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フィーロゾーフィア  作者: とり
第27話 モーニングスターについて
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モーニングスターについて

 



新装(しんそう)開店でーす。お(ため)しにおひとついかがですかー?」


 毒の雲の上の国、フィーロゾーフィアに快活(かいかつ)な声が(ひび)きわたる。


 白いバンダナを頭巾(ずきん)のようにした、おとぎ話の世界から飛び出してきた風情(ふぜい)装束(しょうぞく)を身につけた、十代中頃(なかごろ)の少女だ。

 彼女は往来(おうらい)(はし)で、つとめている店の宣伝(せんでん)(おこな)っていた。


 箱の中にある『試供品(しきょうひん)』を、道行(みちゆ)く人たちに差し出している。


 受け取る者はすくない。


「おひとついかがですかー?」


 (とお)りすぎようとしたところにサッと手渡され、エチカは咄嗟(とっさ)に受け止めた。


 エチカ――長い金髪に金色の両眼(りょうめ)の、若い女錬金術師である。

 夏場のため、(かた)やヘソを出したシャツに、短いスカート、サンダルを穿()いて、手にはそんなヤンチャな服装に不似合いな――潔癖症(けっぺきしょう)にも見える――白い作業用グローブを()めている。


「これ、もらっていいの?」

 ヘアピンで()けた(かた)めの前髪――ハッキリと見える白皙(はくせき)美貌(びぼう)が、うろんげに(つえ)(エチカが愛用している錬金術師のロッドだ)で受け止めた物をながめていた。


 少女はにっこりとうなずく。


「はいっ。無料で配布(はいふ)しております」

「ずいぶんな気前のよさね」

「それだけがジマンなんです」

 トクイ()に少女は胸を()った。


 エチカは「じゃ、もらっておくわね」と()げて、少女から差し出されたものをもらっていった。



   ◇



「すごーい!」


 小夜子(さよこ)はエチカの家に帰ってくるなり、声をあげた。

 黒いサラサラのロングヘアに、黒い両眼(りょうめ)、カチューシャに夏用のワンピースすがたの少女である。

 としは十四才。エチカの店で、住み込みで働いている居候(いそうろう)(けん)従業員だが、六月になってからは店は長期休暇(きゅうか)(はい)っているため、仕事はない。


 それはともかく小夜子は庭につっ立っているものに、おどろきをかくせないのであった。


(おっ)きな金平糖(こんぺいとう)!」


 屋外(おくがい)用のテーブルで、二人分(ふたりぶん)の昼食をならべていたエチカのすぐ(わき)。地面に(くい)を打ち込むようにして立てられている、黒光りするイガ(ぐり)をのっけた木の(ぼう)を見て駆け寄っていく。


 エチカは無言で、少女の背中を見送(みおく)った。


「これ、わたしが食べてもいいですか!?」

「いいわよ」


 炎天下(えんてんか)にあっても溶けるようすもなく、硬質な光沢(こうたく)を放ちながらたたずむイガ(ぐり)(がた)に、小夜子は思いきりかぶりつく――


()った!」

 エチカはさすがに()めた。

 小夜子が振りむく。


「なんですか? 今更(いまさら)『やっぱり私が食べる!』とか無しですよ! もうわたしのなんですから!」

「…………いや……」

 なんと言ったものか、エチカは数瞬(すうしゅん)かんがえて、


「その……ゆっくり食べたほうがいいわよ。あんまり(いきお)いつけたら()あ折れるかも。最悪の場合()さって()ぬ」

「あっ、そうですよね。こんだけでっかい金平糖(こんぺいとう)ですもの。かためるのに苦労しただろうなー」

「……そうね」

 一片(いっぺん)の迷いもなく感心する小夜子に、エチカは口元(くちもと)をかくした。笑いをこらえるので必死(ひっし)だ。


「でも、こんなのどこで手に入れたんです? どこのお菓子屋さんで売ってたんですか?」

大通(おおどお)りで(くば)ってたのよ。なーんかメルヘンな感じのエプロンつけた女の子がね。新装(しんそう)開店するから、ぜひ来てくださーいって、宣伝(せんでん)で」

「なーるほど。おいしかったら行ってみようかなー」


 ぱくっ。


 小夜子は黒い金平糖(こんぺいとう)(はし)のほうにかじりついた。


 がじがじ……。


「?」


 思っていた味とちがう。


「あのー、なんかこれ鉄くさいっていうか……血っぽい味するんですけど」

「どっちかってーと『鉄くさい』ってほうが正解よ。いや血も鉄分がふくまれてるから、合ってるっちゃー合ってるけど」

「あと、なんかぜんぜんとけていく感じがないっていうか……くずれていく感じもないし。金平糖(こんぺいとう)って、たしかに硬くはあるんですけど、()んだらもうちょっとすなおに割れたりしてくれません?」

「そうね」

「っていうかエチカ、これって――」


 小夜子(さよこ)はようやく気がついた。

 とたん、エチカをぎっと(にら)み、肩を怒らせて()える。


「これ、鉄球(てっきゅう)じゃないですか! だれなんですか金平糖(こんぺいとう)とか言って(だま)したやつは!!」

「あんたが自分で言ったのよ」

「そこをちゃんと指摘(してき)して教えてくれなかったエチカも同罪ですよお! 知らなかったってーならいざ()らず!」

「いやまさか本当に気づかずに()みつくとは思わなくってさ」


 エチカはにやにや笑いながら小夜子に弁解(べんかい)した。

 小夜子はその場でじだんだを()む。


「もーっ! それでこれは一体(いったい)なんなんですか!?」

 黒いイガイガの鉄球を()せた木の棒を指差して、小夜子が()う。

 エチカはそっけなく(こた)えた。


「モーニングスターよ。見りゃわかるでしょ」

「見てわかってたらそもそも金平糖(こんぺいとう)だなんて言いませんがっ!?」

正論(せいろん)だわね」


 肩をすくめてエチカは肯定(こうてい)した。

 小夜子は、鉄球と(くい)――()の部分をつなぐ(くさり)をさがす。


「だいたいモーニングスターって、ふつう鎖でつながってて、球のほうをぶんぶん振り回して使う武器のことを言うんじゃないんですか?」

「まあそういうタイプもあるけどね。どっちかってーとそれは『フレイル』っつーのに分類されるんじゃないの? きほん的に、モーニングスターはそういうメイス(じょう)のものらしいわよ。私もくわしくはないから、武器屋のおやじのうけうりになっちゃうけど」


 エチカは地面に突き立てていたモーニングスターを、ずぼっと引き抜いた。

 小夜子がどんな反応(はんのう)をするか見たくて()していたのだが、まさかお菓子とまちがえるとは……。


途中(とちゅう)で気がつきなさいよね。……食べるまえに」

「だってー」


 小夜子(さよこ)はイスに腰を落とし、パンやサラダの取り皿をまえに項垂(うなだ)れた。


「ちょっとへんだなーとは思いましたけど……メルヘンな格好した女の子が、まさかモーニングスターを(くば)ってまわってるなんて、思いもしませんよ……」


 (くや)しそうな小夜子の弁明(べんめい)に、エチカはぽんと手を()った。


「それもそうね」




 

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