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フィーロゾーフィア  作者: とり
第28話 マスクについて
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マスクについて

 




 毒の雲の上の王国(おうこく)、フィーロゾーフィアに今日(きょう)(あさ)がくる。


 午前(はち)時。

 いつもより(おそ)い時間帯に小夜子(さよこ)一階(いっかい)におりた。黒髪黒目の、十四才の女の子である。


 ダイニングには誰もいなかった。庭に移動する。

 誰もいない。


 同居人(どうきょにん)――というか家主(やぬし)のエチカは、朝は決まって早起(はやお)きで、庭かダイニングにいるのだが、そのどちらにもいない。ということは。


研究室(けんきゅうしつ)かしら)

 小夜子は白い寝巻(ねまき)のまま、(ねむ)()をこすりこすり、ダイニングを出ようとした。


 ごほっ。


 廊下(ろうか)に出るなり、階段のほうから音がする。

 (おも)たげな足音(あしおと)をさせて、ちゃっかりシャツにミニスカの私服(しふく)姿に着替えたエチカ――金髪(きんぱつ)金目(きんめ)の若い女錬金術師(れんきんじゅつし)だ――が、ゆっくりとおりてきていた。ごていねいなことに、作業用(さぎょうよう)のグローブもしっかり()めている。


「ダルい……。カゼを、ひいちまったみたいね――げえっほっ! げほっ!」

「へえー。エチカも体調(たいちょう)(くず)すなんてことがあるんですね」

「あんたは()さそうでいいわね。なんとかはカゼをひかないとは言ったものだわ」

「そんだけ(にく)まれ(ぐち)が叩けるならヘイキそうなもんですけど。まあ今日は大人(おとな)しく(まわ)(みぎ)して()てて下さい。食事(しょくじ)当番(とうばん)かわりますから」

「わるいわね。とは言えこんな機会(きかい)に部屋の中で寝込(ねこ)んでるってわけにもいかないんだけど」

「どういう――」


 小夜子(さよこ)()くより先に、エチカは持っていたマスクを装着(そうちゃく)した。

 金の(なが)い髪に金色の目――元がハデな(かお)つきなために、顔の下半分(したはんぶん)をピッタリ(おお)いつくすプリーツ付きマスクは、エチカを一昔前(ひとむかしまえ)暴走族(ぼうそうぞく)に変身させる。


 そのまま階段をおりて、研究室から庭へ出ていくエチカを小夜子は()った。行きがけの駄賃(だちん)のような動きで、デスクに出しっぱなしにしていた(ほん)充電(じゅうでん)式の卓上(たくじょう)扇風機(せんぷうき)を手に取って、エチカが庭へのドアを開く。


「って、()てるんじゃないんですか? こんな時にまで外で読書(どくしょ)?」

「そーよ。(くすり)()んで一日中(いちにちじゅう)家にこもってるより効くわ。私の場合(ばあい)。ああ、ご(はん)できたら()んでね。配膳(はいぜん)手伝うから」

「おとなしく部屋で寝てましょうよー。悪化(あっか)したらどうするんです?」

「おとなしくはしてるわよ」


 エチカはコン、コンと(せき)をしながら、あしもとにあったバケツの(みず)を草の地面(じめん)にぶちまけると、デッキチェアに(よこ)たわって扇風機(せんぷうき)をつけ、本を読みはじめた。


 なっとく)のいかなそうな顔でパジャマのままたたずむ長い黒髪の少女――小夜子(さよこ)横目(よこめ)に見る。


「……サヨコ。カゼってのはね、私にとっちゃあチャンスなのよ。最も効率(こうりつ)のよくなる日だわ」

「『私にとっては』っていうことは、汎用性(はんようせい)()いんでしょうか?」

「責任は取れないから、真似(まね)はしてほしかないわね」

「で、チャンスとは?」


 エチカはかるく、(くち)につけている白い不織布(ふしょくぬの)を引っぱった。


「マスク?」

「そう」

 ぴったりと(はな)(くち)(ふさ)ぐように付けなおす。


「なんでもない時に着けてたら変人あつかいだけどね。カゼなら一日中(いちにちじゅう)付けてられるでしょ。その状態(じょうたい)で外にずっといると、なんか調子(ちょうし)がいいのよね。私の場合(ばあい)、だけど」

「はあ……。なんでなんですか?」

「さあ?」


 (ぼう)感染(しょう)影響(えいきょう)で、日本(にほん)にいた時には『外に出る時はマスクをつけるのがマナー』みたいに言われていた時期があるのを知っている小夜子だが、故郷(こきょう)での記憶(きおく)()くしたということにしているので、余計(よけい)なことはしなかった。


 エチカはみじかく答えると、本を読むのに意識を(もど)した。

 会話は終了(しゅうりょう)だ。


(なんで……?)


 小夜子(さよこ)朝食(ちょうしょく)支度(したく)のために、キッチンのあるダイニングに()かった。マスクを付けて外で扇風機(せんぷうき)に吹かれながら悠々(ゆうゆう)自適に読書するエチカに、ただ疑問符(ぎもんふ)を浮かべつづける。


(なんでーー!?)





 

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