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フィーロゾーフィア  作者: とり
第32話 風邪(カゼ)について
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風邪について

 





 雲の上の国フィーロゾーフィア。

 夏もさかりのこの王国には、いま風邪(カゼ)がはやっていた!


「ゲホゲホ!」

「ゴホゴホ!!」

「うおっほ! うげっほ!」

「ワゴホンワゴホン!」

「ニャホン! ニャホン!」


 ()いも若きもネコもしゃくしも、みんな(ねつ)を出し(せき)を出し、鼻水ズーズーでたいへんなのだった!


「どぼぢで……どぼぢでこんなことに……」

「どうしたの急に」


 ねつにうなされてベッドに横たわる少女にエチカは言った。

 長い金髪に金眼(きんめ)の若い女である。(かた)から先のないシャツに短いスカート、作業用の白手袋(しろてぶくろ)をつけている。腰のベルトには結晶(けっしょう)化した四精霊(しせいれい)()った、円環(えんかん)状のホルダーをぶらさげている。

 国内随一(ずいいち)錬金術師(れんきんじゅつし)だが、どことなく学問とは縁遠(えんどお)風采(ふうさい)だ。


「きっとエチカにうつされたんだ……」


 小夜子(さよこ)は熱でまっかになった顔でエチカに答えた。(ひたい)()れタオルを自分でのせなおす。


 黒いつやのある長い髪に、ブラックオニキスもかくやという黒い双眸そうぼう。白い寝巻とマスクをつけた、十四才の少女である。

 彼女は三十八度()えの身を仰向(あおむ)けに寝かせて、うめいているのであった。


「この(まえ)カゼひいたクセにほったらかしとくから~……ゴホ、グえっほ!」

「それはいいんだけどさー」

「よくない」

(くる)しいならそのマスク取ったら?」

「マスクつけてたらなおるって言ってたじゃないですか」

「マネすんなとも言ってたわよ」

「クッソー、『マスクつけてたら効率(こうりつ)いい』ってエチカが言うから、二十四時間三百六十五日トイレもおふろもマスクつけっぱなしにしてたのがダメだったのかな……」

「あんたここ数日しかマスクつけてなかったじゃない」

「そうですね」

「マスクつけたまま(くる)ったように庭でホースで水浴(みずあ)びしてたじゃない」

「エチカがマスクつけてたらカゼひかないって言うから」

「言ってねーわよ。あとカゼの原因それだわ。私がうつしたのではなく」

「本当にそう思いますか?」


 エチカはデスクからイスを引いてきて座った。


 今日は店の電話がリンリンリンリン朝から鳴っていて、何度も(くすり)の販売をやってないか確認された。「休業中よ」とエチカは答えたものの、医者も行列ができているありさまで、「せめて子どもの分だけでも……」と泣きつかれれば、相手にしないわけにもいかず。本日にかぎり実質(じっしつ)開店ということとなったのだ。


 朝には殺到(さっとう)していた注文も()けて、昼食時となった現在ようやくヒマができたところである。


 そして居候(いそうろう)兼アルバイトの少女、小夜子(さよこ)のようすを見にきたのだが、やはり彼女も薬でもやらなければつらそうだった。


「店の(たな)にあった治療飲薬(ポーション)は売り切れちゃったから、いまからつくるわね」

一瞬(いっしゅん)でも『うわ、こんな女に看病(かんびょう)とかされんのかな』って心配になったわたしになにか言うことがあるんじゃないですかねえ」

「看病してほしかったのかしら」

「死んでもごめんです」

「でしょうよ」


 エチカは持っていた薬草(やくそう)と水の入ったガラス(びん)に、もう片方の手にたずさえていた錬金術師(れんきんじゅつし)(つえ)を当てた。

 先端の赤い〈エーテルせき〉をかいして術者の意志が大気中の魔法性媒体〈プネウマ〉にはたらきかけ、材料を変成させる。


 ぼうん!


 回復のポーションが(ひと)つできあがる。


「ほれ、さっさと飲みなさい」

「なんか(にが)そうな色してるんですけどー」

「でもコレ飲んだらあんたの大好きなココアの味がするわよ。あんたのためにはじめて作ってみたんだけど」

「やったー! のみますのみます!」


 小夜子さよこはエチカから(びん)をひったくって一気(いっき)に飲み()した。

 黒い()をカッとみひらく。


「うええ~! にがあ~……」

「ちゃんと聞いてたらダウトと気づけたセリフだったわよ」

(ねつ)思考(しこう)回路が()だってたんですっ」

「そんだけハッキリ言いかえせりゃ、元気になったってことよね?」

「元気にはなりましたけどー」


 錬金術(れんきんじゅつ)で作った薬は、即効性(そっこうせい)のある――魔法薬(まほうやく)としかいいようのない回復効果をもつものが多い。

 エチカが小夜子(さよこ)に与えた〈治療飲薬(ポーション)〉もその(ひと)つで、ちょっとした体調不良はおろか、モンスターから受けた毒さえたちまちのうちに全快(ぜんかい)させてしまう。

 小夜子(さよこ)(ねつ)はうそのように引き、(せき)も止まり、ぐずぐずいっていた(はな)もすっかりおさまったのだった。


「しっかし、町の人たちもこぞってカゼひくなんてね……。流行病(りゅうこうびょう)かしら?」

「いやー、エチカのせいですよ」

「どうがんばってもつながらないんだけど?」

「だって『マスクつけてすごしてたら何やってもカゼひかないばかりか天才になれる』って言うからそれを一字一句(いちじいっく)たがわずにソーシャル(S)ネットワーキング(N)サービス(S)に書き込んで拡散(かくさん)させたんですよ」

「がっつりあんたのせいじゃないのよ。あとそんなこと言ってないから」

「でもエチカのアカウントで書き込んだんですよ」

「なりすますな。どーりで電話してくる客のなかに『テメーのせいだろがよお!』っていみわかんないこと言ってくるやつがいたわけだわ」

(なぞ)がとけてよかったですね♪」

「本気か?」

「ごめんなさい。二度(にど)としません」

「おわびと訂正文(ていせいぶん)いれときなさい」

「わかりました」

 小夜子さよこは深々と頭をさげた。



 この日を(さかい)に、フィーロゾーフィアの国民は、しばらく風邪(カゼ)をひかなくなった。




                 おわり







 

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