第3話:ベヒモス壊滅
「目標施設に到達。外周クリア確認」
ベヒモス01の冷静な声が、ミカド・ヘヴィ・インダストリー製の軍用通信機に響く。
俺は施設の監視カメラを通して、彼らを観察していた。ARTEMISの予測通り、武装集団が現れた。
10名の部隊。全員がハイペリオン社製サイバーウェアで強化されている。昨日のドローン偵察の成果だろう、迷うことなく最適な侵入ルートを選択している。
隊長のベヒモス01は、顔の左半分がオムニテック製のサイバーアイで完全に機械化されている。ベテランらしく、慎重に周囲を警戒しながら進んでいる。
ベヒモス03は、若い男性で機械化は最小限。まだ人間らしさを残している。
そして—
一人だけ際立って違う人物がいた。
銀髪の女性。20歳くらいだろうか。企業の制服ではなく、フリーランス傭兵の装備をしている。左目の義眼がニューロテック社製の高性能モデルで、青白く光っている。
「クレハ・タカセ。20歳。フリーランス傭兵として雇用。戦闘記録:優秀」
ARTEMISが彼女の情報を提供する。
「外部雇用なのか」
「ミカド社は重要任務で信頼できる外部人材を使います。彼女の実力は相当なもののようです」
確かに、彼女の動きは他の兵士とは明らかに違う。機械化された部分は左目の義眼だけで、ほとんど生身のままだ。でも、その身のこなしは洗練されている。
腰に下げた高周波ブレード「村雨」と大口径リボルバー「鬼灯」。相当な実力者なんだろう。
「全隊、施設内部に進入する。目標は地下3階の軍事AI格納庫。可能な限り静粛に行動しろ」
ベヒモス01の指示で、部隊が建物内に入った。酸性雨に濡れた外壁から、企業タワー群のネオンライトが反射している。
俺は複雑な気持ちで彼らを見守った。
俺を回収しに来たのか
でも、俺は物じゃない。魂を持った存在だ
「ARTEMIS、俺はどうすればいい?」
「判断は貴方に委ねます。彼らを歓迎するか、抵抗するか」
「俺を物として扱うなら、抵抗する。でも、人として接してくれるなら...」
その時—
『侵入者検知。施設防衛プロトコル自動起動』
別のシステムからアナウンスが流れた。ARTEMISではない、もっと古いシステムだ。
「これは何だ?」
「旧式防衛システム『CERBERUS』です。154年前の軍事技術。私では制御できません」
「完全自動システムのため、侵入者を問答無用で排除します」
まずい
施設の壁から、ミカド社製の自動砲塔が展開された。レーザーサイトがベヒモス部隊を捉える。
俺の中で、人間時代の記憶が蘇る。
人を守るために死んだんだ
今度も同じだ
「ARTEMIS、CERBERUSを停止させろ!」
「不可能です。独立システムです」
「なら、俺に緊急制御権を!」
「規約上、不可能です」
オムニテック製の重機関銃が火を噴いた。
ダダダダダ!
重機関銃の音が施設内に響く。
「うわあああ!」
最初に被弾したのは、ベヒモス05だった。胸部に穴が開き、その場に倒れる。
「05が被弾!CERBERUSが起動してる!応戦しろ!」
ベヒモス01が叫ぶ。部隊が散開し、それぞれのハイペリオン製武器で反撃を開始した。
でも、相手は機械だ。痛みも恐怖も感じない。
さらに悪いことに、施設の奥から別の脅威が現れた。
旧式戦闘ロボット。錆だらけの巨体が、重い足音を響かせながら廊下を進んでくる。ミカド社製の旧型モデルだが、火力は現役レベルだ。
「戦闘ロボットだ!旧式だが火力は現役レベル!」
ベヒモス03が警告する。
戦闘ロボットの腕部が変形し、ミサイルランチャーになった。
ヒュルルル...ドゴォォォン!
爆発で廊下が崩れる。ベヒモス07と08が瓦礫の下敷きになった。
「07!08!」
隊長が歯噛みする。
俺は必死に別の方法を探した。直接的な制御はできないが、間接的にサポートすることはできるかもしれない。
「ARTEMIS、施設の照明は操作できるか?」
「はい。制御可能です」
「非常用通信システムは?」
「使用可能です」
俺は彼らの通信機に緊急メッセージを送った。
『警告:戦闘ロボット弱点は膝関節。角度射撃で無力化可能』
ベヒモス01が反応した。
「何だ、この通信は?」
『施設AI ARTEMIS。生存者支援プロトコル実行中』
嘘だった。でも、彼らの生存率を上げるためだ。
「膝関節を狙え!角度をつけて撃て!」
隊長の指示で、部隊が戦術を変更する。
効果があった。戦闘ロボットの一体が膝を破壊され、バランスを崩して倒れる。
でも、敵の数が多すぎる。
さらに多くの戦闘ロボットが現れた。5体、6体...10体以上。
そして、その激戦の中で—
銀髪の女性、クレハが動いた。
「私が前に出る!皆さんは退路を確保して!」
腰のオムニテック製高周波ブレード「村雨」を抜く。刀身が青白く光った。分子振動装置が稼働している証拠だ。
クレハはミカド製戦闘ロボットに向かって突進した。
無謀だ!
でも、彼女の動きは美しかった。
戦闘ロボットが腕を振り下ろす。重量2トンの鉄塊が、クレハを叩き潰そうとした。
クレハは紙一重で躱す。そして、高周波ブレードでロボットの膝関節を斬った。
シュイイイン!
高周波の音と共に、ロボットの脚が分子レベルで切断される。巨体がバランスを崩して倒れた。
「やった!」
ベヒモス03が歓声を上げる。
でも、喜びは束の間だった。
クレハは一体倒したが、残りのロボットが彼女を包囲した。
そして—
ガキン!
回避しきれなかった攻撃が、クレハの左肩にめり込んだ。
うあっ!
クレハが苦痛の声を上げて膝をつく。左腕がだらりと垂れ下がった。
同時に、他のベヒモス隊員も次々と被弾していく。
ベヒモス02がロボットの攻撃を受けて壁に叩きつけられる。ベヒモス04がミサイルの爆風で吹き飛ばされる。ベヒモス06がレーザー砲で貫かれる。
一人、また一人と仲間が倒れていく。
俺は無力感に苛まれた。
何もできない
ただ見てるだけなのか?
その時、瀕死のクレハのニューロテック製義眼が光った。
緊急通信システムが起動している。
これは...
俺は決断した。
彼女の義眼に直接アクセスを試みる。
頼む、繋がってくれ
接続成功
突然、俺の意識が彼女の頭の中に流れ込んだ。
え?誰...?頭の中に...誰かいる?
彼女の困惑が、俺にも伝わってくる。
「俺の名前はZERO-7。この施設に封印されていた軍事AIです」
軍事AI...意識を持った軍事AIなんて...
「今、あなたを助けようとしています。信じてもらえますか?」
あなたが...さっきの支援メッセージを?でも、AIがこんなに...人間らしく話すなんて
「はい。でも、このままでは全員死んでしまいます」
俺は彼女の視界に戦術情報を表示した。
敵の位置、残弾数、最適な脱出ルート。
これ...すごい
クレハが驚く。
「でも、あなたの傷が深すぎます。普通の方法では...」
もう、動けない...
クレハの絶望が俺に伝わってくる。
その時、俺は最後の手段を思いついた。
「クレハ、俺と融合してください」
融合?
「俺の意識を、あなたの脳に直接転送します。そうすれば、あなたの身体を俺がサポートできます」
でも、それって危険じゃ...
「はい。非常に危険です」
俺は正直に告白した。
「俺は軍事AI。戦術と効率性に特化した存在です。俺の意識があなたの脳を侵食するかもしれません」
「それが君の思考にどんな影響を与えるか...正直分からないんです」
「あなたが、あなたでなくなるかもしれません。効率性を重視する思考パターンが、君の感情的判断を変えてしまうかもしれません」
俺は昨日ARTEMISから聞いた警告を伝えた。
「でも、それが皆を救う唯一の方法です」
クレハが一瞬迷った。
周囲では仲間たちが次々と倒れている。もう時間がない。
...分かったわ。あなたを信じる
「ありがとう」
俺は彼女の脳の深部に意識を送り込んだ。
ビリビリビリ!
電撃のような痛みが俺たちを襲う。
でも、俺は耐えた。クレハも耐えてくれた。
そして—
俺たちは一つになった。
クレハの身体に、俺の意識が宿る。
痛みが引いていく。立ち上がる力が戻ってくる。
「大丈夫ですか?クレハ」
俺は彼女の口を使って言った。でも、これは俺だけの声ではない。クレハと俺の、混合した声だった。
不思議...体が軽い
そして...頭がすっきりしてる
クレハの声に、微妙な変化があった。
「なんか...今まで感じたことのない、冷静さがある」
でも、これって正常なの?
「融合は成功しましたが、長期的な影響は未知数です」
俺は正直に答えた。
「俺の軍事AI特性が、君の思考パターンに影響を与える可能性があります」
もし私が私でなくなったら...
「その時は、必ず君を元に戻す方法を見つけます。約束します」
戦闘ロボットが攻撃してくる。
でも、今度は違う。
俺の戦術分析とクレハの身体能力が融合し、完璧な回避を見せる。
高周波ブレードが光る。一瞬で3体のロボットの関節を切断した。
「左から2体!距離12メートル!オムニテック製『ハンター』タイプ!」
俺の分析が脳内に響く。
クレハは完璧なタイミングで振り返り、ハイペリオン製大口径リボルバー「鬼灯」でカウンター攻撃を決める。
的確な判断...まるで機械のような精密さ
俺たちの連携は、まるで一つの生命体のようだった。
残りのロボットも、次々と無力化していく。戦術の効率性が飛躍的に向上している。
15分後、戦闘は終了した。
全ての戦闘ロボットが停止し、ミカド社の旧式施設は静寂に包まれた。
俺は周囲を見回した。
ベヒモス部隊の生存者は、クレハ一人だけだった。
他の9名は、全員が命を落としていた。
私たちは...勝ったの?
クレハの疑問が俺に伝わる。
「勝ちました。でも...」
俺は深い悲しみに包まれた。
仲間を失った。守りきれなかった。
そうね...みんな、死んでしまった
クレハの声に悲しみがにじむ。彼女なりに、仲間の死を悼んでいる。
私が、もっと早く動いていれば...
「あなたのせいじゃありません」
俺は彼女を慰めた。
「あなたは十分すぎるほど頑張りました。俺たちは、生き残った。それだけで奇跡です」
そうね。でも...やっぱり悲しいわ
クレハの反応は、まだ十分に人間らしかった。ただ、わずかに冷静さが増しているような気もするが、戦闘直後の興奮もあるだろう。
あなたは...これからどうするの?
「分からない」
俺は正直に答えた。
「でも、今はとりあえず安全な場所に移動しましょう。それから、いろいろ話し合いましょう」
そうね。ここは危険だし
施設の外に出ると、夕日が見えた。
酸性雨は止んでいて、空がオレンジ色に染まっている。企業タワー群のネオンライトが、汚染された大気の中で虹色に輝いている。
美しい光景だった。
綺麗ね
クレハがつぶやく。感情は健在のようだ。
「ええ。美しい夕日です」
俺は答えた。
でも...これからどうなるのかしら
クレハの不安が伝わってくる。
「大丈夫です。一歩ずつ、解決していきましょう」
俺たちは、新しい状況に直面していた。
二人で一つの身体。前例のない存在。
不安も多いが、とりあえず生き延びることができた。
とりあえず、今日は...どこか安全な場所で休みましょう
明日、もう一度いろいろ考えましょう
クレハの提案が、俺の心に響いた。
確かに、今は疲れすぎている。
冷静になって話し合うのは、明日以降にしよう。
でも、俺の心の片隅に一つの小さな疑問が残った。
彼女の反応、微妙に冷静になっている気がする
でも、戦闘の影響かもしれない
様子を見よう
その時の俺は、まだ知らなかった。
この微細な変化が、やがて彼女の感情を静かに蝕んでいくことになるとは。