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フィーロゾーフィア  作者: とり
第46話 閻魔(えんま)について
93/137

閻魔について-①

 



 ――あの時、チョキを出していなければ。



 彼女は後悔こうかいしていた。

 白い手袋てぶくろをつけた手を、時折グーやパーにしている。


 オカッパにした黒い髪に、紫苑しおんのヘアバンドをつけた少女だった。

 背は低くはない。だが身につけた、赤を基調とした『制服』は彼女にとって大き目で、ぶかぶかのそでやあまったズボンのぬのきれが、必要以上に彼女を小さく見せていた。


 よく晴れた、夏の午後だった。


 ある人物をたずねる予定の彼女のもとに、大きな声が届いてくる。


「バニラアイス、本日最後の一本(いっぽん)だよ! 買わなきゃそんだよー!」


 フィーロゾーフィア市の街路がいろ内にある小さな広場である。

 オカッパの彼女はつま先の向きをくるりと変えて、アイス屋の屋台やたい――ワゴンに突進した。


「ください。いくらですか?」


「まいどっ。二〇〇(にひゃく)グロリスだよ」


 オカッパの少女はふところからガマぐち財布さいふを取り出した。中には()()のお金が何種類かあって、まちがえないようにグロリス硬貨こうかを選別する。


(ここって『えん』じゃないのよね)


 職業(がら)いろんな世界をまたぎ、視察に行くのだが、飲食や宿泊でお金を使う時には苦労する。そもそも持っている財布が古式こしきゆかしいガマぐちだけというのも問題なのだろうが。


 少女はアイスクリーム屋の青年にお金を渡した。えにバニラのアイスを受け取る。


 じー。


 あつい視線を横から感じた。

 アイスにそそがれている。


「……こんにちは」


 オカッパの少女はアイサツをした。

 アイスを見つめているのは小夜子さよこだ。長い黒髪に黒目の、カチューシャにワンピース姿の十四歳の少女。


 口元くちもとに人差し指を押し当てて、いかにももの欲しそうだった。


 ジトッとした視線が、アイス屋の青年のほうを向く。

 青年もなにか察したらしい。


「ご、ごめんね。バニラは今ので売り切れなんだ。……チョコとかシャーベットならあるけど」


「うー……今日はバニラの気分だったので……」


「そっかー。残念だったねえ……」


 気まずい笑顔で店の青年はあやまった。


 オカッパの少女はバニラアイスを小夜子に差し出した。

 これ以上善良な市民に気を遣わせるわけにもいかない。


「たいへんもの欲しそうな顔をしていますが――。いりますか?」


「えっ、いいんですか!?」

 と言った瞬間には小夜子の手にバニラアイスは渡っていた。


「ありがとうございます! あ、お代はちゃんとお渡ししますよ」

「けっこうです」


 オカッパの少女は手袋のついた片手をピッと立てて、小夜子とのあいだを遮蔽しゃへいした。


「その代わりと言ってはなんですが、あなたにお話がありましてね、それを聞いて欲しいんです。不知火しらぬい 小夜子さよこさん」


 小夜子はさっそくアイスにかぶりつこうとくちをあけたまま固まった。


 オカッパの少女がとなえた名の発音に、なつかしいアクセントを感じたからだ。


 彼女は今、小夜子がこの国の住人から呼ばれるような、「サヨコ」という発音ではなく、「小夜子さよこ」と呼んだ。


 つまり――漢字に精通しているような。


 小夜子はアイスを食べるのを中断した。

 夏の太陽で溶ける一方いっぽうのアイス球に、店の男が「ああ、コーンにたれちゃうよお」と心配そうな視線を送る。


 小夜子はいた。オカッパの、僧服そうふくの少女に。


「あなたが誰か、うかがってもいいですか?」


 僧服の少女は「これは失礼」と、カラになった両手のそでを合わせた。


「申し遅れました。私はカナタと申します。ここよりもう少しそらのほうの国で、魂の裁判官をやっていましてね」


「……というと」


閻魔えんま大王です」


 黒いオカッパの少女――カナタはニッコリと笑って自分の職業を告げた。


 小夜子さよこがあんぐりとくちをあけっぱなしにする。放心している。


「今日は、あなたにお伝えすることがありましてね、小夜子さん。約束ですので、キチンと聞いてもらいますよ」


 うっすらとした微笑びしょうを浮かべたまま、カナタは近くのベンチを指差した。




              つづく



 

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