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すべてが暗闇に包まれる直前、ヘッドライトが点滅した。車のクラクション、人々の叫び声、そして…完全な静寂。目を開けると、もはや痛みは感じなかった。目の前に広がるのは、まるで朝霧のように霞んでしまった、奇妙な空間。地面は岩でも雲でもなく、空は見慣れた色とは無縁だった。まるで夢のようだった。あるいは、別世界のようだった。
一人の女性が彼の前に現れた。彼女は非現実的なほど美しく、瞳は宇宙に満ち、長い髪は銀色の小川のように流れていた。彼女は自らをこの空間の支配者、リリア女王と名乗った。「あなたは死んだ」と、彼女はそよ風のように軽やかな声で言った。「そして今、あなたは別の世界に生まれ変わるチャンスを得た。だがまず、あなた自身の力を選びなさい」
彼は辺りを見回した。光は星のように回転し、それぞれが様々な力を持っていた。パイロキネシス、クロノキネシス、召喚、不死……しかし彼はどれにも当てはまらなかった。その代わりに、彼は彼女をまっすぐに見つめた。
"私はあなたを選びます!!"
ルリア女王は少し驚き、それから微笑んだ。その微笑みは霧を切り裂くように、優しく、それでいて深い意味を秘めていた。「あなたは実に興味深い方ですね。ならば…私の力の半分を頂戴」
銀色の光が彼の体を満たし、すべてがぼやけた。薄れゆく夢の中で、彼は彼女のささやきを聞いた。
「私の力の欠片を見つけて集めて。それが終わったら…私を見つけられるわよ!」
そして――彼は目を覚ました。あたり一面に、深い木々の間を吹き抜ける風の音が響いていた。薄暗い光も、女王の姿も、もはやそこにはなく、ただ果てしない荒野が目の前に広がっていた。
彼は冷たく湿った地面に座り、空を遮るほど高くそびえる木々に囲まれていた。葉の間から差し込む光が、埃っぽい彼の顔を照らしていた。
「私は…生きているのか?」――彼は呟いた。心はまだ、リリア女王との謁見の漠然とした感覚から解放されていなかった。彼は手を伸ばし、触れてみようとした。光も、魔法も、特別な感覚もなかった。彼の心はわずかに沈んだ。何もない。空虚だった。
「力の半分を私にくれたと言ったではないか?」彼は歯を食いしばった。まるで謎めいた女王の奇妙な冗談のようだった。彼は立ち上がり、服の埃を軽く払い、奇妙な森の中を慎重に歩き始めた。足元には柔らかく腐った葉が敷き詰められ、一歩ごとにかすかなカサカサという音が響いた。辺りは奇妙なほど静まり返り、聞こえるのは葉擦れの音と、彼が近づくと数匹の小動物が逃げていくパチパチという音だけだった。どんな小さな物音にも彼は飛び上がる。身を守る術は何もない。武器も力もなく、ただ素手と普通の人間の体だけ。息をするたびに、弱さが忍び寄ってきた。
「野生動物がいたらどうしよう?何かに追われていたらどうしよう?」――彼はパニックになり始め、足取りが重くなっていった。その時、遠くから低い唸り声が聞こえた。心臓が激しく鼓動し、胸が裂けそうなほどだった。彼はすぐに立ち止まった。
「野生動物だけじゃないはず…何か他にもいるはず!?」
左手の茂みがかすかに震えた。彼は立ち止まり、心臓が止まった。黒い幹の間から、暗闇の中で二つの赤い目が光っていた。樹冠がわずかに揺れ、そしてそれは姿を現した――ゆっくりと、まるでこの地の野生の王のように。
巨大な狼!!
漆黒の毛皮は夜空そのもので織りなされ、足音も立てなかった。青白い牙は葉の間から差し込む光にきらめいていた。赤い目が彼を見つめていた――冷たく、無感情に。彼は後ずさりし、足を震わせた。武器も魔法も何もなかった。何もない。恐怖に凍りついた。狼獣はもう一歩踏み出した。爪が地面を引っ掻き、根が折れる。一度飛びかかれば、彼はバラバラに引き裂かれるだろう。彼は目を閉じ、二度目の人生の終わりを覚悟した。
...
しかし、その後は何も起こらなかった。静寂。目を開けると、狼はただそこに立ち、低く唸っていた。深く、地を揺るがすような音だった。狼は首を傾げた。まるで彼の心の奥底で何かを見たかのようだった。赤い瞳が優しくなった。狼は何も言わずに首を回し、まるで最初から存在しなかったかのように暗闇の中へと消えていった。彼は座り込み、全身が冷や汗でびっしょりになった。
「どうして…去ってしまったんだ?」答えはなかった。しかし、胸の中では心臓はまだ鼓動していた。そして、その奥底で何か…かすかな、眠っている力のように、何かが動き始めていた。
彼は静まり返った森の真ん中に、静かに座っていた。風が葉を優しく揺らす。狼獣は跡形もなく消え去っていた。しかし、息を呑むたびに、恐怖は依然として消えていなかった。突然、奇妙な感覚が湧き上がった。
「ドスン!!」
「ドスン!!」
静かに、そして静寂が訪れた。彼は息を止め、耳を澄ませた。何も聞こえなかった。反響も、後味もなかった。ただ…眠れる魂のささやきのような、孤独な鼓動だけが響いていた。
彼は胸に手を当てた。肌は相変わらずで、何も変わっていなかった。しかし、一瞬だけ鼓動していた心臓には、まだかすかな、言い表せない感覚が残っていた。それは幻覚ではない。それは…まだ目覚めていない約束だった。
「彼女の力は…今も私の中に残っている。」
だが、明らかにそれは彼のものではなかった――少なくとも完全には。冷たい風が吹き、彼を現実に引き戻した。彼は立ち上がり、目の前の森の奥深くを見つめた。どこへ向かうのか、何が待ち受けているのか、彼は知らなかった……しかし、一つだけ確かなことがあった。この旅はただ生き延びるためだけのものではない。眠っている力を目覚めさせるためなのだ。
狼獣との奇妙な遭遇の後、彼は森の奥深くへと進むことを決意した。失うものは何も残されていなかった。一歩一歩恐怖がつきまとうものの、ただ座って死を待つわけにはいかないと悟った。森は開け、木々はまばらになり、地面は乾いた石に変わった。空気は静まり返り、湿った苔と忘れ去られた時の匂いが重く漂っていた。そして、彼はそれを見つけた。森の真ん中にひっそりと佇む小さな遺跡――苔むした岩、数本の折れた柱、そして中央には腰ほどの高さしかない丸い石の台座があった。そこには奇妙なシンボルが刻まれていた――血管に囲まれた閉じた一対の目。彼は手を伸ばし、石に触れた。
「ドスン!!」
再び、力の心臓が彼の内で静かに鼓動した。だが今回は、それと同時に、ある光景が脳裏に浮かんだ。霧に包まれた門。その向こうには、銀色の部屋の真ん中に佇むリリア女王の姿。彼女はまだ眠っているかのように目を閉じていた。彼は息を呑み、後ずさりした。
「ここは……彼女とゆかりのある場所の一つでしょうか?」
返事はなく、聞こえるのは風のざわめきと、葉の間から漏れる薄暗い光だけだった。彼は今夜、廃墟の隣で過ごすことにした。初めて、彼は何かに導かれているのを感じた。単なる生存本能ではなく、彼と彼女の間に流れる目に見えない糸のようだった。
最後の日差しが薄れていくにつれ、深い木々の間から闇が忍び寄り、森を飲み込んでいった。彼は、たとえ一晩だけでも、生死を分けるかもしれない、暖かく安全に過ごす方法を見つけなければならないと悟った。遺跡の周りの狭い道を辿り、枯れ枝、大きく無傷の葉、そして燃えやすい樹皮さえも集めた。森の奥深くから、今にも轟音が聞こえてきそうで怖かったので、耳を澄ませながら慎重に進んだ。十分な材料を集めると、彼は石の台座に戻った。寒さと疲労で震える手の中で、彼は二つの小さな石を取り、こすり合わせようとした。ライターも魔法も使わなかった。ただ人間の力と、かすかな希望の光だけがあった。三度目、五度目、十度目。額に汗がにじみ始めた。
「くそっ…火事はどこだ…」
彼は呟き、手が引っ掻き始めた。諦めかけたその時、小さな火花が散り、用意された樹皮に落ちた。彼は優しく、とても優しく息を吹き込んだ…小さな炎が燃え上がり、その時の彼の心臓のように震えた。彼は火をつけたのだ。素手で。揺らめく炎の傍に座り、膝を抱え、木漏れ日の間から空を見上げた。星も月もない。ただ霞んだ空間――まるでこの世界そのもののように。
「あなたは私を生かしてくれたが…助けてくれなかった。私を試しているのか、リリア?」
踊る炎は、恐怖からゆっくりと抜け出そうとしている決意の目に光を反射して、それに応えているようだった。
淡い朝の光が木々の間から差し込み、薄い霧が道を満たしていた。轟音は消え、時折聞こえる鳥の声が遠くで囁くように響くだけだった。アーケルは早朝に目を覚ました。石の台座で寝ていたため体は痛んでいたが、頭はいつになく冴えていた。顔を洗うため、そしてこの森に孤独以外の何かがあるのかどうか確かめるために、水源を探そうとした。遠くのざわめきを頼りに、蔓に覆われた緩やかな斜面を進んでいくと、ついに見つけた。森の地面を曲がりくねって流れる、小さく澄んだ小川。水面は淡い光をきらめく鏡のように映していた。アーケルはかがみ込み、冷たい水をすくい上げて顔にかけた。その爽快感に、アーケルの心はいくらか静まった。しかし…
柔らかな金属音が響く。足音――深く、重く、リズミカルだ。彼は息を止め、小川沿いの茂みの陰に隠れた。対岸、二十歩も行かないところに、銀灰色の騎士の鎧をまとった男が立っていた。鎧は王族のものほど輝いておらず、むしろ古びて傷だらけだった。わずかに破れた外套の下で火を焚き、小さな鉄鍋で何かを調理していた。背中の脇には長剣が地面に突き刺さっていた。柄には精巧な彫刻が施されていたが、埃に覆われていた。まるで長い間使われていなかったかのようだった。騎士はまだ誰かが見ていることには気づいていなかった。
アーカーは息を止め、地面に体を押し付けた。しかし、どうやら…速さが足りなかったようだ。
「シュッシュ!」
川の向こう岸にいた騎士が突然振り返り、深く冷たい声を響かせた。
"誰だ?"
アーケルは歯を食いしばって後退しようとしたが、騎士の鎧は既に音を立て始めていた。考える暇はなかった。振り返れ。走れ。枯葉を踏みしめる足音。アーケルは茂みを駆け抜け、木々を避け、来た道を引き返した――夜を過ごした遺跡へと。心臓がドキドキしていたのは恐怖だけではなかった――走りながら、もう一つの心臓、強さの心臓が微かに鼓動していたからだ。まるで…危険に反応しているかのように。ようやくアーケルは石の台座の前の空き地に滑り込んだ。振り返るが、騎士はついてこなかった。木々を吹き抜ける風の音と、胸の中でドキドキと高鳴る心臓の音だけが聞こえた。
彼は息を切らし、崩れ落ちた。古の遺跡を見つめながら。しかし、何かが変わっていた。台座の古代の彫刻から、水面に反射した月光のようなかすかな光がきらめいていた。それは微かで、よく見なければほとんど見えないほどだった。アーカーは立ち上がり、ゆっくりとその方へ歩み寄った。
「これは…警告?それとも…呼びかけ?」
苔むした石の台座に近づくにつれ、アーカーは歩みを緩めた。そこには、かすかな光が閃いたばかりだった。古代の彫刻が、曲がりくねった静脈のように石に刻まれ、青い光が亀裂から漏れ出し、優しくも神秘的なエネルギーを放っていた。まるで古代の石の表面の下で何かが呼吸しているかのように、背筋に寒気が走るのを感じた。かすかな鼓動の一つ一つが、長い眠りからゆっくりと目覚めつつある心臓の鼓動と同調しているようだった。石からわずか数センチのところで、アーカーの震える指が伸びた… 突然、光が揺らめいた。それはずっと強いものだった!青い光が石の表面を踊り、朝日の下、魔法のようなダンスを繰り広げた。しかし、すぐに、パチッ!
光が消えた。石と苔の冷たい灰色だけが残った。その瞬間、アーケルは光が消えるだけでなく、目の前に見えない扉が閉まるのを感じた。それは、彼がまだ準備ができていないこと、あるいはこの場所が完全には自分のものではないことを思い起こさせるものだった。彼はため息をつき、地面に座り込み、葉と薄暗い光を通して遠くを見つめた。彼の周囲では、鳥のさえずりが遠くのささやきのように漂い、小川の穏やかなせせらぎだけが、荒涼とした森に響く唯一のBGMとなっていた。彼の脳裏に、リリア女王の姿が再び浮かんだ。その繊細な顔立ちは、まるで明かすことのできない秘密を抱えているかのように、半分閉じられた目をしていた。
「彼女は見ているのだろうか…それともただの幻覚なのか?」アーカーは疑問に思った。
今、彼はこの世界の孤独と広大さを、かつてないほどはっきりと感じていた。突然、遠くからかすかな音が響いた。枯葉を踏みしめる音、枝が折れる音。アーケルはすぐに立ち上がり、周囲を素早く見渡した。しかし、そこには木々の影と薄暗い夜明けの光しかなかった。彼は小川へと顔を向けた。昨日、騎士の姿を見た場所だ。騎士はまだ現れていなかったが、だからといって他に誰も潜んでいないというわけではなかった。再び、彼の心に疑問が浮かんだ。「次はどこへ行くべきか?ここに留まって学ぶべきか、それともこの薄暗い森を出て未知の地へ足を踏み入れるべきか?」
アーカーの心は疑念と不安、そしてわずかな希望で満たされていた。女王から授かった力がまだ目覚めるのを待っているのではないかという希望だ。彼は目を閉じ、深呼吸をし、次の旅に備えた。何が待ち受けているのか、予測できない旅だった。
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騎士は立ち止まり、冷たい目で落ち葉に覆われた柔らかな地面の足跡を見つめていた。古の森の中を影のように静かに、一歩一歩と静かに進んでいく。一歩一歩が、彼をどこか馴染みのある目的地へと導いているようだった。そこは、最近、不思議な力が現れる場所として噂されている古代遺跡だった。遺跡に近づくと、石の彫刻から奇妙な光が突然閃いた。その光は不思議な魅力を放ち、騎士は立ち止まり、まるで魅了されたかのように、一筋一筋の光を注意深く追った。すると、突然、人影が目に入った。見知らぬ若い男が石の台座に触れていた。指が光に触れると、すぐに消えた。騎士はすぐに、これがただの人間ではないと悟った。ためらうことなく剣を抜き、静かな空間に冷たい声が響き渡った。
「じっとしてろ!さもないと、お前にひどい仕打ちをしたと私が責めるんじゃないぞ!!」
アーカーは物音を聞き、振り返ると、騎士が近づいてくるのが見えた。厳しい表情で、剣は冷たい鋼鉄を閃かせていた。アーカーは踵を返し、胸を高鳴らせながら、茂みの中を駆け抜けた。しかし、騎士はすぐ後ろに迫り、逃げる隙を与えなかった。ついに、アーカーがかつて住んでいた石の台座に辿り着いた時、騎士はアーカーに追いついた。
「やめて……私からは逃げられないよ!!」
アーケルは物音を聞き、振り返ると騎士が近づいてくるのが見えた。騎士の顔は険しく、剣は冷たい鋼鉄の閃光を放っていた。アーケルは踵を返し、心臓を高鳴らせながら、深い茂みの中を駆け抜けた。しかし、騎士はアーケルに追いつき、逃げる隙を与えなかった。ついに、道の終点でもある大きな石の台座に辿り着いたとき、騎士はアーケルに追いついた。
「じっとしてろ!」彼は足早に命令した。
アーカーには他に選択肢がなく、心臓が激しく鼓動し、恐怖で胸がいっぱいになりながら降参の印として両手を上げた。
騎士はそこに立ち尽くした。冷たく鋭い剣をアーケルに突きつけ、鋭い刃のような瞳はいかなる抵抗も許さなかった。森の空間が凍りついたように凍りつき、アーケルの荒い息遣いと、風が葉を揺らす穏やかな音だけが残った。アーケルは、目の前に突きつけられた瞳と剣の凄まじい圧迫感を感じた。心臓が激しく鼓動し、息が荒くなり、恐怖が全身を駆け巡った。抵抗できないことを悟った。全てを忘れ、混乱と絶望に胸を締め付けられながら、彼は手を上げた。
「降伏……降伏する」アーカーの声が混乱に震えながら嘆願のように出た。
騎士は剣をわずかに下げたが、構えは崩さなかった。視線はアーケルから逸らさず、遺跡の青い光がまだ若者の周囲に漂い、これがただ事ではないことを思い知らせていた。
「お前は誰だ? なぜあの光を灯せるんだ? 何も隠さず教えてくれ!」アーカーの声は低く、疑念に満ちていた。アーカーの瞳に疑問と真実を求めているようにも聞こえた。アーカーは唾を飲み込み、平静を保とうとしたが、心はまだ激しく揺れ動いていた。震える声で彼は答えた。
「わ、わかんない…どうしてこうなったのかもわからない。ただ、森の中で目が覚めただけ。何も覚えてない。あの光は…ほんの少し感じただけ。遺跡に触れた時にチラチラしただけ…でも、制御もできなかったし、どこから来たのかもわからなかった」トラックに轢かれて死んで、その後見知らぬ空間に行って力を与えられ、ここに来たなんて、本当のことを言えば間違いなく疑われるから、賢明な道を選んだ。
騎士は眉をひそめ、表情は読み取れなかった。彼は一歩前に進み出て、声を落とした。
「知らないと言うが、そう簡単には信じられない。あの光は普通のものではない。特別な運命を背負った者、あるいは予測不能な危険を背負った者だけが持つものだ」彼は眉を上げた。鋭い目で、手がかりを探すかのように人里離れた森を見渡した。
「キャンプに連れ戻す。そこには、君のこと…そして君の持つ力について、もっと理解する手助けをしてくれる人がいる。もし君が本当に選ばれし者なら、今こそそれを証明するチャンスだ。そうでなければ…」彼は言葉を止め、脅すような目で言った。「…どんな手段を使っても、真実を語らせる」
アーカーは騎士の一歩一歩が力強く、警戒心を強めているのを感じ、抵抗する術を失っていた。森全体が、厚い黒いカーテンのように謎と危険に覆われていた。
アーケルは力なく頷き、騎士の後を追った。遺跡から漏れる薄暗い光は、まるで過去と未来が絡み合い、明かされるのを待っているかのようだった。キャンプへの道は長くはなかったが、アーケルにとっては、未知の世界と危険に満ちた、全く新しい世界への旅のようだった。空は徐々に暗くなり、鳥の鳴き声も静まり始め、霧のかかったジャングルの中を静かに歩く二人の足音が聞こえてきた。二人は、まだ解明されていない多くの秘密を抱えていた。
夕焼けが古森を赤く染め始める頃、アーケルは曲がりくねった小道を騎士の後を静かに追った。一歩一歩が不安と混乱に満ちていた。縛られたり、強制的に護衛されたりしているわけではないが、先頭の騎士の警戒心の強い視線は、逃げ出すことなど考えさせないほどだった。森の中を30分ほど歩いた後、風の無い谷の真ん中に小さな野営地の影が現れた。それは木と帆布、瓦礫で作られた野営地で、一時的な避難場所としても、あるいは長期の野営地としても利用できるものだった。古い石垣の残骸が、まるで崩壊して久しい小さな要塞のように、野営地を囲んでいた。アーケルが一歩足を踏み入れると、すぐに二人の視線が彼を捉えた。茶色の髪を後ろに束ね、薄銀の鎧を身にまとい、腰の剣の柄に手を添えている少女だった。彼女の隣には、背が高く、暗い赤毛と鷲のような鋭い目をした少年が、重い革の鎧を身に着け、火のそばに座って長い槍を研いでいました。
「もう戻ったの?」少女は落ち着いた声で尋ねたが、アーカーに視線を向けると、かすかな警戒心が滲んでいた。「新入り?見覚えがないわね」
「南の遺跡から拾ってきたんだ」騎士はぶっきらぼうに答え、兜を脱ぐと、汗と埃で絡まった長い黒髪が露わになった。「聖石に触れたんだ。光ったんだ」
他の二人もすぐに立ち上がった。最初の無関心は一瞬にして消え去った。
「本当か?」赤毛の少年は目を細めた。「あいつが…遺跡を起動させたのか?」
「この目で見たんだ。魔法も呪文も使ってない。でも彼が触れた瞬間に光が出たんだ」騎士は答え、半信半疑の目でアーケルの方を見た。
アーカーは何を言えばいいのか分からず、黙り込んでいた。三人にじろじろと見つめられていると、まるで空から落ちてきた奇妙な生き物のように感じられた。少女が近づき、鋭い目を向けながらも悪意はなかった。
あなたの名前は何ですか?
「……アーカー」彼は優しく答えた。
「私はライラ」少女は頷いた。「こちらはケイル」彼女は赤毛の少年を指差した。「そして、あなたをここに連れて来た男は…滅多に名前を口にしなかった」
ケールは鼻を鳴らし、かすかに微笑んだ。「まさに彼らしいな。では、アーカー、この静かなキャンプに来週の話題を提供してくれてありがとう」
「後で隊長と話をする」騎士は静かに、厳しい声で言った。「今は彼をここに留めておくんだ。キャンプから出させるな」
ケールは笑った。「あまり怖がらせないでくれよ、ライラ。彼はまだ青葉だぞ。」
アーカーは、まだ混乱したまま、小さく頷いた。新しい人生が始まったという予感――奇妙で危険で、それでいて引き返すことのできない何かを感じた。
アーケルは、厚い帆布の屋根に守られた簡素な野営地の片隅へと案内された。地面には乾いた藁の山と使い古した毛布が敷かれていた。疲れ果てたアーケルは座り込んだ。騎士の厳しい声がまだ頭の中で鳴り響いていた。しばらくして、ライラが温かい水を入れた木のボウルと、乾いたパンを数枚持って戻ってきた。
「さあ、飲んで。味は良くないけど、朝までもつよ。」
アーカーはそれを受け取り、感謝の意を表して頷いた。味見してみると――サラサラとして味気ないが、空腹の胃には安堵感があった。ライラは近くに座り、まだ彼を見つめていたが、以前ほど緊張はしていなかった。
「本当に何も覚えていないの?」彼女は初めて会ったときよりも優しい口調で尋ねた。
アーカーは頷き、少し間を置いてから答えた。「ぼんやりと覚えているのは… ぼんやりとした空間… 一人の女性… 光… そして… 何かを探せと声をかけられたこと。そして目が覚めると、あの森の真ん中にいたんです。」
ライラはしばらく黙っていたが、それから静かに言った。「あなたは…遺跡に触れて、それを起動させた。あれは偶然じゃない。古代遺跡には必ず『痕跡』が必要だ。触れた者の魂か血に何かが刻まれている。だから思うんだ…もしかしたら、あなたは自分が思っているほど普通じゃないのかもしれない。」
アーカーは水の入ったカップを握りしめた。もはや自分が何者なのか分からなくなっていた。背後から重々しい足音が聞こえた。ケールは焦げた丸太に寄りかかり、腰を下ろした。手には小さなナイフと、何かの形に彫られている木片があった。
「彼女の言う通りだ」ケイルはアーカーを見ずに言った。「ここに来てから三ヶ月経ったが、誰もあの遺跡を光らせた者はいなかった。なのに君は…鎧も武器も、一滴の魔力もないのに…反応させられるなんて。不思議だな」
ライラはケイルを一目見て、少し眉をひそめて言った。「彼を怖がらせているわよ。」
「いや、本当のことを言っているんだ」ケイルは肩をすくめた。「そして彼は」――遠くで警備に立つ騎士の背中を指差して頷いた――「感心するような男ではない。だが、他の容疑者のようにその場で殺すのではなく、君を連れ戻した。君は彼にとって大切な存在なのだろう」
アーカーは孤独な人影の方を見た。騎士は背筋を伸ばし、静かに立ち、森の暗い端を見つめていた。まるで外だけでなく、自身の内面も見張っているかのようだった。ライラは静かに続けた。
「彼は他人を信用しないんです。すごく警戒心が強いんです。でも今回は…何もしなかった。私も不思議に思います。もしかしたら…彼があなたの中に、かつて持っていた何かを見出したのかもしれません。」
「例えば?」アーカーは眉をひそめながら尋ねた。
「まるで迷子になったような感覚よ」ライラは静かに言った。「5年前にここに来た時、彼は見知らぬ人間で、重傷を負い、自分が誰だったのか全く思い出せなかった。ただ、血まみれで目覚めただけだった」
ケールは付け加えた。「生存者から、彼は分隊最強の騎士になった。寡黙で、友はいなかった。彼の絆は剣だけだった。」
アーカーは拳を強く握りしめ、突然息が荒くなった。恐怖からではなく…ゆっくりと芽生えていく、目に見えない共感からだった。
長い会話の後、キャンプの雰囲気は徐々に和らいできた。ライラが先に立ち上がり、伸びをしながら言った。
「寝なさい。明日は本部巡回隊に報告しなくてはならない。ここで休んで、うろつくなよ。」
ケールはアーカーの肩を軽く叩いた。「安らかに眠れ、『残滓の覚醒者』。明日目覚めたら伝説になっているかもしれないぞ。」
二人は岩の後ろに立てかけた帆布の天蓋の後ろに姿を消した。焚き火はまだ明るく燃えていたが、二人が去った時よりも寒く感じられた。アーカーは藁の上に深く横たわったが、眠気はこみ上げてきた。遺跡の奇妙な光、馬に乗った男の沈黙の視線、そして答えのない疑問が頭の中を渦巻いていた。彼は何度か寝返りを打ち、それから立ち上がり、帆布の天蓋の下から出た。
夜風が木の葉を撫で、森はまるで太古の秘密を囁くかのようにざわめいていた。野営地の中央では、火はまだくすぶっており、騎士はそのすぐ隣に腰掛けていた。背筋を伸ばし、まるで過去を覗き込むかのように目を火に注いでいた。アーケルは一歩近づいた。彼は少しの間立ち止まり、ためらい、深呼吸をしてから、一言も発することなく騎士の隣に座ることにした。最初は誰も口を開かなかった。聞こえるのは、火の中で薪がパチパチと燃える音と、森の風がざわめく音だけだった。しばらくして、アーケルが口を開いた。
「……まだ……疑ってるの?」
騎士は頭を振り返らなかったが、低い声が地底を転がる石の音のようにしっかりと響き渡った。
「間違いない。ただ、納得していないだけだ。」
アーカーは小さく頷いた。彼は理解していた。もし自分が騎士なら、森の真ん中で、光り輝く遺跡のすぐそばに現れた見知らぬ男を簡単に信用するはずがないからだ。
「ありがとう…殺さないでくれて」アーカーは火に目を固定したまま優しく言った。
騎士はまだ振り返らなかったが、風に少し磨耗した岩のように、彼の態度には何か衰えが見えた。
「……君があの光の中に立っているのを見た時」彼はゆっくりと言った。「どこかで見たことがあるような…とても懐かしい感じがした。まるであの光景をどこかで見たことがあるような。ずっと昔に…あるいは、もう思い出せない夢の中で。」
アーカーは目を大きく見開いて彼の方を向いた。「昔は…?」
「自分が誰なのか、どこから来たのか、思い出せない。5年前、この場所で目覚めた時…誰もいなかった。声も、記憶も。ただ血と風の音だけが残っていた。」
今度はアーカーは沈黙した。その真実に何と答えたらいいのか分からなかった。しかし、その瞬間、何かが二人を繋いだ。喪失感、混乱、そして自分たちが何者なのかという疑問。
「君には…どこかでまだ眠っていて、君が目覚めるのを待っているような気がすることはないかい?」とアーカーはささやいた。
騎士は首を傾げ、初めてアーケルの方を見た。バイザーの下の瞳は深淵のように深く、それでいて冷たくはなかった。かすかな…悲しみが宿っていた。
「……はい。毎日です。」
アーカーは、まるで自分の気持ちを映し出す鏡を見つけたかのように、かすかに微笑んだ。二人はそれ以上何も言わなかった。ただ並んで座り、沈黙が語りかけてくるのを待っていた。風が吹き、森の地面の湿った匂いと、遠くで待ち受ける運命のかすかな響きを運んできた。