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フィーロゾーフィア  作者: とり
第36話 雨について
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雨について-①

 



 雨乞(あまご)いはその日もおこなわれた。


 フィーロゾーフィア(じょう)屋上(おくじょう)である。


 雲の上の(みやこ)を、(さら)に高い場所から見下ろす光景は圧巻(あっかん)だった。


 白い雲塊(うんかい)と青い空が、浮遊(ふゆう)する島の下に海と波のようにたゆたっている。都市の家や施設(しせつ)(いらか)が、模型(もけい)のような整然とした配置で眼下(がんか)()れている。


 しかし彼らにはその景色(けしき)を楽しんでいる余裕(よゆう)はなかった。

 というよりすっかり慣れてしまい、日常の風景の(ひと)つとさえなっている者までいた。


 ただ通常と違うのは、屋上に青い装置(そうち)が設置されていることだ。

 円注(えんちゅう)台座(だいざ)にブルーの球体が浮遊し、いくつもの(きん)のリングで守られたそれは、天球儀(てんきゅうぎ)のようでもあった。


 これももう設置して一週間(いっしゅうかん)()つ。


 集まった人々――臙脂(えんじ)のローブに同じ色の帽子(ぼうし)(かぶ)った、〈宮廷(きゅうてい)錬金術師(れんきんじゅつし)〉たちは、各々(おのおの)の手に(にぎ)りしめていた専用の長杖(ロッド)(ちから)を込めていた。

 回転していた球体が、一度(いちど)だけ速さを()す。――が、すぐに減速した。


 装置を(かこ)んでいた術師たち、あるいはそれを遠巻(とおま)きに見守っていた新任の術師たちが、こぞって(かた)を落とす。


「……今日もダメじゃ……」


 最後に(つえ)を下ろしたのは、この中では最も高齢(こうれい)と言えよう、白い(まゆ)に白い(ひげ)の、手や顔に深い(しわ)(きざ)まれた老人だった。

 ほんの少し見ただけで、七十は()えているだろう。


「ふりませんね、雨……」


 老人と一緒(いっしょ)に杖を構えていた一人(ひとり)が――こちらはまだ若い男だった――(そら)を見上げ、ローブの(すそ)から(はだか)の手を出してつぶやいた。


 天にはただただ深い青。その下を、〈渡煌石(とこうせき)〉と呼ばれる緑の(かがや)く小さな石が、()れを成してらせんを描き、透明な軌道(きどう)をゆっくりとめぐっている。


「そろそろ貯水池(ちょすいち)のほうもマズイ(あたい)になってきているそうですし……。誰か有力(ゆうりょく)な錬金術師に協力(きょうりょく)をあおぎますか? パスカル所長」


「もしくはギルドに依頼(いらい)を出すか、ですな」


 中年の男が、若い錬金術師に続いて言った。


「何か妙案(みょうあん)を持っている連中の目に()まってくれるかもしれない。我々錬金術(れんきんじゅつ)のエキスパートがこんなに(ちから)を寄せ合ってもどうにもならないんだ。ほかの……()わり(だね)に期待するのも、ありなのではないかと」


 中年の術者の意見に、ある者はプライドをキズつけられ、ある者は自分の不甲斐(ふがい)なさに(くちびる)()んだ。


 (ろう)錬金術師は数瞬(すうしゅん)考える。

 選択(せんたく)は早かった。


「ギルドに依頼書(いらいしょ)を出そう。この(さい)魔法でもお(いの)りでもかまわん」


「パスカル所長!」


 若い錬金術師が非難(ひなん)がましく声を上げた。


 パスカルはそれを(えだ)のような手で制し、採用(さいよう)した意見を出した中年の部下のほうに、(まゆ)の下の小さな瞳を向けた。


「では、フェーン。ギルドのほうに(もう)し込んでおいてくれ。早急(さっきゅう)にたのむぞ」


「はい!」


 (よわい)四十ほどの男――フェーンは、歯切(はぎ)れよく返事をすると、黄色い石のついた(つえ)をたずさえ、屋上(おくじょう)を後にした。



 それから(さら)一週間(いっしゅうかん)が経過した。


 雨はまだ――()らない。





 

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