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フィーロゾーフィア  作者: とり
第48話 自由研究について
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自由研究について-①

 


 フードを(かぶ)った女がいる。


 王都フィーロゾーフィア()の中層。貧乏(びんぼう)ではなく、さりとて富裕(ふゆう)といえるほど蓄財(ちくざい)のあるわけでもない、そこそこの生活水準と自由が保障された市民たちの住む区画。


 第五等級街区(がいく)。ハーフティンバーの家屋(かおく)がゴチャゴチャとならぶ路地に、あやしげに飾った卓と背もたれのないイスを一式いっしきそろえた店があった。


 (たく)(むらさき)のクロスにおおわれて、ふしぎな文字の(フダ)を左右にたらしている。まん中には水晶玉(すいしょうだま)が置いてある。

 フードの女は(たく)の向こうにいる。対面の席には客がいて、まだ明るく(あつ)い中(現時刻は昼の二時(にじ)だ)、フードの(ひさし)にかくれた顔を(おごそ)かに沈着(ちんちゃく)にして、女は()げた。


「死にます」


 客の男は「えっ」と目を見開く。

 女はかまわずつづけた。指先を、男の来た道――彼の後方(こうほう)へと音もなく向けて。


死相(しそう)が出ています。そこの(かど)を、右に。()がってしまうとあなたはまちがいなく死んでしまうでしょう」


 これから行く先……『人生の』ではなく、あそびに行くのにどこへ行けばいいのかをおもしろ半分に占ってもらった男としては、そこそこ的外(まとはず)れだが、そこそこ参考になる助言だった。


 襟足(えりあし)だけを緑に()めた黒髪に、男はじっとりと(あせ)をかく。女の言葉に耳をかたむける。


 女は忠告した。


運気(うんき)が全体的に下がっています。健康運、金運、人間関係、仕事運。しかし、ご安心ください」


 かろん。

 (すず)の音。


 (ねこ)の人形だ。陶製(とうせい)の、中に玉の(はい)った、いわゆる土鈴(どれい)と呼ばれる置物。


「今日は物忌(ものい)みのためにすぐ帰宅していただください。家にもどったらこれを寝室(しんしつ)窓辺(まどべ)に置いて、一日(いちにち)おとなしくして過ごすように。そうすれば、運気は回復するでしょう」


 男は女に差し出されるまま、猫の土鈴を受け取ろうとして、逡巡(しゅんじゅん)した。

 猫の顔があまりにもブサイクで、どことなく人をバカにしたような笑顔だったからではない。


 これは霊感(れいかん)商法(しょうほう)というやつではないか。


 占い自体は一回(いっかい)一〇〇(ひゃく)グロリスと、「子供のこづかいかよ」と笑いたくなる値段だったが(でなければ占ってもらおうという気にはならなかっただろうが)、置物に関してはどうだ。

 幸運をまねくと(うそぶ)いて、ひとつ百万グロリスでただのツボを買わされた人もいるという話ではないか。


 もっとも、目のまえの(うらな)()がそんなアコギをはたらいたわけではない。過去の新聞で読んだ、悪質な宗教団体によるサギからくる心配――警戒だった。


「ご心配なく、お(だい)はすでにいただいた以上はもらいません。この置物に料金はいりません。ぜひお持ちください。道中の――気休めにでも」


 男はホッとした。

 「それなら」と占い師の女から(ねこ)土鈴(どれい)を受け取る。イスから立ち、せっかくだから彼女の助言どおり家に帰ろうと(きびす)を返す。


「右へ行ってはいけませんよ」


 女は再三(さいさん)警告した。

 男は手を振って(おう)じた。


 ()が差した。


 やってはいけない。と言われたことをやりたくなるのが人情(にんじょう)だ、とまでは言わないが、この時の男は、そうとでも思いこまなけれなければ、到底(とうてい)やっていられないほど、理屈(りくつ)では通らない行動をとった。


 男は(うらな)()の忠告を聞く気でいた。


 でなければ、『帰ろう』とすら思わなかっただろう。

 彼はもともとどこかへ遊びに行く気で町へ出てきたのだ。


 しかし肝心(かんじん)な部分を無視した。


 彼は(かど)()がった。


 右に。


 理由は単純だった。


 ――ほんとうに死ぬのかな。


 という気持ちだけだった。


 『魔が差す』とは、こうした小さな好奇心(こうきしん)をしてそう呼ぶのかもしれない。


 男が入っていった小路こみちから、大きな音がする。



 ――彼が持っていた(ねこ)の置き物が窓辺(まどべ)に飾られることは、永久になかった。




   つづく





 

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