自由研究について-③
「あたしが見たのは先週の昼ごろだったんだけどー。フード付きローブを着てて、顔はよく分からなかったのよね。でも、声はかなり若い感じだったわよ。十代の女の子じゃないかしら。ひょっとすると、サヨコちゃんと同い年くらいかも」
「身長は?」
小夜子が訊いた。コギトが窓の外から、「んー」と小夜子の頭のあたりに手を動かす。
「ごめん、やっぱ分からない。だってその占い師は座ってお客さんと話してたんだもの」
竹箒に乗ってふよふよ二階の外に浮いたまま、コギトは肩をすくめた。
エチカがテレビの前で、ゲームのカセットを取り出しながらひとりごちる。
「しっかしめずらしいわよね。シロウト考えでなんだけど、占いってもっと遅くからやってるもんだと思ってたわ。夕方の六時とか」
コギトがズバリと指を差す。エチカに。
「そう、それはあたしたち占い師連中のあいだでも言ってたのっ。フツーは夕方から夜にかけてなのよ。なのに、件の占い師は六時に店じまいしちゃうの。変じゃない?」
「…………」
エチカは答えなかった。
これはムシしたわけではないなと小夜子は思った。コギトは怒ってしまったが。
「ちょっと、意見を求めてるんだから、なにか返事くらいしてよ。あなたハイクラスの錬金術師なんでしょ? 今の情報からなにかピンとくることくらいあったんじゃないの!?」
「あったから黙ったんだと思いますよ」
小夜子はわずかな逡巡の末にコギトに教えた。
ひらめきを得たくせに沈黙するということは、あまり口外したくない理由があるということだ。
エチカにその理由があるとしたら、ひとつはメンドウごとに捲き込まれたくないため。
もうひとつは――。
(知ってるひとかも知れない、という線)
いずれにせよ、エチカにとってはコギトに知られたくなかったというのは当たっていたようだ。
ギッと金色の眼光が小夜子を一睨みする。
――よけいなことを言うなと。
しかし覆水盆に返らず。吐いた唾は呑みこめない。
コギトが窓から部屋に身を乗り出して、更に激昂した。
「はー!? なんでそんなイジワルするのよ!? なにか分かったなら教えてよ、なんのためにここまで飛んできたと思ってるの!?」
「イヤー、タダノオモイスゴシカトオモッテ」
(ウソついてんなあ……)
あからさまな棒読みに、小夜子はただあきれた。
べつのゲームソフトを探すエチカに、コギトがマントの裾から短杖を取り出す。
呪文と共に振る。
「グレムリンっ、妨害せよ」
ボン!
ものものしい音をたてて、テレビとレトロなゲーム機が煙を上げた。
テレビは本体が棒のような機体で、スイッチを押すと2Dか3Dモードでディスプレイ機能が立ちあがるのだが、本体がまんなかから爆発したために、ついさっきまで出ていた2Dモードのホログラフは消滅した。
ゲームソフトがカセット時代の古いゲーム機も同様に内部から爆破されている。
プスプス……。
悲しげな音をあげて、両者灰色の煙をあげつづける。
「てっ、てんめええー!! 中古屋あさりまくってやっと手に入れたスペシャルハミコンを!!」
「ふふーん、人の話を聞かないほうが悪いんでーす」
涙を溜めて怒鳴るエチカに、器用にホウキに脚だけでまたがって、両手を腰にあてるコギト。
長杖をたずさえて小夜子を押しのけ、窓辺にとりついたエチカから、スイーと距離を取ってコギトは告げる。
挑発するように、クルクル宙を円状にめぐりながら。
「で、誰なの? 教えてよ。その人の家に占いをやめないと毎日ゲリになる呪いをかけにいくから」
「地味にイヤな呪いですね……」
「このっ、クッソー、届かない……っ。コギトお! もうちょっと近づかないと教えないわよ!」
「近づいたら錬金術で竹箒がタケトンボに変えられちゃうって分かってるのに近づくバカはいないわよ」
べーっとコギトは舌を出した。
「ぐぬぬっ」
ロッドを二階から外に腕いっぱいにのばして振りまわし、コギトをとらえようとしていたエチカが、杖をひっこめる。
数秒して、舌打ちした。折れたのだ。
「わーかった。わかったわよ。そいつに直談判してやるから、あんたが見たっていう現場につれていきなさい。……店が開く時刻になったらね」
「ほんとっ! やったー! さっそくいきましょう。もう二時だからやってるわ! いやー、やっぱ持つべきものは友達よねー」
「敵がよお」
よろこびにわれを忘れて窓のほうに戻ってきたコギトに、エチカは毒づきながらロッドを当てた。
竹箒に杖の先端の赤い石が触れるなり、錬金術が発動する。
ボウン!
物体を変成させる。
「ギャーーー!」
ホウキは無数の割り箸になってバラバラと落ちていった。
乗り物を失ったコギトもまた、ドシーンと庭に落ちた。
打ちどころが悪かったらしく、丸いメガネの奥でトビ色の目をグルグル回して気絶している。
「よーし、んじゃ行くわよサヨコ」
「案内役の人が倒れちゃってますけど」
「庭に出た時に水でもぶっかけりゃ起きるでしょ」
「なんかちょっとカワイソウな気が……」
けったくそ悪そうに床をがに股で踏みしめながら部屋を出て行くミニスカの錬金術師に、小夜子もまた壁に立てかけていた自分の杖――青銅の長杖を取ってついていった。
透明だった先端の石が白に変わる。それとほぼ同じタイミングで、エチカが言った。
「脳みそ沸騰させて絶命させなかっただけマシでしょ。ホウキを箸に変えられて地上約七メートルの地点から落ちて頭にコブつくって昏倒して水かけられて目え覚まさせられてから十発杖で殴られるくらいあまんじて受けいれてほしいもんだわ」
「同意しかねます……。っていうか、まだこのあとにもたたきのめす予定があるんですね。しかも意識をわざわざ回復させたうえで」
どこのチンピラだよと胸中でうめきつつ、小夜子はエチカにつづいて部屋をあとにした。
◇
かわいそうなコギトは、目覚めてから四十発ほど殴られてから二人を案内した。
レトロゲーム機をこわされたうらみは、十回の殴打追加ではおさえられなかったらしい。
小夜子がエチカにしがみついて止めていなければ、コギトはもっと血をながしていただろう。
つづく




