錬金術師の杖について-③
エチカの家のまえに浮遊キックボードを停めて、小夜子はなかに入った。
「杖もらってきましたよー」
「おおっ、来たわね」
「なんでエチカがうれしそうなんですか」
「いいじゃないの。それで、むこうでためしに使ってみたの?」
「いえ……はやく帰りたかったんで、箱もあけてないんですよ」
「なーんだ。じゃあデザインの説明もなしってわけね。ランボーのやつ、さぼりやがって……」
「デザイン?」
小夜子はせおっていた杖の箱をおろした。カウンターテーブルに横たえる。
「デザインなんてなんでもいいですよ。使えれば」
「とはいってもね」
エチカは外箱をあけにかかる少女をそばでながめた。
テープをはずして、ボール紙のふたをかぱっとあける。
透明な丸い石――〈エーテル石〉を先端にのせた、青銅の杖がすがたをあらわす。
「おおー。やっぱあたらしい杖ってなあテンション上がるわね」
「エチカだけなんじゃないですか?」
まんざらでもないようすで小夜子は錬金術師の杖を手に取った。
長い柄をながめる。と、いくつかの彫刻が目にとまる。
「これは? 砂時計……と、数字がいっぱい書いてる……。こっちは天秤?」
「ほらいわんこっちゃない。そーゆー顔するでしょ」
青銅の杖には、まず中央あたりに乳白色の砂の砂時計があった。
ほかはすべて彫刻で、魔方陣や天秤、立方体がえがかれている。
「そいつは大昔の偉大な錬金術師の工房にあったとされるアイテムを模したものでね。といっても、象徴表現でしかないんだけど。工房の再現度が高ければ高いほど、術者の能力を引き出しやすいっていわれてる」
「そうなんですか。……で、この絵はどういう意味で?」
「砂時計は時間を、天秤は重さをはかるものとして、錬金術師にとって必須とされているわ」
「へえー。……あれ? でも、エチカの杖は砂時計しかないですよね? ってゆーか、砂時計以外なにも装飾はなかったような……」
「――で、立方体なんだけど。これは哲学者の石……〈賢者の石〉をあらわしてるの。ほんとに古代の錬金術師が持ってたかはわかんないけど、ね」
「じゃ、ここの数字がいっぱいの……」
「魔方陣ね」
「――魔方陣は、どういう意味?」
「さあ?」
「さあって……」
「私もぜんぶを熟知してるわけじゃないもの」
「そーゆーもんですか」
小夜子は杖を両手でにぎりしめた。
床の板材をトントンと足でふむ。
木彫りの人形くらいなら作れそうだ。
「ちょっとためしてみていいですか?」
「いいわよ」
床を差し示す小夜子にエチカはうなずいた。
「えーい!」
杖の先をかるく床に打ちつける。
ぼん!!
小気味よい音をたてて、変成の煙が出た。
木彫りの熊の置物が出現する。
鮭をくちにくわえた、みやげもの売り場にでもありそうな。
「できたー! なんか、思ったよりすっごいかんたんでしたよ!」
「そう。――ねえ、サヨコ。エーテル石を見てみなさい。〈哲学者の卵〉を」
術者の精神と変成を連絡する神秘の石〈エーテル石〉もまた、錬金術師の工房における象徴のひとつなのだと理解して、小夜子は上を見た。
透明だった球形の石が、白色に変わっている。
「白……」
「アルベドね」
「ってことは、まえが黒だったから、一歩前進ってことですね!」
「そうね」
エーテル石は、黒、白、黄、赤の四色で術者の力量を示す。
黒はもっとも低い位で、白はそのつぎの段階だ。もっと小夜子がちからをつければ、こんどは黄色に変わるだろう。
ちなみにエチカは最上位の赤である。
小夜子はいつのまにか格が上がっていたことに、歓喜するのをおさえきれない。
「なんだかんだいって、ちゃんとわたしも上達してるんですね。さっき錬金術使ったときにやりやすかったのも、レベルアップのなせるわざだったんですねー!」
「そうね……。…………」
ぽん。
エチカは小夜子の両肩にかたほうずつ手をおいた。
「ごめんね、いままでやりづらい思いさせて……」
「はあ……?」
よくわからなかったが、小夜子はエチカの謝罪を受けとっておくことにした。
「ともあれ、自分の杖ってやっぱいいもんでしょ。もっとはやく買ってやるべきだったわね」
「えへへ、そうかもですね。でも――ありがとうございます」
小夜子は破顔したまま言った。
エチカが気まずそうに視線をそらす。
「そうすなおに礼を言われるとね……」
そのままエチカは研究室のほうに去っていった。
小夜子はよくわからないものの、気にすることもない。
(なんにせよ――)
小夜子はポーズを取るように、青銅のロッドを天井にかかげてみた。
「小夜子は錬金術師の杖をてにいれた! なーんてねっ」




