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フィーロゾーフィア  作者: とり
第34話 コーヒーについて
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コーヒーについて

 



「わたしもコーヒーをのみたいです」


 ある夏の日のフィーロゾーフィア。

 雲の上の王国である。


 フィーロゾーフィア国の王都に、一軒(いっけん)雑貨屋(ざっかや)があった。

 『エチカ商店(しょうてん)』。

 錬金術師(れんきんじゅつし)である若い女――エチカの経営する、(くすり)もあつかっている小さな店である。


「急になにを」

 と、朝食の(せき)でエチカは対面に座る少女――小夜子(さよこ)に言った。


 店の奥にある(にわ)である。食事は基本的に、ここで()るという不文律(ふぶんりつ)がこの店主にはあった。


 小夜子――黒髪のロングヘアに黒い両目の、十四才ほどの小柄(こがら)な少女は、屋外(おくがい)用のテーブルのむこうからプクウとほっぺをふくらませて、冒頭(ぼうとう)のセリフをくりかえす。


「わたしもコーヒーをのみたいんです!」


 カチューシャにモノトーンのワンピースと、顔と同様におとなしめの服装だが、小夜子の性格はその(かぎ)りではない。


 エチカ――長い金髪に(ほそ)いヘアピンをつけた、(そで)なしのシャツにミニスカートすがたの女は、「ああ」と金色の瞳をはぐらかすように上向(うえむ)けた。


 片手に持っていたカップから、ドリップで()れたコーヒーをひとくち飲む。


「やめときなさい、サヨコ。コーヒーなんて飲んだっていいことないわよ。百害あって一利(いちり)なしだわ」

「目のまえで飲んでおいてそんな言い(ぐさ)されたところで信じるワケないでしょうっ」


 (にぎ)(こぶし)をテーブルに(たた)きつけて、小夜子。


 エチカはカップを()りふり言う。


「いやマジマジ。カフェインって覚醒(かくせい)作用あるし、苦いし、飲みすぎると胃を(いた)めるし、やめときなさいって。もーちっともいいことなんてないんだから」

「んじゃあなんでエチカは飲むんですか?」

「私はいいのよ。そのへんべつに気にならないから。でもサヨコはねー、まだお子さまだからねー」

「せめて一口(ひとくち)でいいからくださいよう……。エチカだっておいしいから飲んでるんでしょう?」

「うん」

「わーん!!」


 ぐいーっとカップをあおって飲み()すエチカに、小夜子(さよこ)はテーブルにつっぷして泣いた。


「なんかにぎやかだなあ、朝から」


 ひょこりと店のほうから一人(ひとり)の青年が庭にやってくる。


 杖屋(つえや)ではたらいている錬金術師(れんきんじゅつし)の男、ランボーだ。

 (とし)は十八才とエチカと同じだが、気弱に()れたブラウンの目とくたびれたハイネックシャツ、ゆったりとしたロングパンツのせいで、どことなく彼女より年下に見える。


 もっとも、エチカが実年齢(じつねんれい)よりすこしばかり上に見える、気丈(きじょう)美貌(びぼう)の持ち主という理由もあるのだが。


「うっ……」


 小夜子(さよこ)はランボーの顔を見るなり、アイサツが頭から()っとんだ。


 ランボーには以前、錬金術師(れんきんじゅつし)(つえ)購入(こうにゅう)する(さい)に世話になったのだが、そのときの顔色とは明らかにちがう。


 ()(さお)だ。


「おはようサヨコ。エチカさんも。ちょっと欲しいお(くすり)があって来たんですけど」


「うちはいま休業中だし、開店日だとしても営業時間は九時からよ」


 作業用の手袋(てぶくろ)をかるくめくって、腕時計を見やりながらエチカ。まだ八時前である。


「そんなこと言わないでくださいよ~。(おれ)、はやく宮廷(きゅうてい)錬金術師になりたくて、仕事が終わったら徹夜(てつや)で勉強してるんです。でも、どうもコーヒー飲みすぎちゃったみたいで、連日不眠(ふみん)だし胃はやられるし、(かり)に寝つけてもアリやゴキ×リに全身たかられる悪夢(あくむ)見るしで、ホントまいってて」


「そりゃご愁傷様(しゅうしょうさま)なことで」


「お願いします、よく効く胃薬(いぐすり)くださいよおー。お金はちゃんと払いますから。自分で作ったのじゃ、ぜんぜん効かなくって。かと言ってコーヒーやめようとも思わないんですよねー。もうコレがないと生きてけないっていうか」


 短い小麦色の頭髪に手をやって、ランボーはゲッソリした表情をムリにテヘッと笑わせる。

 エチカはさすがに一瞬(いっしゅん)絶句(ぜっく)したが、


「……売り場の(たな)にあるやつを(ひと)つ持っていきなさい。代金はカウンターに置いといて」

「へへっ、よかったー、信じてましたよ。それじゃあエチカさん、サヨコ、さよーならー」


 あでで、と(はら)をかかえて、ランボーはドアから店のほうに引っ込んだ。商品(だな)からものを取り出す音と、カウンターテーブルに小銭(こぜに)を置く音がかすかに聞こえ、大通(おおどお)(がわ)のドアがバタンと閉じる。


「……のんでみる? コーヒー」

「いえ……。やっぱり、わたし、一生(いっしょう)のまなくてもいいかなーって……」


 ランボーの消えていった(とびら)白目(しろめ)をむいてながめつつ、小夜子(さよこ)はコーヒーへの認識(にんしき)をあらためたのだった。




                     おわり






 

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