表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フィーロゾーフィア  作者: とり
第36話 雨について
82/137

雨について-⑤

 



   ◇



 十三時。


 フィーロゾーフィア国の王城(おうじょう)はにぎわっていた。

 本殿(ほんでん)屋上(おくじょう)で、まっ(さお)な雲ひとつない(そら)を指さして、押しかけてきた人々が口々(くちぐち)に言う。


「今から半年間おどりつづけて雨をふらせます!」

「この幸せのツボを買えば一年(いちねん)後に雨がふります!」

「〈サギリの遺跡〉で見つけた聖杯(せいはい)です! 大量の金貨を入れれば願いが叶います! 叶わないときはおカネが足りません! もっと入れましょう!」

「……」


 そばで見守っていた宮廷錬金術師たちは、FやらDやら自称Sランクの冒険者を横目(よこめ)に、ヒソヒソささやく。


「ろくなやつがいないな」

「だからシロウトに(まか)せるのはイヤだったんですよ」

「ここまでヒドイとはな」


 中年の錬金術師――フェーンは、制服の帽子(ぼうし)をはずし、炎天下(えんてんか)で汗ばんだ角刈(かくが)りを太い腕でぬぐった。


「まともなアイテムも人も無いのか」

 錬金術研究所所長のパスカルもまた、勝手におどりはじめたグループを尻目(しりめ)にうめく。


「思ってた以上にユカイなことになってますね」

「もうこのまま見物だけしてようかしら」


 何人もの鎧武者(よろいむしゃ)旅装束(たびしょうぞく)の戦士たちが並ぶ奥に、パスカルは知った声を聞く。

 順番(じゅんばん)待ちをしている人々に構わず、(しわ)まみれの手で(まね)き、声の(ぬし)たちを呼んだ。


「来たのか。――こっちだ」


 パスカルの手招きに、なんの躊躇(ちゅうちょ)もなくエチカは小夜子(さよこ)をつれて(れつ)の最前に出た。

 屋上の、もっともせり出した部分――バルコニーを(かこ)銃眼(じゅうがん)の前に設置された、球形上の装置まで案内される。


「最後に会ったのはお前が十二(じゅうに)の時だったか。まさか来るとは思わなんだ。元気そうでなによりだ」

世間話(せけんばなし)しにきたわけじゃないわよ」


 エチカは胸の前で腕を組んで、金色の目をすがめた。

 王立研究所のローブ――宮廷錬金術師の制服――をまとった若い男がひとり、とがめるような顔をして、二人に近づく。


「パスカル所長、この人は? お知り合いですか?」

「まあな。エチカというんだがな、聞いたことないか、ベルヌ。七等級地で雑貨(ざっか)屋をやってる錬金術師じゃよ。腕は確かだ。――もう他の者には帰ってもらっていいぞ」


 あしらうように手をヒラヒラやる老錬金術師――パスカルに、ベルヌと呼ばれた若者は眉をひそめた。

「いや、でも……順番は守ってもらったほうが……」

「もう()りた。お前も専門家に(たの)んだほうがいいという意見だったろう」


 ベルヌは(くち)をつぐんで、うさんくさげな一瞥(いちべつ)をエチカにくれる。ついでに、彼女のそばで青銅(せいどう)のロッドをにぎりしめている、十代前半ほどの長い黒髪の少女――小夜子(さよこ)にも。


 不承不承(ふしょうぶしょう)列を解散させにいった部下を見送って、パスカルもまた小夜子に視線をやった。


「そこにいるのがお前の弟子(でし)か」


 ギクリと小夜子は全身をふるわせる。エチカに師事(しじ)する気は毛頭(もうとう)ない。


「ただの従業員よ。私は弟子なんか取らないわよ」

「だが(したた)かに育っているようだ。うちの研究所も、お前がいてくれたらと思うよ。人を牽引(けんいん)する人材が必要なんだ。どいつもこいつも、育ちが悪くて(こま)っている」

辛辣(しんらつ)なおじいさんですね……」


 当人たちが取りまいている中で、声をひそめる気配(けはい)もなく吐き捨てる老人に小夜子はあきれた。

 エチカも似たような表情で()(いき)をつく。


「それは所長であるアンタがやらなきゃならないことでしょ。自分の無能を私に押しつけないでよ。迷惑だから」

 同僚(どうりょう)と共に冒険者を帰らせたベルヌが、大股でずんずん二人の元に戻ってくる。

「お前っ! さっきから聞いていれば、城下(じょうか)のしがない道具屋のブンザイで、所長に失礼な態度(たいど)を……!」


 パスカルが軽く、自分の杖をついてベルヌの怒号(どごう)をさえぎった。


「かまわんよ。こいつは国王に対しても似たような態度だしな」

「王様に対してはべつにいいんですよ!!」

 ベルヌはキッパリと言い返した。


「ここの王様って、誰からも尊敬されてないんですね」

「そうね。本人は『(した)しみやすいってことだよ』ってヘラヘラ笑ってるだけだけど」


 小夜子(さよこ)のささやきに皮肉を返しつつも、エチカも口元(くちもと)が引きつっている。


「っつーか、原因ちゃんと(わか)ってんじゃないのよ、パスカル」


 話を戻すと、パスカルはうんと(うなず)いた。


「装置を作動させるのに必要な(ちから)が足りん。以前はそんなことはなかったが、それはそれだけの能力(のうりょく)を持った人材がいたからじゃ。だが今年はどうも不作での。人の育ちが悪い。知識は豊富(ほうふ)な頭でっかちは多いが、実地に()えうる術師はいないよ。じゃなきゃこんな大事(おおごと)にはならん」


 パスカルの(げん)に、その場にいた若手、中堅(ちゅうけん)層の研究所員は身をこわばらせる。


 ベルヌは黙っていなかった。

 彼の反駁(はんばく)は、他の研究員の意見を代弁したものだった。


「違いますパスカル所長! 他に原因があるはずですよ!! ――そう、確か、今年は異世界から人がやって来たって城内で聞いたことがあります!」


 反射的に小夜子(さよこ)は身を引いた。無意識に、胸元のペンダントに手を伸ばす。


 今は()き父親からもらった、お(まも)()わりのペンダント。


 (から)っぽの台座(だいざ)には、かつては緑の宝石が()まっていた。

 それはこの世界で〈渡煌石(とこうせき)〉と呼ばれるものだ。

 小夜子を毒の雲の上の世界に(はこ)び、エチカによって秘めた力を解放され、現在は文字(もじ)通り(そら)よりも高いところで、同じ種類の石と共に、世界の頭上をめぐりつづけている。


 パスカルの銀色の目が、小夜子の手元を見つめていた。


 ――ペンダントを。


「ベルヌ」

「はいっ!!」


 快活(かいかつ)に返事する若い錬金術師に、パスカルは視線を移して言った。

「お前はちょっと黙ってなさい」


 自分の意見は正しいはずなのに――!


 ハトが豆鉄砲(まめでっぽう)を喰らったような、ほうけたような表情をムリに平静(へいせい)ぶったおかげで、感情が欠落(けつらく)したような、スイッチの切れたロボットのような、気のない顔にベルヌはなった。


 宮廷錬金術師たちのあいだに、大きな(みぞ)が生じた。

 小夜子(さよこ)はエチカのサマーコートのすそを引く。


「エチカ……」

「あん?」


 小夜子は小声で()いた。


「わたしのせい……なんですか。知ってて、エチカは黙っていたんですか?」

「仮説よ」


 エチカは短く答えた。


 パスカルがベルヌに言い聞かせる。


「〈渡煌石(とこうせき)〉が、新たな概念(がいねん)をこの〈ユックリッド〉にもたらし、その結果ひずみが生まれるのは否定しない。しかしその知識や観念、あるいは現象、知的生命体の存在を受容して、我々の世界が拡張(かくちょう)してきたのもまた事実。今日(こんにち)この空の上に(おか)があり、本来なら呼吸もままならない雲の上でわしらが生きていられるのも、そうした異世界からの訪問があってこそのもの。お前の言うように、排除は確かに(ひと)つの手だが、安易(あんい)放逐(ほうちく)は自ずから身を滅ぼす。ゆがみが生じ、問題が起こったのならば、研鑽(けんさん)を積んで解決すればいいだけのこと。事実そうして今があるわけだ」

「それは……。過去の事例は、たまたま運がよかっただけで……」

「そうか。長年強運(きょううん)を引きつづけるとは、若いころのわしは存外(ぞんがい)神がかりだったようじゃな。もっとも、わしとしては、自分を磨きつづけてきた、既に亡き同胞の()わった性根(しょうね)鍛錬(たんれん)のたまものだとも思うのじゃが」


 パスカルは無念そうに(かぶり)を振った。

 トン、と杖をつく。

 仕切りなおしだ。


「エチカ、天候(てんこう)調整装置を見てくれ。ああ、よかったらそっちのお(じょう)ちゃんも見ていきなさい。普段(ふだん)は部外者に公開してないものじゃからの」


 パスカルは老いた身体を、錬金術師の長杖(ロッド)をついて引きずっていった。


「じゃあ、お言葉に(あま)えて……」


 小夜子(さよこ)はバルコニーにたたずむ、大きな地球儀のようなオブジェに歩いていく。


 エチカは小夜子の反対側から、装置をながめていた。


「サヨコ」


 呼ばれて、いつのまにか()せていた黒い目を小夜子は上げる。


「雨がふる原理ってわかる?」


 エチカに問われて、『日本(にほん)』にいた(ころ)の記憶を小夜子はあさった。理科の授業で習ったものだ。


「えっと、雲を構成する水滴(すいてき)が、落下したものが雨だとかなんとか」


「そうねえ……。とりま補足するとね、空気があっためられると、上昇(じょうしょう)気流(きりゅう)が発生する。で、上昇気流によって上空へいくほど、空気の(かたまり)膨張(ぼうちょう)するのね。そうすると、今度は空気の塊は()えて、その温度において空気が(かか)え込んでいられる水蒸気の最大量(飽和(ほうわ)水蒸気量)を超えると、水蒸気は固まって、小さな水の(つぶ)になるわけ。この粒の集合体が『雲』よ」


「じゃあ、やっぱり、雲の上のフィーロゾーフィア王国って……」


「原理的には雨がふらない。あるいは、(いちじる)しくふりにくい環境(かんきょう)にある。だから天候をあやつる装置、およびそれをあつかえる技能は住民の生存に必須(ひっす)だし、装置の稼働(かどう)にたずさわる宮廷錬金術師は、そういう意味で責任重大なのよ」


 エチカはずっと(たずさ)えていた自分の錬金術師の(つえ)を見上げた。


 先端に()まる神秘(しんぴ)の石、エーテル(せき)の色は〈(ルベド)〉。それは錬金術師として最高位を示す色だが、見回したところこの場に〈赤〉は他に一人(ひとり)もいない。


 ――これだけエリート(づら)した錬金術師がいて、どいつもこいつもせいぜいが〈(キトリニクス)〉止まりだなんて。


 滑稽(こっけい)に思えて、エチカはフッと笑いをこぼした。


 小夜子(さよこ)()く。

 不安そうだ。


「でも、エチカはこの装置を使いこなせるんでしょう? イプセンさんは、精霊(せいれい)がいれば解決って言ってたけど、あなたなら機械を使ってだってどうにかできるんじゃあ?」

「私はね。でもさっきも言ったように、その()しのぎってのは不毛(ふもう)だわ。とはいえこの天候調整装置って、術師の才覚(さいかく)というか、センスに直結する問題だから、取りあつかいについて、マニュアル化できるものじゃないのよね……」


 エチカはめんどうくさそうに大きく息をついた。

 腰にさげた結晶――三つの内の、青色。水の精霊を見つめて、顔を上げる。

 エチカは精霊を使わなかった。


 杖を(かま)え、先端を装置の群青(ぐんじょう)(きゅう)に向ける。

 力を(そそ)ぐ。

 赤いエーテル石が発光する。


 球体は回転を始めた。

 その外側をめぐる、いくつものリングも。


「どうせ途中で止まる」

一人(ひとり)でどうにかできたら、誰も苦労しないぜ」

「あのエーテル石の色、どうせ染色(せんしょく)か、じゃなきゃインチキで元の色を誤魔化しているに違いないよ」


 遠巻(とおま)きに見やりながら、若い宮廷錬金術師たちは、同じ年くらいの野良錬金術師をせせら笑った。

 フェーンとパスカルは、黙って球体の動きを見つめていた。


 動きは止まった。


 灰色の雲が、市街の上空に(せま)ってくる。

 冷たい風が、城の屋上(おくじょう)に押し寄せる。


 ――。


 鼻の先に、小さな(つぶ)の当たる感触がした。

 一人(ひとり)、また一人(ひとり)と、雲におおわれた空を見上げる。


 全ての錬金術師が天を(あお)ぐころには、ザアアと冷たい線が音を立てていた。



 ――雨だ。





 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ