モーニングスターについて
「新装開店でーす。お試しにおひとついかがですかー?」
毒の雲の上の国、フィーロゾーフィアに快活な声が響きわたる。
白いバンダナを頭巾のようにした、おとぎ話の世界から飛び出してきた風情の装束を身につけた、十代中頃の少女だ。
彼女は往来の端で、つとめている店の宣伝を行っていた。
箱の中にある『試供品』を、道行く人たちに差し出している。
受け取る者はすくない。
「おひとついかがですかー?」
通りすぎようとしたところにサッと手渡され、エチカは咄嗟に受け止めた。
エチカ――長い金髪に金色の両眼の、若い女錬金術師である。
夏場のため、肩やヘソを出したシャツに、短いスカート、サンダルを穿いて、手にはそんなヤンチャな服装に不似合いな――潔癖症にも見える――白い作業用グローブを嵌めている。
「これ、もらっていいの?」
ヘアピンで避けた硬めの前髪――ハッキリと見える白皙の美貌が、うろんげに杖(エチカが愛用している錬金術師のロッドだ)で受け止めた物をながめていた。
少女はにっこりとうなずく。
「はいっ。無料で配布しております」
「ずいぶんな気前のよさね」
「それだけがジマンなんです」
トクイ気に少女は胸を張った。
エチカは「じゃ、もらっておくわね」と告げて、少女から差し出されたものをもらっていった。
◇
「すごーい!」
小夜子はエチカの家に帰ってくるなり、声をあげた。
黒いサラサラのロングヘアに、黒い両眼、カチューシャに夏用のワンピースすがたの少女である。
としは十四才。エチカの店で、住み込みで働いている居候兼従業員だが、六月になってからは店は長期休暇に入っているため、仕事はない。
それはともかく小夜子は庭につっ立っているものに、おどろきをかくせないのであった。
「大きな金平糖!」
屋外用のテーブルで、二人分の昼食をならべていたエチカのすぐ脇。地面に杭を打ち込むようにして立てられている、黒光りするイガ栗をのっけた木の棒を見て駆け寄っていく。
エチカは無言で、少女の背中を見送った。
「これ、わたしが食べてもいいですか!?」
「いいわよ」
炎天下にあっても溶けるようすもなく、硬質な光沢を放ちながらたたずむイガ栗型に、小夜子は思いきりかぶりつく――
「待った!」
エチカはさすがに止めた。
小夜子が振りむく。
「なんですか? 今更『やっぱり私が食べる!』とか無しですよ! もうわたしのなんですから!」
「…………いや……」
なんと言ったものか、エチカは数瞬かんがえて、
「その……ゆっくり食べたほうがいいわよ。あんまり勢いつけたら歯あ折れるかも。最悪の場合刺さって死ぬ」
「あっ、そうですよね。こんだけでっかい金平糖ですもの。かためるのに苦労しただろうなー」
「……そうね」
一片の迷いもなく感心する小夜子に、エチカは口元をかくした。笑いをこらえるので必死だ。
「でも、こんなのどこで手に入れたんです? どこのお菓子屋さんで売ってたんですか?」
「大通りで配ってたのよ。なーんかメルヘンな感じのエプロンつけた女の子がね。新装開店するから、ぜひ来てくださーいって、宣伝で」
「なーるほど。おいしかったら行ってみようかなー」
ぱくっ。
小夜子は黒い金平糖の端のほうにかじりついた。
がじがじ……。
「?」
思っていた味とちがう。
「あのー、なんかこれ鉄くさいっていうか……血っぽい味するんですけど」
「どっちかってーと『鉄くさい』ってほうが正解よ。いや血も鉄分がふくまれてるから、合ってるっちゃー合ってるけど」
「あと、なんかぜんぜんとけていく感じがないっていうか……くずれていく感じもないし。金平糖って、たしかに硬くはあるんですけど、嚙んだらもうちょっとすなおに割れたりしてくれません?」
「そうね」
「っていうかエチカ、これって――」
小夜子はようやく気がついた。
とたん、エチカをぎっと睨み、肩を怒らせて吠える。
「これ、鉄球じゃないですか! だれなんですか金平糖とか言って騙したやつは!!」
「あんたが自分で言ったのよ」
「そこをちゃんと指摘して教えてくれなかったエチカも同罪ですよお! 知らなかったってーならいざ知らず!」
「いやまさか本当に気づかずに噛みつくとは思わなくってさ」
エチカはにやにや笑いながら小夜子に弁解した。
小夜子はその場でじだんだを踏む。
「もーっ! それでこれは一体なんなんですか!?」
黒いイガイガの鉄球を載せた木の棒を指差して、小夜子が問う。
エチカはそっけなく答えた。
「モーニングスターよ。見りゃわかるでしょ」
「見てわかってたらそもそも金平糖だなんて言いませんがっ!?」
「正論だわね」
肩をすくめてエチカは肯定した。
小夜子は、鉄球と杭――柄の部分をつなぐ鎖をさがす。
「だいたいモーニングスターって、ふつう鎖でつながってて、球のほうをぶんぶん振り回して使う武器のことを言うんじゃないんですか?」
「まあそういうタイプもあるけどね。どっちかってーとそれは『フレイル』っつーのに分類されるんじゃないの? きほん的に、モーニングスターはそういうメイス状のものらしいわよ。私もくわしくはないから、武器屋のおやじのうけうりになっちゃうけど」
エチカは地面に突き立てていたモーニングスターを、ずぼっと引き抜いた。
小夜子がどんな反応をするか見たくて刺していたのだが、まさかお菓子とまちがえるとは……。
「途中で気がつきなさいよね。……食べるまえに」
「だってー」
小夜子はイスに腰を落とし、パンやサラダの取り皿をまえに項垂れた。
「ちょっとへんだなーとは思いましたけど……メルヘンな格好した女の子が、まさかモーニングスターを配ってまわってるなんて、思いもしませんよ……」
悔しそうな小夜子の弁明に、エチカはぽんと手を打った。
「それもそうね」




