15
扉は誰にも触れられることなく開いた。骨が折れるような柔らかな音が空気を揺らし、続いて中から淡い白い光が流れ込んだ。薄い霧のようでありながら、肌を麻痺させるほど冷たかった。アーケルとオーレリアはじっと立っていた。二人の肩は、記憶の幻影との闘いで乾いた血と土でまだ汚れていた。オーレリアはアーケルの手を握りしめた。以前ほど強くはなかったが、アーケルはそれをこれまで以上にはっきりと感じた。少なくとも今は、二人はまだ一緒にいるのだ。
「気をつけて。あの扉の向こうにあるものは…もう私たちの世界のものではないのよ。」彼女は囁きながら、まるで心の迷路を抜け出す道を探しているかのように、目の前の空間を深く見つめていた。
アーカーは頷いた。答えず、ただ中へ足を踏み入れた。一歩ごとに周囲の空間が歪んだ。まるで全てが彼の思考を映し出しているかのようだった。幼少期の記憶が歪められ、断片化されたイメージが浮かび上がった。血に染まった寺院、リリアの微笑み、火葬場へと彼の手を引いて導いてくれた父親の虚ろな瞳。扉の奥の部屋は広くはなかったが、そこは…果てしなく広かった。壁も天井もなく、見分けられる床もなかった。まるで光の湖の上に立っているようで、一歩ごとに小さな渦が巻き起こり、その渦の中に死者の姿が浮かび上がっていた。幽霊ではなく、スローモーションのようなイメージ。崖から飛び降りる赤毛の少女。独房の中で叫ぶ少年。枯れ木の森の真ん中で焼身自殺する老女。
オーレリアは目を覆った。「あまりじっと見ないで。」
アーカーは振り返った。「何か見えますか？」
「私じゃない。彼女よ。何かが他人の記憶を使って、私たちを誘い込もうとしているの」――彼女の声は少し震えていた。――「私たちを溺れさせようとしている…出口を忘れさせようとしているの」
オーレリアが話し終えると、周囲の音が一変した。もはや静寂ではなかった。子供たちの笑い声、まるで皮膚を剥がすような風の音。水滴の音が、一定の音から、不規則に鼓動する心臓の音のように、急激に響いた。液体のような光の中に、脚のない古代の石のテーブルが現れた。それはまるで虚空にまっすぐに浮かんでいるようだった。テーブルの上には三つの物が置かれていた。骨の箱、大きく見開かれ動かない人間の目、そして古代ヴァルデン文字が刻まれた羊皮紙。アーケルとオーレリアは前に進んだ。彼らの目はすぐにその言葉に引きつけられた。「三つの物――一つは嘘、一つは埋もれた記憶、一つは生きている人間の目。正しいものを選べば、帰還の道は閉ざされる。もし間違ったものを選べば、片方は永遠に自己の空間に失われる。もしどちらも選ばなければ、両方とも消え去る。」
アウレリアはアーケルを見つめた。こめかみに汗が噴き出した。「推測するしかないわ。でも、もし間違っていたら…もう二度と会えないかもしれないのよ」
アーカーは歯を食いしばった。彼は一つ一つの物に目を凝らし、心を落ち着かせようと努めた。骨の箱は――まるで動いているようで、母親のような声で囁いているようだった。目はまだ濡れていて、黒い瞳孔はどこか見当もつかない方向を見ているかのようにピクピクと動いていた。紙切れは――風に揺れていた――本物ではなかったが、焼けた皮膚の匂いが鼻孔を通り抜け、彼は立ち止まった。
「箱だったと思う」オーレリアは声を詰まらせながら言った。「ささやいた…姉の声が。私だけが知っている何か。偽物ではないはず」
アーカーは彼女の手を握りしめた。「でも、もしそれがあなたの記憶を知っていたら、完璧に偽造できるんです」「そしてその目は？生きている…本物かもしれない」
「あるいは罠か」彼は一歩後ずさりし、額に手を当てた。
突然、光が変化した。最初は灰白色だった背景から、血のように赤い光線が虚空からまっすぐに降り注いだ。湖面に、一つの姿が映った。アーカー――だが、それは今のアーカーではなかった。十代の頃のアーカーが、憎悪に満ちた瞳で血まみれの剣を握り、積み重なった死体の中に立っていた。
「私を選んでください」と映像が言った。「あなたが私を殺したからです。これ以上何を偽る必要があるのですか？」
アーカーは顔を背け、その光景を頭から追い出そうとしたが、頭はズキズキと痛み、鼻から血が滴り、足元の光と混ざり合った。
オーレリアが叫んだ。「アーカー！大丈夫ですか？」
「ただ選り好みするわけにはいかない」と彼は息を切らして言った。「パターンを見つけなければならない…」
オーレリアは辺りを見回した。石のテーブルが溶け始めた。物体はまるで空中に飲み込まれたかのようにぼやけた。残された時間はわずか数分、あるいはそれ以下だった。紙に新たな一文が浮かび上がった。「真の記憶は決して語らない。生きている目は見ない。嘘は常に最も簡単な真実を語る。」
オーレリアは読み終えると、ささやいた。「もしそうだとしたら…箱は嘘よ。信じられる物語を語っているの。目は生きているけれど、誰も見ていない。だから…」
「羊皮紙だ」アーカーは息を吐いた。「埋もれた記憶。何も書かれていない。だが、それを読むことはできる。」
彼らは頷いた。アーカーは手を伸ばし、羊皮紙を掴んだ――その時、心臓にぽっかりと穴が開いたかのような静かな爆発が起こった。部屋全体が千枚もの鏡の破片へと砕け散り、ガラスの波のように溶けていった。二人の体は光の渦へと吸い込まれていった――光も、声も。アーカーがはっきりと聞いたのはただ一つ、オーレリアの影が別の方向へと流される前の最後の叫び声だけだった。
「エイカー！！！」
彼は手を伸ばした。届こうとしたが、引力は強すぎた。周囲の世界は幾重にも層に引き裂かれ、それぞれの層が扉であり、空間であり、恐怖であった。アーカーは別の次元へと押しやられた。
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アーカーの周囲の世界が暗い渦に巻き込まれた。すべてが蜃気楼のように回転した。彼は落ちた…あるいは流された…あるいは怪物の臓物のように冷たく粘り気のある何かに吸い込まれた。方向感覚も光もなかった。聞こえるのは自分の心臓の鼓動と、四方八方から響くような微かな叫び声だけだった。「カチッ」という柔らかな音。すべての動きが止まった。空気が凍りついた。アーカーは冷たい石の床に倒れ込んだ。起き上がろうともがくが、背中がざらざらした石の壁にぶつかり、体は内側から引き裂かれるかのように痛んだ。震える手が胸に触れた――血。深い切り傷。外套は引き裂かれていた。
部屋の隅。ドアも出口もない。部屋の真ん中に小さな古いベッドが置いてあり、片目をえぐり出された布人形が、端に頭を下げて座っているだけだった。アーカーは息を呑んだ。ここは無害な部屋ではない。小さな釘が石の床を引っ掻くような音が部屋から聞こえてきた。アーカーは振り返った。少年…年齢はわからないが、色あせた白いシャツだけを着て、裸足で、額には髪が覆い、青白い肌をしていた。少年は部屋の真ん中に、アーカーに背を向けて立っていた。
それは囁いた。「あなたは…新入りですか？」その声はまるで鉄の爪が鼓膜を引っ掻くようだった。甘美だが、腐った。墓場の底からの呼び声のようだった。アーカーは拳を握りしめ、掌から光を呼び起こそうとしたが、その魔力は…霧のように薄かった。この地の空気はあらゆるエネルギーの流れを遮断していた。
少年は頭を向けた。目は真っ黒だった。白目も瞳孔もない。顔はまるで皮膚がないかのように、ただ暗赤色の湿った層で覆われ、頬骨とかすかな血管の動きが露わになっていた。「僕と遊んで…さあ…」アーケルが壁に激しく投げつけられた時、彼の言葉は口からこぼれた。全身が壁に激しくぶつかり、血が飛び散った。魔法だ。とても強力だ。詠唱の必要はない。
アーケルは床に倒れ込み、震える足で立ち上がろうとした。「ここで死ぬわけにはいかない…戻らなければならない、オーレリアを守らなければならない…」少年はまるで動いていなかったかのようにじっと立っていた。しかし、周囲のすべてが変わり始めた。ギザギザの壁に手が生え、伸びてきて、掴み、掴みかかった。ある手が彼を絞め殺そうとしていた。彼は膝で壁を強く押した。もう一方の手で、持っていた短剣を取り出し、その手に切りつけた。黒い血が噴き出し、煙と化した。彼は後ずさりし、その血で足元に小さな光の輪を描いた。封印の輪。「ちくしょう…！ 魔力を使い果たすことはできない。だが、ランプの揺らめきだけに限定すれば…もしかしたら…」彼は浮かぶオイルランプを見つめた。7秒ごとに、光がちらつき、そして再び点灯した。薄明かりの瞬間、周囲が異常な速さで動き、光の中で…魂の動きが遅くなったように感じた。
アーカーは理解した。これは光と影の遊びなのだ。彼は子供の攻撃から身をかわした――それは近づいてきていた。その目はもはや丸くはなく、インクがにじんだようにだらりと垂れ下がっていた。腕は長く、指からは骨の刃が生えていた。アーカーは手首をひねった――痛かった。しかし、痛みで眠れなかった。彼は短剣を向きを変え、地面にまっすぐ突き刺し、六芒星の光を作り出した。ランプの明滅の中、光の輪が広がり、すべてをはじいた。子供は悲鳴を上げた。しかし、それは微笑んだ――血まみれの、歪んだ微笑みを。「遊び方を知っているんだね…とても楽しいんだ…」それは分裂した。1つ、2つ、4つ、12個の小さな、同じ形の体が部屋のあちこちに現れ、子供の幽霊のように走り回った。
本物と偽物の区別がつかなかった。「エネルギー感知は使えない。全員生命反応があるんだから…」アーカーは息を呑んだ。ナイフの柄を握りしめた彼の手のひらの皮膚は既に裂けていた。彼は目を閉じた。「動きのマップを作らなければならない」アーカーは並外れた記憶力と観察力を駆使し、呼吸、一歩一歩、そして光が消える瞬間を一つ一つ数えた。21秒後、彼は後ろ向きに斬りつけた。
割れ目！！
悲鳴が響き渡った――血に染まった体が壁に張り付いた。「彼らは位置を交代する。それぞれの体が3秒ごとに歩幅を変える……だから、本物は……じっと立っている方だ」アーケルはまるで全力を振り絞ったかのように、突進した。隅に一人で立ち尽くす子供へと、オイルランプの光が直接照らす子供へと、まっすぐに突進した。しかし、今度は子供はボロボロの人形と化し、爆発した――歪んだ童謡のように、長く響き渡る笑い声とともに。
ブーム！！
彼は吹き飛ばされた。胸から血が噴き出し、肋骨が折れ、息もできない。「もっと遊んで…」少年は静かに言った。
アーカーは咳き込み、口から血が流れ出たが、微笑んだ。「お前、ずいぶん生意気だな…分かってるだろ？」彼は手を上げた。掌には…ヴァルデンの深い井戸から持ち帰った石の目があった。それは映像を吸収し、光を曲げることができる目だった。彼はそれを床に置き、「基礎物理学の授業だ」と囁いた。部屋が爆発的に光に包まれた。アーカーが結晶化した魔法と石の目で作り出した鏡面に光が反射した。子供の魂の影――真の姿――が床にくっきりと浮かび上がっていた。隠れる場所などどこにもない。アーカーは短剣を投げつけ、影を突き刺した。「ああああああああああああああああああああああああああああああああ！！」
嗄れた悲鳴が響き渡った。子供は体をよじり、もがき苦しんでいた。皮膚が剥がれ、髪が束になって抜け落ち、黒い血が染料のように流れ出た。アーカーは息を切らしながら崩れ落ちた。「死ね…」しかし、子供は彼を見つめたまま、最後の笑みが骨の髄まで染み込んでいくようだった。「おい…お前は…」
「ただ一人…」地面が裂けた。足元の魔法の網が切れた。空間が再び変化した。アーカーは深淵へと落ちていった。
彼が立っていた魔力の密集した網は、腐った蜘蛛の巣のように一瞬にして引き裂かれた。歪んだ空間が割れる音を発し、それが全身に響き渡り、アーカーはまるで崩壊する世界の裂け目に立っているかのような感覚に襲われた。そして彼は落下した。さらに深く落ちていく。光は消えゆく石油ランプのように揺らめいた。空間の各層が割れた鏡のように彼の傍らを通り過ぎ、アーカー自身の姿を映し出したが…歪んでいた。歪んだ笑みを浮かべる者、血の涙を流す者、炎に焼かれる者。「この子供たち一人ひとりの世界は…果てしない井戸だ。」― 声が彼の耳に響いた。それは彼自身の声だった。それとも、そうではないのか？アーカーはもはや判断できなかった。彼は地面に叩きつけられた。
ブーム！！
衝撃はあまりにも強く、肋骨が痛み、肺から空気が抜けた。衝撃を最小限に抑えようと体をひねったものの、1階から2階への落下は依然として痛かった。彼は慌てて立ち上がったが、粘性の液体で足が滑った。血だ。
床は血で覆われていた。だが、赤というよりは、憎悪で煮えたぎる黒だった。彼が落ちていった部屋は鉄の壁でできていて、突き出た棘のように湾曲し、天井は剥がれた肉のように血が滴っていた。空間の中央には小さな机が一つだけ置かれていた。古くて、切り裂かれた。木の椅子が一つ。そして、そこに子供が座っていた。黒い髪が顔の大部分を覆っている。目は見えなかったが、彼はそれを感じた。それが彼を見つめている。「…新参者？」声は…ロボットのように冷たく、しかしまるで何千もの記憶から朗読されたかのように響き渡った。
アーカーは拳を握りしめた。その時、上の階から最初にいた子供の姿も落下し、アーカーの傍らに影のように軽やかに着地した。まだ笑っていたが、その体は変化し始めていた。目は墨のように黒く、歯は針のように長かった。「ほら、来たぞ」― ゆっくりと首を回し笑いした ― 「さあ…遊び続けろ」アーカーは本能的に手を振り、合図をした。これ以上待てば、引き裂かれると分かっていた。結界網第四号：核絞殺。青い光を放つ結界が、二人の幽霊と彼との間に渦巻いていた。しかし、最初の子供は手を伸ばし、詠唱もせずにそれを風船のように押し潰した。アーカーは後ずさりした。心臓がドキドキと高鳴り、額から血が流れ、唇に滴り落ちた。彼は考えなければならなかった。
何とか方法を見つけなければならなかった。「机の子と…禿げ頭の子は…同じじゃない。一方は空間を操り、もう一方は恐怖を抱かせる。両方を同時に攻撃することはできない…」アーカーは膝をついたが、それでもニヤリと笑った。「遊び？いや…遊びだ」彼は再び腕を振り、基本呪文で火の玉を召喚し、フェイントとして使った。ダメージを与えるためではなく、目くらましのためだ。同時に、彼は左に転がり、老人がまだ修行中に教えてくれた手技の一つで作った光のダーツを引き抜いた。それは猛スピードで飛び、禿げ頭の子の左目を釘付けにした。悲鳴が彼の胸を打ち砕いた。アーカーはその機会を捉え、机に向かって全力疾走した。二人が合流する前に、二人目の子供と直接対峙したかったのだ。しかし、彼は間違っていた。
彼がそこに手を伸ばす前に、空間全体がひっくり返った。テーブルは骨に、壁は臓器に、椅子は軋み、何千もの小さな指に姿を変えて彼を掴んだ。アーカーは捕まった。「急ぐな…まだ帰る時間じゃない」――二人目の子供の声は、まるで生徒の体を持つ老教師のように、より低く響いた。彼は立ち上がった。彼の黒い目は…あまりにも生気がなく、世界が傾くほどだった。
その視線はいかなる生き物のものでもなかった。虚無の深淵から生み出されたかのようで、まるでこれまでその視線に近づいたすべての魂が吸い出され、肉のない抱擁に締め上げられたかのようだった。アーカーは引っ張った。掴みかかる指から逃れようとしたが、もがけばもがくほど、指はきつく締め付けられるばかりだった。それはまるで、決して解き放たれない記憶のよう、決して覚めることのない悪夢のささやきのようだった。パキッと音がした。腕が引き抜かれた。血は出ていなかったが、痛みは本物だった。「これが最後の授業だ…」天井に腰掛けた最初の子供が、まるで指導教員であるかのように微笑んだ。
「…そして、俺がテストだ」と、二番目の男は拳をテーブルに叩きつけながら言った。衝撃波が鐘のように広がった。その瞬間、彼の周囲の空間が無数の破片へと爆発した。破片は四方八方に飛び散り、より大きく、より歪んだ新たな教室へと姿を変えた。壁には刃がちりばめられ、窓は何百人ものかつての生徒たちの瞬きの目だった。黒板には血で書かれた死者の名前がびっしりと書かれていた。そして床には…アーカー自身の体が、まるで割れた鏡のように幾重にも重なり、それぞれ異なる姿勢で横たわっていた。吊り下げられ、手首を切られ、頭をテーブルに押し付けられ、灰と化していた。彼は見ないように、信じないように、心を砕かないようにと、自分に言い聞かせた。しかし、声は囁き続けた。「誰がお前にこの学校で生き残れると言ったんだ？」
「誰も卒業できない授業に合格する方法を誰が教えてくれたのですか？」
「この世界は…魂の最終試験だ。」
アーカーは飛び上がり、胸からエネルギーの波が爆発した。氷のように青い光が何千本もの指を吹き飛ばした。骨のテーブルが粉々に砕け散った。アーカーは学校の檻から抜け出し、下の階へと墜落した。しかし…彼らも飛び降りた。
校庭が開けた。教室は偽の夕焼けの下、アリーナと化していた。太陽の光は空高く浮かぶ巨大な目から放たれていた。二人目の子供が最初に飛び降りた。その子供は空中で形を変えた。その体は殻のように砕け、中には背が高く痩せた大人のような存在が現れた。教師の制服を着ていたが、頭はまだ子供のままだった。頭は折れる音もなく180度回転した。「授業が始まる」彼の腕から何十本もの長い木の棒が生え、警官の鞭のようにアーカーに向かって振り回された。それぞれの鞭には「ここで女神の名前を言うな！」という怒りの音が込められていた。
アーカーは避けた。鞭が髪をかすめ――記憶の断片を剥ぎ取った。一瞬、オーレリアの名前を忘れてしまった。二度目の鞭が来た。防ごうと手を上げたが、その手は白墨に変わった。アーカーは悲鳴を上げた。白墨の手は床に崩れ落ち、記憶の塵となった。アーカーはもう耐えられなかった。彼は咆哮を上げ、ライリアの残党に呼びかけた。右肩から光の腕が生え、銀の剣を抜いた。それは宇宙外科医の手にあるメスのように輝いていた。彼は突進した。
戦いが始まった。光と闇がぶつかり合った。銀の剣が教師のローブを切り裂き、支配者の手を二つに切った――しかし血は流れず、代わりに黒い墨の線が切り口から流れ出た。言葉の一つ一つが呪いであり、文の一つ一つが文だった。「書かれたものは忘れられない。」
「この板に書かれた記憶は…永遠に生徒のものとなる。」二番目の子は宙に手を伸ばし、巨大な黒板を取り出した。そこにはアーカーという名前が書かれていた。彼は爪でその名前を消した。そして一瞬、アーカーは自分が自分から消え去ったように感じた。もはや彼はアーカーではなかった。ただ彷徨う記憶だけだった。しかし、彼は唇を強く噛んだ。血が滴り落ちた。チョークに、彼の名前が再び血で書かれていた。彼は戻ってきたのだ。
戦いは長引いた。最初の子供が幽霊のようにアーカーの耳元で囁き続けた。囁きの一つ一つが、アーカーの心に大きな衝撃を与えた。アウレリアが子供たちに押しつぶされるのを、ケイルが生きたまま焼かれるのを、そして自分が何世紀も前に死んだ生徒、決して完了することのない試験に永遠に閉じ込められているのを目の当たりにした。アーカーは激しく斬りつけた。命中するかどうかは問題ではなかった。彼は現実を心に留めようと必死に戦った。
口から血が流れ出た。膝は崩れ落ち、喉は青ざめ、銀の剣の手は砕け散った。教師は笑った。「授業は終わった」彼は前に出た。しかしその時――アーケルの奥底から銀色の輝きが湧き上がった。もはやリリアの借り物の力ではなかった。それは完全に彼自身のものだった。小さな存在――だが、まだ生き、まだ記憶を持ち、まだ希望を抱いていた。彼は再び前に出た。「授業は終わった……長い間待ち望んでいた」
先生の子供は半歩立ち止まった。穴のように深い彼の黒い瞳が、突然ひび割れた――恐怖ではなく、驚きで。まるで初めて生徒がこの教室の規則に逆らう勇気を持ったかのように。「え？」彼が首をかしげると、周囲の世界が揺れ動いた。「お前は…期末試験に逆らう勇気があるか？」衝撃波のような目に見えない一撃がアーカーの足元の地面を砕いた。しかし、今回は彼は後退しなかった。右手が収縮し、銀色の光が指先に集まり、まるで記憶から刻み込まれたかのように震える紋様を次々と形作った。それは魔法ではなく、彼が残そうと選んだ記憶が、武器へと変化したのだ。掌の真ん中に、銀色の刃が生まれた。小さく、短く、学校のナイフのように…だが、この教室の悪夢よりも鋭かった。
アーカーは駆け出した。机が溶けて黒インクとなり、彼を掴もうとした――彼はくるりと回転し、つま先が血まみれの壁を擦り、ダンサーのように跳ね返った。銀のナイフが振り下ろされた――金属が鳴り響き、怪物のような椅子の何千本もの指の一つを切り裂いた。「記憶は消されるものではない」と彼は言い、左目に銀色の光が閃いた。
教師の子供が唸り声を上げた。彼は黒板に手を伸ばし、爪で円を描き、背骨ほどの長さの定規を取り出した。定規には血管が巻き付き、古代の悪魔の言葉が刻まれ、現実に刻み込まれていた。「試験…が始まる。」彼は定規を振り上げた。長い光の波が空気を切り裂いた。アーカーは身をかがめたが、その切り傷は彼の鼻梁を貫くほんの数ミリ前だった。引き裂かれた空気の匂いが黒板消しの煙のように立ち上った。彼の背後では壁が切り裂かれ、血と臓器が床に落ちていた。しかし、彼には考える暇がなかった。彼は前に飛び出し、銀のナイフを子供の首に突き刺した。しかし、それは消えた――定規を軽く叩きつけながら、彼のすぐ後ろに再び現れた。
ブーム！！
アーカーは壁に叩きつけられた。背中がロッカーの列にぶつかり、ドアが勢いよく開き、名札のついた生徒の頭蓋骨が飛び出した。「成績が悪い人は…ロッカーへ行け」その言葉は、まるで死刑宣告のようにアーカーの耳に響いた。しかし、彼はくすくす笑った。「…成績なんていらない」胸の奥から再び光が灯った――今度は銀色だけでなく、静かな青色で、まるで魂の奥底から囁かれる古の囁きのようだった。奇妙な声が頭の中で響いた。「一番である必要はない。ただ、忘れないでくれ。君は本物だ」
ポップ！！
光は巨大な筆の形へと切り裂かれ、その先端は戦斧のように鋭く湾曲していた。アーカーはくるりと振り返り、筆の柄を掴んで反撃した。ルーラーと筆がぶつかり合った。
教室が揺れた。机と椅子がすべて激しく揺れ、天井から血が降り注いだ。「わかった…」 担任の子は感電したかのように髪を逆立て、後ずさりした。「じゃあ…口頭試問をしよう」 彼は口を開いた。生徒の蛇が這い出てきた。その頭は別の男の子の形をしており、すすり泣いた。「勉強してないよ…勘弁して…！」 アーカーは彼をまっすぐに見つめた ― 瞬きもせずに。それから彼はペンを逆さまに床に突き刺した。今度は記憶ではなく、決意の光の輪が現れた。円の中心から、プラチナの髪をした少女の影のような姿が現れ、彼の肩に手を置いた ― もう一つの生きた記憶のように、彼に力を与えた。「忘れないで、アーカー」 ささやくだけで、世界が震えるのに十分だった。
彼は床からペンをひったくり、左手でナイフを振り下ろした。ナイフは蛇を切り裂き、ペンは先生を切り裂いた。二度、同時に。両方の標的に命中した。先生の子供は額に長い切り傷を負い、後ずさりした。黒い血が滴り落ちた…しかし彼は叫ばなかった。ただくすくす笑った。「…僕は本当に悪い生徒なんだ。」彼はテスト用紙を取り出したが、そこには何も書かれていなかった。それは召喚呪文だった。彼の周りの空間が再び動き始めた。
空間は巻き上げられるかのように揺れ、教室の床はひび割れ、机の間の通路は蛇の口が噛み合うように歪んだ。アーカーのペンとナイフから銀色の光が放たれたが、それは…腐りゆく現実を捉えるには不十分だった。彼は息を呑んだ。「今度は何を召喚するんだ…？」教師の子供が手に持っていた名もなきテスト用紙が回転し、赤い文字が浮かび上がった――魔法の言葉ではなく、走り書きされたコメントだった。
「私は決して基準に達しない。」
「君のせいで授業が醜悪になるよ。」
その言葉はアーカーの心に突き刺さった――だが、彼自身のものではない。それはまるで…他の誰かが聞いた、震え、苦しむ声のようだった。彼の左では、蛇の子供がシューシューと音を立て、まるで内臓の痛みに苛まれたかのように体が痙攣していた。皮膚が何層も剥がれ落ち、銀色の光の中で深い傷と焦げた鞭の跡が露わになった。「説教するつもり…じゃないだろう？」
「地下で暮らすべきだ」どこからともなく、男の声が響いた――深く冷たい声。アーカーは胸が締め付けられるような思いで後ずさりした。空間が二つに分断された。左側は暗く汚い地下室、右側は真っ赤な成績表が貼られた明るい教室。「これは幻覚じゃない」と彼は思った。「これは…本当の記憶だ」
先生の子供は背筋を伸ばし、額の血がチョークの線に変わりながらこう書きました。
"笑顔。"
"笑顔！"
"笑顔！！"
言葉の一つ一つが、まるで自分の心臓に突き刺さるナイフのようだった。アーカーは叫び、再びペンを胸に叩きつけた。ドスンという音が響いた。もう魔法は効かない。ただ…生身の人間同士の行為。彼は息を呑んだ。「僕は…教えなくちゃいけない…よね？採点しなくちゃ。君を正さなくちゃいけない…しなくちゃ…しなくちゃ…」蛇の子の目がきらめいた。彼はアーカーに這い寄ったが、もはや毒舌をむき出しにすることはなかった。ただ小さく呟いた。「僕は…絶対に進級できない。どんなに優秀でも…」声は嗚咽に変わった。「…パパがそう言ったんだ」
アーカーは二人の子供の間に立った。ナイフを振り回すことも、戦い続けることもできなかった。怪物の皮膚の下には、ただ…二人の子供が、暗い隅に追いやられているだけだった。彼の体から銀色の光が再び放たれた。しかし、剣ほど鋭くはなく、むしろ優しく、母親の手のように。彼はひざまずき、手を伸ばして先生の頬に触れた。蛇の頬に。「二人は友達だったんだね？」アーカーは優しく言った。二人の子供は驚いた。そして二人は…叫び声を上げた。
「違う！彼は私を裏切ったんだ！」
「置いていかれたよ！」
「汚いよ！」
「先生は彼を愛しているのに、私は見捨てられている！」
言葉が重なり、涙がこぼれた。爪と牙はもはや振り上げられず、震えていた。アーカーは子供たちの手を掴んだ。「君たちは…死んだ」その言葉はまるで雷鳴のように空を切り裂いた。「…だが、痛みは生きている。そして、それが君たちをここに留めている」アーカーの声は和らいだ。「覚えているか…最後に心から笑ったのはいつだったか？」
二人の子供は黙り込んだ。歪んだ空間がひび割れ始めた――だが今回は暴力によるものではない。闇に光が差し込み始めたのだ。蛇の子は崩れ落ちた。先生に倒れ込んだ。「ごめんなさい…僕…君が詩を朗読できるのが羨ましくて…僕は床を掃かなければならなかったんだ。」先生は震えた。戦い以来初めて、彼は泣いた。「僕…僕もごめんなさい…君の声で詩を朗読して…自分が書いたふりをしてしまったんだ。」二人の子供は抱き合った。黒い血は空中に溶け、輝く塵に変わった。アーカーは目を閉じた。「転生して…」
タイルから光の輪が浮かび上がった。魚臭さは消え、悲鳴も聞こえなくなった。ただ、本物のすすり泣きだけが響いた。光。そして純粋。
子供たちの一人がようやくアーカーの方を向いた。「先生…行きます」アーカーは呆然とした。いつから「先生」と呼ばれていたのかも分からなかったが…微笑みながら、静かに頷いた。「行って。この夢は…とっくに終わっているはずだったのに」
目の前に白い空間が徐々に現れた。アーカーは腰を下ろした。ナイフとペンは塵と化した。前方には…朽ちかけた木の扉が開かれた。そして扉の向こうには、幾重にも重なった幻想の中で初めて、陽光が差し込んでいた。
戦いの後、部屋は静まり返っていた。二人の子供はもういない。泣き声も、恨みの光も消えていた。あるのは…ただ、朽ち果てた記憶から薄い霧が吐き出されるかのように、かすかな煙を発している、廃墟と化した教室だけだった。アーカーはしばらく立ち尽くした。力が尽き、腕が震えた。しかし、その時、彼の目は奇妙な光景に釘付けになった。少年が座っていたテーブルの上に、まるで亡き魂が置き忘れたかのように、黄ばんだ紙切れがノートに挟まれていたのだ。彼は近づき、ノートを開いた。中には走り書きされた数行だけが書かれていた。「明日は学校に行きません、お母さん。でも泣かないで。ただ疲れているだけ。みんなが私のことを嫌っているの、知ってるでしょ？」
走り書きのような文字は子供じみていたが、恐ろしいほどの孤独感に満ちていた。アーカーは紙を握りしめ、唇を噛みしめた。辺りを見回し、そしてまるで閉じられたケースから手がかりを探す男のように、部屋の隅々まで探りを入れ始めた。だが、彼はそこに目に見える以上の何かがあることを知っていた。教室の片隅には…乾いた血痕で汚れた足跡が、教師のロッカーへと続いていた。アーカーはロッカーの扉を引いて開けた。暗闇の中に…小さな木箱があった。簡素で色あせた箱だが、蓋にはローマ数字の「II - XV」が刻まれていた。その下には、近寄らないとほとんど読めないような文字が書かれていた。「ため息を聞く者は…罪の根源を見つけるだろう」
彼は箱に触れた。中には割れたガラスの破片があっただけだった。鏡の破片だろうか？いや、このガラスの破片は…アーカーの姿を映していなかった。代わりに映っていたのは、まるで一度も割れたことなどなかったかのように、子供が座り込み、永遠にあの必死の手紙を書いている部屋の姿だった。彼はわずかに身震いし、ガラスの破片をポケットに入れて後ずさりした。窓辺では、カーテンが風になびいていた。風は吹き出すのではなく、吸い込んでいた。空気が歪み始めた。教室の壁は、まるで現実から溶けていくかのように柔らかくなった。アーカーは教室のドアに向かって走った。掛け金が乾いたカチッという音とともに開いた。誰も聞こえなかった最後の鐘のようだった。彼は外に出た。誰もいない廊下に出た。そこでは自分の心臓の鼓動だけが聞こえていた。「オーレリア…！」彼は囁いた。
井戸ほど暗くはないが、それでもこの空間は現実世界とは程遠い。全てが背後で溶けていくようで、ただ少女へと続く道だけが残っていた。だが…廊下の先に何が待ち受けているのか、彼には分からなかった。掌の上で、ガラスが熱を帯び始めた。誰かの鼓動か、それともまだ解き放たれていない魂か。彼は拳を握りしめた。彼女を失うわけにはいかない。また同じ結末を迎えるわけにはいかない。最後の扉が開いた。その向こうから、オーレリアの声が聞こえた。「アーケル……？ あなた……？
オーレリアの声が響き渡った。まるで長い悪夢から目覚めたばかりのように、かすかに震えていた。それは疑問ではなく、崩れ去る世界の中で、ただ一つのイメージにしがみつくかすかな希望だった。そして…彼女は彼を見た。アーケルが戸口によろめきながら立っていた。彼の背中は、背後の薄暗い廊下の途切れた光に溶け込みそうだった。片手にはガラス片を握りしめていた。それは今や血で赤く染まり、腕にはひび割れが走っていた。もう片方の手は…裂けた腹の側面を握りしめていた。血だ。
彼の足元には、死から蘇る道のように、赤い筋が伸びていた。部屋の隅からオーレリアが飛び出し、瞬きするほどに目を見開いていた。叫び声も叫び声もなく、ただ彼女の体は抗えない波に引き寄せられるかのように、彼へと駆け寄ってきた。床を叩く足音が慌ただしく響いた。そして…アーケルは倒れた。
糸を引かれた操り人形のように崩れ落ちる彼を、彼女は支えた。彼の頭は彼女の肩に落ち、傷口から流れ出た血がオーレリアの白いシャツを一滴一滴、染み出していた。まるで時間が止まり、血がすべてを赤く染めたかのようだった。「だめ…だめ…だめ…」オーレリアは囁き、現実に戻ろうとするかのように口を動かした。震える指がアーケルの顔をなぞった。顔は青白く、息は絹のように細かった。「こんな風に…アーケル、こんな風になってはいけない…」いつから泣き始めたのか、彼女は分からなかった。涙が彼の頬を伝い落ち、冷たい肌に触れ、血と混ざり合った。その瞬間、彼女は自分が代わりたいと思った。自分が代わりだったらいいのにと思った。
「君は…ここまで来たんだね」アーカーは囁いた。その声は弱々しく、唇がわずかに動いただけだったが、オーレリアには聞こえた。
「ええ」彼女は息を詰まらせながら言った。「あなたを家に連れて帰りに来たのよ」
「ありがとう…」アーカーは彼女を見た。
オーレリアは首を横に振り、彼の手をぎゅっと握りしめた。「お礼を言っている場合じゃないわ…正気じゃないの？一人でこんなに頑張って…」彼女は彼を叱りたかった。本当にそう思った。しかし、喉が詰まり、叱り声は嗚咽に変わった。
アーカーは無理やり笑顔を作った――薄く、恐ろしい笑みを。「大丈夫…だって、君がまだここにいるって分かってるから。君がまだここにいる限りは…」
荒い息。オーレリアは彼の胸の小さな振動が弱まっていくのを感じた。彼女は耳を近づけ、心臓の鼓動を聞こうとした。しかし…その時、彼女は何かを悟った。二つの鼓動があった。一つはアーカーの鼓動――弱く、消えゆく鼓動。もう一つは…彼の手のひらの中で激しく鼓動していた――ガラスは完全に砕け散っていたが、それでも赤い心臓のように奇妙な温かさを放っていた。一つの魂が、解放されるためにではなく…他の魂を救うために、留まることを選んだのだ。
オーレリアはアーケルの瞳の中に、かつて見たことのない何かを見た。恐怖でも、痛みでもない。光。周りのすべてが灰燼に帰したにもかかわらず、明るく輝いていた。「見つけたのね…？」彼女は彼の掌に触れながら囁いた。ガラスは銀色の液体に溶け、傷口に染み込んでいた。
アーカーは小さく頷いた。「下には何もない。ただ…記憶にとどまりたいと願う子供たちがいる。そして、脱出口も。」 「あなたは…？」アーカーは答えなかった。ただため息をつき、目を閉じた。静かな湖に散り散りになる最後の花びらのように、彼の体は彼女の腕の中で静かになった。
アウレリアはどれだけの時間が経ったのか分からなかった。数分かもしれない。一生かもしれない。周囲の空間はまだ現実世界ではなかったが、霞が晴れていくようだった。まるで部屋の精霊が鎮められたかのようだった。かすかな音が遠くで響き、やがて消えていった。その時、彼女は息をのむのを聞いた。微かだったが、希望を抱くには十分だった。アーケルは…生きている。まだ。ここで終わるはずがない。彼女は彼を抱き上げた。震える手だったが、確信していた。血はまだ滴っていたが、彼女の心の中で、炎が再び燃え上がっていた。
