小夜子帝国について
「わーい!」
毒の雲の上の国フィーロゾーフィアで、小夜子はどっすんどっすん跳びはねていた。
小夜子というのは黒いサラサラロングヘアにカチューシャをつけた、ワンピースすがたの十四才の女の子である。
それ以上のことについてはべつに知らなくてもよろしい。
知らんくてもべつに死なへんしな。
知ったからゆーてなんかええことがあるわけでもないし。
ほんで……
なんや……。
「きょうからここを、小夜子帝国にしまーす!」
「戦争でも仕掛けんのか」
ドスンと売り場のフローリングに着地する華奢で小柄な少女にエチカは言った。
エチカ――クセのある長い金髪に金色の眼、ノースリーブにミニスカすがたの若い女錬金術師である。
カウンターテーブルに座って、彼女は通販カタログをながめていた。
朝の八時と、本来ならここ『エチカ商店』という名の自宅兼雑貨屋をあける準備をバイトの小夜子ともどもしているところだが、いまは店が夏やすみ中なのでかんけいない。
「だいたい『ここをサヨコ帝国にする』っつったけど、どこをあんたの国にするのよ」
「なに言ってんですか。ここですよ、エチカの家です。ジャンプしてまで位置情報提供してんのにわかりませんかねえ~?」
「殺すぞ」
「ごめんなさい」
「すなおでよろしい」
「で、きょうが小夜子帝国のできた日なんで、きょうを建国記念日にします!」
「建国記念日?」
「なーんだエチカ、建国記念日も知らないんですか?」
「知ってるわよ。その日が国民の休日になるていどには」
「それだけ知ってりゃじゅうぶんです。わたしの建国により、きょうはいまからおやすみとなります。おやすみにしまーす!」
「すでに私の家と土地はあんたにのっとられてフィーロゾーフィア王国から独立したことになってんのにびっくりなんだけど。ってゆーか『帝国』ってことはすでにどこかの国を併呑するか合併するかしてるってわけで」
「あとでします」
「帝国とは?」
「それはさておきね、思いたったが吉日なのでね、ついさっき思いついたのでやってみました」
「建国記念日ほしさに?」
「いやわたしの国とお城と端女たちもほしいですけども」
「やすみもほしいと」
「そうですね。やすみとカネはいくらあってもこまりませんのでね」
「うちの店も世間もいま夏やすみまっさかりだけど、そのなかにやすみの日をつくっちゃうと。それとものこりの夏やすみとひきかえにいまつくったあたらしい国のたった一日のやすみをとるのかしら」
小夜子はジャンプするのをやめた。
両手を大きくあげて、背のびの運動のポーズで宣言する。
「小夜子帝国をつくるのはまたこんどにします」
「そうしなさい」
エチカはショートブーツのページにふせんをつけて、頬杖をついた。
小夜子は二度寝のために、二階の私室にあがっていった。
それから――
小夜子帝国は、建国の日をむかえることはなかった。
小夜子も思いつきでいうたもんやからな。
わすれてしもたんや。




