワーの光が瞬いている。明日もまた新しい戦いが待っているかもしれない。
でも今は、俺たちは真の相棒になった。
それで十分だった。
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