目の前に天使がいた
「アッ、結婚してください!!!」
「たった今婚約したはずでは…」
目の前に天使がいる。ご機嫌よう、俺はしがないオタクだ。ブラック企業で社会の歯車として働き、うっかり風呂で眠ってしまったはずなのだが、目を覚ますと眼前に天使。失礼、前世の“私”|(前は女だった)がどハマりしていた乙女ゲームの最推し、悪役令嬢エルシー・マルティニスがいた。うーんかわいい。結婚したい。婚約したんだった。前世の私はどんな徳を積んだんだ??歯車だった記憶しかないのだが、知らないうちに世界でも救ったのか?
というか私は風呂で溺死したはずだが、いつ俺になったのだろう。たった今前世がコンニチハしたので思い出せないが、俺もこの婚約をとっても楽しみ|(控えめな表現)にしていた。なんなら側近のジェーンには引かれた。やだ、俺のオタクとしての意識強すぎ…?脳がオーバーヒートすることもなく二つの意識はヌルッと混ざったので、多分俺は前から私だったんだろう、性別まで変わったのに馴染みすぎてる気もするが。記憶が戻ったのは多分推しを目の前にしたから、興奮した前世が乗り込んできたんだと思う。それにしても可愛いな。急に黙った俺を見るその怪訝そうな表情100点満点。前世とか今世とかこの子の前では全てがどうでもいい。俺の性別なんて些事。
…というか、前世の記憶程度のことで推しを放置してしまった。えっ切腹。ジェーン包丁持ってきて!!
「あの…?」
「はいなんでしょッ!!」
「っきゃ、」
「あっ声量ミスッ…ごめんなさい。可愛い」
「かわっ!?」
おっと心の声が。わざわざ俺なんかに声をかけてくださる推し優しい。好きだ。可愛いなんて言われ慣れてるだろうに、耳まで真っ赤にしてるの可愛すぎないか。ドレスの裾を握りしめ、精一杯キリッと表情を引き締めての照れ隠し、愛おしい。俺の推しがこんなにも可愛い。
もっと|(欲を言えば数ヶ月くらい)話していたかったが、今日は婚約の挨拶のみだったので解散することになった。ちょっと泣いた。
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最推しエルシーちゃんと別れ、自室に駆け込みベッドに飛び込んだ。後ろに感じる気配へ叫ぶ。
「ジェーン聞いて!!」
「王族としてあるまじき行儀ですがまあいいでしょう。エルシー様のことでしょうか?」
さすが俺の側近。よくわかっていらっしゃる。……そういえば俺の自己紹介してなくないか。俺の名前はカイル・オベール、10歳。一応このオベール王国で第二王子をしている、乙女ゲーの攻略対象だ。乙女ゲームのタイトルは『聖なる乙女と8人の騎士』。舞台は19世紀ヨーロッパ風、王侯貴族ばかりが通う学園に聖なる乙女─聖女と呼ばれる平民出のヒロインが、8人の攻略対象と出会い惹かれ合い、恋をしあらゆる障害を乗り越える、まあよくある内容だと思う。エルシーちゃんは俺ルートの悪役令嬢。カイルのことを愛していたが振り向いて貰えず、自分の婚約者をぽっと出のヒロインに奪われかけてヒロインに暴言を吐いてしまう。正直原作カイルがしたのは浮気だし、ヒロインは人の婚約者を奪ったただの間女。暴言も一度だけで他にいじめもしない。それなのに何故か婚約破棄断罪イベントが起こり、最終的にありもしない罪を着せられて処刑される、運営はエルシーちゃんになんの恨みがあるんだという悲惨なエンドを迎える。初めてプレイした時は某SNSでエルシーちゃんへの感情を書き殴った。
俺は一番攻略が簡単─端的に言えばチョロい─王道ルートの王子、一応メインヒーローだ。特に何もしなければ俺ルートに進むくらい、原作のカイルくんはチョロい。因みに容姿は王子らしく金髪碧眼イケメン、以上。2個上の側近、宰相息子のジェーン・リーウェルは限りなく黒に近い青髪に緑眼のイケメンでこいつも攻略対象。そしてエルシーちゃん!!侯爵令嬢10歳同い年!よく手入れされたサラサラの赤髪は微塵も崩れぬ縦ロール、アメジストのごとく輝く紫色の瞳、透明感のある白い肌はまるでシルクのよう。今日の赤いドレスは世界一可愛かった。傾国の美姫も霞むレベルの美しさ。俺は世界に感謝した。
「わざわざ呼んでおいて無言ですか?」
「ごめんエルシーちゃんのこと考えてた」
「なぜそんなにマルティニス様のことが好きなのかはさておき。貴方そんなに他人に関心あったんですね?」
そうだね、原作のカイルくんもエルシーちゃんとの初対面以前の俺も表情は皆無だし他人への関心なんてカスレベルだった。ダイオウグソクムシの足の数の方がまだ興味あった。
「そこについては否定出来ないけどさ、ジェーン俺に遠慮なくなったよね」
「貴方が遠慮するなと仰ったのでね。その口調外ではやめてくださいね」
「はーいはい、ここでだけ。わかってるよ」
「それで、マルティニス様がどうしたと?」
「そうそう聞いて!生身のエルシーちゃんは美の女神も裸足で逃げ出すくらい可愛かったんだ。綺麗に巻かれた縦ロールも、アメジスト…いや宝石よりも輝く紫色の瞳も、強気に釣り上げられた眉も、白魚のような肌も、何もかもが完成された生きる芸術品。あの鈴のような声で俺の名前を呼んでくれないだろうか、いやさすがにそれは贅沢すぎるなおいお前くらいなら許されるか…?とにかく何かと比べるのも烏滸がましいほどに綺麗な子だった。あの子に会うために生きていたと言っても過言ではない。今なら死ねる。我が人生に一片の悔いなし」
「……悔いがないとマルティニス様と結婚できませんよ」
「俺の人生には悔いしかねぇ!!!!」
「それはそれでどうなんですか」
から始まるラブコメ…?とか書いてみたいです。お試し投稿。使い方がわからない。おかしいところないですか