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ヴァルデンの朝の空気は、湿った露の匂いと、石柱にこびりついた苔の刺激臭でまだ濃厚だった。森の上空の厚い雲はまだ太陽を射しておらず、辺りは灰色の霞に包まれ、まるで時が凍りついたかのようだった。アーケルは、ヴァルデンでの二晩目を過ごした古い木造の家のポーチに腰掛けていた。彼の視線は、禁じられた森へと続く小道を遠く見つめていた。そよ風が髪をなびかせ、思慮深く、懐疑的な表情を浮かべていた。


家の中では、オーレリアはまだ眠っていた。その少女は――奇妙で物静かで――彼に目に見えない執着心を抱いているようだったが、彼女はそれを認めたり説明したりすることはなかった。アーケルは何度も、なぜ彼女がここにいるのか、なぜこの村までずっと彼を追いかけてきたのか、そしてなぜ彼女の目にはいつも何か…見覚えがあるのだろうかと考えた。アーケルは深く息を吐いた。昨夜、彼はリリアの夢を見た――彼女の姿ははっきりとせず、そよ風のように耳元で囁くだけだった。「近づけば近づくほど、眠っているものが目を開けるだろう」その警告は何度も繰り返され、アーケルは一晩中眠れなかった。


木の扉が静かに軋んだ。いつものように薄い外套を羽織ったまま、オーレリアが現れた。彼女は何も言わず、アーケルの隣に腰を下ろした。その視線はアーケルと同じ場所――ヴァルデンの禁断の森――に注がれていた。そこには、あらゆる秘密が明かされるのを待っている。「もう少し寝てないの?」―彼女の声は朝の煙のように軽やかだった。


アーカーは軽く首を振った。


「私も眠れない」オーレリアは数日ぶりに震える声で続けた。「ここは…息があるのよ」


アーカーは彼女の方を向き、わずかに眉をひそめた。「息をしてるの?」


オーレリアは小さく頷いた。「今まで訪れたことのない場所。一歩一歩が、誰かの昔の記憶を踏みしめているような気がする。昨夜、笑い声が聞こえた…とても遠く、かすかに、まるで地底から聞こえてくるようだった。」


アーカーは一瞬沈黙した。心が沈むのを感じた――恐怖からではなく、その言葉の中に、自分の心と共鳴する何かがあったからだ。「もしかしたら…」アーカーはゆっくりと言った。「この村の地下に眠っているのは、かつて封印された存在だ。それが何なのかは分からない。だが、この忘れられた村は、忘れられた場所というよりは、隠れ蓑のようなもののようだ。」


「村を…封印するの?」アウレリアは目を大きく見開いて尋ねた。


アーカーは唇を尖らせた。「いや。命をかけてでも。」長い沈黙が続いた。風が腐った木々の間を静かに吹き抜け、それは安らぎのない魂の呻き声のようだった。


-----------


乾いたパンと湧き水の朝食を済ませ、アーケルとオーレリアは小屋を出て、村の北側にある一帯の探検を続けることにした。前日、奇妙な文字が刻まれたひび割れた石柱を見た場所だ。道は薄暗い森の中を抜け、光はほとんど差し込んでいなかった。枯れ葉の下で小さな枝が折れていたが、動物の気配はなかった。すべてが異常に静かだった。


「鳥はダメよ。」オーレリアは優しく言い、アーケルの袖を軽く掴んだ。


「足跡も…音も何もない」アーカーは頷いた。「まるで森が、何も長く生き延びることを許さなかったかのようだった」


一時間ほど探した後、彼らは高さ三メートルほどの石柱の前で立ち止まった。周囲の苔は乾いて灰色になっていたが、かすかな魔法の痕跡がまだ残っていた。「まだ消えてないぞ」アーカーが囁いた。


オーレリアはその痕跡に軽く触れた。「この言語は……古代魔界で使われていた文字に似ています。シュアルの西の書庫の記録で見たことがあります」


アーカーは彼女を見て言いました。「読めますか?」


「まだ足りないわ」オーレリアは認め、その視線をシンボルから離さなかった。「でもこれは…『下』にあるものについての警告よ。立ち入り禁止じゃない。でも、それを起こさないでくれという切実なお願いよ」


アーカーは一歩後ずさりし、真剣な目を向けた。「このエリアの中心を見つけなければ。」


「『中心』はあると思いますか?」彼女は彼を見た。


「邪悪を放つものには…源がないはずがない」アーカーは低い声で答えた。「我々はただ、その境界をすり抜けているだけだ」


オーレリアはしばらく黙っていたが、それから軽く頷いた。「じゃあ、行きましょう。私も一緒に行きます。」


アーカーは彼女を見た。ほんの一瞬、二人の視線が合った。その視線には何か静かなものがあった――名状しがたい、言葉にできない絆のように。オーレリアがなぜここに留まったのかは分からなかったが……一つ確かなことがある。もし以前、全てを思い出していた頃だったら、こうして彼女と行く道を選んでいたかもしれない。「足元に気をつけろ」アーカーは石の台座を降りる直前に言った。二人が振り返ると、石柱の下に小さな亀裂が広がり、土がかつてないほど薄くなっていることに二人とも気づかなかった。


森の奥へと続く道は狭まり、暗い木々の天蓋とギザギザの岩に紛れ込んでいた。まだ日中だったが、光は隅々まで届かず、まるで忘れ去られた門のような木の根が交差する天蓋を抜けると、空気は重苦しく感じられた。アーカーは歩みを緩めた。一歩一歩が間違っているように感じられた…まるで、現実だけが存在しているわけではない世界に足を踏み入れようとしているかのようだった。


「ほらね?」オーレリアが背後で囁いた。何かを邪魔するのを恐れているかのように、彼女の声は柔らかかった。


「なるほど」アーカーは言葉を切った。


彼らの目の前には、森の奥深くに埋もれた巨大な盆地のような窪地があった。中央には、焼け焦げたように黒く崩れ落ちた柱があり、その周囲は砕けた魔法陣で囲まれていた。生命の気配はなく、鳥の鳴き声も虫の音も、風の音さえ聞こえなかった。ただ一つ、彼らの胸を圧迫する、目に見えない圧力を感じていた。


アーカーは深呼吸をした。「下に降りて見てみましょう」オーレリアは頷いたが、彼女の不安は明らかだった。彼女はいつもマントの下に隠している小さなナイフの柄を、無意識のうちに強く握りしめていた。


足が地面に着くと、空間が狭まるようだった。アーカーの背中は危険を感じたように緊張した。薄く、重く、静まり返った空気の層…まるで名もなき湖の底に水が閉じ込められているかのようだった。「ここは…」アーカーは眉をひそめた。「ここは忘れ去られた場所ではない。誰かが開けてくれるのを待っているのだ。」


オーレリアは答えなかった。辺りを見回し、壊れた石柱に刻まれたシンボルに目を留めた。手で彫られた渦巻き模様だが、緻密で計算された構造をしていた。「触ったらどうなると思いますか?」と彼女は優しく尋ねた。


「やめろ」アーカーは慌てて答えた。「誰かが封印したんだ。そして、その人物は村全体をこのものの『隠れ蓑』にするほどの力を持っていた」


突然、突風が吹き抜けた。だが、冷たくはなかった。まるで火の中をくぐったばかりのように、熱かった。アーケルとオーレリアは顔を見合わせた。「誰か…来るの?」オーレリアは半歩後ずさった。


「いや」アーカーは手を上げて止めた。「もう何かいるぞ」


地下で小さな地震が起こり、盆地の縁から岩が転がり落ちた。オーレリアはよろめいたが、アーケルが彼女を受け止めた。


その時、崩れ落ちた石柱の下から、乾いた笑い声が響いた。大きな声ではなかったが、まるで地底深くから響いてくるかのように、幾重にも響き渡った。「来たか……心に光を宿す者よ……」


アーカーは即座に背中の槍を抜き、周囲を見回した。「誰だ?」笑い声が消えた。代わりに、周囲の空間が歪み始めた。砕け散った魔法陣が突然再び輝き始めた――だが、その輝きは一定ではなかった。風に揺れるろうそくのように、光は時に弱まり、時に強くなった。


「封印の第一層が…開きつつある。」アウレリアは叫んだ。


「行け!」アーカーは彼女の手を引いた。「ここから立ち去れ!」数歩も走らないうちに、再び地面が揺れた。灰色の煙の中から、影のような人影が現れた。その姿は不明瞭だったが、逆三角形の紋章が描かれたフードとマントは紛れもなく、アースブラッド教団の使徒だった。


「彼は…残像よ」オーレリアは静かに言った。「実在の人物じゃないわ」


残像は口を開いたが、音はしなかった。代わりに、まるで血で書かれたかのように、地面に真っ赤な文字が浮かび上がった。「選択から逃れることはできない。たとえ忘れてしまったとしても、あなたの心は依然として鍵となる。」


アーカーは拳を握りしめた。「奴らは我々と猫とネズミの追いかけっこをしているんだ」


「いいえ、アーケル…」オーレリアの声は震えた。「思い出そうとしているんです。」


谷底から脱出した後、アーケルとオーレリアは近くの木の下に座った。二人とも息を切らしていた。外の空気は以前より軽くなっていたが、二人とも何かが…変わったような気がした。まるでヴァルデンの境界が消えていくかのようだった。「大丈夫?」オーレリアがこちらを見た。


「ああ」アーカーは汗を拭った。「ただ…何かが…脈打っているような気がするんだ」


彼女は答えず、彼の肩に触れた。「一日で全部理解する必要はないわよ」


アーカーは振り返った。プラチナの髪が風になびき、数本の束が彼の襟首に吹きかかった。彼女の瞳には真摯さが宿り、暗い洞窟に小さな明かりが灯ったように、彼の心を和らげた。「諦めない」アーカーは言った。「もし私の心が鍵なら…私が何を持っているのか、知る必要がある」


「私も一緒に行きます」アウレリアは優しく答え、アーケルの手を握った。


遠く、木の上から二人の目が彼らを見つめていた。敵ではない。だが…味方でもない。長い外套をまとい、白い髪を背中に流し、深淵のように深い琥珀色の瞳を持つ男。「結果は…変わった」――彼の声が静かに響いた。「だが、ゲームはく」


谷を出てからも、アーケルとオーレリアはすぐには村に戻らなかった。低い丘の斜面に足を止めた。そこには数本の低い木と濃い草が生い茂っていた。丘の頂上からは、遠くにヴァルデンの街並みが見渡せた。かすかな煙を漂わせる小さな木造家屋が、まるで眠っているかのように静まり返っていた。


アーカーは岩の上に座り、膝に手を置き、目を静めた。彼の心には、先ほど浮かんだ赤い文字が、まだ乾かないインクのように残っていた。「たとえ忘れてしまったとしても、あなたの心は依然として鍵だ…」


「アーケル?」――まるで周囲に深く広がった沈黙を破るかのように、オーレリアの声が優しく響いた。「まだ大丈夫じゃないの?」


アーカーは彼女を見ずに首を横に振った。「わからないことが山ほどある。何もかも…この世界で目覚めた瞬間からずっと。まるで逆流する小川のように、掴もうと手を伸ばし続けては、指の間からすり抜けていった。」


オーレリアは彼の隣に座った。彼女は急がず、ただ優しく彼の手の甲に手を置いた。冷たく優しい感触に、アーカーはかすかに顔を上げた。「全てを理解する必要はない」と彼女は言った。その声は夜のせせらぎの音のようだった。「ただアーカーでいればいい。力も、記憶も。ただアーカーでいればいい。私と一緒にここに座り、決して離さないと決意している。」


アーカーはくすくす笑った。「君はいつも、僕が聞きたいことを言ってくれるよね?」彼女も微笑み返したが、その瞳にはもっと深い何かが宿っていた。名状しがたい何かが。


------------


午後は過ぎていった。決して黒くならず、埃を払い落とされる古い絵画のように、ただ穏やかに色を変えていくだけだった。二人は山腹を回る小道を通ってヴァルデンに戻った。途中、アーケルとオーレリアは、使われなくなった古い井戸のそばで遊ぶ子供たちの集団に出会った。その光景が、アーケルの足を止めさせた。「あの井戸は…」彼は指差した。「村の一部には見えないな」


オーレリアは目を細めた。「私もそう思うわ。村とは全く違うわ。もっと古くて、荒れていて…まるで意図的に隠された廃墟みたい」


アーカーは近づいた。井戸は干上がっていて、雑草と腐った木片が少し残っているだけだった。しかし、アーカーがかがんでよく見ると、奇妙なことに気づいた。井戸の口の周りの石に、シンボルが刻まれていたのだ。


「もっと詳しく調べないと」アーカーはささやいた。


アウレリアは子供たちが遊ぶのを見ていた。「今夜、誰も見ていない時に。」


アーカーは頷いた。「わかった。その前に準備しておこう…」


夜はゆっくりと更けていく。太陽はすぐに沈むことはなかったが、薄い霧の中を漂い、鈍い赤褐色の光を残していた。アーケルとオーレリアは、誰にも見られていないことを確認した後、静かに井戸へと戻った。二人は小さなランタンと、村人から借りた簡単な採掘道具をいくつか持っていた。一歩一歩進むごとに、アーケルの背筋を走る震えはより一層強くなっていった。


「ここには何かが隠されている…」オーレリアは風よりも低い声で囁いた。二人は井戸の壁から石を一つずつ取り除き始めた。苔むした石の下には、魔法のシンボルが徐々に鮮明になっていった――まるで石に刻まれた古代の鉱脈のように。


そして…アーカーはわずかに突き出た石に触れた。魔力が一筋に腕を駆け上がり、数秒間全身が麻痺した。光が消え、すべてが暗闇に包まれた。


オーレリアは彼の手を握った。「アーカー!大丈夫?」


アーカーは歯を食いしばった。「よかった…まるで…君を認識しているみたいだ。」


その時、井戸の下から音が聞こえた…かすかな、息をするようなシューという音。風でも水でもない。声だった。「戻ってきたか…最後の欠片…」


アーカーは凍りついた。息を呑んだ。オーレリアはアーカーの手が震えているのを感じた。「アーカー…あの声は…」


「前にも聞いたことがある」アーカーは槍を握りしめながら囁いた。「夢の中で。ライリアの宇宙で。」


オーレリアは目を見開いた。「つまり…」


アーカーは頷いた。「この土地だけじゃない。この井戸も、この村も、すべてが封印の一部だ…そして君がその鍵だ」


奇妙な風が吹いた。井戸の底から、紫色の光が霧のように立ち上った。そして、その霧の真ん中に――青白い手が伸び、井戸の縁にしがみついた。


長い灰色の爪が苔むした石を擦り、かすかな音がした。濃い紫色の霧が立ち上り、かび臭い匂いがした。まるで長い間封印されていた泥が突然破裂したかのようだった。オーレリアは一歩後ずさりした。アーケルはすぐに手を伸ばして彼女を遮り、井戸から目を離さなかった。


「何かが登って来ている」と彼は乾いた声で優しく言った。


オーレリアは剣の柄を握りしめた。「人間じゃない。空気が…生きているのじゃない。冷たい。」


霧の中から二本目の手が伸びた。二本の青白い腕が、井戸から小さな人影をゆっくりと持ち上げた。少女のような姿をしていたが、顔はなかった。顔があるはずの場所に、空洞でぐったりとした皮膚が、溶けた蝋のように震えていた。


「ちくしょう…」アーカーは歯を食いしばった。「ただの幽霊じゃないな」


その存在は首を傾げた。目はなかったが、二人をまっすぐ「見つめている」ようだった。その瞬間、アーカーは背筋に悪寒が走るのを感じた。まるで何かが背筋に食い込み、魂の一部を抜き取られたかのようだった。彼はオーレリアの方を向いた。彼女は震え、剣を握りしめ、指の関節が白く染まっていた。


「見ちゃだめだ!」彼はきつく言った。「目を覆え!」


彼らは後ずさりした。しかし、井戸の周囲の空間が歪み始めた。地面の古い石が揺れ、使い古されたレンガが割れ、その割れ目から雑草のように白い手が次々と現れた。「どうやら封印の最初の層に触れたようだ…」オーレリアは息を呑んだ。「記憶の層をめくるたびに、記憶が蘇るのよ」


「犠牲になった子供たちだ。彼らはここに住んでいた」アーカーはオーレリアの手を掴み、井戸の左側へと引き寄せた。しかし、顔のない存在たちは地面を這い始めていた。歩くことも、走ることもない。まるで目に見えない力に引っ張られるように、足は地面につかず滑るように。動くたびに霧は濃くなり、泥を濡らす水のように広がっていった。「彼らはこの世の者ではない」アーカーは唸り声を上げた。「普通の魔法では封じ込められない」


オーレリアは唇を噛みしめ、決意に目を輝かせた。「ならば、何か変わったものを使うわ」彼女は手を挙げ、アーカーがこれまで聞いたことのないような古代の言葉を詠唱した。彼女の手から細い光の刃が放たれ、ある存在を斬りつけた。それはガラスのように砕け散り、霧のように消え去った。しかし、すぐに、砕けた場所からさらに三つの人影が立ち上がった。オーレリアはたじろいだ。「クローン…したの?」


アーカーは歯を食いしばった。「奴らは村を去りたくない。この村の傷と繋がっている」彼は剣を抜き、鋼鉄に奇妙なシンボルを刻み、先端を地面に突き刺した。彼らの周囲に小さな障壁が開き、霧が一時的に止まった。「中心を見つけなければならない」と彼は言った。「奴らはただの破片だ。この邪悪な全てを繋ぎ止めている何かが、その中心に存在している」


オーレリアはうなずいた。「井戸の底まで」


まるで巨大な心臓が鼓動しているかのようなドキドキという音が、地下深くから響き渡った。


ドスン!

ドスン!

ドスン!


鼓動のたびに地面がわずかに震えた。まるで古い村が…息をしているかのように。「さあ、行こう」アーカーが言った。「下に行かなきゃ」オーレリアは井戸を見下ろした。そこには、まだ生命のように紫色の光が昇っていた。彼女は何も言わず、ただ頷き、アーカーと共に飛び込んだ。


----------


井戸の縁を吹き抜ける風の音がまだ静まらない中、アーケルとオーレリアは黒い深淵へと吸い込まれた。二人は落下したのではなく、濃い水の層に飲み込まれた。そこは四方八方からかすかな紫色の光が放たれ、揺らめく無重力の迷路を創り出していた。アーケルは目を開けようとしたが、すべてがぼやけていた。音も、重力も、支えもなかった。ただ、目に見えない悪夢の中でねじ曲げられているような感覚だけが残っていた。一秒後――いや一世紀後――彼は冷たい地面に倒れた。衝撃は痛みを伴わなかったが、目を開けると、アーケルは腰ほどの高さの田んぼに横たわっていた。風がざわめき、空はまるで雨が降りそうな灰色だった。遠くには、散在する人影がじっと立っていた。「……オーレリア?」 返事はなかった。彼は飛び上がり、辺りを見回した。田んぼは果てしなく続いていた。井戸も、村も、森もなかった。田んぼの中には、彼に背を向けて静かに佇む人影だけが残っていた。


背筋に悪寒が走った。「人間ではない…」彼は慎重に一人へと歩み寄ると、手が動いた。顔のない頭が振り返った。ただ空っぽの皮で、二つの深い傷と引き裂かれた笑みがあった。全員が彼の方を向いた。米の擦れる音が囁き声に変わった。「アーカー…光泥棒…戻れ…リリアの心を戻せ…」アーカーは後ずさりし、短剣を抜いた。


突然、背後から冷たい白い腕が彼の首筋を掴んだ。「アーカー!」オーレリアの声が歪んだ空間に響き渡った。場面は一転し、空が割れた鏡の破片へと崩れ落ち、二人は再び吸い込まれた。



目が覚めると、アーケルとオーレリアは、乾いた血の手形で覆われた石の壁に囲まれた、ギザギザの黒い岩の床に横たわっていた。


「ここは…どこ?」オーレリアは傷ついた腕を押さえながら息を切らして言った。


アーカーは辺りを見回した――ここはもはや現実ではなかった。幻想の世界だが、生きている…そう呼べるかどうかはわからないが。すすり泣き、叫び声、石を引っ掻く爪の音が、至る所で響き渡っていた。壁には引き裂かれた顔の絵が走り書きされ、同じ言葉が何度も繰り返されていた。「光の心こそが門だ。開けば滅びる。」二人は常に武器を握りしめたまま歩いた。前方には、血を流す目の形に彫られた巨大な石の扉があった。そこには魔法の言葉のように見える一連の記号が刻まれていたが、まるで呪われたかのように反転し、ねじ曲がっていた。オーレリアが前に出た。「これは封印だ。この迷路から脱出するには、これを解かなければならない。」


「あるいは、そこに埋もれてしまうか」アーカーは息を荒くした。「井戸の精霊たちは…自らの空間を作り出している。生者を引きずり下ろし、理性を砕くのだ」オーレリアは割れた鏡の破片を取り出し、決意に輝く瞳で言った。「ならば、内側から破壊しなければならない。自らの精神で迷路と戦わなければならない」


石の扉に触れる前に、背後から悲鳴が上がった。子供の声だ。アーケルは振り返った。禿げ頭で、全身火傷を負った少女が、泣きながらこちらへ駆け寄ってきた。しかし、近づくにつれ、彼女の目から血が流れ始めた。ナイフのように鋭い歯がむき出しになっていた。「人間じゃないわ。」オーレリアはアーケルを引き戻したが、彼はすでに剣を抜いていた。「幻影よ、立ち向かわなければ、飲み込まれてしまう。」子供の叫び声は彼らの耳を裂くほどのものであり、何百匹もの蛍に姿を変えて彼らを刺した。オーレリアは結界を張った。炎が噴き出した。しかし、石の扉から巨人が現れた。首がなく、両手に血まみれの大鎌を持っていた。


「我々は試されている」アーカーは歯を食いしばった。「痛みによって。罪悪感によって。そして我々が最も恐れるものによって。」


「あれは生きた魔法の門よ」オーレリアは囁いた。「私の記憶を逆手に取って、私を攻撃しているのよ」彼女は前に進み出て、鏡を怪物に突きつけた。「リリアの心臓が欲しいのね?その光を見せてあげよう――だが、自らと向き合う勇気のある者だけが触れることができる」鏡が閃光を放ち、扉が割れた。


扉の向こうは――血に覆われた広間。天井からは乾いた死体が吊るされ、目は大きく見開かれたままだった。壁には爪で刻まれた文字が残っていた。「光を信じてはいけない。記憶を信じてはいけない。それらは嘘をつく。」広間の中央には召喚陣が立っていた。その中心には――水晶の心臓が、今も静かに鼓動していた。アーカーは後ずさりした。「それは……」


オーレリアは緊張に燃えるような目で彼を見つめた。「光の心臓…だが、一部壊れている。これはリリア女王の遺骨ではない――呪われたレプリカだ」


「それで、誰が作ったんだ…?」アーカーは彼女を見た。


周囲から声が響き渡った。「お前だ。アーカー、お前は光の心を二つに裂いた。一つはお前の中にあり、もう一つは…この悪夢だ。」アーカーの頭を激痛が駆け巡った。彼は膝から崩れ落ち、記憶が嵐のように蘇ってきた。儀式。一撃。生贄。輝く光…そして血。


その声は宙に消えたが、その残響は彼の血管に長く残るようだった。「お前は、アーカー…光の心臓を裂いたのだ」。一言一言が鉄の鉤のように脳に食い込み、長く閉じ込められていた記憶を引き裂いた。アーカーは膝から崩れ落ち、頭を抱えた。まるで誰かが爪で彼の心を操作しているかのようで、鋭い痛みがこめかみから頭頂部まで走り抜けた。浮かび上がる映像は恐怖を深めるばかりだった――古代の儀式、歪んだ詠唱、リリアの眩しい光、そして少女の心臓を貫く刃、噴水のように流れる血――が光に溶け込んでいく。あの少女は…誰だったのか?「だめだ…だめだ…!」アーカーは叫んだが、その声は溶けたプラスチックのように空気中で歪んでいた。


手が彼の肩を掴んだ。オーレリアだ。彼女はそこに立っていた。青白く震えていたが、毒の霧を通して彼女の目は依然として輝いていた。「アーカー!目を覚ましていなさい…この井戸は私たちの感覚を操っている。あなたの魂を引き裂こうとしている。」彼らの足元で、井戸の底が割れた鏡のようにひび割れた。ひび割れは輝き、そして広がった。二人は再び深淵へと落ちていった。今度は闇ではなく、肉と血と骨の歪んだ世界へと。


彼らは柔らかい地面に着地したが、それは人間の皮膚のように濡れていて滑りやすかった。アーカーは目を覚まし、自分の手の下にあったのは土ではなく…生き生きとした脈打つ皮膚であることに気づいた。彼は飛び上がると、手のひらは赤く燃えていた――血だ。周囲の光景に、彼の胃がむかむかした。そこはまるで人間の皮膚でできた巨大な井戸のようだった。根のように隆起した血管、脈打つ肉塊、蛍のようにちらつく点在する眼球。切り落とされた腕、歪んで笑う頭蓋骨、胸がなく心臓だけが空洞になった死体。それらが網のように空間を覆い尽くしていた。方向感覚もなく、喘ぐようなうめき声、金属的な笑い声、そして大地から聞こえる狂った心臓の鼓動以外には、自然の音など何も聞こえなかった。


「ここは…現実世界じゃない」オーレリアは息を荒くしながら囁いた。「これは幻影。血と骨の幻影よ」 突然、肉の床の中心から怪物が現れた。身長は3メートル、数十の顔が一つの頭部に集まり、それぞれの顔が泣き、笑い、叫んでいた。その体は動く人間の手足の連なりだった。片方の手には腸ほどもある舌が引きずられていた。アーケルは後ずさりしたが、怪物は咆哮した。「お前が遮った光の半分を…返せ!」 怪物は突進したが、攻撃する代わりに、その体は数百ものバラバラになった死体へと爆発し、空中を舞い上がった。倒れた死体はそれぞれ独立した存在となり、アーケルとオーレリアに向かって這い寄ってきた。オーレリアは叫び声をあげ、腕を振り回した。氷の突風が一角を覆ったが、死体から飛び散った血が氷を血まみれの氷に凍らせ、ひび割れ始めた。


アーカーは詠唱したが、剣は召喚に失敗した。まるでこの場所が彼の魂から「存在への意志」をすべて吸い取ったかのようだった。「あれらは幽霊ではない…幻影だ。囚われた魂が作り出したものだ。」オーレリアは息を呑み、声を詰まらせた。「あれらは止まらない…ただし…」アーカーは自分の手を見た。掌からかすかな光が突然放たれた。嵐の中の最後の稲妻のように、半ば砕け散った心が揺らめいていた。


歪んだ笑い声が辺りからこだました。肉壁が痙攣し、シューという音を立てた。「覚えているか、アーカー? お前は世界を救うために、あの『光』の半分を捧げた。だがその代償は…この領域の創造だった。お前こそが血層の父なるのだ。」


アーカーは立ち止まった。アウレリアは驚いた表情で囁いた。「まさか…」


地面が揺れた。何百もの死体に鎖で繋がれた巨大な心臓がゆっくりと浮かび上がった。心臓はまだ鼓動していた――そしてその中心には、白いドレスを着た少女がいた。その顔はオーレリアに似ており、頭から胸まで鉄の杭に突き刺されていた。彼女の目が開き…そして唇に笑みが浮かんだ。「こんにちは…アーカー」


彼は一歩下がった。「君は…」


少女は笑ったが、その笑い声は雷鳴の中で砕け散る翡翠の音のようだった。「私は光の残骸よ。あなたが捨てた部分よ。」


オーレリアは囁いた。「彼女は…私の姿をしているが…私ではない。」


「いいえ。彼女はあなたの『闇』であり、裏切られた光から変化したものです。」アーカーは叫び、手のひらの光が震えた。


「さあ…」少女は手を伸ばした。「私達を一つに…光を完全に取り戻すために。それとも…私があなたを飲み込むか。三番目の選択肢はない。」アーカーはまるで自分の体が反抗しているかのようで、心臓が激しく鼓動するのを感じた。床から歪んだハートのような肉塊が立ち上がり、彼の脚に巻きつき始めた。


「魂を噛み殺すな!」オーレリアは叫び、氷の刃で肉を切り裂こうと駆け寄った。しかし、飛び散った血はたちまち鏡と化し、まるで百年も孤独に生きてきたかのような、オーレリアの老いた灰色の顔を映し出した。オーレリアは唖然とした。「これが…私の未来なの?」白い少女は笑った。「自分の恐怖からは逃げられないのよ。」


世界が突然暗転した。アーカーは心の傷跡、記憶の歪み、聞き慣れた音のすべてが呪いへと歪められたのを感じた。遠くから囁き声が響いた。「お前は存在すべきではない…」


「お前はただの亀裂だ…」


「あなたの心は…間違った部分です…」


彼は拳を握りしめた。「もう自分が何者なのか分からない……だが、もしあの光がまだ存在するなら、たとえ裏切られ、破壊されたとしても……それでも、私はそれを見つけたい」彼の手は光る心臓に触れた。アーカーの体から一筋の光線が噴き出し、エネルギーの塊のように空間に衝突した。


アウレリアは叫んだ。「アーカー!闇に溶け込まないで!私はまだここにいる!私を見て!」


アーカーは振り返った。歪んだ光の中で、初めて彼の目に映ったのは血でも、肉でも、過去の残滓でもなく――崩れ落ち、血まみれになりながらも、それでも彼を見つめるオーレリアだった。その瞳は痛々しく…そして現実のようだった。アーカーの目尻から一筋の涙がこぼれた。「この悪夢に、自分を定義させるわけにはいかない」彼が手を振ると、光が爆発した。そして、肉と血の層全体が、砕け散ったガラスのように、幾千もの記憶の破片へと砕け散った。


アーケルが放ったのは勝利の光ではなく、ランプが消える前の最後の光だった。永遠の闇の前に、最後にもう一度明るく燃える蝋燭のように。血肉の層はすべて砕け散り、記憶の波紋、深紅の腸の糸、骨片のすべてが静かに笑い、塵と化した。悪夢の吐息のように、濃い煙の中に消えていった。アーケルは息を荒くして膝から崩れ落ち、オーレリアが倒れた場所から目を離さなかった。彼女は…まだそこにいた。いなくなってはいない。偽りではない。あの銀色の瞳は今も彼を見つめていた。責めることも、判断することもなく。ただ静かな痛みだけが。まるで世界があまりにも残酷で、彼女がただ黙って耐え忍んでいたかのように。彼は震える腕で無理やり近づいた。「オーレリア…私たちは…」


だが次の瞬間、声が響いた。「汝は選んだ。さあ…汝が後に残すものを見よ。」もはや砕けた破片も、暗闇も消えた。全てが…突然白くなった。アーカーは目を開けた。彼は何もない空間に立っていた。地面は滑らかな鏡のように、太陽も方向も見えない青白い空を映していた。そして彼の前に…彼がいた。焼け焦げた鎧をまとい、顔は血に染まり、片目は焼け焦げたように黒く、口元は歪んだ笑みを浮かべた、もう一人のアーカー。


「記憶の中の人物は誰だ?」彼は嗄れた声で尋ねた。「英雄か?殉教者か?手に光を持ちながら心は罪で満ちた殺人者か?」アーカーは一歩下がった。心臓が不自然に高鳴った。「私は…」


「覚えていない?それとも認めたくないのか?」アーカーは言った。


アーカーは歯を食いしばったが、手は震えていた。叫び声が蘇ってきた――子供たち、女たち、途切れ途切れの嘆願…そして、彼自身の笑い声。いや――彼ではない。この体を使った何者かが。「誰がこの悪夢を作り出したんだ?」アーカーは唸り声を上げた。「お前か、俺か?」


「誰も。恐怖が作り出したんだ。井戸はただの鏡。そして君が見ているのは…皮膚の下の真実だ」偽アーカーはそこに立ち、その表情はなんとも言えないほど歪んでいた。


アーカーは息を呑んだ。彼の背後に、再びオーレリアが現れた。しかし今回は何かが違っていた。彼女は無傷のまま、いや、あまりにも無傷のまま立っていた。長い銀髪は絹のようになびき、瞳は相変わらず輝いていた。彼女は彼に微笑みかけた。「アーカー」と彼女は呼びかけた。「よくやったわね。ここから出られるわ」


アーカーは前に出ようとしたが、もう一人の男が手を差し出した。「彼女に触れろ」と男は言った。「彼女が実在すると信じるなら、触れてみろ」アーカーは唾を飲み込んだ。そして前に出た。


オーレリアは両腕を伸ばした。その声は小川のように柔らかだった。「終わったわ」アーカーの手が触れ――そして貫いた。オーレリアの肉が裂け、そこから血ではなく、牛の腸のようにとぐろを巻いた白い触手が彼の手に巻きついた。彼女は――あるいはそれが――顔を二つに引き裂かれながら立ち上がった。目は溶け、口は歪んだ。「真実を知りたいのね?」頭の中でヒスという音がこだました。「これが、あなたが否定してきたものの顔よ」白い空間は粉々に崩れ落ちた。鏡面のような地面は溶けて液体になった。アーカーは倒れた。


彼は転び――冷たい石にぶつかった。目を開けた。今度は現実だった。足元の石は現実で、金属とカビと死の匂いが鼻を突いた。オーレリアは息を切らしながら彼の傍らに横たわっていた。彼女の目が開いた――それは彼女だった。「私たちは…」彼女は囁いた。「幾重にも重なる幻影に囚われていたのよ。」二人は立ち上がった。目の前には、黒く湿った石造りの狭い廊下があった。壁には血、肉、そして人間の皮膚片で描かれた狂気じみたフレスコ画が描かれていた。特に大きな絵があった。男が自分の心臓を二つに裂き、片方を井戸に、もう片方を胸に入れている。彼の周りには、笑っているのか泣いているのか、はっきりとわからない顔がいくつも並んでいた。



アーカーは何も言わなかった。オーレリアは優しく、しかししっかりと彼の肩に手を置いた。「あなたは記憶の一部を見た。だが、もっと深く、最下層へ行かなければならない」アーカーは頷いた。二人は廊下へと足を踏み入れた。一歩ごとに、足元の地面が息をしているようだった――血が流れているようだった。


廊下は大きなホールに通じていた。中央には、歪んだ聖域があった。それは人間の骨と臓器でできたアーチ型の天井だった。中央には生贄の台があり、巨大な心臓がまるで一度も止まったことがないかのように鼓動していた。アーカーは前に出た。彼の精神は砕け始めた。あの声がこだました。「あなたは心臓を二つに裂いただけでなく、二度と生まれ変わることのない場所に埋めたのです。」


「お前は目撃者であるだけでなく、創造主でもあるのだ」記憶が次々と蘇ってきた。燃え盛る丘。縛られた銀髪の少女。剣を手に、虚ろな目をした彼。魂の半分を捧げることで光を呼び起こす儀式。一部は保管され、一部は井戸に埋められた。霊媒師オーレリア。しかし、彼女は生き延びていた。


アーカーは息を呑んだ。オーレリアを見た。彼女は彼を見つめていた。冷静に、冷たく。「本当か?」と彼は尋ねた。


オーレリアは微笑んだ。しかし、その目には涙が浮かんでいた。「あなたはあの世界を救うために自らを分裂させたのね」と彼女は囁いた。「そして私を悪夢の中に置き去りにしたのね」


「今、あなたを家に連れて帰るために戻った。」


-----------


祭壇が輝き、心臓が高鳴った。井戸から――アーカーの魂が闇を埋めたまさにその深淵から――存在が立ち上がった。それは物理的な形を持たなかった。ただ人間の顔が次々と現れ、誰にも理解できない言葉を話していた。アーカーが認めようとしなかった部分でできた魂が、語りかけた。「終わるためには、心の奥底に手を伸ばし、受け入れなければならない――かつての自分のすべてを受け入れなければならない。」


アーカーはオーレリアを見た。彼女は頷いた。「あなたを一人にはさせないわ」二人は手をつなぎ、前へ歩みを進めた。


アーケルとオーレリアは手を握り合った。指は強く絡み合い、もし放したら…形のない霧の中へと消えてしまうかのようだった。記憶の爆発が残した光が井戸の水面に揺らめいていた。だが、以前の歪んだ紫色ではなく、今は小さな白い光点が、黄昏の中の灰のように、優しく静かに揺らめいていた。井戸に飛び込んで以来初めて、空気が突然静まり返った。そして――ドスンという音がした。まるで時の流れが突然変わったかのように。二人は地面に叩きつけられた。


しかし、井戸はもはや固体ではなかった。彼らは古代のシンボルが刻まれた円形の石室の中に立っていた。そこはまるで二つの世界の間にある空間のようだった。囁きも、叫び声も、歪んだイメージもなく、ただ二人の心臓の鼓動の音だけが響いていた。疲れ果てながらも、彼らは生きている。アーケルはオーレリアの手を離し、ゆっくりと部屋の中央へと歩いた。石の台座があり、その上には円形の物体が置かれていた。ガラスの破片で、その中には封印された魂のように光の渦が漂っていた。「これは…光の心臓のかけらだ」アーケルは囁いた。


オーレリアは震えたが、恐怖からではなかった。息をするたびに、今もなお記憶がよぎる。彼女は両手を握りしめ、爪が手のひらに食い込んでいた。「本当に大丈夫ですか?」と、低い声で尋ねた。


アーカーは振り返り、かすかに微笑んだ。顔はまだ血に染まり、目は赤くなっていたが、視線はもはや震えていなかった。「大丈夫だ。君がここにいてくれる限りは」彼は手を伸ばし、石の台座に手を置いた。ゆっくりと光が広がった。眩しいわけではないが、長い夜に灯る小さな火のように温かみがあった。彫刻が施された石壁がゆっくりと回転し、円形のアーチを描き、前方に回廊が開けた。そして涼しい風が吹き込んできた。誰も何も言わなかった。ただ歩き続けた。


アーチの向こうには、白い石畳が遠くまで伸び、光源のない灯籠が浮かび上がっていた。まるで井戸そのものが彼らの選択を察知し、生きるチャンスを与えたかのように、道が開かれた。そしてついに――出口が。崖の隙間から陽光が差し込んできた。二人はその光に一瞬立ち止まった。本物の光、歪んでいない、素朴な、血なまぐさい光ではない。ただただ…朝の光。


アーカーは頭を回し、遥か下へと沈んでいく井戸へと視線を向けた。まるで、ねじれた迷路全体が彼の光に飲み込まれ、闇が深淵へと押し戻されたかのようだった。「大丈夫か?」アーカーは優しく尋ねた。オーレリアは頷いたが、何も言わなかった。二人は裂け目を離れた。


地面に戻ると、彼らは緑の苔の絨毯の上に横たわっていた。頭上の空は灰白色の雲の切れ端に覆われていた。叫び声も、血も、絶望へと引きずり込む歪んだ幻影も、もう聞こえなかった。ただ風の音と、深い森のかすかな音だけが響いていた。二人は安堵のため息をついた。数時間ぶり、いや数日ぶりかもしれない――井戸の中では時間というものはほとんど存在していなかったのだから――彼らは安らぎを感じていた。アーケルは仰向けに横たわり、目を大きく見開いて空を見つめていた。頭痛がし、胸はまだ重かった。しかし、それは生きている人間の痛みだった。


オーレリアは彼の傍らに横たわり、片手で彼の頭を支え、もう片方の手を軽く胸に当てて、まるで心臓がまだ動いているか確かめているかのようにした。「まだここにいるの?」と彼女はからかった。


「いや。ただの夢だったんだ」と彼は無理やり笑顔を作った。二人はくすくす笑った。まるで悪夢が、今や閉じたホラー小説の一章だったかのように、心からの笑顔だった。


「まだ、あの井戸が何なのか…分からないわ。」オーレリアは少し目を閉じながら言った。


アーカーはすぐには答えなかった。全てを理解したかどうかは定かではなかった。しかし、何かを感じ取った。井戸は単なる闇への通路ではない。歪んだ鏡、捨て去られた記憶が封印される場所。「もしかしたら」彼は囁いた。「そこに私の半分が封印されているのかもしれない」


「つまり……心を半分に割ったときの記憶のこと?」彼女は彼の方を振り返った。


アーカーは頷き、視線を空へと落とした。「もし声が言う通りなら…光の心の半分が犠牲となり、悪夢と化した…ならば、この井戸はその受け皿なのかもしれない」オーレリアは優しく彼の手を握った。「だが、あなたは乗り越えたのだ」


アーカーは振り返った。彼女と出会って以来初めて、彼の目には言葉にならない感謝の念が宿っていた。「ありがとう」オーレリアは顔を赤らめ、軽く背を向けた。


午後はゆっくりと過ぎていった。太陽はもはや厳しくなく、森からの風が肌を優しく撫でた。どこかで野鳥がさえずっていた。異様な地獄の後の、穏やかな響きだった。彼らは崖の近くに小さなキャンプを張った。そこから見ると、井戸はただ空っぽの石の口に過ぎず、紫色の光も、幽霊のような息もなかった。


オーレリアは集めてきた野草でお湯を沸かし、お茶を淹れた。ほのかな香りがアーケルを眠たげに誘った。岩に寄りかかり、目を閉じると、心臓の鼓動がゆっくりと落ち着いていくのを感じた。しばらくして、彼女は「次はどうするの?」と尋ねた。


アーカーは目を開けた。「下へ降りろ」


彼女は振り返った。「何!?」


彼は微笑んだ。「今日はだめだ。だが、まあ…それで全てがわかるわけではない。我々は幻影から逃れたばかりだ。真の秘密はまだそこに隠されている。そして、もし光の心が本当に裂けたのなら…全てを取り戻さなければならない。」


オーレリアは唇を噛んだ。「じゃあ…一人にはさせないよ」アーカーは頷きながら彼女を見た。「もう誰も一人では行かないんだ」


空はゆっくりと夕闇に染まっていた。最後の陽光が、高次の世界からの静かな祝福のように、二人の顔に降り注いでいた。あるいは、嵐の後の静寂だったのかもしれない。二人はただ一緒に座り、それ以上何も言わなかった。風が二人の髪を撫でた。そして遠くに、井戸があった。空っぽで、静かだったが…眠ってはいなかった。


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著者


みなさん、ごめんなさい。この一週間、ストーリーを定期的に更新していませんでした。緊急事態が発生し、早く学校に行かなければならなかったので、ストーリーは予想よりも長くかかりますが、みなさんが私のストーリーをフォローしていてうれしいです。


私の最初の小説を読んでくださったすべての読者の皆さんに感謝の意を表したいと思います。私の最初の小説にはまだ間違いがいくつかありますが、読者のコメントに応じて徐々に修正していきます。また、私の小説をフォローしてくださったすべての読者の皆さんに感謝します。そして、私の小説を定期的にフォローしてくださるすべての方々に心からの感謝を申し上げます。<3

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