雨について-④
洞窟を出ると、昼下がりの白い日射が三人を照らした。
「いやー、久しぶりのシャバの空気はおいしいですねー」
「三十分も篭もってなかったでしょ」
お天道さまのもとにまっ先に駆け出して、少女マンガも裸足で逃げ出すキラキラした瞳になりながら、外の空気を満喫する小夜子。同意するようにサラマンダーが少女のカチューシャの上でチロチロ舌を出す。うしろからエチカが指摘する。
最後に洞窟から出てきたイプセンが、小夜子から解いた縄を肩掛けカバンにしまっていた。外に停めていた社用のバイクに向かっていく。
「本当はもっとしっかりご説明したかったんですけどねー。サヨコさんが『悠長にしゃべってないで早く出ましょうよお!』って泣き出したので、急ぎ足になってしまいましたね。人間ってのはガマンのひとつもできないものなんですか」
「エルフは人を見下してるってイメージだったけどホントだったのね」
「失礼ですね。私はまだマシなほうですよ」
「否定はしない、と」
両手を腰にあててプンスカ怒るイプセンに、あきれた半眼でエチカ。
ちゃっちゃとイプセンはヘルメットを取ってかぶり、バイクのエンジンをかけた。
「なんにしても、王立の研究所員が総出でがんばっても成果の出ない異常事態なので、早く行ってあげてくださいね。水精霊を持ってるなら、それで一発なんですから」
「その場しのぎで精霊を使うシュミはないわよ。実際の問題は別のところにある。あなただってそれは解ってるんでしょう?」
「そうですねえ。一つはサヨコさん。もう一つのほうも、見当はついています。けど言って解決できるなら、そもそもこんなことになってませんよね?」
「確かに。あ、ついでに訊いておきたいんだけど」
「なんでしょう」
「なんですべての〈冒険者〉に依頼の通達をしてるわけ? ふつうはランクが指定されてるんじゃないの?」
「おっしゃるとおり、宮廷錬金術師さんからの依頼はSランク冒険者を対象としたものだったんですよ。でも、当ギルドにおける冒険者の有能さについては、実はBランクが最高と言っても過言ではないんですよね。AやSは、そこに付加価値がついてるっていうていどです」
「付加価値ですか?」
イプセンの説明に、我にかえった小夜子が訊いた。
「ええ、戦士や術師としての技量・戦闘能力は、BもAもSも変わりません。違うのはギルドへの貢献度なんです。AランクはBランク以上の依頼を週に二件、Sランクは週に三件以上達成するという実績が求められます。だから手に職を持っている登録者は、どれほど実力があってもBランクから上になるってことはほとんどないんですよ。本業がいそがしいですからね」
「えー……ノルマなんてあったんですか……上のランクのかたは大変ですね」
「あらら、いいご身分ですねサヨコさん。ご忠告しておきますけどね、Aより下のランクであっても、一年に一度はギルドの依頼を達成しなければ、問答無用で登録解除になるんですよ。サヨコさんは今年すでに消化なさっていますが――エチカさん、あなたが最後にギルドに訪れたのは十カ月前と記載されています。そろそろ何かこなしてくださいね。せっかくBランクなのに、解除されたらまたFからやりなおしですよ?」
「そんなに経ってたとは思わなかったわ……」
「他の職員が督促状送ったって言ってましたけどねー」
「いちいち見てないっつーの」
「ま、とにかくそーゆーことで。今回の件に関しては、申し込んだかたが『非常に難易度の高い仕事内容だから、Sランクの冒険者を指定』したものの、当ギルドの事情をよく分かっていなかったという状況を鑑みて、ギルドの中で会議がおこなわれたんです。で、Bランクまで広げるかなーって話しだったんですけど、お偉いさんが『めんどくさいから全ての登録者にしとけ。これべつに強さとか関係ないからな』って、対象を変更したんです。依頼主には『厳正な協議の結果』ってことで連絡はいってると思うんですけど――ああ、そろそろ次に行かないと」
バルン!
一度だけ大きくマフラーをふかせて、イプセンは空を駆けていった。
エンジン音が丘から遠のいていく。
小夜子がエチカにつぶやいた。
「イプセンさんがさっきチラッと言ってた……わたしが日照りの原因っていうのは、なんなんですか?」
「そうねえ……」
エチカも自分の飛行バイクに歩いていきながら、小夜子の相手をした。
「そろそろ話してもいい頃だとは思うんだけどさ。私としてはまだ確信を持てないし、あんまり言いたくないのよね。あくまで仮説として幅を利かせてるってだけのことだから」
「そこまで仮説として有力なら、信じてもいいのでは?」
「あるていどはね。でも、物理的な実証ができない以上、仮説は信仰とそんなに変わらないわよ」
アンニュイに息をついて、エチカはロッドをベルトで剣のように背中に固定した。金色のロングヘアをつめ込むように、フルフェイスメットをかぶる。
小夜子も同じように自分の杖を背負い、ヘルメットをかぶった。サラマンダーをワンピースのポケットに押し込んで、後部座席にまたがる。
「宮廷錬金術師の――フェーンってひとが依頼主でしたっけ? 〈天候調整装置〉が、錬金術の力を受けても従わないとか。故障なんでしょうか?」
「故障であってほしいわよ。直せばそれで終わりだもの」
「で、行くんですか?」
「私一人にこの依頼が来てるんなら行かないんだけどさ。冒険者登録している人全員ってなると、話は別なのよね」
「えっ! 行くの!? なんでですかっ!?」
「どんな珍回答があるのかなーって」
「恐いもの見たさですか……」
「そゆこと」
飛行バイクのアクセルを入れて、エチカは機体を青い空に飛翔させた。
白い排気煙を撒いて、緑の丘から王都フィーロゾーフィア市に飛んでいく。




