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フィーロゾーフィア  作者: とり
第2話 バカじゃないことを証明せよ
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バカじゃないことを証明せよ-④

 




 エチカは少女――小夜子をつれて(しろ)()た。


 小夜子は無言(むごん)

 もう放心(ほうしん)はしていないが、ふてくされたように黙りこくっている。

 外見(がいけん)から十四、五歳くらいかと見積もっていたが、実際はもっと(おさな)いのかも知れない。

 まちがっても精神年齢は(ひく)そうだった。


 うつむいたままの小夜子をつれて、城下町に下りる。手持ち無沙汰(ぶさた)にポケットに手を入れると、少女の学生証が指先に()たった。


「そうそう、これを返すのをわすれてたわ」

 チャコールグレーの手帳を()()す。


 不承不承(ふしょうぶしょう)といったようすで小夜子は受け()った。

 それともおそるおそるだろうか。


 エチカは()く。


「ねえ、これなんて読むの? 不知火(ふちひ)――」

「しらぬい」


 思いのほか毅然(きぜん)とした返事(へんじ)だった。

 ただ(いか)りにまかせただけの口調だったのかもしれないが、いつまでもいじけられるよりかはマシだ。


不知火(しらぬい)です」

「そう、じゃあこっちは? しょう――」

「さよこです。不知火(しらぬい) 小夜子(さよこ)


 小夜子(さよこ)はしっかりと自分の名前を発音(はつおん)した。


 牢屋(ろうや)()れられ形見(かたみ)を壊され、その上(へん)なふうに呼ばれてはたまらないという一念(いちねん)でエチカにちゃんとした()みを(おし)えたのだ。


「どっちがあんた個人を差すの? シラヌイ? それともサヨコ?」

「サヨコです。シラヌイは苗字(みょうじ)

「わかったわ。(わたし)はエチカ、この国で(あきな)いをやってる錬金術師(れんきんじゅつし)よ」


 錬金術(れんきんじゅつ)?


 小首をかしげる小夜子(さよこ)の内心など知らぬまま、エチカは(はな)しつづけた。


「サヨコ、ちょっと上を見てみなさい……(そら)を」


 小夜子は上目遣(うわめづか)いにしか視線を()げなかった。

 自分(じぶん)たちのずっと頭上――青い空をエチカは指差して、小夜子(さよこ)がちゃんと高いところを向いたのを確認(かくにん)する。


「あなたの父親の形見(かたみ)を壊したのはわるかったわ、ごめんなさい。でもね、聞いてほしいことがあるの」


 小夜子にはエチカの言葉(ことば)がほとんど(はい)っていなかった。

 魅入(みい)るように、緑の石の()れをあおぎつづける。


「光の()っかがいっぱい」


「ええ、〈宇宙のとぐろ(スペースコイル)〉って言ってね、あなたが()っていた宝石――〈渡煌石(とこうせき)〉っていうんだけど、それとおなじ物体があつまってできた、概念(がいねん)結晶(けっしょう)(おび)よ」


「概念……結晶?」


 エチカはうなずく。


「この世界(せかい)にただよう知識や観念(かんねん)、そしてそのほかの世界にも存在しながら、私たちが知っているものとはちがうそれら。あの石の群体(ぐんたい)は、()世界(せかい)に存在する、そうした叡智(えいち)をこちら側にももたらしてくれる通路の能力(のうりょく)を持っているのよ。副次的に、他世界の人間とも音声によるコミュニケーションを可能(かのう)にしてくれる。だから〈翻訳(ほんやく)(おび)〉と呼んでいる(ひと)もいるわ」


「……お(ほし)さまみたい」


「星……そうね、その解釈(かいしゃく)でもかまわない」


 二人(ふたり)は光の帯を見上げつづけた。

 小夜子(さよこ)はこんなにも長く空をながめるのはひさしぶりだと思った。


「あのなかのどこかに、あなたが大事にしていた石はあるわ。なんの(なぐさ)めにもならないだろうけどさ、決して消えたりなくなったりしてしまったわけではないと、それだけは(つた)えておきたかったのよ」


 翻訳(ほんやく)(おび)を差していたエチカが手を下ろし、まえをいく。


 小夜子(さよこ)は彼女の背中に小走(こばし)りでついていった。

 いまは目のまえの女しかたよるべき相手(あいて)はいないのだ。


「わたし、これからどうなるんですか?」


安心(あんしん)なさいよ、帰る(すべ)はあるわ。とはいえちょっと時間が必要(ひつよう)でね。すこしのあいだ、あなたには私の店ではたらいてもらうわよ。()みこみでね」


(は?)


 小夜子は足を()めた。

 エチカの言葉を反芻(はんすう)して、


(はああああ!?)


 黒い()を見ひらいて女のうしろすがたを観察(かんさつ)する。

 長い金髪のてっぺんから、ロングブーツを()いた足の(さき)っぽまで。

 外見(がいけん)から相手を判断(はんだん)する。

 (おも)いっきり見た目で判断する。


(このわたしが……こっ、こんな頭のなかみのかるそーなあほ(づら)さらした女のもとで下働きさせられるってことですか!? そんなのぜったいにこき使われるに決まってる! アゴで使われてひーひー言うまで力仕事(ちからしごと)とかさせられて……ってゆーかなに? この女こんな若くで店もってるって――あ、自分の店じゃなくってどっかの企業(きぎょう)が運営している店舗(てんぽ)(ひと)つをまかされてるとか? 飲食店かアパレル関係か――なんにしてもわたしみたいな人見知りに接客(せっきゃく)とか(かお)()すような仕事はむり! だいたいわたし大人(おとな)になったら実家の財産(ざいさん)()いつぶしながら労働なんて無関係の無職(むしょく)でのんべりだらだら()きていくつもりだったのに!)


 だっ!


 小夜子(さよこ)は走り()した。

 あらぬ方角(ほうがく)に向かっていく。


「あっ、こら!!」


 エチカが追いかけてくる。

 民家(みんか)のあいだから大通(おおどお)りの坂道に出て、小夜子はそれが(いっ)本道(ぽんみち)なのに()づいた。


()げようったって無駄よ、こう見えて体力(たいりょく)には自信があるんだから!」


(ふん、このままあなたとまともに追いかけっこなんてつづける気はありませんよお!)


 一本道(いっぽんみち)勾配(こうばい)がつづく町の構造から、落下防止の(さく)の下には下層のストリートがあると小夜子(さよこ)予測(よそく)した。

 もしくは建物の屋上(おくじょう)に出るのかもしれないが、なにもないということはないだろう。という希望的観測でつぎに自分が取る行動を決定(けってい)する。


 (さく)手摺(てす)りに両手をかけて、小夜子はひょいっと飛びおりた。

 着地(ちゃくち)がへたなら骨の(ひと)つも折るだろうが、こちらも身体能力(のうりょく)には自信がある――


「ばかっ! ()ちなさいそっちは――」


「ふーんっ、待てって言われて待つばかはいませんよーだっ!」


 空中(くうちゅう)に飛びあがった姿勢(しせい)のまま、小夜子(さよこ)はいたちの最後(さいご)()よろしくベーっとエチカに(した)をだした。

 進行方向(しんこうほうこう)に視線をもどす。


 地面(じめん)がない。

 大地(だいち)がない。


 まっしろな雲。


 地上(ちじょう)から上がってきた水蒸気(すいじょうき)(かたまり)が、落下に(ともな)う速度の上昇によって思いのほか速く速く(せま)ってくる。


「うっそお!?」


 エチカと小夜子はおなじ言葉(ことば)を同時に(さけ)んだ。


 ――ぼん!


 浮島(うきしま)の基部を支える雲間(くもま)小夜子(さよこ)の身体が()える。


「サヨコ!」


 エチカは手摺(てす)りに身を()りだした。


 少女のすがたはもう見えない。


 ここからではきれいに濾過(ろか)された蒸気のあつまりしか(おが)めないが、数メートルも落ちれば気圧のつごうで滞留(たいりゅう)している地上からの〈(どく)〉がある。


 ざわざわとストリートにいた人たちがあつまってくる。


「おいなんだ自殺か?」

「あったかくなると出てくるねえ」

「まだ子供(こども)って感じだったけど、きっと(つら)いことがあったんだろうな」


 くちぐちに憶測(おくそく)を立てる野次馬(やじうま)たちを追いはらうのもまどろっこしく、エチカは腰のベルトに引っかけていたリング(じょう)のホルダーを(つか)んだ。


 ぶらさげていた弾丸(だんがん)状の(かざ)りの(ひと)つ――銀色の結晶を(はず)して(にぎ)りしめる。


()でよ風精霊(ジールフェ)! 蒼穹(そうきゅう)を駆ける自由の稚児(ちご)!!」


 ぼうっ。

 (たま)から幼子(おさなご)の影がほとばしり、透明な翼となってエチカの背中に憑依(ひょうい)した。


 どん!


 突風(とっぷう)となったエチカが鉄柵(てっさく)の外に()()す。


 周囲(しゅうい)にいた人々は衝撃波(しょうげきは)を受けてよろめき、道路から舞いあがる(すな)(ぼこり)に目を()じて――


 つぎに()()けた時には、錬金術師(れんきんじゅつし)の女はいなくなっていた。





 

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