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フィーロゾーフィア  作者: とり
第47話 精霊について
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精霊について

 


 ミーン

 ミン

 ミン

 ミンッ


 ミィ~~~~~~

 ンッ!


 夏である。

 セミの声がやかましい、雲の上の王国フィーロゾーフィア。


 王都フィーロゾーフィア()にある、一軒(いっけん)雑貨屋(ざっかや)の庭で、小夜子(さよこ)は草むしりをしていた。


 長い黒髪に黒い双眸そうぼうの少女である。は十四歳だが、低めの身長と丸顔のせいでもう()三歳幼(おさな)く見られることが多い。


 頭には(むぎ)わら帽子(ぼうし)。手には採取(さいしゅ)用のグローブをつけ、服装は(くさ)っきれの目立つ白いワンピースだった。


「う~んっ!」


 しっかり(つち)にしがみついている植物を、しゃがんだ格好で思いっきりうしろに引っぱる。


 ブチッ。


 途中で切れた。


 ちぎれた(くき)と、強烈に(いた)めた腰とで、小夜子(さよこ)はこの世のすべてがイヤになる。


「もうヤだーっ! 家に(はい)ってエアコンガンガン効かせて十年くらいゴロゴロしてたいー!」


「まだ始めて五分も()ってないのに、あんたよくそこまで言えるわね」


 庭の(はし)っこでエチカが言った。


 長い金髪に(ほそ)いヘアピンをいくつかつけ、耳には翡翠(ひすい)のイヤリングをぶらさげていた、若い美女。

 フォーマルなシャツにショートパンツをつけて、首にはチョーカーを巻いていた。


 一見(いっけん)するとアウトドア好きそうだが、その(じつ)外で遊ぶよりは庭で読書や部屋でビオゲームをするのが好きなインドアである。


 また、彼女は錬金術(れんきんじゅつ)大国であるフィーロゾーフィア王国において、指折りの実力(じつりょく)(ほこ)る錬金術師でもあった。


 腰に()いたベルトに、ホルダーに装着してゆれる四色の結晶(けっしょう)。そして彼女が今もたずさえている緋色(ひいろ)の石が先端にくっついた長杖ロッドがその証左(しょうさ)


 結晶は〈精霊(せいれい)〉を変化させたもの。

 緋色(ひいろ)の石は〈エーテル(せき)〉といい、錬金術師の能力(のうりょく)を位分けし、なおかつ〈プネウマ〉という大気中に存在する魔法性の触媒(しょくばい)粒子(りゅうし)と術者の意識を接続させるはたらきを持つ。

 錬金術師の変成イメージを受けたプネウマは、材料に作用し、術師の力量に見合った完成度でもって、物体や物質をつくりだす。


 こうした一連の工程を経て物を生みだしたり分解する技術を、この世界では〈錬金術〉と呼んでいた。


 エチカの持っているロッドの石の色は赤。小夜子(さよこ)も錬金術は使えるが、石の色は白色だった。〈(アルベド)〉と呼ばれる、初心者に()()えたていどのクラスである。


 そんな二人(ふたり)錬金術師(れんきんじゅつし)は、午前九時の暑いなか、薬草の採取(さいしゅ)()ねて、庭の(くさ)むしりをしていた。


「あーあ。せっかくの〈ヤッソ(そう)〉をへし折っちゃって。状態がよけりゃあ、それをかじるだけで解毒げどく薬になるのに」


「外に()えてたものをそのままかじるなんてどうかしてます」


「冒険者はやってくれるのよ。と言いたいとこだけど、最近じゃあめったにそんなヤツもお目にかけなくなったって聞くのよねえ」


 エチカは(かた)にかかっていた長い髪をうしろに(はら)いのけた。

 小夜子(さよこ)の元にやってきて、少女の(にぎ)りしめているちぎれた〈ヤッソ(そう)〉に(つえ)をあてる。


「ほいっ」


 ボボン!


 広口ひろくちビンにおさまった、茶色い粉薬(こなぐすり)が、エチカの錬金術によって生成(せいせい)される。


「うわっ、(くさ)そうな色」


「見た目ほどにおわないわよ。()っこがくっついたままなら、加工すれば神経性の(やまい)に効く特効薬の材料にもなるんだけど。B級品ははB級品で解熱剤になるのよ」


「へー」


 小夜子(さよこ)は聞きながした。


 一面(いちめん)ボウボウと雑草(ざっそう)()いしげる家の庭をながめる。


 家――と言ってもエチカの家(一階いっかいが雑貨屋になっている)で、小夜子は居候(いそうろう)の身だが。


「ねえエチカ」


「なにサヨコ」


「これ、人力(じんりき)でやる理由ってあるんですか?」


 『これ』とは、(くさ)むしりのことである。


 先ほど全長二十(にじゅっ)センチほどの野草(やそう)〈ヤッソ(そう)〉を思いっきりひきちぎったひょうしにうしろに(ころ)び、したたかに(いた)めた腰をさすり、よろよろと立ちあがりつつ、小夜子はうらみがましくあたりを()めまわしていた。


 エチカがゆたかな胸の前に作業用グローブをつけた手を組んで、


「ないわね」

 キッパリと言った。


「じゃあラクしましょうよ! 錬金術でポポポーンって、ぜんぶお(くすり)に変えてかたづけっちまいましょう!」


「と言っても、煮出(にだ)したり日干しにしたりしてやっと効果を引き出せるものもあるのよね」


「そうした工程(こうてい)だって、エチカならムシできるんでしょう?」


 小夜子(さよこ)はあっけらかんと言った。いかんせんエチカは天才なのだ。


 〈錬金術(れんきんじゅつ)〉についてはまだ分からないことが多い小夜子だが、エチカがかなり高いポテンシャルの()(ぬし)であり、それを活用する(すべ)を知っている英才(えいさい)であることは理解している。


 エチカが「うーん」とこめかみを押さえた。


「買いかぶってくれるのは(うれ)しいんだけどさ。この早熟(そうじゅく)の大天才錬金術師(れんきんじゅつし)エチカ(さま)(ちから)をもってしても、錬金術で作れない物はあったりするのよね」


「そうなんですか? 何が作れないんですか?」


梅干(うめぼ)し」


 エチカは即答(そくとう)した。


 小夜子は「そっか」と思った。


「んでも、(くさ)むしりはなんとかできるでしょう? サラマンダーに火でも吹いてもらって、一瞬(いっしゅん)で焼け野原(のはら)にしてもらうとか」


「あんた他人(ひと)()だと思ってテキトウなこと言ってるでしょ」


他人(たにん)の家だからこそできることってありますよね」


 渋面じゅうめん(うめ)くエチカに、小夜子は(わる)びれるふうなく言った。


「とはいえ、朝っぱらからクソ(あつ)いし……。しょーがない。今回もあいつにまかせちゃうか」


(今回()?)

 小夜子は眉間(みけん)(しわ)を寄せた。


「今までは庭の(くさ)むしりをしてこなかったってことですか?」


「そうよ」


「草むしりしてなかったのに、(そと)で毎回食事(しょくじ)ができるていどにキレイな状態にできてたってことですか?」


「その(とお)りよ」


「じゃあ、わたしがさっきまで草むしりしてた理由ってなんなんですか? 最初っから『あいつ』とやらにまかせてれば、わたしはこんなにツライ思いせずに()んだわけですよね」


「そうね。まー、最近フィールドワークに出てないあんたに、薬草(やくそう)取りの腕がなまらないよう訓練つけてやるってもくろみはあったんだけど」


「大きなお世話(せわ)ですよお!」


 小夜子(さよこ)はダッと()み込んでエチカに飛び()りを(はな)った。


 突き出された白い(あし)を赤い石のロッドでからめ取り、エチカが小夜子(さよこ)を背中から地面に(たた)き落とす。


「フッ。攻撃のタイミングさえ(つか)めればこっちのもんね」


「カッコつけてないで、はやく『あいつ』とやらに雑草(ざっそう)処理を押しつけにいきましょうよ。どーせ王様(おうさま)でしょう。それともその弟かな」


「あんた王族をなんだと思ってんのよ」


 起きあがる小夜子に指摘(してき)()れつつも、この国の王家は雑用(ざつよう)担当の気色(きしょく)が強いことに気付いて、エチカは(くち)を閉ざした。もっとも、雑用(がかり)についてはエチカも他人(ヒト)のことを言えないが。


「じゃ、サヨコ。やつを呼び出すからそこ退()いて」


「はあ……。呼び出すって?」


 小夜子(さよこ)はおとなしく庭の(すみ)っこ――二階(にかい)建て家屋(かおく)軒下(のきした)に逃げ込んだ。


 エチカがベルトのホルダーから、黄色い弾丸(だんがん)状の宝石を(はず)す。手袋越()しに、軽く(にぎ)り込む。


「来たれコーボルト。大地を(かつ)ぐ、(いわお)の番犬」


 結晶が(はじ)けた。


 金色の光が(あふ)れ出し、瞬時に形を()す。庭の中央に跳躍(ちょうやく)する。


 (きん)の光が仔細(しさい)輪郭(りんかく)を取って、実体化した。


 (いぬ)だ。


柴犬(しばけん)だ)


 黒い毛に(おお)われた(あい)らしい成犬をながめて、小夜子は思った。


 犬には(みっ)つの()があった。それさえなければ、その辺にいる()(いぬ)と同じだと言えた。


「この子は……」


「精霊よ。地の精霊、コーボルト」


 小夜子のつぶやきに、エチカはカンタンに紹介した。


 (いぬ)がエチカに()け寄る。尻尾(しっぽ)を振っている。


「わんわん!」


(あ……フツーに鳴き声なんだ……)


 精霊(せいれい)は人間の言葉を話すと決め込んでいた小夜子(さよこ)は、ガッカリするやらホッとするやら、フクザツな気持ちだった。


「よーしよしよし、コーボルト。元気そうね」


 エチカはしゃがみ込み、寄ってきた犬――コーボルトの頭や(あご)やらを()でた。


「さっそくで悪いんだけど、庭の整地(せいち)をしてくれるかしら。有用な野草(やそう)は分けて、いらないのはゴミ(ぶくろ)にまとめて()しいんだけど」


「あおん!」


 コーボルトは鳴いた。

 まかせろ! と言っているように小夜子には聞こえた。


 コーボルトが庭に向き直る。

 遠吠とおぼえするように――むしろ歌うように、黒毛くろげいぬは天をあおいで声をあげた。


 コーボルトの全身が光りかがやく。


 光のリングがコーボルトを中心に拡大かくだいされ、庭を、建物をみ込んだ。


 一際(ひときわ)まばゆく(かがや)く。

 景色(けしき)白一色(いっしょく)につつまれた。


 小夜子(さよこ)は目を閉じた。


 光がおさまる。色彩(しきさい)がもどってくる。


 目をあけると、視界がチカチカした。


 徐々(じょじょ)に目が()れていく。


 (みどり)の庭だった。


 (へい)の足元に、透明の大きなビニール袋がポン、ポン、と(ふた)つ打ち捨てられている。中には(こま)かくきざまれた雑草(ざっそう)(たぐい)がしき詰められている。


 エチカの足元には、大きな籐編(とうあ)みのバスケットがあった。パッと見では雑草ざっそうと区別がつかない、小さな花をつけた植物や、くさにしか見えない植物などが、種類ごとにたばねてまれている。


「やったで! ワンワン!」


 コーボルトがエチカに向かって言った。えた。


「あ……やっぱりしゃべれるんですね」


 小夜子さよこがガッカリするやらホッとするやら、胸をなで下ろした。


 コーボルトは小夜子を見た。愛嬌あいきょうたっぷりだった顔を、へッとゆがませて。


「あったりまえやろ。ワシャ精霊せいれいの中でも上位のひとつ、地の精霊様やぞ。そこらへんのイヌッコロと一緒いっしょにすんなや」


「ご……ごめんなさい……」


 なんとなく言い返す気が起きず、小夜子はあやまった。

 エチカがコーボルトの頭をポンポンなでる。


「ご苦労さまコーボルト。もうやすんでていいわよ」


「えーっ、イヤやー。ワシもっとシャバの空気()いたいわあー」


「そりゃお気の毒さまで」


 エチカはコーボルトの頭に手をせたまま、ねんを込めた。


 黒いいぬが金色の光につつまれる。


 あっと小夜子さよこが声を上げた。犬は弾丸だんがん状の結晶けっしょう体に変化し、エチカのてのひらにおさまった。


「……地の精霊――コーボルトって、あんな感じなんですね」


「そうね」


「もうちょっとそとで遊ばせてからでもよかったのでは?」


「ダメよ。あいつ、グラマーな女の子見かけたら手当たり次第しだい飛びつくもの。ひっぺがす大変なんだから」


「そうですか」


「『どうりで自分にはそっけなかったワケだ』とサヨコは思ったのだった」


「勝手なナレーション()れないでください」


 小夜子さよこはニヤニヤ笑うエチカをにらみつけた。


 すっかりキレイになった庭を一望いちぼうする。

 ひざほどまであった草が、プロにり込まれたように、靴をくすぐるていどの高さに切り(そろ)えられていた。


「んじゃ、庭の手入ていれも終わったし、テーブル出して茶でも飲みましょうか」


「やったあ! もうつかれておなかペコペコですよー」


「サヨコ」

 エチカは諸手もろてをあげて快哉かいさいをさけぶ少女に言った。


「あんたが用意するのよ」


「はー!? イヤに決まってるじゃないですか。――そうだっ」


 小夜子はパチンと指をった。

 軍手ぐんての上からだったので、スカッとしか鳴らなかった。


「他の精霊せいれいにやってもらいましょうよ。わたし、エチカが持ってる全員と会ってみたいんです。サラマンダーとコーボルトは見たから――あとは……」


「ジールフェは? 見たことくらいあるんじゃないの? 風の精霊なんだけど」


「ないですよ。でも、そのジールフェとやらを呼んでみましょう。そしたらさっきみたいにチャチャッと――」


「イヤよ」


 エチカは言った。


 キッパリした語気ごきに、反論を許さぬ気迫を感じ、


「わ……分かりました……」


 小夜子さよこは庭から台所にひっこんだ。


 屋外おくがい用のテーブルセットと充電じゅうでん扇風機(せんぷうき)を出して、錬金術れんきんじゅつ茶菓子ちゃがしをつくって、アイスティーを入れたサーバーと共に庭へはこんで座ったら、あせだくになってしまった。


「ちゃんと給料は出すからさ」


 すずしい風にあおられて、やすみがてら待っていただけのエチカは、うらみがましい目をむけてくる小夜子さよこに言った。


 小夜子は今年の初夏しょかにエチカの雑貨ざっか屋にやとわれた、住み込みのアルバイトだ。(現在は夏の長期休暇(きゅうか)中なので、ほとんどただの居候いそうろうだが)


 小夜子はエチカの性格から、人を雇うなんてマネはしない、一人ひとりで店をやってるほうが気楽きらくだろうし、収入しゅうにゅうも多かったのでは? と考えることもあったのだが。


(エチカ、精霊せいれいを出すのがイヤになって、バイトを募集ぼしゅうしたのかもしれない)


 小夜子はそう思った。


 キレイになった庭で飲むアイスティーは、まあそこそこおいしかった。






 

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