錬金術師の杖について-①
小夜子は三時のおやつを食べていた。
雲の上の錬金大国フィーロゾーフィア。
その王都にある雑貨屋に、小夜子は住んでいる。
小夜子――十四才の女の子である。
黒い長髪に黒い両目。頭にはカチューシャをつけて、おとなしめのワンピースドレスを着ている。
夏場の王都は暑かったが、ふしぎと『エチカ商店』(小夜子が住み、かつはたらいている雑貨屋の名前だ。なお、今は休業中)の庭はすずしかった。
テーブル上の小型扇風機が利いているのだろうか。それにしてもこの居心地のよさはなんだろうと、小夜子は思いつつシュークリームをほおばる。
――あっはっはっはっは!
店のほうからエチカの笑い声が聞こえてくる。
さきほど電話がかかってきて、彼女はそれを取りに入っていったのだが、いったいだれと話しているのか。
(えらく盛りあがってるなあ……)
とは言え長電話とよぶようなものでもなく、一分とたたずして彼女はもどってきた。
ガチャッ。
ドアをあけるなり、庭のテーブルでおやつを食べている小夜子のもとにやってくる。
「サヨコ、きたわよ。やっと入荷したって」
「わたし? なにがですか?」
「杖よ杖。このまえたのんだやつよ。私のじゃ使いにくいからって」
エチカ――金のロングヘアに金色の双眸、ティーシャツにミニスカートの若い女錬金術師だ――は、何本かのほそいヘアピンで大きく分けた前髪のしたから、ハツラツとした笑顔で小夜子を見た。
小夜子は「そういえば」と、数日前のことを思い出す。うだつのあがらない錬金術師がエチカの店にきた時に、彼女の杖を使って重いとかなんとか言っていた。
そして、自分の杖を持っていない小夜子が、ふだんエチカの杖を使って錬金術をおこなっていると知るなり、『マジか』とびっくりしていたのだ。
「わたしはべつに使いにくいって思わないんですけどー」
「いいから行ってきなさいって。ほら、これお金」
「わかりましたよ。でも、行くってどこに?」
「『フラメル』っていう杖屋よ。ナマイキにも、〈フラメルの十字架にかけられたヘビ〉っていう紋章を看板にしているわ。こう……十字架にヘビがからまってて、てっぺんに冠を戴いているマーク」
エチカは作業用のグローブをはめた手で、器用にサラサラと自前の研究手帳に絵を描いた。
ビリッ。
ページを切り取って小夜子に渡す。紙面には住所も添え書きされていた。
(あ、マンガで見たことあるマークだ)
小夜子は『日本』から、地球とは異なる法則や理のはたらく世界――〈ユックリッド〉に転移してしまった迷子である。
フィーロゾーフィア王国にもマンガやビデオゲーム、インターネットというサブカルチャーや設備は存在し、日本にあったものと酷似した作品も多々あるが、フラメルの十字架にかけられたヘビは、小夜子の記憶では日本で読んだマンガの印象がつよい。
もっとも、故郷の記憶があれば送り帰されることができてしまうので、実家に帰りたくない小夜子は、必死に前の世界での記憶がないフリをしているのだった。
メモと、お金の入った封筒をポケットにしまい、エチカに確認する。
「下層の職人街ですよね?」
「ええ。いいかげんこの町の地理にもくわしくなってきたみたいね」
「まあ、慣れてきた感はあります」
エチカにてきとうに返して、小夜子は庭に停めている浮遊キックボードを取り、ドアから屋内に移動して、玄関から町の大通りへと出ていった。
キックボードを起動させて、ふわりと浮かびあがる。
最大速度20km/h、最高高度50センチメートルの乗りものをブイブイ言わせて、鼻歌まじりに、小夜子は下層の街区を目指していった。




