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フィーロゾーフィア  作者: とり
第25話 努力について
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努力について-②

 




「取って来ました。けど、使うんですか? これ」


 エチカが素手(すで)錬金術(れんきんじゅつ)を使えることを知っている小夜子(さよこ)懐疑(かいぎ)的に()いた。


「あんたが使うのよ。サヨコはそれがなきゃまだぜんぜんへたっぴでしょ」


 自分の(こし)に両手をあてて、からかうようにエチカは小夜子を見下(みお)ろす。


 二人(ふたり)のそばで聞いていたランボーが、同じ術師(じゅつし)観点(かんてん)から指摘(してき)した。


「あの、でも原則(げんそく)的に、(おれ)たちの意識とプネウマを中継(ちゅうけい)する〈エーテル(せき)〉を使わないと、物質の変化(へんか)はできないわけで。国王陛下(へいか)からエチカさんは傑物(けつぶつ)だと聞いてますが、それにしたってエーテル石なしでってのはむちゃな気がします」


 気弱(きよわ)なブラウンの目を、(さら)に弱々しくすぼめるランボーに、フフンとエチカは(はな)(わら)う。


(ろん)より証拠(しょうこ)。まあ見てなさいって」


 言うなり、エチカはランボーに片手を出した。彼が持っている()れた(つえ)のもう一方(いっぽう)――下部分をよこせというのだ。

 ランボーはぽっきりと折れた錬金術師(れんきんじゅつし)(つえ)をエチカに(わた)した。


 さっきまでためつすがめつしていた、(さき)にあずかっていた上部分と片手ずつ持って、エチカは破損(はそん)箇所(かしょ)をぴたりとくっつけ()わせる。


「エーテル(せき)は、あくまで変成(へんせい)をうながす媒介(ばいかい)粒子(りゅうし)《プネウマ》に、術者の(めい)を伝えるだけにすぎない。逆に言えば、(じか)にイメージを伝達(でんたつ)できさえすれば――必要ないってわけ」


 説明(せつめい)しているあいだに、エチカのグローブを()めた両手のあいだでぼうん! と変化の(けむり)があがった。


 杖と彼女の手元(てもと)白煙(はくえん)につつまれる。


 五秒と()たず、(けむり)は庭の空気に霧散(むさん)した。


 鋳直(いなお)したように傷一(きずひと)つなくくっついた長杖(ロッド)を、エチカが中天の()にかざす。


「うん。ちょっとひびが(はい)ってた砂時計(すなどけい)の部分も、数字(すうじ)が消えてたにぎり(グリップ)魔方陣(まほうじん)も、きれいに再生されてるわね」


 エチカはランボーに杖を()し出して、かくにんを(うなが)した。

 おそるおそる(なお)った杖を手に取って、ランボーは試験(しけん)中に折ってしまったところを(あらた)める。


「うへえ、すごい……。まるで新品(しんぴん)じゃないですか。――もしかして、その白い手袋(てぶくろ)になんかひみつがあるんですか?」


「なわけないでしょ。あんたほんとに錬金術師? (おのれ)の血を(きた)えて、あらゆる物象(ぶっしょう)(つかさど)る第五の実体(じったい)《エーテル》に近づける。それが私たち錬金術師(れんきんじゅつし)の目的であり、そのための研究と訓練(くんれん)なんでしょうが」


「うぐっ……。だって、そんなのあんまりにも途方(とほう)がなくって……。現代でそんなの信じて研鑽(けんさん)にはげんでる人なんていませんよ。……めったには」


「……(ちが)いないわね」


 エチカは両腕を胸のまえに組み、残念(ざんねん)そうに微笑(びしょう)した。

 ぼけっと立って見ていた小夜子(さよこ)に、(なに)かを思いついたらしくランボーが近寄(ちかよ)る。


「そうだサヨコ。(おれ)にその杖()してみてくれないか? ――エチカさん、貴方(あなた)の杖で、このイス(なお)してもいいですか? コツとか(つか)めるかもしれないんで」


「いいけどさ。そんなかんたんになにか得られるもんなわけ?」


「だって不幸(ふこう)はうつるんでしょ? だったら、幸運(こううん)才能(さいのう)だって、うつるかもしれないじゃないですか」


 言いながら、ランボーはうきうきと小夜子と杖を取り()えっこした。


 小夜子(さよこ)の持っていた錬金術師の杖のエーテル石が、黒から白へ変化(へんか)する。

 ランボーの能力(のうりょく)は、黒の錬金術師である小夜子より、一段階(いちだんかい)上ということになる。


 ランボーは両手でしっかりとエチカの杖を(にぎ)りしめた。

 途端(とたん)怪訝(けげん)に首をかしげる。


「……あのー」


「なによ」


 ランボーはへっぴり(ごし)になりながらも、彼女のロッドを(さわ)った所見(しょけん)()べた。


「これ、細工(さいく)とかしました? 改造っていうか……どっちかって言うと、劣化(れっか)させた感じかな。なんか(おも)いっていうか――反発(はんぱつ)するみたいに(ちから)()かるような……」


 たしかめるようにランボーは(つえ)を振った。エチカに(なお)せと言われた、屋外(おくがい)用のウッドチェアに先端(せんたん)の石を()てる。


 ぼうん!


 白煙(はくえん)()ぜて、なかから折れた(うし)(あし)二本(にほん)を修復されたイスが、倒れた時の形のまま出現(しゅつげん)する。


「なんだ、できなかった時の()(わけ)してんのかと思ったら、ちゃんとできるんじゃない」


「いやでも、いつも以上に気力(きりょく)使うんですよこれ。やっぱ(へん)ですって――」


「んなわけないでしょ。私は子供の(ころ)からこれで術使(つか)ってきたし、そこのクソガキだっていつもこれで錬金術(れんきんじゅつ)を――」


 エチカはランボーから(つえ)を取り()げて、はっと硬直(こうちょく)した。


 エーテル石が、白から赤に()わる。

 赤は錬金術師として最高クラスを意味(いみ)する(いろ)だ。


 だがエチカが(こお)りついたのは、色の変化に対してではない。

 一緒(いっしょ)に暮らしている小夜子(さよこ)にはそれがわかった。


(……なにかしでかしたんだ……)


 ぞんざいな(あつか)いをしているエチカである。ランボーが()る前に――それこそ数日(すうじつ)前とかに故障していたのを、ほっぽらかしていたというのもあり()る。


(……ちょっとちがうのかな? わたしはまだシロウトだから、杖の()()しなんて分からないし。エチカが(いじ)ってたとしても、まず気づくってことがないんだけど)


 いかんせん小夜子(さよこ)は、錬金術のない世界から、この(どく)の雲の上に浮かぶ国――《フィーロゾーフィア》に飛んできた、別世界(べっせかい)(たみ)である。

 しかも最初に会った錬金術師がエチカのため、小夜子の錬金術における知識や技量(ぎりょう)(すべ)て彼女が基準(きじゅん)だ。


 エチカが凄腕(すごうで)というのも、よく聞かされていることだし分かっている。それでもランボーや、他の錬金術師たちのようにド(きも)を抜かれるという反応(はんのう)はしたことがないし、できない。


「――サーヨコちゃん」


 エチカが()り返りながら、気色(きしょく)の悪い猫撫(ねこな)で声で小夜子(さよこ)()ぶ。


 ぞぞぞ……。

 小夜子の全身に鳥肌(とりはだ)()った。


(あたら)しい杖を買ってあげるわ。そーいやあんた、自分のって持ってなかったもんね。ずっと私ので錬金術やってたってわけで」


「えっ!? そ、そんな(おも)いのでですか!? でもサヨコは……まだ(ニグレド)クラスなのに――うぐっ!」


 エチカに杖の先端(せんたん)脇腹(わきばら)を突かれて、ランボーは(だま)った。


「とにかく、いそいで新しいのを調達(ちょうたつ)するわ。わるいけどいまはいつも(どお)り、これでなおしてちょうだい」


「はあ……」


 一人(ひとり)要領(ようりょう)を得ぬまま小夜子は(つえ)を受け取ろうと両手を()ばす――。


()ってくださいエチカさん。――サヨコ、(おれ)のを使いな。そっちのよりぜんぜん使いやすいからっ」


 ランボーが自分の、修理(しゅうり)したてでぴかぴかのロッドを(よこ)から差し()した。


(もう)しではありがたいんですけど、使い()れたほうがいいというか……わたしは『(おも)い』とか『使いにくい』って感じたことないので」

「うへえ。マジっすか……」


 ランボーは唖然(あぜん)としつつも、小夜子(さよこ)無理強(むりじ)いをしなかった。


 エチカの(つえ)を取って、庭の芝生(しばふ)を五、六歩(すす)む。


 ()れたコーヒーカップが落ちていた。

 持ち手の部分が(はず)れて、薄っぺたなカップ部分は白い欠片(かけら)となって()らばっている。地面の草を、茶褐色(ちゃかっしょく)の液体が、(よど)んだ色に()めていた。


「じゃあ、いきますよ」


 小夜子(さよこ)は黒色のエーテル(せき)で、(くだ)けたカップに()れた。

 何度かエチカとの食事中に原型(げんけい)を見ているので、その記憶(きおく)をなぞって輪郭(りんかく)()再現(さいげん)させる。


 あいまいな(ぞう)であっても、術者(じゅつしゃ)技量(ぎりょう)充分(じゅうぶん)なら、空中にただよう微粒子(びりゅうし)触媒(しょくばい)《プネウマ》が材料に(はたら)きかけて、術者(じゅつしゃ)()沿()う物質(または物体)へと変成(へんせい)させてくれる。


 ――ぼうん!


 陶器(とうき)のカケラは、一瞬(いっしゅん)白煙(はくえん)()て、その気体(きたい)のヴェールからゴシック模様(もよう)(はい)ったカップに再生(さいせい)した。


 エチカが(かが)んでコーヒーカップを取りあげる。


 (きん)とダークブラウンで()()すユリの紋章(もんしょう)縁取(ふちど)りに、ヒビ(ひと)つない本体。脆弱(ぜいじゃく)(ほそ)さの把手(とって)もしっかりと(うつわ)部分にくっついて、買った時そのままのすがただ。


「うわー。ほんとに出来(でき)ちゃったよこの子」


「そう。これでやってきたのよね」


 (わき)からのぞき込こむランボーに、エチカは(あご)に手をあてて考えこむ。


「…………」

「?」


 (だま)りこくり、いつになく真剣(しんけん)に完成品を見つめるエチカに、小夜子(さよこ)は不安を(きん)()ない。


「ぞんがい知らないってのは、(つよ)みに(はたら)くこともあるのかもね」


「よくわかりませんが……ティーカップのほうはそれでいいんですかっ? あんまりプレッシャーかけないでくださいよ、()にわるいんだから」


「ごめんごめん。()めてんのよ。なんならもう一切(ひとき)れマルゲリータ食べていいわよ」


「えっ!? いいんですか!?」


 思いもしなかった言葉(ことば)に、小夜子(さよこ)文字通(もじどお)()びはねてよろこんだ。

 テーブルに()けていき、赤いトマトソースにバジルとチーズのかかったピザを、(ワン)ピース取って(くち)(はこ)ぶ。


「おいひー。エチカも(はや)く食べたほうがいいれふほ。()めちゃもっはいはいへふ」


「だれかさんがこんなやつつれてこなきゃ今頃(いまごろ)は……」


 (うら)(ごと)なんて言っても仕方(しかた)ないと知りつつも、エチカはついぐちってしまう。


「いいなあー。(おれ)もアンチョビのほう食べたいなあー」


「あんたはいまからテストでしょ。ほら、(つえ)はなおしてやったんだから、しゃきっと頑張(がんば)ってきなさい」


「あいでっ!」


 ばしんとエチカがランボーの背中を(たた)く。

 ランボーは悲鳴(ひめい)をあげた。


 元通(もとどお)りになった杖をたずさえて、彼は(にわ)から店のなか――玄関(げんかん)に向かって歩いていく。

 この家の庭には勝手口(かってぐち)がないのだ。


「それじゃあ、ありがとうございましたエチカさん。報酬(ほうしゅう)はまた後日(ごじつ)に」


「いらないわよ。でもオーギュストに会うんだったら、もう人を寄越(よこ)してくんなって言っといて。(わたし)だってちゃんと税金(ぜいきん)(おさ)めてる国民の一人(ひとり)なんだから」


「あはは。いやです」


 ランボーはあいまいに笑って、王城(おうじょう)目指(めざ)していった。


 エチカは彼がなおしたイスを()こす。


 屋外(おくがい)テーブルに移動させ、ぐったりと(こし)かけた。

 食べ(そこ)なっていたピザ二枚(にまい)を見る。


 アンチョビのほう)は(いち)ピース、マルゲリータの方は()ピース分()けている。


「あーあ、つっかれた」


「なにがですか?」


 ソースのついた指を()めて、小夜子は気楽(きらく)にかえす。


(あらた)めて私、一人暮(ひとりぐ)らしの時のほうがよかったなって思って」


「なにを言っているんですか。こんな美少女と一緒(いっしょ)に毎日()らせるんですよ。あともう一枚(いちまい)これもらっていいですか?」


「私にそっちの()があったら諸手(もろて)をあげてよろこんだんでしょーよ。でもないんだもん。てかあんたさー、アンチョビのほうは食べないのね」


一口(ひとくち)食べて『からっ!』ってなって……まあ苦手(にがて)ですね」


(この)みの分かれる(あじ)よね。私はこれ()きだけど」


 エチカは魚肉(ぎょにく)のピザを一切(ひとき)れ取って(くち)にはこんだ。


 コーヒーはこぼしてしまったので、サーバーから()れなおす。


「にしても、気の(どく)な人でしたねー。いままで一生懸命(いっしょうけんめい)がんばって、やっと宮廷(きゅうてい)錬金術師(れんきんじゅつし)の受験資格を手にいれたのに、さいしょのテストは事故(じこ)でおじゃん。せっかくの追試(ついし)も杖が(こわ)れて台無(だいな)しだなんて」


管理(かんり)がなってないのよ。道具のこともそうだけど、自分のこともね」


「それはわたしも思いました。けど、だからこそ王様(おうさま)判断(はんだん)が理解できないんです。ふつーは事故ったからって追試(ついし)にはならないですよね。(さら)に追試で道具がだめになったからって、やりなおしなんて、もっとあり得ないでしょう」


 テーブルの()こうから小夜子(さよこ)不思議(ふしぎ)そうに問いただした。

 エチカも彼女の気持ちはわかる。


()()()はね。オーギュストはふつうじゃない。それだけのことでしょ」


「……あれで(めい)(くん)ってことなんでしょうか」


 小夜子(さよこ)もこの国の王――オーギュストとは何度か会ったことがある。顔見知(かおみし)りと言ってもいい(なか)だ。エチカはもっと馴染(なじ)みが深いだろう。


 とはいえ小夜子の印象(いんしょう)からすると、オーギュストはランボーの話にあったような慈悲深(じひぶか)さとは程遠(ほどとお)い。

 (おんな)()きでちゃらんぽらん。その上節操(せっそう)なしと、まあこんなところだ。


「言いたいことはわかるわよ。でもね、やつがランボーに慈悲をかけたってのはほんとでしょうね」


「なんでそんなことするんですか?」


努力(どりょく)したことを後悔(こうかい)してほしくないからよ」


 エチカはピザを()みこんで()った。


「がんばればがんばっただけ()になるなら、(だれ)だってグレたり犯罪(はんざい)に走ったりしない。けど現実(げんじつ)ってやつは、どうにもそんな努力家(どりょくか)に対して(きび)しくできてるみたいでね。さっきのランボーみたいに不運(ふうん)なやつもいるし、あんなのまだ幸運(こううん)だってくらい(むく)われないやつもいる。むしろ、後者(こうしゃ)のほうが圧倒的(あっとうてき)に多いんじゃないかしら」


 エチカはコーヒーを(すす)った。

 小夜子(さよこ)は対面の(せき)(すわ)っておとなしくつづきを()っている。


 真夏(まなつ)の太陽が、中天(ちゅうてん)の位置からぎらぎら()りつけていた。


「チャンスをものにできるかどうかはべつとして、自分が目的を持ったことや、目的のために生きてきたことを、(おろ)かなことだったと(なげ)いて、行動(こうどう)すること自体をおそれるようになってほしくないわけよ、オーギュストは。それがなににも(まさ)る不幸であることを知ってるし、不幸から()け出すことさえできなくなってしまうことを、あのとんでも大王(だいおう)は知ってるから」


「……すっごく(うす)っぺらな意見になってしまうんですけど――」


 小夜子(さよこ)(もう)(わけ)なさそうに、首を(ちぢ)こめて言った。


「わたしが思ってる以上に苦労(くろう)してるんですね。王様も、エチカも」


 エチカの柳眉(りゅうび)片方(かたほう)()ねる。それを問いただしたのだと受け取って、小夜子はつづけた。


「だって、エチカも努力(どりょく)(むく)われない人を無視(むし)できないから、ないがしろにしたくないから、王様が紹介(しょうかい)してくる人たちを、なんだかんだ言って手助けしてるんでしょう? 王様の(おど)しなんて、ぜったい気にしないひとじゃないですか」


 さも当然のことのように言う少女に、エチカは自分の(くちびる)に手をあてて(もく)した。


 それからちらっと、小夜子(さよこ)を見て、


「そう思ってくれるんなら、私もちょっとは押しつけられた甲斐(かい)があるってもんね」

 と(こた)えた。





 

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