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フィーロゾーフィア  作者: とり
第37話 休眼日(きゅうがんび)について
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休眼日(きゅうがんび)について

 

 


 小夜子(さよこ)は町を歩いていた。

 長い黒髪に黒い両目、白いブラウスに(ひざ)まである黒いボックススカートを穿()いた、十四歳の女の子である。

 頭には白いカチューシャをつけている。モノトーンな衣装(いしょう)の中で、唯一(ゆいいつ)彩度(さいど)のあるペンダントが、彼女の胸元に()れていた。

 宝石も何もついていない、台座だけの壊れたペンダントだ。


(あれ?)

 住んでいる中層の家から出てきて、下層につづく市場(いちば)で小夜子は疑問符を浮かべた。

 閑古鳥(かんこどり)が鳴いている。

 比喩(ひゆ)表現にすぎないが、そう形容しても変ではない静けさが通りを支配していた。


 道具屋やアクセサリーショップ、安さが売りのお菓子(かし)屋、飲食店。全ての店のシャッターが下りている。

 通行人は、小夜子の他に無かった。横道でゴミを(あさ)るイヌやネコさえもいない。


(休業日なんでしょうか。でも、全部のお店が一斉(いっせい)に?)

 (そろ)って夜逃げでもしたような寂然(じゃくねん)とした気配に、小夜子はナイロンの(えり)に包まれた首を(かし)げる。


 カシャンカシャン。

 金属の音がした。


「ああーっ! 発見したのであります!」


 前方、下り坂の向こうから、鎧兜(よろいかぶと)がのぞくなり大声をあげた。

 フィーロゾーフィア王国の兵士だ。バイザーを降ろした鉄の(かぶと)に、紋章付きのフルアーマー。


 夏の、晴天の、正午を過ぎた(ころ)の、猛暑(もうしょ)最中(さなか)、暑苦しいことこの上ない。

 彼らは小夜子を見つけるなり、ガシャガシャ甲冑(かっちゅう)を鳴らして走ってきた。


「えっ、えっ、えっ!?」


 鋳型(いがた)()めて作ったように、そっくりな外見の三人の男――まさか一卵性(いちらんせい)の三つ子ではあるまい。――小夜子が頭の中で勝手に兵士A、B、Cと呼んでいる男たちが、あっという()に小夜子の元に駆け付けて取り(かこ)んだ。


 三点の方角から、一人(ひとり)ずつ確認を取る。


「お外に出ちゃってるであります!」

「サングラスもしていないであります!」

遮光(しゃこう)レンズ付きのメガネもなしであります!」


 わー!

 (とき)の声をあげて、三人は小夜子をかつぎ()げた。


 足がぐるぐる渦巻(うずま)きに見える速度で彼らは駆け出し、坂道を(のぼ)っていく。


「サヨコ殿(どの)は確か第七等級地に住んでいたであります!」

家主(やぬし)から何も聞いてなかったかもであります!」

「今度見つけたら目薬(めぐすり)の刑なのであります!」


 ダーッと走って、あっという()に中層の雑貨(ざっか)屋(ここが小夜子(さよこ)の住居だ)に、ペイッとリリースする。

 そしてまた「わー!」と兵士たちは坂道を駆け下りて行った。新たな違反(いはん)者を探すために。


「なにが……どうなって……」


 兵士A、B、Cは、小夜子(さよこ)の記憶ではフィーロゾーフィア城の牢屋で見たことがある。

 相手の方も覚えているとは思わなかったが、あまり嬉しい待遇(たいぐう)ではない。


 状況はよく分からなかったが、小夜子は家――一階(いっかい)雑貨(ざっか)屋をやっている、二階(にかい)建ての家屋(かおく)だ――に入ることにした。

 同居人が何か知っているかもしれない。


 バタン。


 中に入ると、薄暗い店内に人影が立っていた。

 家主(やぬし)の錬金術師だ。


 金色の長い髪に、ノースリーブのシャツとミニスカート。四柱の精霊を結晶にしたものを、腰に巻いたベルトに通したリング状のホルダーに()っている。


 彼女は玄関側(げんかんがわ)に背中を向けて、天を(あお)いでいた。

 振り返る。金色の両目と、いくつもの(ほそ)いヘアピンで大きく分けた前髪、目元をぬぐうティッシュが見えた。


「ああ、おかえりサヨコ」

 トントン、と目をぬぐう彼女に、一瞬(いっしゅん)泣いてでもいたのかと驚いたが、さにあらず。もう片方の手に指先サイズのボトルがあった。


 (ねん)の為に()いてみる。


「何してたんですか?」

目薬(めぐすり)さしてたのよ。今日は休眼日(きゅうがんび)だから」


 彼女――エチカは頭に上げていたサングラスを掛け直した。奥の研究室に歩いていきがてら、売り場の(すみ)にあるゴミ箱に丸めた紙クズを捨てる。


休眼日(きゅうがんび)って?」

()を休める日よ。そこに書いてるでしょ」


 壁のカレンダーを指差して、それで説明を()たしたとばかりエチカは研究室に向かう。

 月毎(つきごと)にめくる(こよみ)には、確かに今日の日付のところに『休眼日』と、赤い文字が印刷(いんさつ)されていた。


「待ってくださいエチカ。眼を休める日ってなんなんですか? わたし、外を歩いてたら兵士の人たちに(つか)まって、ここに送り返されたんですけど」

「そーいや散歩に出てすぐに帰ってきたわね。っつーかあんた、休眼日なのにサングラスも掛けずに出てったの? そりゃ捕まるわ」

「だーかーらっ、あたかもわたしが『休眼日』とやらを知ってる(てい)で話をしないでくださいよっ。知らないから()いてるんですっ。教えて下さいっ!」

「そっか。サヨコはよその世界から来たんだもんね。とはいえよその世界には休眼日ってないのかしら。――ああ、記憶も()くしてたんだっけか。こりゃ失敬」


 心にも無い謝罪(しゃざい)(くち)にしながら、エチカは大仰(おおぎょう)に肩をすくめた。


 商品(だな)の並ぶ売り場の方――外から入ってすぐの部屋だ――と研究室を仕切る壁にエチカはもたれ掛かる。

 現在この、エチカが経営し小夜子が手伝う雑貨(ざっか)屋は長期休暇(きゅうか)中なので、客はいない。


「休眼日ってーのはね、フィーロゾーフィア王国が法で定めた、サングラスやアイマスクを付けて()を休める日なのよ。もっと昔は愛眼(あいがん)週間っつって、一週間(いっしゅうかん)まとめて休ませてたみたいだけど。今では日差しの最も強まる(つき)に、隔週(かくしゅう)一日(いちにち)ずつ、強制的に休みを取らせる国民の休日になってるわ」

「休日なんだったら、べつにわたしが外に出てもいいじゃないですか」

()を保護するものをつけてるなら問題ないわよ。忠告しとくけどねえ、サヨコ。ここは雲の上の国なのよ。太陽の光は、〈地上〉の何倍も(まぶ)しく感じる。そりゃあ、錬金術による保護ドームでいくらか緩和(かんわ)されるっつってもさ、ダメージは蓄積(ちくせき)されてくもんなのよ。私だって最近サングラスをつけ忘れてたから、ケアしなきゃならなかったわけで」


 片手に持った点眼薬(てんがんやく)を振ってみせる。

 小夜子(さよこ)は自分の目元に()れてみた。


「んんー。よく分かりませんけど、眼を守るってだけなら、仕事しながらでもいいのでは? わざわざ休日にしなくっても。いえ、休みはあったほうがいいんですが」

「アイマスクつけてがっつり休むって人もいるからね。あんたも今日はそうしてたら? 好きでしょ、お昼寝」

「ううう~」

「ひょっとして、アイマスク持ってないの?」

「持ってますけど……」


 今日は店を()やかしに行きたい気分だったのだが、もはや叶うことはなさそうだ。どこもかしこも強制休業では仕方ない。


「分かりましたよお。大人(おとな)しくお昼寝してます……」

「そーしなさい。ああ、グラサン掛けてなんか作業してるとかでもいいのよ。私は基本にかえって数学の問題やってるつもりだから。それじゃあね」


 バタン。

 小夜子の返事も待たずに、エチカは研究室に引き()もった。


 と思ったらすぐに出てきた。


「よかったらこれあげるわ。この前『ガチャガチャカプセル』回して出て来た景品なんだけどさ。今朝(けさ)散歩に出てる時に、カバンに入れっぱだったのに気付いたのよ。サヨコに似合うと思って」

「そうなんですか? じゃあせっかくなので、(いただ)いておきます」


 小夜子(さよこ)はプラスチックの丸いカプセルを受け取った。

 まだ開けていないようで、中には小さく(たた)まれた布地と、説明書きが()め込まれている。


 研究室のドアが閉まった。


 小夜子は昼寝をしようと、一階(いっかい)から二階(にかい)へ階段を上がっていく。


 自分の部屋について、ベッドに座ったところでカプセルを開けた。

 中から、目に当てる布切れと、顔に固定するバンドが一体化(いったいか)したものが出てくる。アイマスクだ。

 が――。


(あの女……わたしに殺されたいのか?)


 瞋恚(しんい)の炎が小夜子の背中に燃え上がる。


 カプセルから出てきたのは、まごうことなくアイマスクだった。

 青い生地(きじ)に、失敗した福笑いとでも言うような、目や(まゆ)のパーツがキテレツな配置でくっついた。なんか困ったような表情の。

 (ぼう)格付けに出てきそうな。


「こんなのがっ……、わたしに似合うわけないじゃないですか!!」


 言いつつも、小夜子はふざけた顔のアイマスクを装着した。

 これは(いか)りで眠れそうもない。

 そう思いながらベッドに倒れ込んでふて寝する。


 五秒で眠りに落ちた。


 とりあえず()(いや)された。




 

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