休眼日(きゅうがんび)について
小夜子は町を歩いていた。
長い黒髪に黒い両目、白いブラウスに膝まである黒いボックススカートを穿いた、十四歳の女の子である。
頭には白いカチューシャをつけている。モノトーンな衣装の中で、唯一彩度のあるペンダントが、彼女の胸元に揺れていた。
宝石も何もついていない、台座だけの壊れたペンダントだ。
(あれ?)
住んでいる中層の家から出てきて、下層につづく市場で小夜子は疑問符を浮かべた。
閑古鳥が鳴いている。
比喩表現にすぎないが、そう形容しても変ではない静けさが通りを支配していた。
道具屋やアクセサリーショップ、安さが売りのお菓子屋、飲食店。全ての店のシャッターが下りている。
通行人は、小夜子の他に無かった。横道でゴミを漁るイヌやネコさえもいない。
(休業日なんでしょうか。でも、全部のお店が一斉に?)
揃って夜逃げでもしたような寂然とした気配に、小夜子はナイロンの襟に包まれた首を傾げる。
カシャンカシャン。
金属の音がした。
「ああーっ! 発見したのであります!」
前方、下り坂の向こうから、鎧兜がのぞくなり大声をあげた。
フィーロゾーフィア王国の兵士だ。バイザーを降ろした鉄の兜に、紋章付きのフルアーマー。
夏の、晴天の、正午を過ぎた頃の、猛暑の最中、暑苦しいことこの上ない。
彼らは小夜子を見つけるなり、ガシャガシャ甲冑を鳴らして走ってきた。
「えっ、えっ、えっ!?」
鋳型に嵌めて作ったように、そっくりな外見の三人の男――まさか一卵性の三つ子ではあるまい。――小夜子が頭の中で勝手に兵士A、B、Cと呼んでいる男たちが、あっという間に小夜子の元に駆け付けて取り囲んだ。
三点の方角から、一人ずつ確認を取る。
「お外に出ちゃってるであります!」
「サングラスもしていないであります!」
「遮光レンズ付きのメガネもなしであります!」
わー!
鬨の声をあげて、三人は小夜子をかつぎ揚げた。
足がぐるぐる渦巻きに見える速度で彼らは駆け出し、坂道を上っていく。
「サヨコ殿は確か第七等級地に住んでいたであります!」
「家主から何も聞いてなかったかもであります!」
「今度見つけたら目薬の刑なのであります!」
ダーッと走って、あっという間に中層の雑貨屋(ここが小夜子の住居だ)に、ペイッとリリースする。
そしてまた「わー!」と兵士たちは坂道を駆け下りて行った。新たな違反者を探すために。
「なにが……どうなって……」
兵士A、B、Cは、小夜子の記憶ではフィーロゾーフィア城の牢屋で見たことがある。
相手の方も覚えているとは思わなかったが、あまり嬉しい待遇ではない。
状況はよく分からなかったが、小夜子は家――一階が雑貨屋をやっている、二階建ての家屋だ――に入ることにした。
同居人が何か知っているかもしれない。
バタン。
中に入ると、薄暗い店内に人影が立っていた。
家主の錬金術師だ。
金色の長い髪に、ノースリーブのシャツとミニスカート。四柱の精霊を結晶にしたものを、腰に巻いたベルトに通したリング状のホルダーに吊っている。
彼女は玄関側に背中を向けて、天を仰いでいた。
振り返る。金色の両目と、いくつもの細いヘアピンで大きく分けた前髪、目元をぬぐうティッシュが見えた。
「ああ、おかえりサヨコ」
トントン、と目をぬぐう彼女に、一瞬泣いてでもいたのかと驚いたが、さにあらず。もう片方の手に指先サイズのボトルがあった。
念の為に訊いてみる。
「何してたんですか?」
「目薬さしてたのよ。今日は休眼日だから」
彼女――エチカは頭に上げていたサングラスを掛け直した。奥の研究室に歩いていきがてら、売り場の隅にあるゴミ箱に丸めた紙クズを捨てる。
「休眼日って?」
「眼を休める日よ。そこに書いてるでしょ」
壁のカレンダーを指差して、それで説明を果たしたとばかりエチカは研究室に向かう。
月毎にめくる暦には、確かに今日の日付のところに『休眼日』と、赤い文字が印刷されていた。
「待ってくださいエチカ。眼を休める日ってなんなんですか? わたし、外を歩いてたら兵士の人たちに捕まって、ここに送り返されたんですけど」
「そーいや散歩に出てすぐに帰ってきたわね。っつーかあんた、休眼日なのにサングラスも掛けずに出てったの? そりゃ捕まるわ」
「だーかーらっ、あたかもわたしが『休眼日』とやらを知ってる体で話をしないでくださいよっ。知らないから訊いてるんですっ。教えて下さいっ!」
「そっか。サヨコはよその世界から来たんだもんね。とはいえよその世界には休眼日ってないのかしら。――ああ、記憶も失くしてたんだっけか。こりゃ失敬」
心にも無い謝罪を口にしながら、エチカは大仰に肩をすくめた。
商品棚の並ぶ売り場の方――外から入ってすぐの部屋だ――と研究室を仕切る壁にエチカはもたれ掛かる。
現在この、エチカが経営し小夜子が手伝う雑貨屋は長期休暇中なので、客はいない。
「休眼日ってーのはね、フィーロゾーフィア王国が法で定めた、サングラスやアイマスクを付けて眼を休める日なのよ。もっと昔は愛眼週間っつって、一週間まとめて休ませてたみたいだけど。今では日差しの最も強まる月に、隔週で一日ずつ、強制的に休みを取らせる国民の休日になってるわ」
「休日なんだったら、べつにわたしが外に出てもいいじゃないですか」
「眼を保護するものをつけてるなら問題ないわよ。忠告しとくけどねえ、サヨコ。ここは雲の上の国なのよ。太陽の光は、〈地上〉の何倍も眩しく感じる。そりゃあ、錬金術による保護ドームでいくらか緩和されるっつってもさ、ダメージは蓄積されてくもんなのよ。私だって最近サングラスをつけ忘れてたから、ケアしなきゃならなかったわけで」
片手に持った点眼薬を振ってみせる。
小夜子は自分の目元に触れてみた。
「んんー。よく分かりませんけど、眼を守るってだけなら、仕事しながらでもいいのでは? わざわざ休日にしなくっても。いえ、休みはあったほうがいいんですが」
「アイマスクつけてがっつり休むって人もいるからね。あんたも今日はそうしてたら? 好きでしょ、お昼寝」
「ううう~」
「ひょっとして、アイマスク持ってないの?」
「持ってますけど……」
今日は店を冷やかしに行きたい気分だったのだが、もはや叶うことはなさそうだ。どこもかしこも強制休業では仕方ない。
「分かりましたよお。大人しくお昼寝してます……」
「そーしなさい。ああ、グラサン掛けてなんか作業してるとかでもいいのよ。私は基本にかえって数学の問題やってるつもりだから。それじゃあね」
バタン。
小夜子の返事も待たずに、エチカは研究室に引き篭もった。
と思ったらすぐに出てきた。
「よかったらこれあげるわ。この前『ガチャガチャカプセル』回して出て来た景品なんだけどさ。今朝散歩に出てる時に、カバンに入れっぱだったのに気付いたのよ。サヨコに似合うと思って」
「そうなんですか? じゃあせっかくなので、頂いておきます」
小夜子はプラスチックの丸いカプセルを受け取った。
まだ開けていないようで、中には小さく畳まれた布地と、説明書きが詰め込まれている。
研究室のドアが閉まった。
小夜子は昼寝をしようと、一階から二階へ階段を上がっていく。
自分の部屋について、ベッドに座ったところでカプセルを開けた。
中から、目に当てる布切れと、顔に固定するバンドが一体化したものが出てくる。アイマスクだ。
が――。
(あの女……わたしに殺されたいのか?)
瞋恚の炎が小夜子の背中に燃え上がる。
カプセルから出てきたのは、まごうことなくアイマスクだった。
青い生地に、失敗した福笑いとでも言うような、目や眉のパーツがキテレツな配置でくっついた。なんか困ったような表情の。
某格付けに出てきそうな。
「こんなのがっ……、わたしに似合うわけないじゃないですか!!」
言いつつも、小夜子はふざけた顔のアイマスクを装着した。
これは怒りで眠れそうもない。
そう思いながらベッドに倒れ込んでふて寝する。
五秒で眠りに落ちた。
とりあえず眼は癒された。




