自由研究について-②
◇
「聞いて」
ズイッ。
窓から出てきた顔がある。
大きなトンガリ帽子に、ソバカスの浮いた童顔。栗色の髪を一本の長い三つ編みにした、メガネの魔法使い。コギト・E・スムである。
シャツにジーンズの上からマントをつけた彼女は、二階の一室にヌンと上半身を出していた。
よもや下の階から垂直飛びをして懸垂の要領で窓の桟によじ登ったわけではあるまい。
二階の私室で対戦ゲーム(レーシング・ゲームだ)をしていた小夜子とエチカは、真昼の闖入者にボウゼンとした。
小夜子が言った。長い黒髪にカチューシャをつけた、ワンピース姿の十四歳の少女だ。首には父の形見のペンダントを提げているが、台座には元々あった宝石がない。カラッポである。
「あ、コギトさんだ」
「ムシムシ」
エチカが知らんぷりをした。長い金髪に金色の瞳を持つ、ノースリーブにミニスカ姿の若い女である。
フィーロゾーフィア王国屈指の錬金術師だが、職人か学者らしいのは、両手にいつも――今もつけている――作業用の白いグローブのみ。
「そっぽむかないでよ、こちとら死活問題なんだからー」
「べつにあんたが死んだところで誰も困りゃしないわよ」
ゲームをしながらキッパリ言うエチカに、さしもの小夜子も「ヒドッ」と言った。
一瞬よそ見したスキに、小夜子のカートに妨害用の甲羅があたる。クラッシュして、スピンして、コースアウト。
「あーっ、ズルイ! そんなのなしですよお!」
「ありですよお」
小夜子のマネで返しつつゴールして、エチカはフンと窓の外にいるコギトを見やった。
小夜子もリセットボタンを押して――それで自分の負けがなくなるわけではないのだが――コギトのほうに駆け寄っていく。
のぞき込むと、案の定、コギトは竹箒にまたがって浮いていた。
フィーロゾーフィア王国の民は、ほとんどが空での移動を機械(バイクや船、キックボードなどに似た乗り物)にたよっている。対して魔法使いの国から来た魔女のコギトは、ホウキで空を飛んでいる。
「いいなあ~。ねえコギトさん、魔法って、わたしでも使えるようになるんですか? わたしも自由に飛んでみたいです」
錬金術はいつのまにか使えるようになっていた小夜子である。
コギトは小さな子供に『サンタクロースはいない』とどう伝えようかというような、困惑顔になった。
「ごめんね。魔法は『血』が大きくかかわってくるから」
「悪魔の血統ってやつでしょ? 無駄よサヨコ。こいつらドラゴンが火い吐いたりナマズが地震をおこしたりするのと同じようなデタラメ原理で魔法使うのよ。モンスターの一種って考えたほうが適当だわ。人間ではなく」
「ハッキリ言うわね。……まあ、まちがっちゃないけど」
コギトは口元をひきつらせたが、否定はしなかった。
ポン、と両手をたたく。
「そんなことより聞いてよ二人とも。知ってのとおり、掃除屋の閉業を余儀なくされたあと、あたし、路上での占いをはじめたんだけど――」
「倒産は知ってたけど占いは知らなかったわ。つーか、うっさんくさいマネしてるわねー」
(いちいちつっかかるなあ……)
小夜子は、テレビの前に座ったまま茶々を入れるエチカに半眼をくれた。
コギトと小夜子たちは、初めは『ハウスクリーニング店』の店主と客というあいだがらだった。
当時からエチカとコギトはどこかしら互いをバカにしていた。
エチカが他人を見下しているのはいつものことで、見下していない相手などいないのではと思うところだが、コギト――魔法使いに対しては、『敵意』がある気がするのだ。
コギトもまた然りである。
(職業上の対立ってやつかなあ……。コギトさんは『職』じゃなくて『種族』ってエチカは言ってたけど)
コギトが窓の外から言いつのる。
「とにっかく、よ! 単刀直入に言うと、商売敵があらわれたの! そいつの占いったら、安いし当たるしであっというまに話題になっちゃって、ほかの占い師たちも客とられてまんま食いあげの大惨事ってわけ! あなたたちこの町の錬金術師でしょっ、なんとかしてちょーだいよっ!」
「私たちが錬金術師であることと占い業界にテコ入れすることに一切の関係性を見出せないわ」
「右に同じです」
小夜子はエチカの意見に挙手して賛成した。
コギトは「えーっ」と納得いかない。
「なに言ってるのよ、この町でやってる占いなんて、あたし以外みんなインチキでしょ。錬金術は理論の側面が強いから、ウラで何やってるかなんて一発で見抜けるじゃない。そうでしょ?」
「『そうでしょ?』って言われてもね」
エチカは金色の目をそらした。関わりたくないのだ。せっかくの長期休暇なのだ。ただの一日、一秒たりとてムダにしたくない。
「あのー」
小夜子がコギトに向き直った。
「なに、サヨコちゃん。不肖のお師匠様に代わってサヨコちゃんが調べにきてくれるとか?」
「エチカは先生じゃないですって。そうじゃなくて、占い師って、どんなひとなんですか? もしかしたら、わたしたちの知りあいかも」
「ああ、それもそうね。人物像を言いわすれてたわ。えっとねー」
コギトは思い出そうと、自分の下顎に人差し指をあてた。
つづく




