表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フィーロゾーフィア  作者: とり
第46話 閻魔(えんま)について
94/137

閻魔について-②

 


   ◇


 広場の木陰こかげ二人ふたりはベンチに座っていた。

 小夜子さよことカナタである。

 〈閻魔えんま大王〉を名乗るオカッパの少女――カナタのことだが――を横目よこめに、小夜子はどうすべきか考えていた。


(とりあえずもらったアイスは返したほうがいいのかしら)


 死者の魂を天国()きか地獄じごく逝きかに分ける審判しんぱんである。あまりうかつな態度たいどはとれない。


「あのー、カナタさん、これを」


 小夜子は半分ほど食べたアイスをカナタに差し出した。

 カナタはあきれたいきをつく。黒い目を半眼にする。


「そのベチョベチョのべかけをえと?」


「だって、じゃないと地獄じごくとすぞって話をしようとしてたんでしょ?」


「こんなくだらないことで地獄にはけませんよ。もっとも、何事なにごとにも限度というものがあるので、そのへんはわきまえて欲しいものですが」


「あと十回くらいしかしないと思うので許してください」


「今回だけにしときなさい」


 カナタは自分のこめかみに人差し指を当てて頭痛をこらえた。


 小夜子さよこは、自分より三つほどしか違わなさそうな――カナタのほうが年上だ。多分――少女からアイスを引っ込める。

 遠慮えんりょなくバクバク食べてしまう。


 カナタが言った。

 小夜子さよこさんにお話ししたいことというのは、死後の裁量さいりょうについてではありません」


「じゃあなんですか?」


「元の世界の……あなたがかつて住んでいた、『日本にほん』に居るご家族についてです」


「知ったこっちゃないですよ。わたしはこの世界で生きていくって決めているんですから」


 ツーンと小夜子はそっぽを向いた。

 家族ったって、小夜子をかわいがってくれていた祖父母そふぼは小夜子が小学生の時にくなっているし、のこしてきた者といえばなにかとくちうるさい母親だけだ。


 カナタもその辺の事情はよく知っているらしい。ツンケンする理由は訊かず、妹をたしなめる姉のような口調くちょうで、しかし自分の要求は変えなかった。


「まあ聞くだけでも。こちらもそれが仕事なので」


「仕事って」


「別の世界からこの〈ユックリッド〉世界に来た人に、元の世界の情報……正確には、残してきたしたしい人のようすを伝え、意志を確認するということです。あなたのいた『日本にほん』も、私の管轄かんかつなのですが、世界をまたぐとなると、裁定さいていの基準が変わりますのでね。ここいらで正式に移住の手続きをやってしまいたいというわけです」


 裁定――善悪の基準のことだろうと小夜子さよこは理解した。


 カナタは続ける。

「安心していただきたいのは、前の世界での功罪こうざいもきちんとされたうえで、この世界でのおこないをはかりにかけていくということです。それとも、繰り越しはあなたにとって不都合なことでしょうか?」


「全然。だいたい、わたしが『不都合です』と言ったところで、変わらないシステムなんでしょう?」


「分かっていただけているようでうれしいです」


 カナタは笑って、手袋をつけた右手をちゅうに差し出した。ポウ、とあわく光って、空中から一冊いっさつのノートが出てくる。


 カナタは黒い表紙の帳面ちょうめんを開けて、パラパラめくった。


「それで、あなたの母親のことですが」


「どーせわたしがいなくなったって、どうも思っていませんよ。せーせーしたんじゃないですか? ちなみにわたしは母からはなれられてせーせーしてます」


「あなたの捜索願そうさくねがいが出ています。警察に」


 小夜子さよこ片眉かたまゆがピクリとふるえた。だからと言って、カナタのほうをまじまじ見たりはしなかったが。

 カナタも小夜子さよこのほうは見なかった。

 ノートの記録をながめている。


「ユックリッドではまだ半年もっていませんが、『日本にほん』では、あなたがいなくなってからすで一年いちねんが経過しています。あなたの母親は、いつ一人娘ひとりむすめが帰ってきてもいいように、あなたの部屋を毎日掃除(そうじ)しているみたいですが」


 パタンとカナタはノートを閉じた。小夜子に確認する。


「小夜子さんは帰る気は無い、と?」


「無いです」


 小夜子はキッパリ言った。

 それでも、母親が自分を心配しているというのは、少なからずショックだった。


 閻魔えんまのほうを向く。

「あの、カナタさん――閻魔大王であるあなたのほうから、母に伝えることはできませんか。わたしは別の世界で元気にやっていて、心配はいらないって。わたしにはもう構わないでって」


「多くの死者が、私や死神たちにあなたと似た願いを持ちます。しかしその全員の気持ちをかなえる能力のうりょくが無い以上、私は誰一人だれひとりとして、特別に夢枕ゆめまくらに立ってやるつもりも、本人の魂を立たせてやる気もありません」


「ケチですね。そんなの閻魔えんまさまたちの都合つごうじゃないですか。人手ひとでを増やせばなんとかなるでしょう?」


「人手については善処ぜんしょしているつもりですがね。まあ、早急さっきゅうに解決しなければならない事案として、あらためて取り組んでいくこととしましょう。……というか、心配させたくないのなら、帰ればいいのでは?」


いやです」


 プイッとまたあさってのほうがくを向いた小夜子に、カナタは嘆息たんそくした。


 ノートを、出現させた時と同じように、パッと消す。


「では、私の話はこれでしまいです。手続きは今日中にませてしまうので、そのつもりで」


 カナタはベンチから立ち上がり、軽く地面をった。

 跳躍ちょうやくした身体が、フワリとちゅうに浮かび上がる。

 道士どうし服の赤いすそが、風を受けてはためいた。


「あのっ」


 小夜子さよこそらに飛んでいくカナタの背中に声をかけた。

 カナタが止まる。


「どうかしましたか?」


 小夜子はカナタにいた。気づいたらベンチから立ち上がっていた。


「……母が、わたしのことを大事におもってくれているというのは分かりました。でも……なのにこの世界で――よその世界で楽しく生きていこうととどまるのは、『つみ』になるんでしょうか?」


 肩越かたごしに小夜子を見つめていたカナタは、フッとくちはしをゆるめた。

 少女の質問に答える。


「いいえ」









 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ