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フィーロゾーフィア  作者: とり
第41話 アリについて
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アリについて

 


 朝、小夜子さよこは固まった。


 毒の雲の上の王国、フィーロゾーフィアの王都である。

 町の大通りを歩いている時に、その悲劇は起こった。


 小夜子は十四歳の少女である。

 長いストレートロングの髪に、愛らしく大きな黒い瞳。

 小柄で華奢きゃしゃな身体に夏用のワンピースを着けて、いかにも育ちのいいおじょうさんといった風采ふうさいである。


 前髪を留めていたカチューシャには、火の精霊サラマンダーが、そこが定位置というように、チョコナンと鎮座ちんざしている。


 赤い小さなトカゲのナリをしているが、頼れるボディーガード――のはずだ。

 きっと。

 多分。


 立ちつくす小夜子の前には黒い小さな虫がれつを成して歩いていた。


 アリだ。


 にっくき人類の敵だ。


 朝ごはんを探すためか、よいしょ、よいしょといった感じで、何匹も何十匹も、ぞろぞろ一列いちれつになって石畳いしだたみを歩いている。


 そのあんまりにも恐ろしい光景に、小夜子は立ちつくしているのだった。


 無理もない。


(ど……どうしようっ。どうしよう……)


 水をかける。

 地面に穴をあける。

 焼き殺す。


 色々手段は思い浮かぶが、うかつなことに錬金術師の杖を家に置いてきてしまった。


 あれさえあれば、マッチの火から火柱をつくることも、硬い舗装路ほそうろを分断させることも、花壇かだんから大量の水を抽出ちゅうしゅつさせることも可能なのに。


 腹立たしいことに、杖を持っているときは、やつらは出てこないのだ。


(もうダメだ……おしまいだっ)


 サラマンダーはこういうとき決まって火を吹かない。高みの見物ときている。


 一緒いっしょに外で朝ごはんを食べるため、共に家を出たエチカは錬金術師の杖を持っているが、薄情なことにシラけた半眼で、おびえる小夜子を見下ろしている。


 エチカは凄腕の錬金術師だ。


 長い金髪に、細いヘアピンで大きくき分けた前髪。

 気丈きじょうに整った顔立ちに、ノースリーブとミニスカがよく似合う、しなやかな肢体したい


 十八歳という若さと、ハデな見た目とで学者には見えないが、そのじつ国王や城の学士も一目いちもくおく才媛さいえんなのである。


「あのさあサヨコ」

 エチカは半眼のまま小夜子に言った。


「毎回毎回おんなじとこでこおりついてるけど、あんたきないの?」


「だって気持ちわるいんですもん! わたしダメなんですよ、こういう主体性のない行動の連続と集合って」


 元の世界(日本にほん)にいたときも、小夜子は小学生の集団登校や、中学生が同じ時間帯に学校のある方角に向かってゾロゾロ歩いていくのを見てき気をおぼえたことがあった。


 彼らを焼きはらったりうしろから刺してまわるのは法的に許されないが、アリならそんなこともなかろう。


 エチカもサラマンダーも、どうして虫さんを駆逐くちくしてくれないんだろう。


 メソメソ悲しい気持ちになっていると、アリの列よりも先にいたエチカが戻ってきた。


「ひとまたぎすりゃいいだけの話でしょーが」


「またぐのも恐いんですよーっ。まちがってプチッてみつぶしたらイヤじゃないですか――ああっ!?」


 グイッと首根くびねっこをつかまれる。

 小夜子のシューズの先が、地面から十センチ近く浮く。


 ――ストン。


 前方に着地する。

 アリの行列は、もううしろにあった。


「これで進めるわね。さっさと喫茶店きっさてん行って、ごはん食べるわよ」


「まったく、朝っぱらからこのわたしをわずらわせるなんて、悪いアリたちですねっ!」


「…………」


 こうして小夜子は今日も大いなる障害をのりこえた。

 そして


「ちっちゃい子じゃあるまいし、いいかげん一人ひとりでアリンコくらいけれるようになりなさいよ。たのむから」


「はい……」


 ふるえるコメカミを人差し指で押さえてうめくエチカに、冷静になった小夜子は心の底からうなずいた。





 

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