精霊について
ミーン
ミン
ミン
ミンッ
ミィ~~~~~~
ンッ!
夏である。
セミの声がやかましい、雲の上の王国フィーロゾーフィア。
王都フィーロゾーフィア市にある、一軒の雑貨屋の庭で、小夜子は草むしりをしていた。
長い黒髪に黒い双眸の少女である。は十四歳だが、低めの身長と丸顔のせいでもう二、三歳幼く見られることが多い。
頭には麦わら帽子。手には採取用のグローブをつけ、服装は草っきれの目立つ白いワンピースだった。
「う~んっ!」
しっかり土にしがみついている植物を、しゃがんだ格好で思いっきりうしろに引っぱる。
ブチッ。
途中で切れた。
ちぎれた茎と、強烈に痛めた腰とで、小夜子はこの世のすべてがイヤになる。
「もうヤだーっ! 家に入ってエアコンガンガン効かせて十年くらいゴロゴロしてたいー!」
「まだ始めて五分も経ってないのに、あんたよくそこまで言えるわね」
庭の端っこでエチカが言った。
長い金髪に細いヘアピンをいくつかつけ、耳には翡翠のイヤリングをぶらさげていた、若い美女。
フォーマルなシャツにショートパンツをつけて、首にはチョーカーを巻いていた。
一見するとアウトドア好きそうだが、その実外で遊ぶよりは庭で読書や部屋でビオゲームをするのが好きなインドアである。
また、彼女は錬金術大国であるフィーロゾーフィア王国において、指折りの実力を誇る錬金術師でもあった。
腰に巻いたベルトに、ホルダーに装着してゆれる四色の結晶。そして彼女が今もたずさえている緋色の石が先端にくっついた長杖がその証左。
結晶は〈精霊〉を変化させたもの。
緋色の石は〈エーテル石〉といい、錬金術師の能力を位分けし、なおかつ〈プネウマ〉という大気中に存在する魔法性の触媒粒子と術者の意識を接続させるはたらきを持つ。
錬金術師の変成イメージを受けたプネウマは、材料に作用し、術師の力量に見合った完成度でもって、物体や物質をつくりだす。
こうした一連の工程を経て物を生みだしたり分解する技術を、この世界では〈錬金術〉と呼んでいた。
エチカの持っているロッドの石の色は赤。小夜子も錬金術は使えるが、石の色は白色だった。〈白〉と呼ばれる、初心者に毛が生えたていどのクラスである。
そんな二人の錬金術師は、午前九時の暑いなか、薬草の採取も兼ねて、庭の草むしりをしていた。
「あーあ。せっかくの〈ヤッソ草〉をへし折っちゃって。状態がよけりゃあ、それをかじるだけで解毒薬になるのに」
「外に生えてたものをそのままかじるなんてどうかしてます」
「冒険者はやってくれるのよ。と言いたいとこだけど、最近じゃあめったにそんなヤツもお目にかけなくなったって聞くのよねえ」
エチカは肩にかかっていた長い髪をうしろに払いのけた。
小夜子の元にやってきて、少女の握りしめているちぎれた〈ヤッソ草〉に杖をあてる。
「ほいっ」
ボボン!
広口ビンにおさまった、茶色い粉薬が、エチカの錬金術によって生成される。
「うわっ、臭そうな色」
「見た目ほどにおわないわよ。根っこがくっついたままなら、加工すれば神経性の病に効く特効薬の材料にもなるんだけど。B級品ははB級品で解熱剤になるのよ」
「へー」
小夜子は聞きながした。
一面ボウボウと雑草の生いしげる家の庭をながめる。
家――と言ってもエチカの家(一階が雑貨屋になっている)で、小夜子は居候の身だが。
「ねえエチカ」
「なにサヨコ」
「これ、人力でやる理由ってあるんですか?」
『これ』とは、草むしりのことである。
先ほど全長二十センチほどの野草〈ヤッソ草〉を思いっきりひきちぎったひょうしにうしろに転び、したたかに痛めた腰をさすり、よろよろと立ちあがりつつ、小夜子はうらみがましくあたりを睨めまわしていた。
エチカが豊かな胸の前に作業用グローブをつけた手を組んで、
「ないわね」
キッパリと言った。
「じゃあラクしましょうよ! 錬金術でポポポーンって、ぜんぶお薬に変えてかたづけっちまいましょう!」
「と言っても、煮出したり日干しにしたりしてやっと効果を引き出せるものもあるのよね」
「そうした工程だって、エチカならムシできるんでしょう?」
小夜子はあっけらかんと言った。いかんせんエチカは天才なのだ。
〈錬金術〉についてはまだ分からないことが多い小夜子だが、エチカがかなり高いポテンシャルの持ち主であり、それを活用する術を知っている英才であることは理解している。
エチカが「うーん」とこめかみを押さえた。
「買いかぶってくれるのは嬉しいんだけどさ。この早熟の大天才錬金術師エチカ様の力をもってしても、錬金術で作れない物はあったりするのよね」
「そうなんですか? 何が作れないんですか?」
「梅干し」
エチカは即答した。
小夜子は「そっか」と思った。
「んでも、草むしりはなんとかできるでしょう? サラマンダーに火でも吹いてもらって、一瞬で焼け野原にしてもらうとか」
「あんた他人ん家だと思ってテキトウなこと言ってるでしょ」
「他人の家だからこそできることってありますよね」
渋面で呻くエチカに、小夜子は悪びれるふうなく言った。
「とはいえ、朝っぱらからクソ暑いし……。しょーがない。今回もあいつにまかせちゃうか」
(今回も?)
小夜子は眉間に皺を寄せた。
「今までは庭の草むしりをしてこなかったってことですか?」
「そうよ」
「草むしりしてなかったのに、外で毎回食事ができるていどにキレイな状態にできてたってことですか?」
「その通りよ」
「じゃあ、わたしがさっきまで草むしりしてた理由ってなんなんですか? 最初っから『あいつ』とやらにまかせてれば、わたしはこんなにツライ思いせずに済んだわけですよね」
「そうね。まー、最近フィールドワークに出てないあんたに、薬草取りの腕がなまらないよう訓練つけてやるってもくろみはあったんだけど」
「大きなお世話ですよお!」
小夜子はダッと踏み込んでエチカに飛び蹴りを放った。
突き出された白い脚を赤い石のロッドでからめ取り、エチカが小夜子を背中から地面に叩き落とす。
「フッ。攻撃のタイミングさえ掴めればこっちのもんね」
「カッコつけてないで、はやく『あいつ』とやらに雑草処理を押しつけにいきましょうよ。どーせ王様でしょう。それともその弟かな」
「あんた王族をなんだと思ってんのよ」
起きあがる小夜子に指摘を入れつつも、この国の王家は雑用担当の気色が強いことに気付いて、エチカは口を閉ざした。もっとも、雑用係についてはエチカも他人のことを言えないが。
「じゃ、サヨコ。やつを呼び出すからそこ退いて」
「はあ……。呼び出すって?」
小夜子はおとなしく庭の隅っこ――二階建て家屋の軒下に逃げ込んだ。
エチカがベルトのホルダーから、黄色い弾丸状の宝石を外す。手袋越しに、軽く握り込む。
「来たれコーボルト。大地を担ぐ、巌の番犬」
結晶が弾けた。
金色の光が溢れ出し、瞬時に形を成す。庭の中央に跳躍する。
金の光が仔細に輪郭を取って、実体化した。
犬だ。
(柴犬だ)
黒い毛に覆われた愛らしい成犬をながめて、小夜子は思った。
犬には三つの目があった。それさえなければ、その辺にいる飼い犬と同じだと言えた。
「この子は……」
「精霊よ。地の精霊、コーボルト」
小夜子のつぶやきに、エチカはカンタンに紹介した。
犬がエチカに駆け寄る。尻尾を振っている。
「わんわん!」
(あ……フツーに鳴き声なんだ……)
精霊は人間の言葉を話すと決め込んでいた小夜子は、ガッカリするやらホッとするやら、フクザツな気持ちだった。
「よーしよしよし、コーボルト。元気そうね」
エチカはしゃがみ込み、寄ってきた犬――コーボルトの頭や顎やらを撫でた。
「さっそくで悪いんだけど、庭の整地をしてくれるかしら。有用な野草は分けて、いらないのはゴミ袋にまとめて欲しいんだけど」
「あおん!」
コーボルトは鳴いた。
まかせろ! と言っているように小夜子には聞こえた。
コーボルトが庭に向き直る。
遠吠えするように――むしろ歌うように、黒毛の犬は天をあおいで声をあげた。
コーボルトの全身が光り輝く。
光のリングがコーボルトを中心に拡大され、庭を、建物を呑み込んだ。
一際まばゆく輝く。
景色は白一色につつまれた。
小夜子は目を閉じた。
光がおさまる。色彩がもどってくる。
目をあけると、視界がチカチカした。
徐々に目が慣れていく。
緑の庭だった。
塀の足元に、透明の大きなビニール袋がポン、ポン、と二つ打ち捨てられている。中には細かくきざまれた雑草の類がしき詰められている。
エチカの足元には、大きな籐編みのバスケットがあった。パッと見では雑草と区別がつかない、小さな花をつけた植物や、枯れ草にしか見えない植物などが、種類ごとにたばねて詰め込まれている。
「やったで! ワンワン!」
コーボルトがエチカに向かって言った。吠えた。
「あ……やっぱりしゃべれるんですね」
小夜子がガッカリするやらホッとするやら、胸をなで下ろした。
コーボルトは小夜子を見た。愛嬌たっぷりだった顔を、へッとゆがませて。
「あったりまえやろ。ワシャ精霊の中でも上位の一つ、地の精霊様やぞ。そこらへんのイヌッコロと一緒にすんなや」
「ご……ごめんなさい……」
なんとなく言い返す気が起きず、小夜子はあやまった。
エチカがコーボルトの頭をポンポンなでる。
「ご苦労さまコーボルト。もうやすんでていいわよ」
「えーっ、イヤやー。ワシもっとシャバの空気吸いたいわあー」
「そりゃお気の毒さまで」
エチカはコーボルトの頭に手を載せたまま、念を込めた。
黒い犬が金色の光につつまれる。
あっと小夜子が声を上げた。犬は弾丸状の結晶体に変化し、エチカの掌におさまった。
「……地の精霊――コーボルトって、あんな感じなんですね」
「そうね」
「もうちょっと外で遊ばせてからでもよかったのでは?」
「ダメよ。あいつ、グラマーな女の子見かけたら手当たり次第飛びつくもの。ひっぺがす大変なんだから」
「そうですか」
「『どうりで自分にはそっけなかったワケだ』とサヨコは思ったのだった」
「勝手なナレーション入れないでください」
小夜子はニヤニヤ笑うエチカを睨みつけた。
すっかりキレイになった庭を一望する。
膝ほどまであった草が、プロに刈り込まれたように、靴をくすぐるていどの高さに切り揃えられていた。
「んじゃ、庭の手入れも終わったし、テーブル出して茶でも飲みましょうか」
「やったあ! もうつかれておなかペコペコですよー」
「サヨコ」
エチカは諸手をあげて快哉をさけぶ少女に言った。
「あんたが用意するのよ」
「はー!? イヤに決まってるじゃないですか。――そうだっ」
小夜子はパチンと指を擦った。
軍手の上からだったので、スカッとしか鳴らなかった。
「他の精霊にやってもらいましょうよ。わたし、エチカが持ってる全員と会ってみたいんです。サラマンダーとコーボルトは見たから――あとは……」
「ジールフェは? 見たことくらいあるんじゃないの? 風の精霊なんだけど」
「ないですよ。でも、そのジールフェとやらを呼んでみましょう。そしたらさっきみたいにチャチャッと――」
「イヤよ」
エチカは言った。
キッパリした語気に、反論を許さぬ気迫を感じ、
「わ……分かりました……」
小夜子は庭から台所にひっこんだ。
屋外用のテーブルセットと充電式扇風機を出して、錬金術で茶菓子をつくって、アイスティーを入れたサーバーと共に庭へ運んで座ったら、汗だくになってしまった。
「ちゃんと給料は出すからさ」
すずしい風にあおられて、やすみがてら待っていただけのエチカは、恨みがましい目をむけてくる小夜子に言った。
小夜子は今年の初夏にエチカの雑貨屋に雇われた、住み込みのアルバイトだ。(現在は夏の長期休暇中なので、ほとんどただの居候だが)
小夜子はエチカの性格から、人を雇うなんてマネはしない、一人で店をやってるほうが気楽だろうし、収入も多かったのでは? と考えることもあったのだが。
(エチカ、精霊を出すのがイヤになって、バイトを募集したのかもしれない)
小夜子はそう思った。
キレイになった庭で飲むアイスティーは、まあそこそこおいしかった。




