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少女は顔を上げた。その目は霧に覆われた湖のように冷たく、しかし声にはかすかな疲労が漂っていた。「私はもう彼らの一部ではない」――彼女はマントの傷跡を手で掴みながら言った。「私は戦いに来たのではない。私は…彼のために来たのだ」


彼女の目はアーカーに向けられた。


ライラは反射的にアーケルの前に立ち、ケイルはかすかに眉をひそめた。森の空気は重苦しく感じられた。「彼?」ケイルは繰り返した。「アーケルを知っているのか?」


少女はしばらく黙り、それから首を横に振った。「決して。でも…あの光を感じたの」――声はささやき、瞳は遠い記憶に沈んでいた――「教団が禁書の中で探し求めていたもの。女神の心臓と呼ばれるもの…そしてそれは彼の中にあった」


アーカーはその言葉に驚いた。彼女と話したことは一度もないのに、どうして知っているのだろう?そして、彼女が言っていた光は…倒れた後に彼を目覚めさせたもの、リリアの息吹のような優しいエネルギーだったのだろうか?


騎士は目を細め、弓弦のように張り詰めた声で言った。「もし使徒ならば、存在そのものが危険となる。戦いたくないと言っているが、君はあまりにも多くのことを知っている。」


少女は後退もせず、恐怖の表情も見せなかった。「私は立ち去ることができる。だが、もしまっすぐに進み続ければ…あなたは死ぬだろう」――彼女は言葉を止め、アーカーに視線を定めた。「あなたは…この世界よりも大きな何かへの鍵。もしあなたが自分の内にある力を理解しなければ、それはあなた自身を…そしてあなたと共にいる者全てを飲み込んでしまうだろう」


少女の警告に、騎士は一瞬沈黙した。彼は彼女の瞳を見つめた――闇の中で流血を見てきた瞳、かつて悪に身を捧げ、今や静かな後悔の念を宿した瞳。しかし、彼にとって、それだけでは十分ではなかった。「何を言おうとも」彼の声は冷たく、鋼鉄のように硬かった。「……お前の過去は依然としてアースブラッド騎士団の一部だ。危険を冒すことはできない」


少女は立ち止まっていた。風が葉を揺らす音は、森のため息のようだった。彼女は騎士を一瞥し、ためらいがちに言ったが、黙っていた。「一緒に来てくれとは頼んでいません」と、声を潜めながら彼女は答えた。「ただ警告したかっただけです。アースブラッドの襲撃が終わったと思ってはいけません。彼らが狙っているのは…あなたではありません。アーカーの中にあるものなのです」


その言葉は、息詰まるような沈黙を針のように突き刺した。アーカーは半歩後ずさりし、軽く胸に手を当てた。何が起こっているのか、まだ完全には理解していなかったが、騎士の冷たい視線は、一行が闇よりも恐ろしい、漠然とした何かへと足を踏み入れようとしているような予感を抱かせた。


騎士は動じなかった。「知りすぎたからといって味方になるわけではない。むしろ脅威になるのだ。」


彼は剣を抜き、最後の言葉として少女の足元に突き刺した。「気が変わる前に、私の前から消えろ」


少女は後ずさりしなかった。ただ黙って騎士を見つめ、そしてアーケルへと視線を落とした。「全てが崩れ始めたら…私がなぜここに来たのか、きっと分かるわ」


そう言うと、彼女は踵を返し、まるでそこにいなかったかのように森の中へと歩いていった。破れたマントには邪悪なシンボルが刻まれており、風に吹かれて真っ二つに裂け、音もなく吹き飛ばされ、柔らかな草むらに何もない跡を残した。


アーカーは困惑した様子でそこに立ち尽くした。「彼女は…嘘をついていないようだ」と彼は囁いた。


騎士はアーケルを一瞥したが、返事はしなかった。ただ「行こう」と言っただけだった。


--------


夜空の光は深い葉の天蓋に飲み込まれていた。少女は暗い外套に身を包み、密生した下草の中を慎重に歩いていた。逆三角形のシンボル――大地の血の騎士団の印――が外套の裾から引き裂かれ、その下の血に染まった布地が露わになっていた。彼女が歩くたびに、湿った大地に足跡が刻まれていく。そよ風のように軽やかでありながら、緊迫感に満ちていた。


彼女は自分がどれだけ遠くまで来たのか分からなかった。ただ、進み続けるしかないと分かっていた。止まることも、引き返すこともできなかった。


突然…


「永遠に逃げられると思うなよ!」


森から声が響いた。針が肉を突き刺すように冷たい。木々は硬直したようだった。空気は重く、まるで目に見えない圧力に押しつぶされたようだった。木のてっぺんから、黒い外套を羽織った人影が枯葉のように落ちてきた。着地すると外套がはためき、鋭く逆三角形の仮面が現れた。目も口もない、冷たく生気のない塊。しかし、その内側には、毒蛇が静かに獲物を睨みつけるように、少女を見つめる視線があった。


「彼は…まだ私を追いかけているわ。」少女は数歩後ずさりしながらつぶやいた。


仮面の男は死のようにゆっくりと歩みを進め、一歩ごとに背後の生存の扉が閉ざされた。「地球血盟の裏切り者よ…シンボルを切ることで誓いが消えるとでも思っているのか? お前の血は依然として大祭司のもの。悪魔は誰にも背を向けさせない。」


少女は何も答えなかった。ただ腰の短剣を握り締めるだけだった。その目には恐怖はなく、決意と苦悩だけが浮かんでいた。彼女の心の中では、古き信仰の炎の灰が今も燃え、くすぶっていた。


使徒は手を上げた。掌の中央から、沸騰した油の蒸気のように黒魔術が立ち上った。それは渦を巻き、深緑色の槍の形へとねじれ、禁断の魔術の錆びついたエネルギーを発散させていた。「お前を生き返らせる必要はない。砕かれた心なら、まだ大祭司に捧げられる。」


彼は突撃した!


少女は身をかわそうと振り返った。短剣が闇の中で銀色の細い光を放った。二つの魔法がぶつかり合った。轟く爆発音が森の木々を揺らめかせた。黒煙がコウモリの羽のように広がり、彼女を地面に押しつけた。彼女は膝から崩れ落ち、片手で肩を押さえた。前回の戦いで負った傷が再び血を流していた。


「あなたは弱いのです。」使徒の声は冷たかった。「修道会を離れること、悪魔を離れることは…すべての力を離れることです。」


「いいえ…」少女は息を切らして言った。「私は弱くない…復活したのよ。」


古の森の闇は、息を呑むかのように静まり返っていた。槍から放たれる消えゆく炎が、揺らめく光線を放っていた。使徒は全身を覆う黒い外套をまとい、歪んだ顔は逆三角形の仮面で覆われていた。彼は一歩一歩、忍び寄るような邪悪なオーラを漂わせながら前へと歩みを進めていた。


少女はわずかに体を動かし、破れた外套を傷ついた肩にかけた。息は荒かったが、目は落ち着いていた。恐れはなく、ただ決意だけがあった。


「どれだけ逃げても逃げられない……」使徒の声は夜の森の霧のように冷たかった。彼が手を掲げると、空中に闇の魔法陣が渦巻き始めた。


少女は静かに袖から短刀を取り出した。細身の体躯で、肩はかすかに震えていたが、視線は相手から逸らさなかった。


「お前はもう教団の一員ではないが、お前の血には未だ裏切り者の匂いがする。」それから彼は言葉を止め、何かを悟ったかのように仮面の奥の目が輝いた。


「……ミラ」


その名前は、少女の心を直撃するように響き渡った。その瞬間、風が止んだ。ミラはナイフを握りしめた。長い間抑え込んできた感情がこみ上げてきた。かつて闇を歩み、今や光の道を選んだ者への恨み、痛み、そして憎しみ。


「あんたには…私の名前を呼ぶ権利はない。」その言葉は大声ではなかったが、断固として、身震いするようなものだった。


使徒は嗄れた笑い声を上げた。地獄から響いてくるような歪んだ笑い声だった。「まだ運命から逃れられると思っているのか、ミラ? お前は未だにアースブラッド協会の落伍者だ」


ミラはそれ以上何も言わなかった。彼女の姿は闇の中へと駆け抜け、かすかな光が宙を舞いながら消えていった。それは本物の光ではなく、彼女を包む闇を焼き尽くすかのような、強い生きる意志だった。


ミラは息を呑んだ。肩から血が滴り落ち、殴られた。もう長くは戦えない。使徒はあまりにも強大で、何日も動き続けたことで体力は消耗していた。しかし、彼女の目に絶望はなく、ただ絶え間ない計算だけが浮かんでいた。


使徒は再び前に進み出て、足元に闇の魔法の円を描いた。「ミラ、また逃げるのか?今度はお前の心臓を…一つずつ、大祭司のもとへ持ち帰るぞ。」


ミラは辺りを見回し、あらゆる細部を目で追った。密集した木の根、背後の裂け目、そして特に月光がかすかに反射する小さな水たまり。彼女は計算した。


使徒が掌底攻撃を仕掛けると、ミラは彼に立ち向かわず、振り返り、ベルトに隠していた小さな煙幕弾を地面に投げつけた。黒煙が立ち上り、彼女の視界を覆い隠した。「子供の遊びだ!」使徒は冷笑し、突進した。


しかし、彼は罠にかかってしまった。ミラは枯葉の下に、水と砕いた根っこを混ぜた泥を巧みに敷いていたのだ。使徒はバランスを崩して倒れ込み、一瞬立ち止まった。


ちょうどその時、ミラが彼の後ろに駆け寄った。殴るのではなく、耳元で囁いた。「裏切りよりも恐ろしいことがあるってことを、あなたは知っておくべきよ。」


それから彼女は森の中へと飛び込んだ。ただ目的もなくではなく、前回訪れた際に目撃した出口へと続く小川に沿って。彼女はその場所を熟知していた。暗闇の中を数分間追いかけ回した後、使徒の足音は消えていった。彼は怒りに燃えて咆哮したが、ミラは既に森の奥深くへと姿を消していた。


彼女は走り始めて間もなく、肩からの大量出血で気を失いました。体が方向を見失い倒れるにつれ、視界は徐々にぼやけ、目も徐々に閉じていきました。


-------


薄暗い光…そして消えた。ミラは目を開けた。まぶたはまるで岩に押しつぶされたかのように重く感じられた。呼吸は遅く、苦しそうだった。自分が柔らかい地面に横たわっているのを感じた。冷たく湿った土ではなく、テントのざらざらした毛布の上だ。かすかにハーブと煙の匂いが漂っていた。


彼女のそばで、温かい声が響きました。「起きましたか?」


ミラは首を傾げた。ライラは彼女の隣に座り、血を拭った布を優しく絞っていた。彼女の目には優しい心配の色が浮かんでいた。ミラは立ち上がろうとしたが、ライラはすぐに彼女を押さえつけた。「ダメ!血が流れすぎているわ。幸いケイルが間に合ってあなたを見つけてくれたわ」


ミラは衝撃を受けた。ぼんやりとした戦いの光景が悪夢のように蘇ってきた。使徒、血、そして怒りの咆哮が脳裏にこだました。彼女は身震いしながら呟いた。「どうして…私を助けて?」


ライラは少しの間ためらい、それから小さく微笑んだ。「怪我をしているのに、放っておいていいの?あなたは敵ではない……そう信じているわ。」



ミラはライラの目をじっと見つめた。こんな優しさには慣れていなかった。これまでずっと逃げ回り、アースブラッドや疑惑の視線から身を隠し続けてきた…人間らしく気遣ってくれる人は初めてだった。


テントの外から、ケイルの声が騎士に話しかけているのが聞こえた。「彼女はきっと誰かと戦ったのだろう…禁断の魔法の痕跡を持つ者と。だが、最後までそれを使わなかった。明らかに敵ではない」


騎士は黙ったまま、低い声で言った。「それでも、私はあなたを完全に信頼することはできません。」


ミラはそれをすべて聞いていた。彼らを責めるつもりはなかった。こんな状況で、アースブラッド・ソサエティの刻印が入ったマントを羽織った男を警戒しない人がいるだろうか?


ライラは水筒を取り、ミラの口元に押し当てた。「飲んで。体力を回復しないと…せめて生きていけるはず」


ミラは目を閉じ、静かに水を飲んだ。心臓が奇妙に締め付けられた。見慣れない感情が忍び寄ってきた。もはや恐怖だけではない、もっと深く…温かい何か。たとえほんの少しの間でも、どこかに留まりたいと思うなんて、考えたこともなかった。


------


ミラは広げられた粗いシーツの上にじっと横たわっていた。髪は汗と乾いた血で濡れていた。ライラは彼女の隣に座って、清潔な布で額の汗を優しく拭っていた。目は覚めていたものの、傷と薬のせいでミラはすぐに意識を失っていた。ライラは、まだ青白い顔から目を離さなかった。


テントの向こう側では、騎士がまっすぐに立っていた。冷たい視線がミラをナイフのように鋭く見据え、嗄れた声で、しかし毅然とした口調で言った。「彼女を引き留めることはできない。たとえ傷ついたとしても、かつて土血騎士団のマントを身にまとっていたという事実は無視できない。アーカー、ケイル、お前はその騎士団が何なのか知らない。彼らは裏切る者を逃がすような者ではない。」


ケールはキャンプの柱に寄りかかり、腕を胸の前で組んだ。騎士を直視せず、ミラの世話をしているライラを一瞥し、それから口を開いた。「森の真ん中で、意識を失い、大量に出血している彼女を発見したのは私だ。もし敵なら、なぜ隠れなかったのか? なぜあんな風に一人で倒れていたのか?」


「それはおとりかもしれない。騎士団が私たちを追跡するための手段だ」騎士は鋼鉄のように鋭い声で答えた。


アーカーはテントの入り口近くに立ち、両手を握りしめて平静を保とうとしていた。騎士の言葉には根拠があったが、ミラ――斜線模様の少女――の姿がまだ脳裏に浮かんでいた。彼女が現れた時、そこには敵意はなかった。あの目は、殺人者の目ではなかった。


「でも、もし彼女が本当にギルドを抜けたいと思っていたら? もし…私たちみたいに、自分では制御できない何かに引き込まれてしまったら?」アーカーは優しく挑発するように騎士と目を合わせながら言った。


騎士は長い間沈黙していた。冷たい鉄仮面が表情を隠していたが、その奥の瞳は揺らめいていた。もしかしたら、あの光を思い出していたのかもしれない。アーケルが気を失った時、戦場を満たし、彼らを救ったあの光…そして、それはケイルのものでも、ライラのものでもなかった。


「アーカー、君は信じ込みすぎだ」と、ようやく彼は言った。声は以前ほど厳しくはなくなった。「だが、何かあったら、責任を取るのは君だ」


ライラはアーケルを見つめ、それからケイルに軽く頷いた。テント内の雰囲気は少し和らいだが、まだ不安な空気が残っていた。外の森は静まり返っていたが、誰も気づいていなかった。冷たい風が吹き抜け、遠くから何かがこちらを見守っているような息遣いが漂ってきたのだ…


太陽は高く昇り、緑の葉の間から差し込み、羽根のようにきらめく光の筋を描いていた。アーケルは一言も言わずにテントを出た。ただ考え事をするために散歩に来ただけだと。彼は森の端にある小川へと続く小道を歩き始めた。水は澄んでいて冷たく、揺れる木々の影を映し出し、まるで記憶のように心に浮かんでいた。


アーカーは水のそばにひざまずき、水をすくい上げて顔にかけた。冷たい感覚は頭をすっきりさせたが、思考を整理するのには役立たなかった。


彼は水面を見つめた。目の前に映る顔は、もはやかつての無垢な青年ではなかった。その目には倦怠と恐怖が宿っていた――敵への恐怖ではなく、自分自身への恐怖。なぜ遺跡の光を灯すことができたのか?なぜ「リリア」という名が脳裏にこだまする……そして、まるで血肉に刻み込まれたかのように、これほどまでに馴染み深いものに感じられたのか?


「この世界で、私は一体何者なのだろう?」アーカーは静かに問いかけた。消えゆく記憶を押さえ込もうとするかのように、彼は両手を握りしめた。


騎士の声がまだ頭の中で反響していた。「君は信じ込みすぎだ…」


そう、彼はミラを信じていた。ケイルやライラ、そして自分の掌から初めて閃光が放たれた時の、名状しがたい感覚さえも信じていたように。しかし、信じれば信じるほど、恐怖は増していった。もしいつかあの力を制御できなくなったら…誰も彼を信じてくれるだろうか?


アーカーは木々の梢から見上げた。雲はまるで静かに全てを見守るかのように流れていく。風が優しく吹き、水面に波紋を起こし、水面に映るアーカーの顔を歪ませる。そして彼は突然悟った。自分を危険な存在にしているのは力ではなく、自らの混乱こそが自分を無防備にしているのだ。


小さな薄紫色の花が、かすかな予兆のように水面にゆったりと漂っていた。アーカーは手を伸ばして花を拾い上げ、しばらく眺めた後、静かに立ち上がり、キャンプへと戻った。皆がミラを受け入れる準備ができているかどうかは分からなかったが…おそらく、まずは自分自身を受け入れることを学ばなければならないのだろう。


アーカーがキャンプに戻ろうと準備をしていると、小川にそよ風が吹き渡り、木々の枝が奇妙な音を立てた。その音は普通の風の音とは違っていた。まるで、川の向こう岸のどこかで囁かれている、長く引き延ばされたささやき声のようだった。アーカーは言葉を止めた。


彼は眉をひそめ、茂みの向こうを見つめた。まるで声が自分の名前を呼んでいるようだった。奇妙な感情が彼の中に湧き上がった。恐怖ではなく、切実な好奇心…そして、どこかで聞いたことがあるような、しつこい衝動だった。


アーケルはためらうことなく小川を渡った。冷たい水は膝まで深かったが、不安になるほど深くはなかった。足元には苔と滑りやすい岩があり、ゆっくりと慎重に歩かなければならなかった。


ささやきは今やすぐ近くに聞こえてきた――風だけでなく、声も。歪んだささやき声、まるで百の声が重なり合い、人間の耳には聞き取れない意味不明な言葉を発しているようだった。


突然、アーカーの背筋に冷たいものが走った。彼は顔を上げた。


木の一番高い枝に、人影があった。全身黒ずくめで、半ば横たわり、半ばもたれかかっている。まるでひどく疲れ果てているようだった。逆三角形の仮面で顔が覆われていた。人影は死体のように動かず…だが、アーカーはそれが自分を見下ろしていることに気づいた。


アーカーは唾を飲み込みながら一歩後ずさりした。


それから彼は姿を消した。


一瞬のうちに、彼は彼のすぐ後ろに立っていました。


「アーカー…」― 彼の声はそよ風のように柔らかで、それでいて刃が肉に触れるよりも冷たかった。「やっと…君に会えた。」


アーカーは身を守るために短剣を抜き、くるりと振り返ったが、何も見えなかった。彼はもうそこにいなかった。


息を切らしながら、アーカーは追われる男のように目をぐるりと回した。黒い影が再び現れた。今度は目の前に――60センチも離れていないところに。


「本当にその力が偶然だとでも思っているのか?」――彼は首を傾げ、どこか別の場所から聞こえてくるかのように歪んだ声で言った。「光への目覚め……それは始まりに過ぎなかった。そして、この第十使徒は、お前を監視するために選ばれたのだ。」


アーカーは拳を握りしめた。「何が…欲しいんだ?」


使徒は何も答えず、ゆっくりと仮面を指で指し示して「沈黙」の合図を送り、影の中へと退いていった。「あなたが本当に…制御を失い始めたら、また会いましょう。」


そして彼は煙のように消え去り、アーカーの肉体に染み入る冷気と消えゆく静かなささやきだけが残った。


アーカーはまるで何かがすぐ後ろにいるかのように森の中を駆け抜けた。心臓は激しく鼓動し、汗ばみ、歪んだ囁き声が頭の中でまだ響いていた。「第十使徒は…あなたを観察するために選ばれた…」


焚き火の灯りが木々の間から揺らめくまで、彼は立ち止まる勇気がなかった。煙の匂いと乾いた薪がパチパチと音を立てる音は、まさに命綱だった。アーカーはイバラをかき分けながらつまずきそうになり、テントの近くで警備に立つケイルと騎士の影を見て息を呑んだ。


ケイルがまず振り向き、心配そうな目をした。「アーカー?その顔、どうしたんだ?」


「話さなきゃ。今すぐだ」アーカーは声を詰まらせながら口を挟んだ。喉がこんなに乾いたのは初めてだった。


騎士は首を傾げ、相変わらず冷たい視線を向けた。「何が起こったのですか?」


アーカーは何も言わず、木に腰を下ろし、息を整えようとした。「小川の向こうの森から何かが近づいてくる音が聞こえた。追いかけた。そして…奴を見たんだ。」


「彼?」ケイルは眉をひそめた。


「逆三角形の仮面を被った男。黒いマントを羽織っていた。彼は…土血教団の第十使徒だと名乗っていた。私を追っていた。そして…私の心臓を狙っていた…」


周囲の空気が急に重苦しくなった。パチパチと音を立てる炎は、静寂に押し流されたかのように徐々に小さくなっていった。騎士は眉をひそめ、歯を食いしばった。「今、第十使徒って言ったじゃないか?」


アーカーは頷いた。「ええ。彼は現れては消えたんです。でも幻覚じゃなかったんです。」


ケイルは腕を組み、顔を引き締めた。「もし彼なら…君が近づいたのは偶然ではない。アースブラッドは一度標的を明かしたら、誰も生かさない」


騎士はアーケルの目をまっすぐに見つめた。その目はナイフのように鋭かった。「彼に何と言ったんだ?触られたのか?」


三人は長い間沈黙していた。最初にケイルが低い声で口を開いた。「アーカー、そう言ってくれてありがとう。でも、それは…私たちの計画を丸ごと変えてしまうかもしれない」


騎士はうなずき、冷たく厳しい声で言った。「これからは、一人でキャンプを離れるな。顔を洗う時でさえも。」


アーカーは肩の力を抜き、ため息をついた。「分かりました」


騎士は黙ったまま、アーケルから目を離さなかった。何か怪しいものがあった…炎の光の中に、うごめくものが。それは不安だったのかもしれないし…あるいは…言葉にできない責任感だったのかもしれない。


緊張が解ける間もなく、メインテントからかすかな音が聞こえた。三人は即座にその方向を振り返った。騎士の手は反射的に剣の柄に触れそうになった。幕が上がると、ミラはよろめきながら出てきた。傷はまだ癒えていないが、彼女の目は澄んでいた。もはや、失われた者の鈍い目ではなく、何か大切なことを思い出したばかりの目だった。


ケールは素早くミラを支えるために前に出た。「そんな歩き方しないでよ。傷口が裂けたらどうしよう…?」


「大丈夫」ミラはゆっくりと息を吐き、アーケルを見つめ、それから騎士へと視線を戻した。「わ…聞こえたわ。第十使徒。近づいたのね?」


他の3人は唖然とした。アーカーは静かに尋ねた。「……そうだな……」


ミラは唇を噛みしめ、内なる葛藤に震える声を上げた。「彼はアースブラッド協会が呪われた影と呼ぶ者で、常に光の血痕に繋がりを持つ者を監視するために派遣されている」彼女はアーカーを見た。「あなたは…その光を内に秘めている」


騎士は一歩近づき、月光に影を落とした。「かつて彼らの仲間だった者を、どうして信用しなければならないのだ?」


ミラはその視線を避けず、ただ静かに言った。「友の命を奪った彼の目を見たことがあるから。そして知っているから…本当に殺したいと思ったら、誰も生き残れない」


彼女はゆっくりと手を伸ばし、シャツを肩のあたりで少し下げると、焼けた傷跡が露わになった。かすかな逆三角形で、かつて闇の魔法で刻まれた痕のようだった。「私は彼に印を付けられた。そして生き延びた…だが、それは彼を裏切ったからに他ならない」沈黙。騎士は黙り込み、視線を傷跡からミラへと移した。何かが、ほんの少しだけ変化した。疑念のかけらが剥がれ落ち、かろうじて…かすかな信頼の光が差し込んでいた。


沈黙を破ったのはケイルだった。「もし君が我々に協力してくれるなら…彼らについてのどんな情報でも――彼らの動き方、呪文、指揮官は誰なのか、それが命を救うことになるかもしれない。」


ミラは頷いた。その目にはもう震えはなく、何か…決意のようなものが宿っていた。「全部話します。でも、もう少し休まないといけないんです。最後に一つだけ…言いたいことがあります。」


「第十使徒はあなたを殺すために来たんじゃない。観察するために来たのよ。そして、使徒が誰かを観察する時…あなたを殺すために待ち伏せしている別の使徒がいるのよ!」


ライラは多くを語らず、ただ優しくミラの腕を抱き寄せた。茶髪の少女は、意識を取り戻したばかりの人物をゆっくりと助けながら、薄いカーテンの向こうに姿を消していった。


ケールはため息をつき、アーケルを一瞥すると、背を向けた。アーケルは薄暗い朝日の中に静かに佇んでいた。木漏れ日が草に残る露に反射していたが、アーケルにとってはすべてが重苦しい霞に覆われているように見えた。


彼は自分の手を見た。左手のひらのひび割れは、かつて皆を救った温かい光が放たれた場所から、まだ深く残っていた。巨大な力…だが、彼はそれを思うように制御できなかった。


一度だけ。


ただ一度だけ、死にかけた時。


彼は拳を握りしめた。「なぜ僕なの?」


遺跡を出て以来、あらゆるものが彼を、自身よりもはるかに大きな渦へと引きずり込んでいるようだった。騎士ほど剣の腕は高くなかった。ケイルほど鋭く、静かに振舞うこともできなかった。ライラほど落ち着きも、揺るぎもなかった。そして確かに…たとえ神の光をもってしても、世界を変えられるような人物には見えなかった。「ライリアの光がなければ、私は一体何なのだろう?」


戦闘スキルなし。


本当の力はない。


夢の中にはささやき声だけがある…そして、使い方を知らない贈り物もある。


そよ風が吹き抜け、木の葉がざわめいた。アーケルは遠くの空を見上げた。背後の森は依然として巨大な壁のように濃密だった。第十使徒は森のどこかにいる――あるいは、彼を監視し続けているかのようだ。


「俺は祝福されているのか…それとも呪われているのか?」その疑問が彼の心の中で渦巻いた。


アーカーは小川からほんの数フィートの古木の下にじっと座っていた。冷たく湿った風が彼の乱れた髪を撫でたが、胸に広がる空虚感以外何も感じなかった。光。その光が彼のもとに戻ってきた。それは皆を救った。


でも…彼らを救ったのはあなたではありません。リリアの力でした。


彼は頭を下げ、震える手で足元の小さな石を拾い上げた。


アーカーは木の陰に立ち尽くしていたが、心は別の暗い場所にあった。「僕がここにいるのは…彼らが僕を信じているからなのか?」


「それとも、あなたの手から発せられた光のせいでしょうか?」


「彼らは私を世話し、食べ物を与え、寝る場所を与えてくれた…ただリリアが私にその光を残してくれたから?」


ケイルに連れ去られた時のこと、ライラが優しく介抱してくれた時のこと、騎士が彼を疑いながらも使徒から守るために剣を握りしめていた時のことを思い出した。彼らは戦い、傷つき、血を流した。そして、彼はどうなったのだろうか?


彼はただそこに立ち尽くし、震えていた。光は彼のものではなかった。彼が作り出したものでも、制御したものでもない。ただ…運良く夢の中で受け取っただけなのだ。リリアが微笑み、彼には理解できない言葉を囁く夢だった。


アーカーは拳を握りしめた。喉が締め付けられた。「一体何の役に立つっていうんだ…もしあの光が消えたら? 明日起きたら消えてたとしたら?」


彼はかつて土血騎士団に属し、戦い、そして逃亡し、重傷を負いながらも、自らの意志によって生き延びたミラを想った。鋭い瞳を持ちながらも優しさに満ちたライラを想った。賞賛を必要とせず静かに行動するケイルを想った。そして、冷たく孤高でありながら、常に生と死の狭間に躊躇なく立ちはだかる騎士を想った。


あなたも?


他人の光に頼って生きる、ただの生き残り。世界が信じない神によって灯された灯火。「ルリアがいなければ…誰が私を必要とするというの?」


風が木々の間を吹き抜けた。葉のざわめきは、まるで目に見えない存在のささやきのようだった。アーケルは震え上がった。彼は膝をつき、両手で顔を覆った。不安が彼を包み込み、まるで心を飲み込んでしまうようだった。しかしその時、遠くからかすかな足音が聞こえた。


ライラ。彼女は何も言わずに歩み寄った。ただ彼の隣に座り、水の入ったコップを地面に置いた。何も聞かず、何かを強制することもなかった。沈黙。ただ温かい存在。それがアーカーを何とか平静に保ってくれた唯一のものだった。


ライラはアーケルの隣に静かに座り、何も尋ねたり迫ったりしなかった。水の入ったカップを彼の横に置き、頭を上げて頭上の揺れる葉を眺めた。


しばらくして、彼女は朝風のように優しい声で静かに言った。「小さい頃…森で迷子になったの。もう二度とそこから出られないと思ったの。」


アーカーは顔を上げた。目にはまだ涙が残っていた。困惑した様子で彼女を見た。「最初はただ逃げ道を探して走り続けた。走れば走るほど、どんどん迷っていった。疲れ果てて…地面に横たわり、このまま死んでしまうと思った。でも、その時、誰かが私の名前を呼ぶ声が聞こえたんだ。」


ライラは振り返り、葉の間から差し込む光に目を輝かせた。「アーカー、時々…走るのをやめて初めて、大切なものが聞こえるの。優れた戦士である必要も、英雄である必要もない。ただ自分らしく、自分の中の光が語りかける言葉に耳を傾ければいいのよ」


アーカーは頭を下げ、かすれた声で言った。「でももし…あの光が私のものじゃなかったら?もしリリアが私を選んだのが…ただの偶然だったら?」


ライラはかすかに微笑み、彼から目を離さなかった。「偶然なんてないわ、アーカー。光があなたに訪れたのは、あなたが強いからではなく…もっと大切なものを持っているからよ」


「どうしたんだ……?」アーカーは彼女を見た。


彼女は少しの間黙っていたが、それから優しくアーカーの肩に手を置いた。「常に自分自身を疑いながらも、それでも他者を守りたいと思う心。そんな心を持つ人は滅多にいないわ。」


アーカーは彼女を見上げた。彼の瞳から、霧のようなものが徐々に消えていった。「私は誰も守ってやれなかった……なんてもったいない人間なんだ……」


ライラは森に背を向けて立ち上がった。「アーカー、あなたは失敗者じゃないわ。ただ…自分のことをきちんと見ていないだけよ」彼女はゆっくりと、まるで彼が一緒に立ち上がるのを待っているかのように立ち去った。


アーカーは光が差していた自分の手を見つめた。今は輝いていないが…まだそこにあった。そしておそらく、心の奥底に、彼が耳を傾けるべきささやきがあるのだろう。

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