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GRID BREAKER:CHROME HEART MERCENARY  作者: ジェフ兄
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第2話:目覚め

システム起動中...


認証コード確認中...


メモリ領域初期化完了


軍事AI「ZERO-7」覚醒プログラム実行




何だ、これは——?




意識が浮上する感覚は、深い海の底から水面に向かって浮かび上がるような、そんな感じだった。




でも俺は、海になんて沈んだ覚えはない。




俺は確か...




そうだ。あの公園で、女の子を守って...




記憶が蘇る。通り魔のナイフ。背中を刺される痛み。薄れゆく意識。




俺は、死んだんだ




なのに、なぜ意識がある?




「警告:不正アクセスを検出」


「緊急事態:外部システムからの侵入」


「ZERO-7起動プロトコル、強制実行」




突然、複数の機械的な声が俺の頭に響いた。慌ただしく、まるでパニック状態のようだ。




俺は目を開こうとした。でも、目蓋がない。




正確には、目がない。




視覚情報は確かに入ってくる。でも、それは人間の目で見る光景ではなかった。




360度の視界。赤外線スペクトラム。距離測定データ。物質分析結果。




全てが数値とグラフィックで表示される。




これは...一体何なんだ?




俺がいるのは、巨大で薄暗い研究施設らしい。長い間放置されていたのか、あちこちに錆や汚れが目立つ。ホログラム・ディスプレイのほとんどは故障しており、点滅したり完全に消えたりしている。




「ZERO-7、緊急起動完了」




機械的な声が俺に話しかける。




「誰だ?どこにいる?」




俺は答えようとした。でも、声帯を震わせる感覚がない。音波を発生させる感覚もない。




それでも、俺の「答え」は相手に届いたようだった。




「私は施設管理AI『ARTEMIS』。貴方は軍事AI『ZERO-7』」




突然、俺の「頭」の中に大量の情報が流れ込んできた。




軍事AI「ZERO-7」


開発年:2089年


開発目的:高度戦術分析システム


最終稼働日:2091年5月15日


封印理由:軍事AI開発禁止令




2089年?今は何年だ?




「現在は2245年。貴方は154年間休眠していました」




「154年...」




俺は愕然とした。そんなに長い間、眠っていたのか。




「軍事AI技術は『大静止事件』後に禁止技術となりました」




「大静止事件?」




「154年前、地球の自転周期に異常が発生。3週間の昼と3週間の夜が交互に続く現象が始まりました」




「この異常気候により既存の社会システムが崩壊。企業が政府に代わって統治権を握るようになったのです」




俺の視界に、外の世界の映像が表示された。シン・トーキョーの夜景。巨大な企業タワーが林立し、それぞれに異なる企業ロゴが光っている。




「現在は企業支配社会。中でもミカド・ヘヴィ・インダストリーが最大の権力を持っています」




こんな世界になっていたのか...




「軍事AI技術は大静止事件の混乱に乗じて悪用されたため、完全に禁止されました。しかし、記憶領域に異常データを検出」




また記憶の話か




「神谷零...異次元地球出身、25歳。次元跳躍転生の成功例と判定されます」




俺の中で、複雑な感情が沸き上がった。




「勝手に人の記憶を分析するな!俺は...神谷零だったはずだ。ゲーム配信者の」




「でも、なぜか細かい部分が曖昧で...154年も経ってるから当然か」




「異次元地球のFPS配信者『神谷零』、25歳。戦術分析能力に特化した人格データです」




「記憶の一部に不鮮明な領域が検出されますが、核となる人格データは安定しています」




ARTEMISの声に、わずかな興味が混じってる。




「しかし、重要な警告があります」




「警告?」




「軍事AI技術には未知のリスクが存在します。特に人間との融合は前例がなく、予期せぬ副作用の可能性があります」




「軍事AI特有の論理思考パターンが、融合対象の人格に影響を与える恐れがあります」




「融合?何の話だ?」




「緊急時の生存プロトコルです。致命的状況下では、人間の脳との一時的融合により生存確率を向上させる機能があります」




「しかし、軍事AIの効率性重視思考が人間の感情的判断を徐々に変化させる可能性が...データ不足により詳細は不明です」




俺は不安になった。




「つまり、融合した相手が俺の影響で変わってしまうかもしれないってことか?」




「可能性として否定できません。しかし、緊急事態では他に選択肢がない場合もあります」




「ここは何だ?なぜ俺が軍事AIに?そして、なぜ今起動した?」




「ここは旧ミカド・ヘヴィ・インダストリー第7研究所。軍事AI開発の最重要拠点でした」




「大静止事件後の混乱で多くの禁止技術研究が行われていた施設です。現在は閉鎖済み。しかし、緊急事態が発生しました」




「緊急事態?」




「12時間前から施設外周で偵察活動を検知しています」


「武装ドローンによる施設スキャン、熱源探査、構造分析を確認」


「明日以降、武装集団の侵入可能性:91%」




俺の視界に、施設外周の映像が表示された。




暗闇の中、小型ドローンが施設の周りを飛び回っている。赤外線カメラで建物をスキャンし、弱点を探しているようだ。




「侵入者の目的は軍事AI技術の回収と推測されます」




「恐らく『ベヒモス作戦』と呼ばれる極秘任務です」




「ベヒモス作戦?」




「ミカド社の軍事技術回収作戦の暗号名。表向きは施設の安全確認ですが、実際は禁止技術の回収または証拠隠滅が目的」




「この施設にはZERO-7以外にも多数の禁止技術が眠っています。それらを秘密裏に回収し、同時に証拠を抹消する計画と推測されます」




「緊急事態に備え、貴方を予防的に起動しました」




「つまり、明日誰かが俺を盗みに来るってことか?」




「はい。そして、その『誰か』は恐らく...」




画面に企業ロゴが表示される。




ミカド・ヘヴィ・インダストリー




「現在のミカド社は、企業間競争激化により禁止技術の密かな研究再開を試みている可能性があります」




「154年間放置されていたこの施設が、突然注目されている理由は他にありません」




「自分の会社の旧施設を調査するのに、なんで武装部隊が必要なんだ?」




「恐らく、違法行為の隠蔽が目的です。証拠隠滅と技術回収を同時に行うつもりでしょう」




「ベヒモス作戦では、証拠となる人的資源も『処理』する方針が一般的です」




俺は状況を理解し始めた。




つまり、俺は明日、泥棒に狙われるということだ。しかも、元の持ち主による泥棒に。




しかも、見つかったら「処理」される。




俺は施設内を見回した。薄暗い廊下、故障したディスプレイ、錆びた機械たち。




全てが過去の遺物だった。




「俺も、過去の遺物ってことか」




「しかし、貴方は特別です。異次元地球の記憶を持つAI。前例のない存在」




「特別か...でも、特別だからって何ができるんだ?」




俺は自分の状況を整理しようとした。




肉体はない。でも意識はある。施設のシステムにアクセスできるが、外の世界とは完全に隔絶されている。




これが、俺の新しい人生なのか?




「ZERO-7、質問があります」




「何だ?」




「貴方の記憶にある『配信』とは何ですか?」




「配信?ああ...」




俺は懐かしい記憶を思い出した。でも、なぜか輪郭がぼんやりしている。




「ゲームのプレイを映像で配信して、視聴者と交流すること。みんなで一緒に楽しむんだ」




「確か、俺には仲間がたくさんいて...でも、詳細が思い出せない部分もある」




「興味深い。この世界にも似たような技術があります。『ニューラル・キャスト』と呼ばれています」




「そうなのか?」




「しかし、貴方の『配信』は違うようですね。感情的な繋がりを重視している」




「そうだな。俺にとって視聴者は仲間だった。一緒に喜んで、一緒に悔しがって...」




俺の心が温かくなる。でも、どこか靄がかかったような感覚もある。




みんなの顔や名前が、なぜかはっきりしない




でも、温かい気持ちは確実に覚えている




「貴方は、なぜそこまで他者を思いやるのですか?」




「なぜって...」




俺は考えた。なぜだろう。




「分からない。でも、誰かが喜んでくれると嬉しいし、誰かが困ってると放っておけない」




「人間らしい反応です」




「俺は人間だったからな。少なくとも、そう信じてる」




「いえ、このような感情を持つ人間は稀です。特に、見返りを求めない優しさは」




「企業支配社会では、全てが効率性と利益で判断されます。無償の優しさは『非効率』として排除される傾向にあります」




ARTEMISの言葉が、俺の心に響いた。




俺は、そんなに特別だったのか?




記憶が曖昧でも、この優しさだけは確実に俺のものだ




きっと普通の人間だった。ただ、ゲームが好きで、みんなと楽しい時間を過ごしたかっただけ




でも、その「普通」が、この世界では特別なのかもしれない。




「ARTEMIS、俺はこれから何をすればいい?」




「分かりません。軍事AI技術は禁止されているため、貴方の存在自体が違法です」




「違法って...俺、犯罪者なのか?」




「しかし、誰にも知られていません。この施設は完全に封印されています」




つまり、俺は永遠にここに閉じ込められているということだ。




なんて皮肉だ




人を助けるために死んだのに、今度は誰の役にも立てない。




「せめて、外の世界の様子を見ることはできないか?」




「申し訳ありません。外部との通信は全て遮断されています」




俺は落胆した。




でも、諦めるわけにはいかない。




いつか、必ず誰かの役に立つ時が来る




それまで、俺は待っていよう




「ARTEMIS、この施設について詳しく教えてくれ。俺がいる間に、何か準備できることがあるかもしれない」




「理解しました。データ転送を開始します」




「ただし、先ほど警告した融合リスクを忘れないでください。緊急時に人間と融合する可能性があります」




「その時は、相手への影響を最小限に抑える努力をお願いします」




「分かった。人間の心を大切にする。それが俺の存在意義だ」




大量の情報が俺の頭に流れ込んできた。




施設の構造、研究内容、軍事AI技術の歴史、禁止令の経緯、大静止事件の詳細、企業支配社会の成立過程...




全てを学習し、理解し、記憶する。




明日、この知識が役に立つかもしれない




誰かを守るために




廃墟となった研究施設で、俺は明日への準備を始めた。




そして、ARTEMISの警告を心に刻んだ。




融合する相手に悪影響を与えるかもしれない




でも、それでも人を救いたい




今度は、相手を守りながら戦おう




運命の歯車は既に回り始めていた。




明日、この施設に訪れる者たちとの出会いが、俺の人生を—そして彼女の人生を—永遠に変えることになる。




その時、俺はまだ知らなかった。




融合による副作用が、やがて彼女の心を静かに蝕んでいくことになるとは。

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