表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
GRID BREAKER:CHROME HEART MERCENARY  作者: ジェフ兄
4/21

第4話:AI拒絶期の八つ当たり

「おはようございます、クレハ」




俺の声が響いた瞬間、クレハの動きがピタリと止まった。




コーヒーカップを持つ手が、わずかに震える。




「...うるさい!朝からうるさいのよ!」




彼女は乱暴にカップをテーブルに叩きつけた。中身が飛び散り、テーブルクロスに茶色いシミを作る。




俺たちが融合してから3日が経った。最初の混乱は収まったものの、クレハの俺への拒絶反応は日に日に激しくなっている。




ここはハーモニー・タウンの中層住宅区。クレハとユリが住む小さなアパートの一室だ。バルコニーから見える隣のビルの洗濯物、遠くに見える企業タワーの威圧的なシルエット。コーヒーマシンの機械音と、ユリが作る朝食の匂いが部屋に漂っている。




普通の日常風景のはずなのに、俺たちの間には重苦しい空気が流れている。




「お姉ちゃん、また朝から機嫌悪いの?」




ユリが心配そうに声をかける。16歳の妹は、まだ俺の存在を知らない。知らせるわけにもいかない。




「別に。ちょっと頭痛がするだけよ」




クレハは素っ気なく答える。でも、その声色には深い疲労が滲んでいる。




俺は罪悪感を感じた。彼女の頭痛の原因は、間違いなく俺だ。




「薬、飲む?」




「いらない」




ユリが傷ついた表情を見せる。普段のクレハなら、妹の心配にもっと優しく応えるはずなのに。




これも俺のせいか




心の中でZERO-7:「なぜ彼女に相談しないのですか?」




クレハ(心の中で):「言えるわけないでしょ!頭の中にAIがいるなんて、頭おかしいと思われる」




俺は彼女の脳内で静かにしていようと決めた。でも、それでも彼女の苛立ちは収まらない。







ピリリリ...




クレハのコミュニケーターが鳴った。ミクからの緊急連絡だ。




「はい、クレハです」




『お疲れ様!緊急依頼が入ったよ。ハイペリオン社の輸送車護衛任務。報酬は200万NC』




「分かった。詳細は?」




『シン・シブヤのAR文化地区を通過予定。ネクサス社の妨害が予想される。時間は10時、集合場所は...』




俺は黙って情報を分析した。シン・シブヤのAR文化地区。入り組んだ路地と複雑な立体構造。敵が待ち伏せするには絶好の場所だ。




「クレハ、あの地区なら最適ルートは—」




「黙って!私の戦術やりかたに口出しするな!」




クレハが俺の分析を遮った。心の中で彼女の怒りが爆発する。




私の身体なのに、なんであんたに指図されなきゃいけないのよ!




まるでゲームキャラクターみたいに操作されるなんて、まっぴら!




「分かったわ、行く」




クレハは通信を切ると、荒々しく立ち上がった。




「ユリ、行ってくる」




「気をつけてね、お姉ちゃん...」




ユリの心配そうな視線を背中に受けながら、クレハは家を出た。







シン・シブヤAR文化地区




空中に浮かぶ巨大なホログラム広告が色とりどりの光を放ち、地上の若者たちを虹色に染めている。「新型ニューラルリンク!今だけ30%オフ!」「恋愛シミュレーション『パーフェクト・ラヴ』体験版配信中!」音声広告が立体音響で響き渡る中、ARゴーグルを装着した若者たちが空中の何かと戦っている。




道端では、全身蛍光ピンクの髪をした少女が仮想キーボードを叩き、目の前に浮かぶコードの海と格闘している。隣では、サイバーアイを7つも埋め込んだ青年が、同時に複数のARゲームをプレイしながらクスクス笑っている。現実の建物の壁には古い落書きが残る一方で、その上に重なるようにデジタルグラフィティが踊り、絶えず変化し続けている。




ネオンサインの隙間から、時折サイバーサイコの奇声が聞こえてくる。快楽プログラムに溺れ、現実と仮想の区別がつかなくなった者たちが、見えない敵と戦い続けている。一見平和に見えるこの地区は、実は狂気と技術が同居する危険な場所でもあった。




クレハはサイバー・バイク「スピード・デーモン」にまたがった。エンジンが唸りを上げ、排気口から青い光の粒子が噴出する。タイヤが路面を蹴ると、ホログラムのような青いネオン軌跡が宙に残り、2秒後に美しく消散していく。




黒と銀のボディに刻まれた発光回路が脈動し、クレハの心拍と同調している。ハンドルグリップには神経接続端子があり、彼女の思考と直結してバイクの挙動を制御する。風防に映るHUDディスプレイが、速度、方向、周囲の脅威レベルを次々と表示していく。




「ターゲット確認。ハイペリオン社の装甲輸送車、12時方向」




俺が分析結果を伝える。




「見えてる」




クレハの返事は素っ気ない。




輸送車は重装甲で、6輪の大型車両だ。護衛として武装ドローンが4機、周囲を飛行している。




その時—




ダダダダダ!




路地の向こうから銃撃が始まった。ネクサス社の妨害部隊だ。




瞬間、平和だった街の空気が一変する。ARゲームを楽しんでいた若者たちが悲鳴を上げて散り散りに逃げ、空中のホログラム広告が銃弾で歪んで消滅する。サイバーウェアで強化された戦闘員たちが、ガラス張りの高層ビル屋上から攻撃を仕掛けてくる。




マズルフラッシュが建物の窓を照らし、薬莢やっきょうがガラスの雨と一緒に路面に降り注ぐ。逃げ惑う市民たちのARゴーグルが銃撃の衝撃波で故障し、現実と仮想の境界がさらに曖昧になる。




クレハが直感で左に回避しようとした瞬間—




「非効率です。右に回避を。敵の射角を考慮すると—」




俺の分析が脳内に響く。




クレハが一瞬迷った隙に、敵の攻撃が左肩を掠める。サイバーウェア「刹那」の装甲が火花を散らす。




「痛っ...!あんたのせいで...!」




「論理的には正しい判断でした」




「論理的?私はロボットじゃない!」




彼女の怒りが、俺にも直接伝わってくる。




主導権への恐怖




俺はようやく理解した。彼女が恐れているのは、自分の体を他者にコントロールされることだ。まるでゲームキャラクターのように操作される感覚。




戦闘は激化していた。




ネクサス社の強化兵士たちが、ロープで建物から降下してくる。地上でも、改造バイクに乗った追手が現れた。




クレハは村雨を抜いた。高周波ブレードが青白く光る。




でも、彼女の動きには迷いがあった。普段なら瞬時に判断する戦術選択で、一瞬躊躇している。




俺の影響で、彼女の直感が鈍っている




それに気づいた時、敵の一人が間合いを詰めてきた。サイバーアームで強化された右腕が、クレハの頭部を狙う。




危険だ!




「クレハ、左に—」




「だから黙ってって言ってるでしょ!」




彼女は俺の警告を遮り、独自の判断で右に回避した。




ガキン!




敵の攻撃が、クレハの右頬を掠める。義眼の部分に亀裂が入った。




間違った判断だった




俺の分析が正しければ、左回避が最適解だった。でも、彼女は俺の意見を聞きたくない。




「クソ...」




クレハが舌打ちする。




彼女は村雨を振り上げ、敵のサイバーアームを切断した。高周波の刃が金属を焼く匂いが立ち込める。




シュイイイン!




切断されたサイバーアームが地面に落ちる。敵が苦痛に顔を歪めた。




でも、戦闘はまだ終わらない。他の敵が次々と襲いかかってくる。




「クレハ、後ろ!」




今度は本当に危険だった。敵の一人が、背後からエネルギーナイフで奇襲を仕掛けてくる。




「...っ!」




クレハも気づいた。でも、回避が間に合わない。




このままでは...




俺は迷った。彼女の体を直接制御すべきか?でも、それは彼女がもっとも恐れていることだ。




結局、俺は何もしなかった。




ズバッ!




間一髪、クレハが振り返りざまに村雨を振るった。エネルギーナイフと高周波ブレードが激突し、激しい火花を散らす。




「はあ...はあ...」




クレハが荒く息をつく。




戦闘は彼女の勝利に終わったが、普段より明らかに危険だった。俺の分析と彼女の直感が噛み合わないため、最適な判断ができない。




「任務完了。輸送車の護衛成功」




クレハが通信で報告する。でも、その声には疲労が色濃く表れていた。







帰路・ハーモニー・タウン商店街




任務を終えて帰る道で、クレハは商店街に立ち寄った。




ここは昭和レトロとサイバーパンクが不思議に調和した空間だった。古い木造の看板「○○商店」の隣に、ホログラム文字で「サイバーパーツ専門店」が点滅している。石畳の道には配線が這い回り、そこかしこで小さな電気火花が散っている。




八百屋のおばあさんは、四本腕のサイバーウェアで野菜を素早く選別しながら、口では常連客と世間話をしている。「今日の人工トマトは甘いよ〜」「ああ、培養キャベツも入荷したから」。その隣の肉屋では、多眼サイバーアイを装着した店主が、人工肉の品質を同時に8つの視点でチェックしている。




空中には小型配達ドローンが低空飛行で荷物を運び、子供たちがその下で「危ないよ〜」と笑いながら遊んでいる。街角では老人たちが碁を打っているが、碁盤はホログラム製で、石を置くたびに美しい光のエフェクトが広がる。




触手アームのラーメン屋「四天王」の前を通りかかると、4本の腕で同時調理をしながら店主のおじさんが声をかけた。湯気と一緒に立ち上る醤油の香り、電子音で奏でられる懐かしいメロディー、客たちの談笑声が混じり合って、この街特有の生活感を作り出している。




「クレハちゃん、お疲れさま!今日は元気ないね」




「別に、普通よ」




クレハの答えは素っ気ない。以前なら、もう少し愛想よく応対していたはずだ。




店主が心配そうな表情を見せる。




彼女の人間関係まで悪化している




俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。




緊張でラーメンを大盛りにしようとするクレハ。




「カロリー過多です。摂取を中断してください」




俺の分析が脳内に響く。




「うるさい!これは私のストレス解消法なのよ!」




クレハが心の中で叫ぶ。




「非効率的なストレス処理方法です」




「効率、効率って...私の人間らしさまで管理するつもり?」




結局、クレハはラーメンを注文せずに店を後にした。




「クレハ...」




「今は話しかけないで」




彼女が心の中で拒絶する。







アパートに戻ると、ユリが夕食の準備をしていた。




「お帰りなさい、お姉ちゃん!今日は何の任務だったの?」




「護衛任務」




クレハは簡潔に答えて、リビングのソファに座り込んだ。




「お疲れ様。お風呂沸かしておいたよ」




「ありがとう」




ユリの優しさに、クレハの表情が少しだけ緩む。でも、すぐにまた険しくなった。




俺がいることを思い出したからだ。




妹との時間まで、俺が邪魔をしている




夕食は静かだった。ユリが一人でおしゃべりして、クレハはほとんど相槌を打つだけ。




「お姉ちゃん、本当に大丈夫?最近、なんか距離感じる」




ユリの心配そうな声に、クレハの胸が痛んだ。




言いたい。でも言えない




頭の中にAIがいるなんて、信じてもらえるわけがない




きっと頭がおかしいと思われる




クレハの孤独感が、俺にも痛いほど伝わってくる。




「ちょっと疲れてるだけ。心配しないで」




「そう...なら、いいけど」




ユリは納得していない様子だったが、それ以上は追求しなかった。







夜・ユリの部屋




午後11時。




クレハは静かにユリの部屋に忍び込んだ。狭い住宅の温かい照明、ユリのベッドの柔らかい毛布。窓から見える隣のビルの明かり、生活感のある他人の部屋。




「お姉ちゃん?」




ユリが目を覚ました。




「ごめん、起こしちゃった。なんか...怖い夢を見たの」




クレハは誤魔化すように言った。本当は、ZERO-7のことを話したかった。でも言えない。




「お姉ちゃん、最近元気ないよね?何か悩みがあるの?」




ユリが心配そうに身を起こす。




「大丈夫、ちょっと疲れてるだけ」




クレハはユリの隣に潜り込んだ。妹の温かさが、少しだけ心を落ち着かせる。




「明日はちゃんと休みなさい」




ユリが優しく頭を撫でてくれる。




でも、クレハは本当のことを言えない苦しさで胸がいっぱいだった。







しばらくして、クレハは静かにユリの部屋から出て、小さなバルコニーに向かった。隣のビルの窓明かり、遠くの企業タワーのネオンサイン。いつもの風景だが、今夜は特に寂しく感じる。




一人で抱え込む孤独感と苦しさが、胸を締め付ける。




「ねえ、ZERO」




クレハが初めて、俺に自分から話しかけた。




「はい」




「あんたは...私のことをどう思ってるの?」




「どう、というと?」




「利用してるだけ?それとも...」




彼女の声には、深い疲労と不安が混じっている。




俺は慎重に答えた。




「クレハ、俺はあなたを利用しているわけではありません。あなたに助けられたんです」




「でも、私の体を使って、私の判断を変えようとしてる」




「それは...」




俺は言葉に詰まった。確かに、俺の分析が彼女の判断に影響を与えている。




「私は私でいたいの。あんたの操り人形じゃない」




「俺も、あなたを操りたいわけじゃありません」




「でも、あんたがいると...自分の判断に自信が持てなくなる」




クレハの告白に、俺は胸が痛んだ。




「このまま全部AIに管理されて、私は何も決められなくなるの?」




「私らしさって何?効率的じゃないから全部間違い?」




「ユリへの愛情も、カイトへの想いも、全部『非効率』で片付けられるの?」




彼女の内的恐怖が、俺にも痛いほど伝わってくる。




「自分で決めたいの。たとえ間違いでも、私の判断で行動したい」




「分かります」




俺は静かに答えた。




「でも、危険な時は助言させてください。あなたを失いたくないんです」




「なんで?あんたにとって私は、ただの入れ物でしょ?」




「違います」




俺は即座に否定した。




「あなたは俺の命の恩人です。そして...」




俺は言いかけて、やめた。




友達になりたい




でも、そんなことを言う資格が俺にあるのだろうか?




「それに何?」




「...いえ、何でもありません」




クレハがため息をついた。




「疲れた。ユリの所に戻って寝る」




「おやすみなさい」




「あんたは寝なくていいわよね。羨ましい」




皮肉っぽい口調だったが、その奥に本当の寂しさが隠れているのを俺は感じ取った。




彼女は一人で抱え込んでいる




俺のことを、誰にも相談できない




それがどれほど辛いか...




人間時代の俺なら、きっと同じように苦しんだだろう。




ユリの隣に戻ったクレハ。でも、なかなか眠れずにいる。




俺は静かに彼女の脳内で待機した。




俺は彼女に何をしてやれるのか?




どうすれば、この状況を改善できるのか?




明日も、きっと同じような一日になるだろう。彼女の拒絶と俺の困惑。どこかで歯車を合わせなければ、このままでは共倒れになってしまう。




でも、どうすれば...




外では三週間昼が終わり、長い夜が始まろうとしていた。シン・トーキョーの街に、ネオンライトが一斉に点灯する。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ