悪役令息のはずなのにありえない事態になっているのですが?
初投稿です。BL“ざまぁ”もの。色々詰め込んだので設定が少し?かなり?甘いかもしれないけれど。読んだ人が少しでもニヤッとしてくれたらいいなぁ
アストリア王国にある、アストリア学園。
今日はその学園の卒業式であり、盛大な卒業パーティーが行われていた。
そんな卒業式パーティーではヒロインがダンス後にパートナーと共に結婚式さながらの誓いを交わす場面のはず。
…それが、どうして。
「さて。どういうことか説明してもらおうか、セレナディア嬢」
目の前で起こっている出来事に、しかもそれを行っているのがセレナディアのパートナーのはずである王太子殿下が何故か僕の腰を抱えたままで逃げることも出来ず、僕はただただ呆然とその光景を見つめるしかなかった。
死ぬ時って突然なんだな、なんてのは信号無視の猛スピードで突っ込んで来た車に轢かれた瞬間に思ったことで、痛みも感じずに次の瞬間には見たことのない見覚えのある光景が目に飛び込んできて即死したんだな、と悟った。それからすぐに僕は大好きだった『アストリア学園』に転生したことを理解した。
その後ぶっ倒れて数日は熱に魘される羽目になったわけだが。
乙女ゲーム『アストリア学園』。
男のくせにって腐女子の姉にはずいぶんからかわれたものの、美少女ゲームよりも乙女ゲームの方が合っていた僕はそれこそ色々な乙女ゲームに手を出して、その中でも一番好きなゲームがこれだった。まぁ、世間一般では評価が二分していたけれど。
ストーリーとしてはヒロインがアストリア学園に入学したところから物語が始まり、様々な問題を解決しつつ卒業パーティーでパートナーと結ばれる王道もの。
ストーリーはもちろんのこと背景も結構作り込まれていて結構な長編もの。さらに、まさかのオメガバースという詰め込み具合に評価が分かれる要因となっていたのは仕方ないと思う。
オメガバースって、と僕も最初は躊躇ったからわかる。だってオメガバースと聞けば姉がBLものだと騒いでたから。乙女ゲームは好きでもBLに手を出す気はなかった…が、作画が好きな人の絵でこれだけは手を出さない選択肢もなかった。それにうたい文句が“オメガバースでも女性が真実の愛を貫く物語”なんて気になるじゃないか。
で、やってみたら見事にハマった。ヒロインがオメガで、貴族とはいえ子爵家の娘という微妙な立ち位置ながらも自分を貫き通し、卒業パーティーでアルファのパートナーと共に将来を誓い合うエンディング。ずいぶん泣かされた、色々な意味で。
そんな世界に転生したのだと理解できたのは前世を思い出したのと同時にヒロイン『セレナディア』の義兄である『オルヴェリエ』の記憶があったから。
十歳の時、父の再婚相手である義母が連れた二歳年下のセレナディアと出会った日。病気で母が亡くなった数日後にまさか再婚するとは思っておらず、しかも子連れともあり、頭を殴られたような衝撃が走った。それが引き金になったようで転生前を思い出した。その時に感じた嬉しさと悲しみは今でも思い出せるくらいだ。
というのもセレナディアと同じくオメガであるオルヴェリエはアレフレッド・ヘンリ・アストリア殿下の婚約者。その殿下は攻略対象者。ようは婚約破棄がついて回る悪役令息に転生したわけだ。攻略対象者によってはない可能性があるものの、断罪があろう悪役令息に転生したなんて、それは心中複雑にもなる。でもこの世界に転生できたことは素直に嬉しいから、それはもう…以下略
え、子爵家の息子が何故、殿下の婚約者になれたのかって? それは母が王家に連ねる公爵家の人間だから。ウィルバレア公爵家の四女である母がバリアテス子爵家へ嫁いできた。そこに生まれたのがオルヴェリエ、今の僕だ。それでも普通なら子爵程度の子が殿下と婚約とはならないはずが、オメガということでまずオルヴェリエにお鉢が回ってきた。オルヴェリエが五歳の時に決まった婚約で、その当時は転生前の記憶もないからカッコイイ殿下にただ見惚れていたものだ。
…うん、オメガバースって凄いね。転生前の記憶を思い出したというのにオルヴェリエの記憶もあるからか、男だっていうのに殿下との婚約が嫌になることはなくて。婚約破棄されることに悲しみを覚える程度には…んん、今それは関係ない関係ない。
ただ誤算というか、納得できないこともあった。それがオルヴェリエの境遇だ。ゲームではセレナディアが入学してから卒業までしか描かれていない。なのでゲームに登場するオルヴェリエは一貫して義妹を虐める最悪な義兄なのだが、生まれた時からのオルヴェリエを知る僕にとっては、ゲームではやり過ぎだとは思うものの、ある意味で理解できてしまった。
公爵家から行うと言われたとはいえ病気で亡くなったのは自分の妻なのに葬儀など諸々を全て任せ、妻を亡くした虚しさを癒やしてもらったから、と数日後には別の女性と再婚した父。母の淡い青色の髪を受け継いだオルヴェリエと違ってセレナディアは父と同じプラチナブロンドの髪で、父本人から違うと宣言したが明らかにオルヴェリエにする態度とは違う甘やかしをセレナディアにすることから、噂好きのメイドたちの間では実子ではと囁かれる始末。何も知らないオルヴェリエにしたらまともではいられなかっただろう。
さらにアストリア学園に入ってきたセレナディアは殿下と仲良くなっていく。婚約者を奪われる、と躍起になって暴走したのも想像に難くない。
僕はゲームのオルヴェリエみたいにはならない。父を大好きだったオルヴェリエとは違い、浮気してただろう父には吐き気しか覚えない。学園を卒業したら、どうなるとしても家からは絶対に出ていく。
もちろん殿下に婚約破棄されたらオメガがまともな職に就けるとは思っていないし、襲われる可能性が高いこともわかってる。オメガを毛嫌いしている公爵家を頼ることも、おそらく無理だ。
それでも腐っても転生者。転生前の知識を駆使すれば、この世界にないものを生み出し商売にすることくらいは出来るはず。そのために学園で仲良くなった商家の友と少しずつ形にしていってる途中だ。
学園ではなるべくセレナディアと関わらないようにしつつ、友と将来の話をしながら無難に過ごした。時折聞こえてくる、殿下とセレナディアとのエピソードには耳を塞ぎながら。
そうして卒業パーティー当日。おそらく婚約破棄されることになるんだろうなぁ、なんてどこか他人事のように思いながら遠くに見える姿を見つめる。
本来なら婚約者である僕と連れ立って入場するはずだった殿下はお供を引き連れて会場入りした。セレナディアと一緒に来るかと思っていたのにそうではなかったことには少し安堵したものの、だからといって婚約破棄されないわけではない。だってお供を引き連れながらまず向かったのがセレナディアのもとだったから。
「オルヴェリエ・バリアテス」
「…大丈夫、行って来い」
大声で叫ばれるわけでもなくどこか穏やかに殿下に名を呼ばれ、目線だけでこちらへ来いと言われる。始まるのか、と少しばかり尻込みしつつ行かないわけにもいかない。それに友のアレン・エレインに背を押され、足取り重く殿下のもとへと向かう。
卒業パーティーに相応しく白が基調でゴールドの刺繍が入ったタキシードを着た殿下は華麗な金髪と相まっていつも以上にカッコイイ。
対して僕は翡翠色のフォーマルウェアで、下裾にヒラヒラしたものがついたオメガ用の服装。嫌がられるのを覚悟で、最後だからと殿下の瞳と同じ色でキメてきた。
殿下の前に立つとアストリア式の礼をとる。すぐに何かしら言われると思っていたのに無言のままなので不思議に思って、頭一つ分高い殿下を見上げるとじっと僕の顔を見つめていた。
何だろう、睨まれるでもなくただ静かに見つめられて居心地が悪い。あまりの沈黙に耐えかねて口を開きかけた時、ようやく殿下が動き出す。
僕の横へ立つと腰に手を回された。しっかりと掴まれ、まるで逃げないようにするように。
…んん?
「王族への詐称は罪になると言われなかったか。それとも父親とは共犯か。ならば覚悟は出来ているのだろうな?」
今のセリフは僕に向けて、ではない。まっすぐ睨むようにセレナディアを見る殿下にはいつもの穏やかな雰囲気はない。むしろ見たことがないほど冷ややかなそれにセレナディアがびくりと震えた。
「さて。どういうことか説明してもらおうか、セレナディア嬢」
それは僕が聞きたいのですが。詐称…ってわざと間違えて名乗ってた、とかだよね。どういうこと?
セレナディアは間違いなく父と再婚した義母の子で、おそらくは父の実子。けど実子としての届け出はしていないはずなので義理の娘。とはいえ父の子になったことには違いない。それ以外に詐称できることって…?
思い浮かぶものがなく、僕が一人混乱している間にも話は進んでいく。斜め後ろに控えていた殿下のお供の一人、宰相の子息であるメイナード・ルズトーラ様が殿下より一歩前に出て説明してくれた。
「セレナディア嬢はオメガではありません。ベータの一般女性であることは調べが付いています。そう振る舞っていただけで、匂いも誤魔化すよう香を使っていたことも裏が取れていますよ」
「知っていたか?」
唐突に僕へと向いた殿下が訊いてくるが、ぶんぶんと首を横に振る。知らない知らない。というか、え、セレナディアってオメガじゃないの? ゲームと話が違い過ぎくない?!
俯き目を白黒させる僕に、殿下はふっと笑って頭を撫でてくるが今はそれどころじゃない。後ろで、うわぁ、なんて言ってる人達もいるが疑問で頭いっぱいの僕はそれに気付いてなかった。
「オメガであると嘘をつき、あまつさえ婚約者のいる殿下に擦り寄るとは。どれだけ殿下が鬱陶しかったことか」
「おい」
「こほん。それでセレナディア嬢、申し開きなどありますか?」
「…何のことを仰っているのか、よくわかりませんわ。わたくしがオメガではない? 一体、何の証拠があってそんなことを仰るので…」
「そんなことくらい調べられないほど無能だと思われているわけか。少しばかり手を加えた程度で誤魔化せるとでも? それとも余程この場を切り抜ける自信でもあるのか?」
「殿下、落ち着いてください。話が進まなくなる。…それにオルヴェリエ殿が困ってますが」
もうイライラを隠す気もないらしい殿下はセレナディアの話をぶった切ってまで言い募るのを、真後ろで控えていた騎士団長の子息であるバールアース・ウィルソン様が止めに入った。
はっとして僕を見下ろしてくる殿下はセレナディアへの態度と打って変わってしょんぼりしてる、ように見える。表情がかわってないからわかりにくいけど。
「すまない。困らせるつもりはなくてだな」
「いえ、驚きはしましたが困ってるわけでは…えっとセレナディアがオメガじゃない、って本当ですか?」
「事実だ。治療院にも教会にもある書類はオメガとなっているが偽造されたもので、セレナディア嬢はベータで間違いない」
偽造って、思ってたより立派な犯罪だった!
ばっと僕がセレナディアを見るとセレナディアも驚いたようにこちらに顔を向けてくる。
「そんな! そんな証拠がどこにあると…」
「あるんだよね、これが。偽造前の書類。偽造、っていうかバリアテス家に入る前に提出されてたものだけど。姓がフィーリーの時はベータになってるのに、あーら不思議、バリアテスになった途端オメガに代わってる。もちろんベータからオメガにかわることも稀にあるけど、再検査をしたからとも、変更届があったわけでもないよ。ついでに、そうするよう指示した書類もちゃぁんとあるからねー」
ひらりと書類片手にルズトーラ様の隣に出てきたのは研究塔副局長の子息であるフォン・マルチェ様。…って今さら気付いたけど、セレナディアを問い詰めてるの『アストリア学園』の攻略対象者ばかりじゃないか。
「ね? 間違いないでしょ」
「…いいえ、わたくしは知りませんわ。間違いなくわたくしはオメガです。嘘をついているのは…義兄様の方ではなくて?」
「え?」
もう引くに引けないんだろう。でもここに来て僕に話を振ってくるとは思ってなかった。混乱の渦中にいる僕を無視し、セレナディアはビシッと扇の先を突きつけてなおも続ける。
「きっと義兄様が殿下との婚約を解消したくなくてそんな出鱈目な書類を作ったのですわ」
デン! と音がしそうなほどセレナディアが堂々と言ってのけるが僕はそれどころじゃない。
待って待って、横が、向けないっていうか怖いんだけど! 冷気でも発してるんじゃないかってくらい寒いんだけど! これは、これはマズい気がする…!
少しでも落ち着いて欲しくて腰に回された手に手を重ねる。そのおかげか少しだけ、ほんの少しだけ冷気が緩んだ。それでもセレナディアを睨みつける殿下の目はさっきよりも鋭い。
「オルヴェリエが嘘をついている、と?」
「ええ。もしかしたら御自分がオメガではなくって、そのことを誤魔化すためにわたくしに擦り付けようとなさったのでは? いえ、オメガであったとしても、同じくオメガであるわたくしに勝てないと思ってのことなのかも。女ですもの、義兄様よりわたくしの方が殿下の婚約者に相応しいですから」
「うぅわ、こっわ…こうまで自意識過剰になれんの?」
「ある意味で凄い才能かもしれないな」
マルチェ様もルズトーラ様も諦めたように会話せず殿下を止めて下さい…! 卒業パーティーで暖かい季節のはずなのに氷点下並なんですが! え、これ、僕が止めないといけないのかな?!
そんな、どうかしないと、と慌てふためいているのが伝わったのか。殿下が、はぁ、と盛大なため息を吐き出して、さっきとは違い真剣な表情でセレナディアを見て宣言する。
「何か勘違いしているようだが。昔も、これから先も、誰に何を言われようと、オルヴェリエとの婚約を解消するつもりは全くない。私の番は後にも先にもオルヴェリエ、唯一人だ」
「な…」
「もちろん妾を取るつもりもない。オルヴェリエがいれば、それでいい」
「…っ」
僕を見下ろす殿下が腰を抱いていない方の手で頬を撫でてくる。それはもう壊れ物を扱うかのようにそっと、言わずともわかるほど愛おしいという顔で。どくりと心臓が騒ぐ。けれどどちらかといえば戸惑いの方が大きい。
…それなら、それならどうして。
「どうして、今まで何も…言って、くださらなかったのですか…?」
「お前が…父親が大切だろう。引き離して嫌われるくらいなら父親がしたことを暴けば少しは、その、傷付かないだろう、と」
「あ…」
そうだ。オルヴェリエは父が大好き、だった。
ずっと昔、母がいた頃は婚約者としてよく王城で殿下とお茶会をしていた。けれど母が亡くなり父が再婚してからは言われるままに屋敷から出ず、忙しい殿下の代わりにと派遣された家庭教師に、セレナディアと共に色々と教わっていた。
もしそれが父に仕組まれていたのだとしたら。婚約者を息子から娘に代えるためだったとしたら。今までのことを考えればありえないことじゃない。
そして、そんな父を好きなオルヴェリエだったら耐えられない、そう思われていたとしても不思議じゃない。殿下と会っていたのは母が亡くなるまでで、父を好きだと知っていた頃までの僕しか知らないわけだから。
ずっと、ずっと僕を守るためだけに、動いてくれていた…?
「信じられないかもしれないがセレナディア嬢をオメガと偽ったのはお前の父、バリアテス子爵だ。私からお前を引き離し、セレナディア嬢と婚約させることが目的だったのだろう。何故そんなことをしたのかは…」
「信じます。殿下が嘘を付くとは思っておりません。それに大丈夫です、大体わかってますから。父のことは…もういいのです。母を見捨てた人に関心はありません。ですので傷付いてもないです」
「そうか。…そうか」
きっぱり言い切ると心底安堵したように殿下が微笑を浮かべる。それを見て、あ、と思った。やられた、ストンと落ちてしまった。この人の婚約者でいたいと、セレナディアにも渡したくないと、思ってしまった。
卒業パーティーが始まるまではこんなことになると思ってなかったのに。離れる覚悟をしていたのに。殿下の婚約者でいいと、僕を選んでくれると言うのなら。
にこりと笑顔を殿下に返して、セレナディアに向き直る。
「セレナディア。嘘をついてたんだね。ベータだったんだ、知らなかったよ」
「っ…白々しい! 貴方が…」
「そんなことはしてないし、今、殿下から聞くまで知りもしなかった。僕はオメガだし、今すぐ検査してもらってかまわないけど…それよりも。ねえ、僕が憎かった? 父の愛情を一人で受けておいて? あまり関わろうとしなかった僕を? どうして?」
「わ、わたくしは…」
「僕は…嫌だったよ。母が亡くなってすぐ再婚して、その義母が連れてた義妹に父を取られて。僕を見てもくれなくなった。憎くなかったとは言わない。それでも会話してくれてた父はもういないのだと君が来てから学んだから、君に関わらないようにした。何もかも見て見ぬフリをした。その結果が、これなの?」
「…!」
口に出すと思いのほか気にしてたことに今更ながらに気付いた。僕自身、傷付いてはない。けれどゲームのオルヴェリエのことを思うともっと他にやり方があったのかもしれないとも思ってしまう。逃げずにセレナディアと仲良くなっておくとか。…いや、無理か。どう上手くやったとしても仲良くはなれてなかった気がするし。
僕の言葉に固まったセレナディアは目を見開いて僕を見つめるだけで、何も言えなくなってしまったようだった。重い空気に辺りが静かになる。気にしないようにしてたけど、さっきまでコソコソと囁やきあってた野次馬…もとい生徒たちまで。
そんな静かな中、唐突に騒がしい声が聞こえたと思ったら人波をかき分けて父が姿を現した。息を切らして現れ、かと思えばセレナディアを認めるとすぐさまそちらに行って娘を抱きしめる。
「セレナディア!」
「っ、御父様!」
「また…またお前が虐めたのか、オルヴェリエ!」
はて、またとは? 今までセレナディアを虐めていた記憶のない僕は首を傾げるしかない。そんな僕を見て何を思ったのか、父は声を荒げるままに吐き出していく。
「何時もそうだ! お前は何も出来んくせにセレナディアの邪魔ばかり! 兄であるお前が妹を助けるべきだろう! なのにお前と来たら…死んだ女と同じで! お前が殿下の婚約者など分不相応にもほどがある! セレナディアの方がよほど、…?!」
「チッ」
「殿下、殿下待って、ストップです! 大丈夫です、僕は大丈夫ですからっ。お、落ち着いてください…!」
怒りに我を忘れ言って良いことと悪いことの区別すらつかなくなってる父の周りで人が倒れていく。ほんと待って、殿下の方が完っ全にブチギレてらっしゃる! 被害が、周りへの被害がっ! 殿下のフェロモンでほぼ半数が座り込むか、泡吹いて倒れてる!
最初は静かに聞いてると思ってたけど違ったらしい。あまりの暴言に一瞬動きが止まっただけで、次に動き出した時には無意識だろうが腰に手がいった。そこにあるはずのものがないことに思いっきり舌打ちしたから間違いないと思う。卒業パーティー中で良かった、こんな日に刃傷沙汰にならなくて。いや、これだけ混乱になったら卒業パーティーどころでもないけど!
それでも諦めきれないらしい、もう殴り倒さん勢いで父に向かおうとしたのを正面から思いっきり抱きついて止める。いや止めるというか、それ以外にできることがない。殿下に支えられてたから周りみたいに座り込みはしなかったけど、今は足が震えて立ってるのがやっと。引き剥がされたら立てる気がしない。ちょっと、情けなさに泣けてくる。
というかセレナディアの時はまだ抑えてくれてたんだ。僕が気にするとわかってたから。なら最後まで頑張って欲しかった。父の言い分にはむかっとしたから殿下が怒ってくれたのは嬉しかったけれど。
うぅ、もう、立ってるのも限界かもしれない。少しでも動かれたら座り込みそう、と思ってたらひょいっと抱き上げられた。いわゆるお姫様抱っこ。見るのはいいけどやられるのは…あれ、思ったより抵抗ないな。
もう混乱を通り越して逆に冷静になった頭で考えてみても、うん、やっぱり嫌悪感もないし嫌だとも思ってない。ならば、と確認のつもりでタキシードが皺にならないよう気を付けつつ擦り寄ると、殿下は一瞬目を見開いたもののすぐに僕の額に口付けを落とした。
何をされたのか、すぐにわからなくてポカンと間抜け面してたと思う。でも理解すると同時にボンッと音がするほど真っ赤になったのが自分でも分かった。
今、僕ものすっごく恥ずかしいことしなかった? あれ、全然冷静になれてなくない?! 穴があったら入りたい、っていうか穴を掘って埋まりたい…!
うぅぅ、と一人唸る僕をよそに殿下はすっごく嬉しそう。さっきまでの怒りは一体何処へ?
そうして暫し真っ赤なままの僕を見つめたあと、殿下はそれはもうわかりやすいほど態度を変えて父へ顔を向けると冷たく言い放つ。
「オーリーはバリアテス家には戻さない。このまま私が引き取る。貴様は娘と共に牢で沙汰を待つと良い」
「な、何を…」
「ふぅ。セレナディア嬢をベータなのにオメガと偽って殿下に近付け、婚約者をオルヴェリエ殿からセレナディア嬢に代えようとしたこと。偽造書類という証拠も揃ってるので逃げられませんよ」
「ば、馬鹿な、そんな書類あるはずが…」
「あるよー。確認してもらっていいよ、ほらね」
「…くっ」
「連れて行け」
「はっ」
まだ何やら言いたい放題言ってる父を無視し、衛兵の人たちが拘束して連れて行く。セレナディアは立てなくなってたのでほぼ引きづられるように連れて行かれてた。
今更だけど父って思ったより強いアルファだったんだ。アレで倒れなかったどころか、文句を言える元気まであるとは。オメガである僕には到底無理なんだろうけど、少しはあの強さが欲しかったかな。亡くなった母もアルファだったんだし。
そんな現実逃避する僕の横ではルズトーラ様、マルチェ様、ウィルソン様が次々に殿下へ文句を言いまくっていた。
「まったく! もう少し手加減されませんと、これでは卒業パーティーどころではなくなったではありませんか!」
「ほんとだよ、もー! すぐおさめてくれたから良かったけど、これじゃ続けらんないじゃん!」
「殿下はもう少し、ご自分がアルファだと自覚なさったほうがいい。卒業パーティーは仕切り直しできるものだろうか?」
「わかんない。学園長に相談しないと」
「国王にも報告を。婚約者のため自ら行うと言って聞かなかった殿下に国王が折れたのに、この事態ですから。殿下ご自身でお願いしますね」
「わかっている」
むすりと口を僅かにへの字にしながら渋々といった感じで殿下が頷く。さっきから表情はあまり動かないけど雰囲気というかわかりやすいな、この人。小さい頃はどうだったっけ。あの頃はまだ転生前の記憶が戻ってなくてカッコイイ(?)フィルターかかってたから…よく覚えてないな。
…というかですね、みんなスルーしてくれてるけど抱えられたままなんだけど、僕。恥ずかしいからそろそろ下ろしてほしいのだけれど。言っていいかな、いいよね。
「あの、そろそろ下ろして…」
「一人で立てるのか?」
「………。無理、デスカネ」
「ならば大人しくしていろ」
「ハイ…」
離してくれる気は全くないらしい。重くないのかなぁ、とも思うけどさっきから全くびくともしてないから僕を抱えるくらい何ともないんだろうな。本格的に鍛えてたわけじゃないし剣術を習う殿下と比べるのもおこがましいけど、でもちょっと複雑。これでも護身術くらいは、ってやってたんだけどなぁ。
そんな余計なことを考えてる間にも殿下たちはこの後のことを話し合い、一通り指示し終えた後、殿下は僕を抱えたまま会場を後にする。あえてもう一度言おう、僕を抱えたままで! 今から国王様へ報告に行くって聞こえたんだけど。えぇ、このまま国王様のもとまで行くの?!
「えと、このまま王城へ戻られるのですか…?」
「ああ」
「あの、僕だけ家に…」
「バリアテス家には戻さないと言ったろう。このまま連れて行く」
「ぅ…言ってましたけど、あの、…そうだ、一度荷物とか取りに戻るとか…」
「駄目だ」
「えぇ…」
何言っても離してくれない。王城へ向かう馬車に乗り込んでも殿下の膝の上に座らされて離れてくれない。そして後ろから抱え込んだまま、何故か僕の肩口に顔を埋めて動かなくなった。いったい全体どうした。
「…バリアテス子爵の動きを暴くのに一年近くもかかってしまった」
「いち…待って、セレナディアが入学してすぐってことですか?!」
「セレナディア嬢の行動があからさまでな。それにオーリーの態度も予想していたものと違ったので、何かあるのだろうと。…だがその間、一人にさせてすまなかった」
「あ…いえ、大丈夫です。友達と色々やってたので。…あ、どうしよう」
「エレイン商会のことなら心配しなくていい。オーリーの生み出す物は画期的だ、私の番になったとしても続けてくれて構わない。むしろ国益になりそうだからな、王妃主体で大々的に行うことも視野に入れてくれ」
「えっ?」
「なんだ、違ったか?」
「違…わなくもないですけど! え、どうして知って…というか話が大きくなりすぎてません?!」
いやもう突っ込みどころ満載すぎて何が何やらなんですが! 番になることも王妃になることも決定済みですか…いやもうセレナディアと対立するって決めた時点で覚悟はしましたけども。…って違う、そこじゃない!
「アレンのこと、というか、僕のやろうとしてたこと知ってる?!」
「当然だろう。騙されると思ってはないがオーリーに何かあっては駄目だからな、調べさせた。エレイン本人にも確認は取ったしな」
「そっか…本当にずっと心配してくれてたんですね」
「…ああ」
あっ。アレンがあの時、大丈夫って送り出してくれたのは全部知ってたからか…。普段ならあんな場面に出くわしたらどうする? って聞いてくれるからおかしいとは思ってた。今度、菓子折りでも持ってお礼に行こう。
一人うんと頷いている間も殿下は顔を上げない。というかさっきよりしょげてるように感じるのは何故?
「どうしました?」
「いや、その…なんだ…」
「…?」
「勝手に調べさせたこと、…嫌がるのでは、と」
「嫌がる…どうして? 心配させたのは申し訳ないなとは思いますけど、嫌だとは思ってませんよ? 殿下の婚約者ですもん、何か問題でも起こせば殿下の信用に関わりますから調べるのは当然じゃないですか?」
あまりにしょげ返ってるから目の前にある頭を撫でてみる。見た目硬そうに見えるのに、さらさらで手触りいい。
するとさっきより抱きしめてくる手に力が入った。ちょっと痛い。抗議の意味も込めてペシペシと腕を叩くと力が緩むも、やっぱり離してはくれない。
「オーリー…」
「はい」
「…、好きだ、愛してるんだ…」
「はい。僕も好きですよ」
「…。…っ」
少し間があった後、がばりと顔を上げた殿下が目を見開いて僕を見る。え、何でそんなに驚くの?
「嫌われてはない、とは思いた…思っていたが、そう返されるとは思ってなくて、だな…」
「好きでもない人に大人しく抱き上げられたままでいないです。それに…嫌ってたらならこの服装にはしてこないですし」
「…!」
ようやく離れてくれた。といっても肩を掴まれて全身を確認されてるから恥ずかしさはさっきと比じゃないけど。…いや、見つめ過ぎじゃない?
と思ったら今度は正面から抱きしめられた。忙しないなぁ。赤くなりかけた顔を見られずに済んだのは良かったけど。そうしてから殿下がぽつりぽつりと吐き出すように、今までのことを話し始めた。
「学園へ入学してからあまり私には近づこうとしなかっただろう。だが婚約者として行事には欠かさず出席する。なのでただ…義務で参加しているのだろう、と。幼い頃に決まった婚約だ、気がないのは仕方ないことだろうと諦めていた。だが、あの女…セレナディア嬢が入学してからはあからさまに避けるようになっただろう? 逆にセレナディア嬢が積極的に私に絡んでくるようになった。婚約を義妹に譲るつもりなのか、と思ったがそんな話をする気配など微塵もなく、婚約者として何かあれば動くのはオーリーだ。あまりにチグハグすぎる。それで調べさせたらバリアテス家で…あまりいい環境になかったのだろう?」
「…まぁ、はい、そうですね。親はもちろんのこと、使用人たちからも腫れ物扱いでほぼ完全に無視でしたから。早々に諦めてたので気にもしてませんでしたけど。大人しくしてれば何もされなかったですし」
「大人しくしていれば? …していなければ、何かされた、と?」
「え? いやっ、ないです! ほんとにほったらかしだったので!」
いちいち言葉尻を捉えないで下さい、使用人たちにも何か罰を与えるとかやりそうで怖いですって。それも言えばヤバそうなので誤魔化すしかない。さっきしたようにするすると通る髪を撫でると、今度は力が緩む。
「もっと早く救い出してやればよかった…」
「大丈夫ですよ、これでものびのびやってたので。あの人達を気にしなければ、基本何をしても何も言われなかったので自由にしてましたから」
「それでも…私が………」
「…? なんて言ったんですか?」
「っ、何でもない」
真横にいるのにあまりに小さい声だったので聞き逃してしまった。なので聞き返したのに、ぷいっと向こうを向いてしまう。すっごく気になるんだけど、答えてくれそうにない。
そうこうしていると馬車が止まった。どうやら王城に到着したらしい。あからさまにホッとした殿下がコツンと音を鳴らすとすぐさま馬車の扉が開く。そのまま僕を抱え上げると馬車から降りる…って待って? まさかこのまま?!
「待っ…このままですか?!」
「暴れるな、落としたくない」
「さすがにこのまま王様たちに会いに行くのは気が引けるのですが?!」
「気にするな」
「気にしますっっっ」
落とされるとは思ってないけど暴れる気もないので口だけで反論するも、まったく聞いてくれない。むしろ見せびらかすように堂々と歩いてく。どうしてそんな上機嫌なのですかね、この人。
もういっそ奇行じゃないの、とか思う僕とは裏腹にすれ違う騎士たちや使用人の人たちとかは暖かい目で見守ってる。何故か涙してる人もいるんだけど、何で?
正式な謁見ではないので謁見の間ではなくサロンの方へ入ると、そこにはもう王様と王妃様が待ってくれていた。
「ようやく連れてきおったか。久しいな、婚約者殿」
「まあまあまあ! ようやく会えましたね。元気でしたか?」
「え、あ、はい。お久しぶりです、元気にやっております」
サロンに入るとようやく僕を下ろしてくれた殿下には何も言わず、僕に笑顔を向けてくれるお二人。
王様も王妃様も僕が殿下の婚約者でいることに違和感もないらしい。小さい頃に会っただけだというのに覚えてくれてた上に歓迎されるとは思ってなかった。
ちょっと感動していると王妃様がツカツカと歩み寄ってきて手を引かれ、何故か殿下から引き離される。…あれ、歓迎されたわけじゃない?
「母上…!」
「貴方は黙ってらっしゃい。…ねえ、オルヴェリエ。本当にこの子でいいの?」
ぴしゃんと言い放たれ、僕に伸ばしかけた殿下の手が止まる。王妃様は…だけじゃない、王妃様の行動を止めない王様も僕の心配をしてくれてるらしい。
自分の息子よりも子爵家というのに婚約者なだけの僕のことを考えてくれる王様にも王妃様にも頭が下がる。ここで、はっきりしないと。
「はい。殿下をお慕いしております。あの、心配なのはわかります。今の僕で王妃が務まるとは思ってません。でも、これから頑張って覚えますから…」
「王妃教育の基礎は終えていると聞いているぞ?」
「…え?」
「家庭教師を派遣していただろう? アレがそうだったのだが。…アルフレッド、言ってなかったのか?」
「…」
そっと後ろへ顔を向けると、すっと逸らされた。ちょっと殿下! 本気で最初から逃がす気なかったのですね!?
王様も王妃様も失笑なさってる…まさかそんな前から色々と仕組まれていたとは。セレナディアとは違う勉強させられてるからおかしいとは思ってたけど、まさかそれが王妃教育の一環だとは思わないでしょ…!
「知りませんでしたよ?」
「…。…将来、オーリーが困らないように、と思って、考えてだな…」
僕が首を傾げながら、真後ろに立った殿下を見上げると目が泳ぐ。悪戯がバレてしどろもどろになりながら言い訳してる子供みたい。馬車の時といい、かわいいなぁもう。
堪えきれなくて笑みをこぼすと殿下がグッと拳を握った。怒らせたかな、と思って謝ろうとするよりも僕の前へ出た殿下は片膝をついてそっと左手を取る。
「そうだ、何があろうが私の隣はオーリーしか考えられなかった。だからどうか、私の番となってくれないだろうか」
「っ…はい。殿下の、アレフの番にしてください」
番とか王妃とか他にも考えなきゃいけないことなんてたくさんある。けどこんなに僕だけを求めてくれる人がいて断る理由なんてない。思い切り頷いたら、それはもう嬉しそうな殿下に抱きしめられた。王様も王妃様もにこやかな顔で僕たちを見守ってくれている。
どうやら悪役令息は愛され令息だったらしいです。