表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フィーロゾーフィア  作者: とり
第2話 バカじゃないことを証明せよ
8/108

バカじゃないことを証明せよ-③

 



   ◇



「いきなり()びつけてなんなのよ」


 城の牢屋(ろうや)にエチカの声がひびく。

 王城(おうじょう)(はな)れ――その高所に(もう)けた犯罪者用の(ごく)だ。


 ――日中(にっちゅう)

 おひるご(はん)を食べ終えたころにやってきた二人(ふたり)の従業員希望者をテストで追い払ったあとに、王命を(たまわ)った兵士が店にやってきて強制的に城へと連行(れんこう)された。


 エチカの機嫌は最悪だ。

 午後(ごご)からは錬金術の勉強をする予定だったし、ひまを()って精霊を探しにいかなければならない。

 数日前に自分の元からいなくなってしまった火の精霊――サラマンダーを。


「つまんない用事だったらただじゃ()()()()わよ」

「そんな(きみ)()()()()()、なんてね」

(かえ)るわ」


 牢屋の通路(つうろ)でつめたいダジャレを素面(しらふ)で言って笑うオーギュストに、エチカはさっさと身をひるがえす。

 王に忠誠(ちゅうせい)(ちか)った兵士でさえ「どうぞどうぞ」と道をゆずるのだ。そのしょうもなさは()して()るべしだろう。


()った待った、わるかったよ。さすがの僕だって私用で兵士に(いち)市民(しみん)をつれてこさせたりはしないさ。ほら」


 オーギュストは手に(つか)んでいたものを(かか)げた。

 エチカはうっとうしそうに振りかえる――

 ゆれる神秘的な光沢(こうたく)をみとめて、奪い取るようにしてそれを受け()った。


 (まる)い台座に()まった(みどり)(いし)


 ペンダントにするためにつけた(かわ)(ひも)はおそらく安物(やすもの)のフェイクレザー。

 まるで(まつ)りの露店(ろてん)で売り買いされるおもちゃみたいなつくりだが、くっついているのは腕利(うでき)きの〈錬金術師(れんきんじゅつし)〉ならばまちがえようがない――。


「〈渡煌石(とこうせき)〉!」


(きみ)までそう言うのならまちがいないな。知ってのとおり、僕には錬金の知識がなくってね。学士のじいさまたちが言ってるのを半信半疑で聞きながしていたんだが」

「どこでこれを――って」


 いそいでオーギュストにたずねるエチカだったが、すぐ近くから聞こえる(おり)を揺らす音に冷静(れいせい)になった。


「――――――――!!」


 罪人を閉じこめておくための牢屋(ろうや)

 すこし()びた鉄パイプを等間隔(とうかんかく)()め込んだ(せま)い部屋のなかに、ひとりの女の子が(はい)っている。


 前髪(まえがみ)をカチューシャでとめた長い黒髪の少女だ。


 としは十四歳ほどだろうか。

 大人(おとな)しいというよりは気弱そうな表情は、どこかしらまだ両親へのあまえが抜けていない――よほどあまやかされて育ったか、過保護に育てられたかした、(ぞく)にいう『世間知らずのお(じょう)さま』のそれだった。

 ()は同世代のフィーロゾーフィア国民女性と比較(ひかく)して低いが、血色がいいにも(かか)わらず、全身の(せん)はほそい。


 ここいらでは見ないデザインのワンピースを着ているくせに、(くつ)は学生たちがよく()いているタイプの黒いシューズだった。


「――!――!!」


 なにをしゃべっているのかはわからない。

 ということは、彼女はフィーロゾーフィア王国やそのほかの国の(たみ)ではない。


 この世界(せかい)の公用語は(ひと)つだ。


 そして言語(げんご)が通じる国々は、現在(そら)の上の島や大陸にしかなく、未確認の領域は地上を(のぞ)いてほかにない。


 (どく)の雲の上に存在するこの国々(くにぐに)は、大昔に地上に人が生きていた時代に、当時の錬金術師たちによる選別を受けて打ち上げられた土地(とち)なのだから。


 ――つまり、(おり)のなかの少女は〈異世界〉から迷いこんだ外来(がいらい)(たみ)

 そして(みどり)の宝石〈渡煌石〉は、きっと彼女の()ちものだ。


「……あの()は?」


 鉄格子(てつごうし)をがんがん揺らしてわめきたてる少女をアゴで示してエチカはオーギュストに()いた。


(もり)にいたんだよ。無防備に寝ていたところをうちの兵士が見つけてね。最初は君の関係者かと(おも)った」

「なぜ?――あっ」


 王の(かた)からちょろりと出てきた生きものがある。

 (あか)皮膚(ひふ)に炎の背ビレを持った小さな蜥蜴(トカゲ)だ。


「サラマンダー、どうしてここに」


 王の肩から出てきたトカゲは薄い長そでの腕を(つた)ってエチカの差しだした(てのひら)に飛びのった。

 オーギュストが少女を()やる。


「あの女の子が持ってたんだよ。四精霊(しせいれい)を従える能力(のうりょく)を持つレベルの錬金術師は、(きみ)くらいしかいないだろう? だから、てっきりあの子はキミの弟子かなにかで、サラマンダーを護衛に貸してやって採取にでも行かせたものかと思ったんだ。ああ、ちなみにそのサラマンダーが、君のではなくあの子自身の支配下にある従者(じゅうしゃ)かもって意見も出たんで、〈エーテル(せき)〉を使って調べさせてもらったよ。そして彼女にそこまでの能力はないってわかった。――(くろ)だ」

「ニグレドね」


 エチカはサラマンダーを(にぎ)りこんだ。

 かるく(ねん)じると、火のトカゲは熱のない(ほむら)と化して、ぐるぐる渦を巻いて球体を形作(かたちづく)る。


 球体はすぐに凝固(ぎょうこ)した。

 赤い、宝石の(つや)めきを持った流線型の結晶(けっしょう)

 それをエチカはベルトに()したリング状のホルダーに接続(せつぞく)する。


 ホルダーにはほかにも青と銀、黄色の結晶が()ってあった。

 赤色(あかいろ)(ふく)めた四色の飾りが、きらきらとキーホルダーのようにゆれている。


 エチカはオーギュストに()いた。

 彼から(わた)された渡煌石(とこうせき)の首飾りを()つめて。


「このペンダントもあの()のよね?」

「うん、彼女の持ちものだよ。で、これは身分証明書だろう――たぶんね」


 色褪(いろあ)せた手帳をオーギュストはエチカに差し()した。

 ()け取ってページを開ける。

 なかには少女の顔写真と、なにやら面妖(めんよう)な書体の文字が記載(きさい)された部分(ぶぶん)があった。


「こっちはただの証明写真だろうが……この記入(きにゅう)されてるのが見たこともない文字なんだよ。読めるかい?」

旧世界(きゅうせかい)の少数民族が使ってたっていう字に似てる……二年(にねん)D組(ディーぐみ)。――中学校(ちゅうがっこう)……」

「名前は? 彼女の」

氏名(しめい)……なんて読むのかしら、これ?」

「きみの読める範囲(はんい)(おし)えてくれ」

「……」


 エチカは眉間(みけん)にしわを寄せた。

 なんとなく自分の読みかたがまちがえてる予感がしたのだ。

 しかし他の読みかたも思いつかない。


「フチヒ……」

「……つづけて」

「…………不知火(フチヒ) 小夜子(ショウヨルコ)……?」


 広い(ひたい)に人差し指を当てて、エチカはう~んと(うな)る。

 語呂(ごろ)がわるすぎる。


 さすがにオーギュストもこれはちがうと感じたようで、渋面(じゅうめん)をつくってコンクリートの天井を見上(みあ)げた。


「おかしな名前だな。『フチヒ』がファーストネームかな?」

「私たちの国の観念(かんねん)でよければね。でもなんとなく、小夜子のほうが個人名(こじんめい)っぽいのよね」


 エチカは手帳のページとにらめっこをつづけた。


本人(ほんにん)()かなきゃわからないか」

「ええ」

「じゃあさっそく〈翻訳(ほんやく)〉をたのむよ。今この国で〈渡煌石(とこうせき)〉を解放できる錬金術師は、(きみ)しかいないんだから」

「しかたないわね」


 エチカは店にいる時から(たずさ)えていた錬金術師の(つえ)を持ちなおした。


 渡煌石に先端を()てる。


「――!!――――――――!!!」


 通路に(てつ)格子(ごうし)の音が響きわたる。

 まるで猛獣(もうじゅう)が暴れているようだと息を()んで、エチカは牢屋のなかから必死になにかを(うった)えている少女――小夜子を()つめた。


「なんか……すっごいわめいてるんだけど。これ、あの子にとってものすごく大事なものなんじゃないの?」

(ぼく)らにとってもね」


 きっぱりとオーギュストは切りかえした。


「〈渡煌石(とこうせき)〉によって、べつの世界との(へだ)たりがなくなれば、また新たな概念(がいねん)や物質、知識がこの世界にながれついて来れるようになる。それは君も(のぞ)むところだろう、エチカ」

「……」


 (ため)すような視線で人を見下ろしてくる。

 彼の表情(ひょうじょう)におもしろくないものを感じながらも、エチカは同意をせざるを()なかった。


 かちり。


 (つえ)の先端にある赤い宝玉(ほうぎょく)を、少女のペンダントに()てる。

 首飾(くびかざ)りの台座におさまっていた緑色の石が光を(はな)ち、微風(びふう)を起こして浮上(ふじょう)した。


 きぃんっ!


 通路(つうろ)(あか)()りからのぞく青空に、緑の石が飛んでいく。


 フィーロゾーフィア国の頭上をめぐる、同じ性質をもつ緑の小さな石の()れ。

 長い歴史のなかで、この世界に知恵をあたえ、発展に貢献(こうけん)してきたべつの世界からやってきた(ひと)(ひと)つの宝石が、(つら)なって(きず)く、輝きの(おび)


 陰気(いんき)な廊下からのぞく、四角く区切(くぎ)られた空に(きらめ)きの()(せん)があって、そこに少女の石が吸いこまれるのを見届(みとど)けたエチカは、我知らず胸を()でおろした。


 小夜子の言葉(ことば)が分かるようになる。


「返して!」


 と彼女は言っていた。


 それは(いま)までにも同じように〈渡煌石(とこうせき)〉を解放した(さい)に、持ち主であった異世界(じん)から何度か投げかけられた懇願(こんがん)もしくは怒号(どごう)だった。

 しかし――。


「それは、お父さんの形見(かたみ)なんです!!」


 つづいて飛んできた小夜子の(さけ)びに、エチカは凍結(とうけつ)した。

 空気(くうき)の固まる音さえ聞こえた()がした。


 オーギュストも、彼のそばに(ひか)える数名の兵士たちも、さすがにやばいと思ったのか、渡煌石(とこうせき)の解放を(いわ)う笑顔を()りつけたまま硬直(こうちょく)している。


 留置所(りゅうちじょ)にいるフィーロゾーフィア(じん)で、一番(いちばん)最初に動きを取りもどしたのはエチカだった。


「えっ」


 ひくりと口元(くちもと)がひきつる。

 オーギュストのほうを見る。

 (しゃく)だったが、この時ばかりは助けを求める気持(きも)ちでいた。


「とりあえずこいつは返しておくか」


 果敢(かかん)にもオーギュストは歩き出し、少女の前にひざまずいて、彼女に(ひも)と台座だけになったペンダントを差し()した。


(いし)が……」


 革紐(かわひも)が小夜子の両掌(りょうてのひら)に落ちていく。

 (はかな)く硬い音をたてて少女の皮膚(ひふ)(たた)いた台座は、もののみごとにもぬけの(から)になっていた。


 オーギュストが立ち()がり、ごほんと(せき)ばらいする。

 少女に背を()けて大仰(おおぎょう)に両腕をひろげ、わざとらしく彼は声を()りあげた。


「あーあ、(こわ)しちゃったなあエチカ!」

「は!?」


 オーギュストは反論の(いとま)をあたえない。

 すぐに少女を振りかえり、早口(はやくち)になって自分の潔白(けっぱく)主張(しゅちょう)する。


「いやー、僕はやめとけって言ったんだぜ! なのに利己的(りこてき)な欲望につっ(ぱし)るあまり他人様(ひとさま)の持ち物をいじくりまわして破壊しちまうなんて、ひどいことをするやつがいたもんだな、なあ!!」


 そのへんに待機(たいき)させていた兵士たちをぐるりと見まわして、全力(ぜんりょく)で味方をつくり責任転嫁(てんか)をはじめるオーギュストに、エチカは音の速さで近づいて胸倉(むなぐら)をつかんだ。


「てっ、てめえがやれって言ったんでしょっ! 私はあんまりのり()じゃ――」

「こーわしたこーわした♪ エーチカーがこーわした♪ わーるいんだわるいんだ♪」

「うるさい!!」


 (かた)を組んでラインダンスを(おど)りながら楽しそうに合唱(がっしょう)する兵士たちを、全員(つえ)(なぐ)ってだまらせる。


「とゆーわけでだエチカ」


 ぽむっ。

 オーギュストの手がエチカの肩を(たた)いた。


 普段(ふだん)なにが起こっても飄々(ひょうひょう)としているこの男がダラダラ脂汗(あぶらあせ)をかいているところを見ると、彼もまた強い罪悪感に(おそ)われてはいるのだろう。

 責任(せきにん)を取る気は無いようだが。


「彼女のことは(まか)せるよ。君の店に()めてやんな」

「はあ!? なんで(わたし)が――」


 がしっ!


 王はもう片方の手もエチカの肩に()いた。

 というか(つか)んだ。

 鷲掴(わしづか)みにして逃がすまいとしていた。


「まあよく考えてごらんって。石に関しては、そこのお嬢さんにとっちゃあ誰がやったかなんて関係ない。そんなことより失意のどん(ぞこ)にありながら、ひとまず休める場所もないってのは()きっ(つら)(はち)ってもんさ。解決してあげたい大問題(だいもんだい)、だろ?」

「だとしてもよっ。あんたの城で面倒(めんどう)みりゃいいでしょうが、(だま)されるか!」

「おおエチカ」


 オーギュストは目眩(めまい)でも起こしたようにクラクラとうしろに倒れる仕草(しぐさ)をした。

 エチカは本気で(なぐ)りたくなる。


「知ってるんだぜ? スピノザんとこの坊ちゃん嬢ちゃんがグチってるのを聞いちゃったんだ。君、従業員を募集(ぼしゅう)してるんだって? 採用(さいよう)テストまで用意しての(ちから)()れようなのに、全問正解しつづけている彼らを厄介(やっかい)(ばら)いしてるって(はなし)じゃないか」

「こっちの(もと)める人材に()ってないってだけのことでしょ」

「いーやっ。(ぼく)はこれは神の(おぼ)()しだと思ってるね」

「神は死んだのよ」

「じゃあ君の身から出た(さび)だ。そーれーに、」

「まだなんかあんの?」

「君は僕に()りがある。ここは僕の要求を()んでいただきたいんだがね」

「私が? オーギュストに?」


 エチカは記憶を(さぐ)った。


 無い。


 まったく無い。

 借りなど無い。


 オーギュストが耳打(みみう)ちする。


「国内屈指(くっし)錬金術(れんきんじゅつ)アカデミー」


 ボソッと。


(きみ)、ガキの(ころ)にアカデミーの校舎をぶっ壊したことがあっただろ? あれにはちゃんと刑法上の前科(ぜんか)がついちまってるんだぜ。ただ君は有能だから、僕のはからいで不問になってるってだけで。()()ね」

「はっ。んな(むかし)のこと引きあいに出されてもね。時効(じこう)よ、じ・こ・う――」


 だっはっはっは!

 と勝利(しょうり)()いしれるエチカが大声で笑った刹那(せつな)


陛下(へいか)、エチカには他にも余罪(よざい)があるであります!」

錬金術(れんきんじゅつ)で人をぶっとばしたりするのはダメであります!」

採取(さいしゅ)のために許可の出ていない遺跡(いせき)へ行くのもメッ! なのであります!」

「ということだ。ってゆーか君、そんなことまでやってたのか……」

「いいでしょべつに」


 三人の兵士――さっきエチカに殴られた兵士たちだ――の助言(じょげん)で、罪状が加算(かさん)されていく。


 よけいなことをしてくれたこの兵士たちを、もう一度(いちど)杖の餌食(えじき)にしてやろうとエチカはツカツカ追いかけた。

 兵士たちは王様のうしろにまわりこみ、べろべろばーと舌を出してくる。


「このっ……!」


 思いきり打ちおろした杖は、(おそ)れ多くも兵士たちがサッと身代(みが)わりにしたオーギュストの無防備な頭に()()さった。


 だらだら血を流しながら、オーギュストがエチカを正面に見据(みす)える。


了解(りょうかい)してくれるね? もちろん」


 オーギュストのうしろでは、相変わらず兵隊たちが(した)を出してエチカをバカにしていた。


「わ……」


 雑兵(ぞうひょう)たちへの仕返しはとりあえずあとにして、エチカは怖いくらいに(さわ)やかな笑顔で見下ろしてくる国王に返事(へんじ)をする。


「分かったわよ……」


 不本意(ふほんい)ではあったし、刑事上の罰など(じつ)はどうにでもできる自信があったが――。


 牢屋(ろうや)のほうを見る。


 温度(おんど)の調整が()かない、()し暑い(ごく)のなかで、黒髪の少女がただ一人(ひとり)、現実の感覚から切り離されたように、呆然(ぼうぜん)としていた。





 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ