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フィーロゾーフィア  作者: とり
第38話 路地裏で困っている人を助けるについて
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路地裏で困っている人を助けるについて

 


「きゃー!」

 フィーロゾーフィア市の裏路地を、黄色い悲鳴がつらぬく。


 夕暮れの王都。オレンジ色の光が届かぬ暗い隘路(あいろ)に、一人(ひとり)の男と一人(ひとり)の女がいた。

 女は走っている。男も走っている。


「やめっ――! 助けっ……」

 助けてー!

 と悲鳴はつづいた。


 追われる者と。追う者と。

 追う(がわ)凶刃(きょうじん)が、追われる者の背を(とら)えようと、黒い矛先(ほこさき)を伸ばす。


「やめろー!」

 空から(ひと)つの影が飛び下りた。


 エアボード――空飛ぶ、スケートボードのような乗り物だ――から、地上へと跳躍(ちょうやく)する若者。


 ズダン!

 ハーフパンツから()き出しのヒザを()げて、着地の衝撃(しょうげき)をやわらげた彼は、まだ少年――十代の前半ほどだ。


 半袖(はんそで)にベスト、顔には飛行/走行用のゴーグルをつけている。

 銀色のフレームが、キラリと夕日の残滓(ざんし)を跳ね返す。


 ブウン!


 振られた凶刃――ツルハシの先っぽを、彼は驚異的な瞬発(りょく)で、白羽取(しらはど)りした。とはいえ相当な緊張を要した。ツーッと(ひたい)から汗がながれる。グローブがなかったら、こんな強行には出なかっただろう。


「なにするんですか、この不届ふとどき者お!」

 ツルハシを少年にたたきつけた姿勢のまま、女――というか少女――は(わめ)く。


 長い黒髪に黒い両目、モノトーンのブラウスとスカートをつけた、『良い所のお(じょう)さん』な格好の女の子である。

 歳は十四。胸にはペンダント、頭には白いカチューシャをつけ、中央のリボン(かざ)りの上に、チョコンと赤いトカゲが()っている。

 ミニチュアのおもちゃのようにも見えるこのトカゲは、〈サラマンダー〉。火の精霊だ。

 本来の持ち主(飼い主?)は、この少女ではない。だが最近は少女が出かけるたびに、サラマンダーはよちよちといてきた。いっちょうまえに、護衛(ガーディアン)のつもりだろうか。


 少女の名前は小夜子(さよこ)といった。

 どんな人間か、一言(ひとこと)で説明をするのはむずかしい。


 つとめて簡潔(かんけつ)に伝えるなら、路地裏で声を掛けてきた一人(ひとり)の男に、そのに打ち捨ててあったツルハシを取りあげて()りかかり、あわてて逃げ出した相手を「天誅(てんちゅう)!」の名のもとにし殺すべく追いまわすような人物だ。

 よくかんがえたらただの危険人物だ。


「たっ、助けて! 助けてくれえ!」

 男――小夜子さよこに追い駆けられていた男は、ゴーグルの少年のうしろにまわりこんだ。


 少年の身長は、背後はいごの男よりも低い。

 それもそのはずで、男は二十にじゅう代の後半ほど。(あさ)のシャツにジーンズをまとった体格はガッシリときたえられ、ともすれば休憩きゅうけい中の炭鉱夫のようにも見えた。


 少年は、受け止めていたツルハシを両手で押しのける。(そら)から下りてきたエアボードをつかまえ、(わき)にかかえて、小夜子に話しかける。


「おちつけよ。『不届ふとどき者』ってキミは言うけどさ、客観的に見て、キミのほうよっぽど不審者ふしんしゃだぜ」


「失礼な! これは正当防衛(ぼうえい)です! 路地裏ろじうらでこんな可憐(かれん)な美少女に声をかける悪漢に、わたしのような美少女は武器を振りまわしていいことになっているんです! なぜならか弱いから!」


「えらくふてぶてしいこと言ってる気はするけど……。まあ、キミが可愛(かわい)いってのと、キミの暴力(ぼうりょく)には相応(そうおう)の理由があるってのは分かった」


「ごっ、ゴカイだ! オレはなんにもしちゃいねえ!」


 筋肉男が(ツバ)を飛ばして身の潔白(けっぱく)をうったえる。

 少年は、うしろで尻尾しっぽのようにたばねたダークブラウンの短い髪と同色の、ほそいまゆを片方()げて、男の意見を聞いた。


「オレは商都〈マッカーリモ〉に出稼(でかせ)ぎに行ってて、今日、仕事でたまたま王都(こっち)に戻ってきたんだ。で、ずっと会えてなかったカノジョを驚かせようと、家に行こうとしたんだよ。……近道を使って。けど、よその町で暮らしてるあいだに、土地(かん)をなくしたみたいでよ。道にまよったんだ。それで、大通りに戻るために、たまたまとおりがかったそこの(じょう)ちゃんに道を聞こうとしたんだ。するといきなりツルハシで攻撃されて……」


 目尻めじりに涙をめて説明する男に、少年はぼうぜんと(くち)をあけ、小夜子はえっへんと胸を()らす。


「とーぜんの反応です。おじさんみたいなムッキムキでスキンヘッドでダミごえの大男は悪いヒトだって、むかしっから決まっているんです(←偏見へんけん)。なのでおとなしくお(なわ)についてください! でなければ正当防衛の名の下に、今すぐ物言わぬ(むくろ)になって下さい、おねがいします!」


「しっ、死にたくねえ! 懇切こんせつていねいにたのまれても死にたくねえ! なあ、ボウズ、助けてくれよ! もうずっと追い回されててっ……! このままじゃ、カノジョに見つかったときにゴカイされちまうよ!」


「おじさんが心配するのはもっと別のことなのでは?」


 少女も少女なら、うしろの男も男な気がして、少年はコメカミに指をあてた。


「わかった。おじさん、大通りに戻りたいなら、そこのアーチをくぐって右に()がって。靴屋(くつや)のカンバンがあるから、そこを目指してずっと直進。ぜったいに脇道(わきみち)に入るなよ」


「ありがてえ! 感謝するぜボウズ! あとオレはまだ二十六(にじゅうろく)歳だ!!」


 言外(げんがい)に「お兄さんと呼べ」アピールしながら、男は少年の指差す方角へと駆けていった。


「あっ! あーあ。あんな悪者を野放(のばな)しにするなんて……」


「道にまよっただけって言ってただろ」

 いまだにツルハシを離さず、石畳(いしだたみ)につけた格好で落胆(らくたん)する少女に、少年はなるべく平静をたもってかえす。


「って、あれ? ひょっとしてキミ、サヨコ? サヨコ・シラヌイ?」


 ゴーグルの奥から、少年はまじまじと小夜子(さよこ)(なが)めた。


 小夜子の本名は『不知火(しらぬい) 小夜子(さよこ)』という。これは彼女の故郷――こことは別の世界にある、『日本(にほん)』という国――での表記だが、フィーロゾーフィア王国に住むとなったときに、こちらの国に合わせて『サヨコ・シラヌイ』の表記で住民登録した。


 すなおに「はい」と答えるか、しらばっくれるか。

 小夜子はどう返事したものかまよった。


 少年の正体は不明なのだ。

 悪い人ではなさそうだが。


(おれ)はマグナ。キミのことは人伝(ひとづて)に聞いて知ったんだ。まあ、人ちがいなのかもしれないけどさ」


 マグナと名乗った少年は、おさなさの残る(ほお)をグローブの指先で()いた。

 小夜子は自分の名が知られていることについて、ひとつの可能性にいきあたった。


「わたし、そんなに有名人になってるんですか?」


「ちがうよ。おれの家族にキミのこと知ってる人がいてさ。――って、やっぱりサヨコ・シラヌイなんだ」


「あっ」

 (くち)がすべった。

 マグナが手を伸ばし、社交辞令(じれい)握手(あくしゅ)をもとめる。


「会えてうれしいよ、サヨコ。キミにはなんのことか分かんないだろうけどね。フィーロゾーフィア滞在(たいざい)しているあいだに、ひとめ見ておきたかったんだ」


「はあ……。ほんとにマグナさんがなにを言っているのかよく分かりませんが」


「あはは。だろうね。――あ、俺のことはマグナでいいよ敬語もいらない」


「そうですか。でも敬語はクセみたいなものなので、ほっといてください」


 礼儀ていどに、小夜子(さよこ)はマグナの手をにぎりかえす。


 暗色のレンズが入ったゴーグルをつけているせいで、マグナの素顔(すがお)は最後まで不明だった。

 しかし、彼の物腰(ものごし)口調(くちょう)、どこかしらただよう軽薄さ――というか人慣れした社交性に、強烈きょうれつ既視感(きしかん)を覚える。


(どこかで会った……?)

 かんがえながら、小夜子はマグナの手を離した。


「それで、サヨコはこんな裏道でなにしてたんだ? さっきの人はたまたま良い人だったけど、実際ここはあぶないよ。もうすぐチンピラの()まり場になる」


「わたしも道にまよってたんです。広場でアイスを食べて、家に帰ろうとしたら……ちがう方角の(とお)りに入っていたんですよ。いくつか(つじ)()がってから気がついたんですけど、もう手遅れで」


「ははっ。方向感覚(くる)うってのは、長く()んでる人でもあることだからね。ここは似たような建物が多いから」


 笑って、マグナはぐるりと、隘路(あいろ)を構成する集合住宅や家屋(かおく)を見まわす。

 赤に群青(ぐんじょう)色の(せま)(そら)が、通りの影を()くしていく。


「マグナは、なにをしていたんですか? 空から()ってきましたけど」


(おれ)も家に帰るとちゅうだよ。うち、門限(もんげん)きびしくてさ。六時には家にいなきゃならないんだ」


(門限かあ)

 小夜子さよこ日本(にほん)の、実家にいるときは、母親から外出の時刻を制限されていた。

 フィーロゾーフィアに来てからも、日が暮れるまでには居候いそうろう先に帰宅するようにこころがけているが、ハッキリとさだめられたルールではない。


「さっきのおじさんはともかく、女の子がひとりじゃあぶないから、大通りまで送るよ。……ツルハシ、置いてってくれるかな?」


「イヤですよ。マグナがわたしの不意を突いて殺してバラバラにしてそのへんに()めないとも限らないじゃないですか」


「……。分かった。それ持ってっていいから、なるべく振りまわさないでくれよ」


 疲労(ひろう)なのかあきれなのか。どっちともつかぬまま、マグナはうなだれる。


 せまい道を、エアボードをかかえたマグナと、ツルハシをかまえた小夜子(さよこ)が歩いていく。


 大通りが見えた。

 道路と天空を仕切る手摺(てす)りが、赤い(そら)瀟洒(しょうしゃ)なシルエットを焼きつけている。


「やべっ」


 大通りに出ようとすると、マグナが小声でさけんだ。

 うしろに跳んで、小路(こみち)にひっこむ。


「サヨコ、もうここまでくれば大丈夫だろ? 俺は、あっちから帰るから」


「はあ……」


 あわてて小路こみちを奥へと走っていくマグナに、小夜子(さよこ)はまぬけな声を出す。


(あ、おれい言うの忘れてた……)


 道路に出てから気がついた。

 (かり)にも迷子まいごから助けてくれたのだ。ありがとうは言うべきだった。


 横道(よこみち)を振りかえる。少年の影もかたちもすっかりなくなっていた。

 また会う機会があれば、そのときに()め合わせをしようと内省(ないせい)する。


「やあ、サヨコちゃんじゃないか」


 大通りに向きなおるやいなや、知った声がした。


 セミショートの黒髪にバンダナを巻いた、上質なシャツとロングパンツの青年だ。


 庶民(しょみん)の服装に寄せているつもりなのだろうが、着用する本人にためだけにあつらえたようなフィット感、そでえりまわりのディティールから、オーダーメイドのしなであることはうたがいようがない。

 フィーロゾーフィア国の王、オーギュストだ。


「王様ですか……。なにしてるんですか?」


「あー、人さがしだよ」


 オーギュストは大きな息をついた。まったく乗り気じゃないのが一目(いちもく)瞭然(りょうぜん)だ。


「今って寄宿(きしゅく)学校も夏休みでさー、弟が帰ってきてるんだよね。昼ごろにあそびにつれてってやったんだけど、あいつ、(ぼく)一緒(いっしょ)じゃ恥ずかしいからって、どっか行っちまったんだよな。……ところでそのツルハシは何だい?」


「ただのツルハシです」


「そいつは愚問ぐもんだったね……」


 ツルハシのを握りしめたまま答える小夜子(さよこ)に、オーギュストは頭痛にうめく顔で言った。


 オーギュストの性格は、決して良いとは言いがたい。小夜子さよこも他人のことは言えないが、目のまえの軽薄な王様よりは、(なん)テラ倍もマシだと自負(じふ)している。


(この王様みたいなのがほかにもいるのかあ……)

 ふー。とオーギュストにも見えるように、重たい息をつく。


「あいつさー、ぼくとちがって実直じっちょくなもんだから、ナンパの仕方教えてやるよって言ったのに『いらねー。ひとりでやってろよ』って、エアボード乗って飛んでっちゃったんだ。ナマイキだよなー。それでいて僕より女の子にモテるんだからさ、イヤんなっちゃうよ。世のなかって、不公平にできてるって思わないかい?」


「べつに思いませんけど」


 小夜子は居候いそうろうしている家に向かって、坂なりになった大通りを上に歩いていく。


 さっき頭にぎった既視きし感の正体がやっと判明した。

 少なくとも弟の方はマトモだと分かって安心する。


「どこ行ったんだろうなー。あいつ、まだ十二(じゅうに)のガキだから、門限を(まも)らせなきゃなんないんだ。つれ出しといて帰らせなかったら、ぼく(おこ)られるんだよなあ」


 うしろ(がみ)をバリバリ()いて、いらたしにオーギュストはブツクサ言う。


 ツルハシを肩にかつぎ、さきほど出てきた小路こみちを指差して、小夜子は王様に教えた。


「お城で待ってたら会えると思いますよ。さっき、あっちから帰っていったので」



 

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