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フィーロゾーフィア  作者: とり
第44話 このまえ読んだマンガについて
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このまえ読んだマンガについて

 



「おーい」


 エチカは古びた本屋で立ち読みをしている少年に声をかけた。


 エチカ――十八歳の、長い金髪に金目の女性である。まだ若いながら、錬金術で名をせるここ〈フィーロゾーフィア王国〉の指折に入る天才錬金術師である。


 本屋の軒先のきさきでマンガ雑誌ざっしを立ち読みしていた少年が振り返る。マグナだ。

 十二歳の少年で、ダークブラウンの髪を一房ひとふさに結っていた。長さはさほどなく、短い尻尾しっぽのように見える。


「エチカ、久しぶり」


 両目をおおう黒いサングラスのブリッジを押し上げて、少年――マグナは手を上げて応じる。


 パーカーにミニスカートのラフな格好でエチカは歩いてきた。腰に巻いたベルトには四柱よんちゅうの精霊を結晶化したキーホルダーを提げている。


「いつ帰ってきたのよマグナ。オーギュストのやつ、なーんも言ってなかったわよ」


「言うほどのことでもないからな」


「そうかしら? おみやげある?」


「ガキに言うセリフじゃないよな。……明日にでも持ってくよ」


 ページを開けたままマグナは嘆息たんそくした。

 エチカもたなからマンガ雑誌をひとつ取って、テントの影で読みふける。


 ミーンミン。

 晴れた町のそこかしこでセミの声が鳴っていた。


「あ、そうそう。サヨコってやつにこのまえ会ったよ。エチカが面倒みてるんだろ?」


一応いちおうねー」


「才能あんの? 錬金術の」


「まあね」


「そこそこ?」


「かなり」


「じゃなきゃ誰がなんと言ったって引き取らないよなあ、おまえは……」


 パコッ。

 マンガ雑誌のかどでエチカはマグナの頭をたたいた。


「あんたねー、もう少しこの大天才錬金術師のエチカさまに敬意ってもんを払ったらどうなの?」


「払ってるよ。心の中だけでだけど」


「便利な言いまわしよね」


 つまらなさそうに言って、エチカは「ん?」とマグナのうなじに気がついた。


 ハイネックのジャケットにハーフパンツ姿の少年の、尻尾しっぽみたいにくくったブラウンヘアを引っぱる。


「あんたかみのばしてんの?」


「うん」


 マグナはパッと顔を上げた。よくぞ聞いてくれたと言わんばかりの笑みだ。


「学校の友だちが貸してくれたマンガがおもしろくってさー。格闘かくとう系のラブコメなんだけど、主人公の髪型がみなんだよね」


「それ、かなり昔のタイトルじゃない?」


「うん。でもぜんぜん今でも通じるよ。で、主人公がつえーの。俺もそういう格闘技の使い手になりたいからさ、髪のばして三つ編みにしてみようってワケ」


「ヘアスタイル真似まねしたところで拳法けんぽうの達人にはならんでしょ」


「うるっせえなー。いいじゃん、まずは格好からだよ。つっても、道着どうぎとかは着るつもりないけど」


「あっそ。……もう何も言うまい」


 エチカはそっと読んでいたマンガを閉じてたなにもどした。

 中から店主のおじさんが出てきたのだ。


「くおらっ、クソガキども! 『立ち読み禁止』って書いてあんのが見えねえのか!」


 べしべしハタキで頭をたたかれて追っぱらわれる。


 マグナも雑誌ざっしを閉じて退散した。


「しょーがねー、駄菓子屋だがしやいくかあー」


「ムダ使いすんじゃないわよ。あんたの小遣こづかい、庶民しょみん血税けつぜいから出てるんだから」


「『チョロリチョコ』二個にこ買うのをムダ使いって言うなら、エチカの願いはかなえられそうもないぜ」


「……もう少しぜーたくしてもよさそうね。あんたの場合」


「いいじゃん、チョロリチョコ。安くておいしい」


 マグナは大通りの坂道を下りながら言った。

 エチカはそろそろ家に帰ろうと、のぼりの方角につまさきを向ける。


「あ――っと、マグナ」


「なに?」

 呼び止められて、マグナは振り向いた。


「サヨコには、素質があるって私が言ってたってこと、黙っときなさいよ」


「なんで? 言えばいいじゃん。よろこぶよ」


「そのまま調子チョーシに乗ってサボるサマがありありと思い浮かぶからよ」


「あー……」


 一度いちど路地裏でくだんの少女が勢いにまかせて無辜むこたみをツルハシを振りまわして追い駆けていたのを見たことがあるマグナとしては、エチカの心配を杞憂きゆうそしることはできない。


「ま、なるべく言わないようにするよ」


「たのんだわよ。あともうひとつ」


「まだあんのかよ」


 エチカはかたを落とすマグナにイヒッと笑った。


みにしたら見せに来なさいよ。そのサングラス取って」


「やだよ。俺の顔がどんなのか知ってるだろ」


「よーくね」


 エチカは過去に何度か見たマグナの顔を思い返しながら言った。


「でもいいじゃない。あんたのお気に入りのマンガの主人公、半分は格闘家の男だけど、もう半分はかわいい女の子なんだから」







 

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